えぴそど52-勇13 落日の華
カクトは〈歪〉の刀を使い、マンティコアに挑む。
素早い動きになんとか食らい付きながら、懸命に剣撃を入れていくが、〈身体強化(鬼)〉の効果も虚しく、身体がとても重く感じられた。
「ここだ!!もらったぁ!!」
今までのパターン通りまずは羽を斬り、飛翔を奪う。
同時に尾の動きに合わせ〈廓〉を放ち、蛇の尾を切り落としす。
しかし尾を切り落とした瞬間、マンティコアはそれを意に介さずカクトに向け跳び、爪でカクトを攻撃する。
「くそっ!!!」
カクトは〈歪〉で防ごうと前に出すも、それを避け横薙ぎに一撃を喰らってしまう。
「ぶはぁっ!!!」
カクトの身体は飛ばされ、地面に擦り続けられたまま壁にぶつかる。衝撃で鎧の右肩部分が完全に壊れ、肌が剥き出しとなった。
「カクト…様!!!」
「はぁ…はぁ…こっちは気にするな!ゴホッ!ゴホッ!ジョリーアンの回復を最優先だ!」
「………はい…!」
ジョリーアンはまだ苦しそうにしており、復帰には今しばらくの時間を要しそうだった。
コルピナが魔法ではなく、ポーションや治療キットを使いジョリーアンの手当をしている事に、この時のカクトは気付いていない。
正面にはこちらに走り込んで来るマンティコア。
兵士達を見ると、もう片手で数え切れる程しか残っていなかった。
そして、〈身体強化(鬼)〉の効力はあと2分で切れてしまう。
カクトは一か八かの賭けに出た
正面のマンティコアの突進をかい潜ると、〈歪〉を巨大化させ、兵士達の方向にいるマンティコアに向け振り下ろした。
兵士達に気を取られていたマンティコアは、避ける素振りも無いまま胴体を真っ二つにされる。
それと同時にカクトの近くに居たマンティコアの振り払いに遭い、カクトの身体は再び宙に舞った。
空中で姿勢を整え着地するも、ここで〈身体強化(鬼)〉の効力が切れてしまう。強い動悸と果てしない脱力感に襲われカクトは膝を突いてしまった。
「くそっ!はぁ…はぁ…はぁ…くそっ!くそっ!」
生き残った兵士は4人だが、彼等も限界が訪れており立てそうになかった。
さらにマンティコアの追撃が走る。
カクトには最早避ける体力が残っていなかった。
「ぐぅっ…!!」
「コ…ルピナ!!」
カクトとマンティコアの間に盾を持ったコルピナが駆け込んで来た。衝撃でカクトの後方に飛ばされるコルピナは起き上がらない。
「ちっ!!あと少しなんだ!!……!?……ははっ!」
カクトは歯を食いしばり立ち上がり剣を構え、右に向かい走り出した。マンティコアもそれに釣られ、45度向きを変える。
「おっっしょいっ!!」
「ボォォォォォォォォ!!!ガウァァァ!!」
マンティコアの後ろ足に叩きつけられたのは、ジョリーアンの大錘。カクトが後ろから走り込んで来ていた姿を捉え、察知されぬ様に死角に誘導したのだった。
顔面蒼白のジョリーアンの意地の一撃で、マンティコアの後ろ足を潰す。
「もう…無理だ~」
そのまま倒れ込むジョリーアンだが、その口元は笑っていた。そしてマンティコアがジョリーアンの方に振り向き、腕を振り上げた姿を見てジョリーアンは叫ぶ。
「カクト~やっちゃえ~!!」
「ああ!!終わりだ!クソ野郎!!」
既に展開されていた魔法陣。
〈禍〉から放たれた無数の矢は、避ける間も与えぬままマンティコアの姿を一瞬で蒸発させていく。
それは街の城壁まで達し、矢の進んだ先には何も残っておらず、丸い大きな穴が空いていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…これで…全部か……ジョリーアン!警戒を崩すな!!」
「はぁ…はぁ…あ~いよ~!」
「……カクト様……流石で……御座い……ました……」
フラついた足取りでカクトに近づくと、コルピナはカクトの眼前で倒れた。透かさずカクトは抱きかかえるも、顔色は思わしくない。
「大丈夫かコルピナ。自分で回復をかけ……おい、これ……。」
「魔力が……枯渇して……少し休めば……大丈夫……です……。」
「お前!ちっ!ジョリーアン!!!直ぐにポーションをありったけ持って来い!!!早く!!!急げ!!!」
抱きかかえたカクトに焦りの色が伺えた。
コルピナの左肩から腕にかけてが無くなっていたのだ。
「コルピナしっかりしろ!大丈夫だ!これくらい何とも無いぞ!!」
「…はい…カクト様…の腕の中で…あれば…安心ですね…。」
「カクト!これを飲ませて!」
ジョリーアンが治療キットを持ってきた。
カクトがポーションをコルピナに飲ませつつ、ジョリーアンは傷口に魔鉱石を当て止血を試みる。
「カクト様…お聞きください…。」
「コルピナ!黙っていろ!大丈夫だ!助かる!」
「聞くのです勇者!………カクト様が…世界を…憎んでおられる事は…分かっています…それでも人を助け…導く姿を…私は…見てきました…カクト様が紡いだ命が…世界をより良い…方向へ…ごほっ!ごほっ!」
「頼む!もうやめてくれ!!!何してるんだ!ジョリーアン!!」
「止まらないんだよ血が!!!!!!」
「お願い…です…カクト様…憎しみは…何も…生みません……正しい…お心で…人として…曇りなき眼で…世界を…民を…救って……くだ…さい……。」
コルピナの目は既に見えていないのか、焦点が合っていなかった。
だが、必死に振り絞るその一言一言には、しっかりとした意思が込められているのがカクトには分かっていた。
「もういい!分かった!分かったから喋るなコルピナ!ジョリーアン早く!!」
「………だめだカクト…ここの設備じゃこれが限界だ…」
涙を零しながら叫ぶカクトに対し、ジョリーアンは首を振った。
「…ジョリーアン…後は…頼み……ますよ?…おやっさんと…サブダブさんにも…よろしくと…。」
「…ああ!ああ…コルピナ。任された。任されたよ!だから安心して眠りな…。」
ジョリーアンはコルピナの手を握り笑顔で応えると、コルピナもどこか安心した様に目を閉じた。
「だめだ!コルピナ!!!嫌だ!やめろ!!死ぬんじゃない!!!逝くな!!!頼む!!!どこにも行くんじゃない!!!!」
「カクト…様…大丈夫…ですよ?…コル…ピナは………どこにも……い…き…ま……せ……………」
「コルピナ!!!おい!目を開けろよ!!おい!命令だ!コルピナ!!!勇者の命令が聞けないのか!!おい!!嫌だ!嫌だよ!コルピナァ!!!」
「カクト……もう楽にしてあげな。コルピナは立派に使命を全うしたんだ。」
「何が使命なもんか!!!こんな使命があってたまるか!!何か方法があるはずだ!何か!!!おい!ジョリーアン!ぼけっと立ってないでお前も──」
パンッ!───
ジョリーアンはカクトに平手をし、乾いた音だけが辺りに響いた。そのままジョリーアンはしゃがみ、呆けたカクトの頭を掴み顔を近づける。
「甘ったれんなガキが!これがこの世界なんだろ!お前が言ったんじゃねーか!だからぶっ壊すんだろ!こんなクソみないな世界を変える為に!!だったら立て!悔しかったら皆が笑って暮らせる世界を創れ!その日まで立って最期まで戦うんだよ!カクト!!」
「……ぁ、ぁ……ぁあああああああああ!!!!!」
「大丈夫だカクト。お前は独りじゃない。コルピナは私達の胸の中で…いつでも…笑ってる…さ……うう…ひぐっ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
吹き抜ける風は
二人の頬を拭うかの様に優しかった
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