えぴそど251 七人目
「……分かった、いいだろう。」
期待しつつも、断られる事前提でお願いしたにも関わらず、思いがけないと言えば嘘になっちゃうけど、了承の言葉を貰う事が出来た。
『いいの? 本当に? いいの? 待ち人は?』
私は相変わらずブロックサインで真意を再度問う。
「…待ち人か…大丈夫だ、既に会う事は叶った。次の任務までには時間があるしな……それに、モンチロマッチョイを素人が見分けるなど不可能に近い。一緒に行ってやろう。」
私は内心『やった!』と喜び、嬉しさ全開でシュナにハイタッチをしようとしたが、シュナは何がなんだか分かっていない様子だった。
そこから、スケイザーから貰った地図をイノイチさんに見てもらい、路地裏でそのまま作戦会議に入る。
「この距離なら、魔物に遭わなければ3時間もあれば着くだろう。このまま行くのか?」
私が頷くと、イノイチさんは面を取り、シュナに向け手を差し出し『イの壱だ、よろしく』と挨拶をする。
もちろんモナオにも手を差し出したが、やはりというか、反応は無く、どこか遠くを見ているようだった。
私はその様子を見届けると、台詞の選択肢を確認する。
▶『行こう!ガルガン砦に!』
▷『行くぞ!ガルガン砦に!』
▷『いざ参ろう!ガルガン砦に!』
ツッコむ事より、頼もしい人が仲間になった事への嬉しさが勝り、私は自信満々に叫ぶ。
「いざ参ろう!ガルガン砦に!!!!」
しばしの沈黙の後、シュナの『お…おー』とモナオの『よし!行こう!』が木霊した。
◇
【遡る事三時間前 商業都市ヤー内のとある宿屋】
宿で目覚めたイの壱は、解かれた長い髪を紐で結ぶと、椅子に腰を下ろし、刀の手入れを始める。
途中、時計に目を配ると、時刻は午前7時を過ぎた所だった。
ヤーに訪れる前のイの壱は、王国北西部にある、ゴーロン近くに築かれた拠点防衛指揮官として、警戒任務に当たっていた。
既に何度も王国内拠点の襲撃を許してしまっており、その都度壊滅的な被害を出していた事から、分散していた勢力をゴーロンに結集し、襲撃時に迎え撃つ姿勢を組織は作っていた。
桃犬からの伝令役として、たまたま王国内に潜入していたイの壱であったが、組織の実質的な支配者であり、自身の生みの親でもある紅梟に命じられ、そのままゴーロンに留まり、任務をこなしていた。
にも関わらず三日前、敵対勢力の強襲に遭うと、相手は報告以上の戦闘能力を有し、更に味方戦力の分断工作にまんまと嵌ってしまい、防衛遂行に陰りが見える。
そんな中、紅梟の指示により、防衛指揮権を別の者へと譲渡し、自身は紅梟に付き従うと、共に拠点を放棄し撤退した。
撤退途中、イの壱に命じられた新たな任務は、生き残りの保護と、保護した人員を次の拠点へ誘導する事だった。
手入れが終わり、イの壱が刀を鞘に収め紐で縛ると、不意に部屋のドアがノックされる。
「……開いている、入れ。」
扉が開くと、そこには妖艶な出で立ちをした、長身の女と、自分より下位を示す面を付けた男達が立っていた。
イの壱はすぐさま椅子から離れ膝を折ると、そのまま頭を下げる。
「ダリア様、よくぞご無事で。心配しておりました。」
ダリアは部屋に入ると、手にした扇子を時より小さく振りながら、部屋の中を観察した。
「……そう、私は無事よ……それで…あなたは、何番なのかしら?」
「……イの壱でございます。」
「壱……イ種の主席…まあ戦力としては十分でしょ。」
ダリアはイの壱の横を通り過ぎ、椅子に腰をかける。
「もう、分かっていると思いますけど、私がここに居るという事は、前の私はきっとどこぞで死に果てているでしょう…そうですね、ざっと3人目位といった所かしら。」
「……今ここにおられるダリア様がノービスだとおっしゃられるのあれば、私が知りうる限り7人目かと。」
イの壱のその言葉に、ダリアは静かに足を上げ、そのまま眼前で跪くイの壱の肩に、ゆっくりと下ろした。
「……少なくとも7人、多いのやら少ないのやら。まあいいわ。邪眼は使えるようだし、早くクラバナと合流しましょ。」
「その事でございますが、ダリア様にご相談が。」
「…許すわ、言いなさい。」
「反逆者である緋猫、ハピオラ・スカーレットの仲間と思われる者と、偶然ではありますが、この街で接触出来ました。」
「…緋猫ね、本当にそんなに強いのかしら。手合わせしてみたものね……それで?その仲間が居るのなら殺したのでしょう?」
「いえ、襲撃に関与している者では無く、ブーメルム滞在時に懇意にしていた者と報告ではあり──」
その瞬間、イの壱の首元へダリアの足先が向けられる。
ダリアの履いているヒールからは、刃先が突き出しており、いつの間にか、手にした扇子で口元を隠す姿になっていた。
「あぁ?聞こえなかったなイ種の雑魚が。裏切り者の仲間を見つけたのに、まさかまさかまさかのま、殺して無いとでも言おうとしてんのか?あぁぁん?」
「……ダリア様、お聞き下さい。ゴーロンの拠点が既に壊滅している事は存じております。しかしながら、その後の緋猫の足取りは追えておりません。」
「だから何だよ?代わりに私がお前を殺せばいいのか?ああぁ?」
「私がその者と距離を詰め、緋猫の事を探ろうと考えております。」
イの壱がそこまで話し終わると、ダリアは足を首筋から外し、扇子を閉じた。
「……ま、あなた如きが居なくとも、何とでもなるわ。いいでしょ、クラバナには私から言っておきます。その代わりしくじる事は許しません。」
「はっ!有難う御座います。」
「それより、次の集合地の地図を出しなさい。」
立ち上がったダリアが手を差し出すと、イの壱は荷物から地図を取り出し、頭を下げたままダリアにそれを差し出す。
ダリアは地図を無愛想に受け取ると、そのまま言葉を発する事無く、面兵と共に部屋を出て行った。
部屋にはイの壱と
ダリアから発せられた強烈な薬品臭が残っていた




