えぴそど239 出陣
「っつー訳で!よろしくな!ひゃっふーい!」
朝早く宿に桃犬が訪れた。
「頼りないお前らが情けなくも頼み込んで来たからさーこの桃犬様がしょうがなく、しょーが!なく!手を貸してやるぜー!ぎゃはー!」
文字通り、朝早くもいい所で、まだ日も昇りきっていない。
この大声に反応すらせずいびきをかいているヤッパスタを余所に、グリカも姿を現さず、起きているのは俺とアルネロだけで、その俺とアルネロも半分眠気眼の状態だ。
桃犬は獣柄のフードを纏っており、背中には背丈に合っていない鎖付きの禍々しい剣を背負っている事から、戦闘準備は万端の様だった。
「と、とりあえず礼を言うよ桃犬。短い間だろうけど、よろしく頼む。」
「なんだよー康介ぇ!元気無いんじゃないかー?ぶふぎゃはー!これから私怨で人一人ぶっ殺しに行こう!って時にー!」
そう聞くとなんとも物騒な内容だったと、改めて思い知らされた。
「……それで、こんなはやくにきたからには、そうそうにうごくひつようがあるのか?」
「無い!準備が出来次第レベリオンの本部がある帝国北部、勇者カクトの領地、スカイアロー領に向かうだけだぜ!」
「そ、そうか…」
「あのさ桃犬、レベリオンのアズ・バーネットはどうするんだ?」
「あ?ああーっと、別に?別に♪別に♪べつにー♫」
「別に?え?何もしないのか?」
「逆に何をする必要があるんだよ。仲間に加えてサブダブを討つ手助けでもさせるのか?」
「い、いや…そういう訳じゃないけど。」
「あいつはあいつで、ハゼルゼ・ランスターと交渉し、政治的に動くとだろーよ!その為に旧友のスティンガーに接触させたんだからな!」
「接触って…え、それも桃犬が仕組んだのか?」
「ああーそうだぜ?知らなかったのか?スティンガーは俺達の協力者だ。万が一ハゼルゼが崩御する様な事があれば、嫡男のセシルを担ぎ出し、そのセシルを傀儡化したスティンガーが、この街の実権を握るって筋書きだぜ!ぎゃっはー!」
なんだろうか、急にスティンガーの事がとても悪い奴に見えてきた。
「その協力をする為に、俺達もこの街では融通効かせてもらってるって訳だな。ま、そこは康介には関係の無い所だから気にするなよ。大人の話だぜ?」
子供の桃犬に子供扱いされてしまった。
「きさまは…あわないのか?」
アルネロが桃犬に小さく投げかける。
「……ま、会った所でって感じだな。あーもー!そんな事より早く行こうぜ!」
「……わかった。コースケ、とうぞくをおこせ。わたしはグリカをみてくる。」
その後、ヤッパスタとグリカを起こし、出発の準備を行うも、事ある事にヤッパスタと桃犬が衝突し準備には時間が掛かった。
(と言っても、桃犬がヤッパスタを一方的に挑発し、ヤッパスタがムキになって絡むといった図式だ。)
「これ邪魔だなーえいっ!」
「あああああ!こんのボケカスがぁ!俺のトールハンマーを蹴るんじゃねー!」
「ぎゃははっー!でけぇし邪魔なんだよ!こんな所に置いとくなってー!むひゃー!」
「てめっ!こんのー!ぶっ殺す!」
「確かに邪魔なのです、えいっ。」
「はぁ!?グ、グリカ嬢まで!やめろ!それはレジェンド級の武具なんだぞボケ共ぉぉぉ!!」
「ぎゃはははー!」
「ぷふふなのですー!」
グリカまで混ざって、何とも賑やかな朝となったが、俺は怒ってきた宿屋の店主に、迷惑料として追銭を払い、必死に頭を下げる状態だ。
そして、なんとか支度を整えると、簡単な朝食を済ませ、俺達は宿を出た。
「よし、みんな準備はいいか?」
「大丈夫だぜ旦那。」
「いけるのです。」
「もんだいない。」
「なんだよー康介が仕切るのか?ぶははー!」
そのまま桃犬が手配してくれた馬車があるジャンカーロの城門の所まで歩いて来ると、馬車の所には、スティンガーと数人の男が立っていた。
「行くのかコースケ。」
「ああ、色々とありがとうスティンガー、セシルにお別れが言えなかったけど、宜しく伝えて欲しい。」
「気にするな。あいつはそこまで子供じゃない。気が向いたらまた顔を出してやってくれ。」
「そうするよ。」
俺とスティンガーは手を合わせ、固い握手を交わす。
桃犬の話を聞いた後だった為、若干もやもやとした所はあるが、ぐっと飲み込んだ。
「あと、こいつも最後に礼を言いたいらしい。」
スティンガーの後ろに居た男がフードを上げると、それはアズ・バーネットだった。
途端にアルネロは顔を隠し、ヤッパスタの背に隠れる素振りを見せる。
「旅立つと聞いてな…後ろの君達にも礼を言いたかったから無理を言って付いて来てしまった。改めて心から感謝する。」
顔色は最初と比べ幾分かは良くなっている様だったが、まだ本調子とは言えそうにない。
アズは俺を始め、ヤッパスタとグリカとも握手を交わすと、ヤッパスタの後ろで拒否反応を見せるアルネロは諦め、その手はそのままグリカの横に居た桃犬へと差し出された。
「君達の旅が上手く行く事を心より願いっている。」
「……そりゃどーもだぜ。あんたも具合悪そうなんだから、横になって早く治せよ。」
「ああ、そうだな…ありがとう少年。」
別れも挨拶も済んだ俺達は馬車に乗り込み、見送りに手を振りながらジャンカーロの街を後にした。
◇
「あれが…リオンか…」
康介達が乗った馬車が徐々に小さくなる姿を見つめながら、アズは小さく呟いた。
「ああ、そうだ。今は桃犬と呼ばれ、フットプリンツの上位幹部だ。記憶は戻っていないが、お前の事は分かってる。あの背中の剣を見るに、血は争えんな。」
「なんと立派に…リーファ、リオンを見守っていてくれ…願わくは、もう一度この手で抱きしめられる様…」
「その為にもまずはお前が精を付けて、元気にならねぇとな。」
スティンガーは肩を震わせるアズの背中を叩いた。
「……ああ、そうだな。それに、私にはやらねばならない事がある。あの子に顔向け出来る様、今は励もう……カクト、ジョリーアン…無事で居てくれ。」
旅立ちに相応しい晴れ晴れとした空は
それぞれの想いを乗せ遠くまで広がっていた




