えぴそど254 フェロモン
モナオのお花摘みが終わると、私達は再び遠くに見える花の群生地に向かった。
話しには聞いていたが、見晴らしの良い一帯には、至る所に低~中級の魔物の姿が見える。
地面を歩行するタイプであれば、距離感がつかめるものの、鳥型や虫型などは注意しなければ、気がついたら距離を詰められ、攻撃を受けてしまう可能性がある。
壁の向こう側に、高レベルの魔物が同じ様な数で居たらと思うと、正直ゾっとする。
なるべくは会敵しない道を選びたかったが、そうも言っていられないので、最短距離で進む。
道を阻むものに関しては、私が先頭で容赦なく矢を打ち込み時短を図る。
魔力操作を覚えてから、魔法の矢を作れるようにはなったので、物理的な残弾を気にする必要は無くなったけど、それでも魔力切れは避けておきたい。
単体で襲ってきた低レベルの魔物や、虫型等の行動が読みにくく、弓では仕留めにくいものに関しては、シュナとトモの魔法で蹴散らしてもらった。
だが、倒して倒しても魔物は一向に減った感じがしない。
壁に向い緩やかな斜面にはなっているものの、360度パノラマビューなので、遮蔽物が無い地形から、余計に目についてしまう。
この状況ではやはり、花を探す間も警戒は必要になるだろう。
シュナやトモを連れてきて本当に良かったと思う。
「わぁーたくさん咲いてるね!」
群生地まで来ると、自然に増えたとは思えない程の花の絨毯ができあがっていた。
逆に言うと、これだけの数のモンタロメッチョラの中から、レアなモンチロマッチョイを見つけないといけない。
私は早速イノイチさんに視線を送る。
「……想像以上に数が多いな…みなよく聞け、花の見分け方、それに大切な事を説明する。」
モナオ含め、花の元に膝を突いたイノイチさんに注目する。
「これを見ろ、この部分だ。」
イノイチさんが足元に生えている花の葉をめくると、根本の茎を指差した。
「棘が見えるだろ?この棘が左螺旋になっているのがモンタロメッチョラ、右螺旋になっているのがモンチロマッチョイだ。」
それを聞いた私は拍子抜けし、イノイチさんにサインを送る。
『思った以上に 簡単』
「……メイエリオ、よく見ろ、この数だ。数本の中から螺旋がどちら向きかを判断するのは容易い。だが、捜索を続ければ集中力が切れ、慣れていない者程見誤り、本物を見逃してしまう。そういう面倒臭い花なんだ。」
『了解』
私はレンジャー見習いとして、集中力には自信がある。
正直な所、イノイチさんの話しを聞いても、心のどこかでは”楽勝”だと思っていた。
「更に注意点がある、絶対にモンタロメッチョラを引き抜くな…正直、これが一番厄介だ。」
「抜いちゃったらどうなるの?」
イノイチさんの隣で可愛らしくしゃがみこむシュナが、イノイチさんの顔を覗き込むように聞いた。
「モンタロメッチョラの根は、空気に触れると独特で強い香りを放つ。その香りは、虫や虫型の魔物を惹き付けてしまう。」
ただでも周りに虫型の魔物は多くいる状況で、それだけは何がなんでも避けたい所。
「じゃあ、狩りをしたい時には使えるね。」
シュナの言葉に、私も『確かに』と相槌を送った。
「そうだな、昔同じような事を考えた者は沢山居た。だが、上手くいった試しは無い。」
「香りが消えちゃうの?」
「逆だ、これは一種のフェロモンなんだ。人に嗅ぎ分けられる臭気が消えても、虫を惹き寄せる物質自体が消えた訳では無い。一度手にした時点で、永遠と虫型に襲われ、死に絶えた者ばかりだ。」
「んーじゃあじゃあ!土のまま運ぶのは!?」
お、シュナたんかしこい。
「駄目だ、根は細く複雑に広がり隣の株と絡まっている。先にも言った通り、これを利用しようとした先人達は数多の数が居た。それでもなお、ここまで生え広がる程に放置されている現状を見ろ。触らぬモンタロメッチョラに祟り無しだ。」
ふーむ…何かしら有効活用が出来そうなとんでもフラワーなんだけどな…もったいない。
私がそんな事を考えていると、背中に背負った王冠花が揺れ、足の蔦の絡まり具合が強まった。
王冠花を確認しようと後ろを向くと、鳥型の魔物がこちらめがけて一直線に向かって来ている。
まさか王冠花ってば、これを私に知らせてくれようとしたのかな。
「カレカルカか…任せていいか?」
私は王冠花に感心しつつ、イノイチさんの問いかけに笑顔でうなずくと、弓を構え鳥型の魔物が射程に入るのを待った。
イノイチさんは私の顔を確認すると、私に背を向ける形で、シュナに花を見せながら説明を続きを行う。
鳥型はカレカルカと呼ばれる鳥で、子供ほどの大きさはあるものの、対処さえ間違えなければ驚異では無い。
一応は鋭い爪とクチバシを持っていて、急激な滑空からの急旋回に慌ててしまうと、怪我を負う人はいる。
それでも雑魚には変わりなく、弓使いはカレカルカを射って、初めて一人前とされる程メジャーな魔物だ。
私は滑空を始めたカレカルカに対し、余裕を持ってゆっくりと弓を引くも、結果から言うと矢を放てなかった。
その代わりに、私の足に激痛が走り、弓を持っていた腕まで拘束され自由が効かなくなってしまう。
そう、王冠花の蔦が私を強く縛り付けたのだ。
私は慌てて振り返るも、イノイチさんとシュナは花に夢中でこちらに気付いていない。
流石に無防備な状態のままクチバシで貫かれたら、レベル差はあっても致命傷だ。
前を向き直すと、カレカルカはすぐそこまで来ている。
再び振り返った私の目に
こちらを見ているモナオが映ると
まるでヒーローの様に見えた
んなわけないんだけどね!




