えぴそど24-勇3 憎悪の種
700年の正史の中で『勇者』と称された者は4人。
古い文献を幾ら辿っても700年以上前の歴史書がこの世界では見つかっていない。
先代勇者4人の内、初代と二代目は賢者と協力し、魔王と拳王をそれぞれ倒す事ができた。後の勇者2人は賢者と出現時期がズレ、単身魔王に挑むも、拳王により殺されている。
パーフラ教が『天舞』と名付けたにも拘らず、なぜ敵対する魔王や拳王も『天舞』に含まれるのか。
それは、称される者全ての両の手の甲に、神が授けた刻印が刻まれている事。人智では計り知れないスキルの数々を所持している事。そして、必ず神の信託を直々に授かっている事が理由とされている。
そうして新たな勇者や賢者、魔王や拳王が現れ戦いを繰り返し続けてきた。
だが、最後の勇者が死んで既に300年が経っている。
3代目の魔王は500年の間生き続け、世界は魔物の驚異に怯える日々を余儀なくされていた。
「勇者様、知らずとはいえ、大変なご無礼を働き誠に申し訳ございませんでした。私の名はアズ・バーネットです。この罰は何なりとお受け致します。」
アズは頭を下げたまま、少年に精一杯の謝罪の念を伝えた。少年はいきなりこいつは何を言っているんだと、気持ち悪くなった。
「ゆ…しゃ?なんだそりゃ、俺は見逃してやると言ったんだ。早く俺の前から消えろ。そして死ね。勝手に死ね。」
「いえ…!勇者、様…!あ…貴方様は…私共パーフラ教が日々…い…祈りを神に捧げ…再びこの世に…訪れる事を…願って…いた存在…是非…私達と───」
「おい女、喋るならもっとすんなり喋れよ。イライラする。殺すぞ。」
「はっ!も…申し訳…ございません…!」
普段から遅い口調のコルピナだったが、緊張と興奮が合わさり、震えながらも言葉を絞り出すのが精一杯だった。見兼ねたアズが助けに入る。
「勇者様、『天舞』と言うのはご存知でしょうか。」
「知らん。」
「では『勇者』『魔王』『賢者』『拳王』と言うものは如何でしょうか。」
「魔王は知っている。魔物を召喚する奴だろ。後は知らん。なんだよ。何が聞きたいんだ。うぜーな。俺はもう行く。」
「お待ちください!申し訳ございませんでした!魔王を倒す力を持ち合わせた方を我々は皆『勇者』様とお呼びするのです!そして貴方のその手に刻まれた刻印は、神により『勇者』に選ばれた者にのみ刻まれるものです!」
少年は質問に苛立ちを覚え、一度キジュハに戻ろうとしたが、神に選ばれたと聞き立ち止まった。
「神か…さっきそんな奴に会ったぞ。あの女に足を折られた後にな。アスタリアを滅ぼせと言っていた。」
『本物だ!』コルピナは嬉しさの余り気を失いそうになるのを必死に堪えていた。今、目の前には紛れもない本物の勇者が立っている。顔は紅潮し、目には涙が溢れ、下半身は無意識に濡れていた。
「であれば尚更です!勇者様!我々と共に帝都『ダイダロス』にお越し下さい!国が!民が!待ち望んでおります!必ず勇者様を歓迎します!貴方様はその喝采の中、最高の名誉を得るのです!」
少年は少し考えた。少年の目的はそんなものでは無く、この世界全てを壊す事。
神との契約にあるアスタリアを滅ぼした後は、帝国含め全てを破壊する。そうしなければ、この胸にある憎しみや怒りは消える事はない。
だが、いくら強くなったとは言え、無敵になった訳では無い。寝ている間に襲われる事もあるかもしれない。
この身体やスキルを、使いこなせるようになるまでの間、食事や寝床が用意されるのあればそれに越した事は無かった。少年は頭を下げるこいつらを利用してやろうと決めた。
「わかった。案内しろ。」
「ありがとうございます。勇者様。それでは一度ジュナを抜けキジュハに戻ります。そこから馬を買い、国境沿いにギャロー渓谷を通り、エアレーの街に向かいます。エアレーまでは野営も挟みますが、そこからは馬車にて帝都に向かう手はずとなります。」
「なんでもいい。聞いてもわからん。」
「はっ、かしこまりました。時に、勇者様。貴方様のお名前をお伺いする事は叶いますでしょうか。」
「名…」
少年はその言葉に声を詰まらせる。
自分の名前は何だった。思い出せない。そもそも名前があったか。少年が住む貧民街で名前など何の価値も無い。
少年は少し考え、その名を口にする。
「俺の名前は今から『カクト』だ。昔の名は忘れた。名を呼びたければそう呼べ。」
「かしこまりました。カクト様。これからの道中、敵や賊の類もいるかもしれません。人の目がある場所で勇者様と呼称するには危険な為、お名前でお呼びさせて頂きます。」
「好きにしろ。あと、その気持ち悪い喋り方とか様付けだとかは今すぐやめろ。虫唾が走る。苛々する。殺したくなる。」
「……分かったカクト。こいつらに話す感じにしていくが、後で生意気だとか言ってこないでくれよ。」
「言わねーよ。」
「カ…カクト…様」
「…なんだ、女。」
「い…いえ…なんともお美しい…お名前だと思って…つい口に出してしまい…ました。申し訳…ございません…」
少年は2人の手の平を返した態度に嫌悪感を持っていた。それと同時に、手に入れた圧倒的な力に酔ってもいる。今はまだ殺してはいけない。こいつらから奪えるだけ奪わなければ。
「では、行こう。あの2人は私が担ぐが、両手が塞がってしまう。コルピナが前を歩き、カクトを守る布陣でジュラを抜けよう。」
「守る?俺より弱いお前らがか?」
「す、すまん。」
「いちいち謝るな。それにここは俺の庭の様な場所だ。キジュハまでの道はわかる。いくぞ。」
後に
人々を救う為に奔走する少年の物語が今始まった
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