えぴそど238 出…
「出…!?はあ!?なんだよ!街出ねぇのか!?」
宿に戻って来たアルネロに、事の経緯を説明していると、いつの間にか鼻提灯を膨らませていたヤッパスタが、寝ぼけて何かを叫んだ。
とりあえず無視をかまし、アルネロと話を続ける。
「……ふむ、はなしはわかった。」
「ごめん、アルネロ。結構探し回ったんだけど、見つけられなくて。」
宿に戻ってきたアルネロに経緯を説明すると、アルネロは特に驚く事も無く、淡々と話を聞き続けた。
「きにするな、いきさきをつたえていなかったわたしがわるい。それに、はんぶんはよていどおりだ。」
「予定通り?半分?え?」
「そう、はんぶんはアズ・バーネットがうらぎりにきづき、こうどうをおこすことをよそうしていた。もうはんぶんは、まさか、ここへくるとはおもっていなかった。そういうことだ。」
「それは桃犬が絡んでるのか?」
「ああ、ともかくこれで、『桃犬』はわれわれといっしょにたたかえる。だが、いそがなければ、しゅびをかためられるかのうせいがたかいな。」
「じゃぁついに…?」
「むかうぞ、あいつのところへ。」
そう言ったアルネロの表情は落ち着いていたものの、その目には強い闘志が込められている事が分かった。
アルネロから差し出された拳に対し、俺も返す様に拳を突き出すと、グリカも立ち上がり、同じ様に拳を前に出した。
そして三人で寝こけていたヤッパスタに、その拳を振り下ろす。
「ぼへ!?ぶ、ぶへらぁぁぁぁぁ!!!」
床を痛がりながら転がるヤッパスタを無視し、俺は話を続ける。
「じゃぁ、この事を桃犬にも知らせた方がいいんじゃないのか?」
「きにするな。やつらは『諜報活動』のせんもんかだ……おい!いまのはなしをきいていたのであろ!そっこく『桃犬』にしらせろ!」
アルネロが急に天井に向かいそう叫ぶと、天井から『りょ、了解っす。』と小さく聞こえた。
「もしかして…」
「ああ、われわれがフットプリンツとせっしょくしたときから、つねにかんしされている。むしろかなりあからさまだったが、きづかなかったのか?」
「コースケ、グリカは知っていたのですよ?と言うか、わざとらしい尾行だったのです。」
「お、俺もだぜ…旦那…はぁはぁ…なんか付きまとってやがる奴は居たが、不審そのもんだったし、旦那も嬢も承知の上だと思ってほったらかしてたぜ。」
「なにそれ!?俺だけ!?全然気付かなかった!」
言われてみれば…
と、俺はここまでのシーンを思い返して見ると、記憶の端々に、いや視界の端々に、フードを纏った者がちらついて居た。
それも、みんなが言うように、かなりあからさまに…
「ともかく、これで『桃犬』がどううごくのかをまてばいい。」
「そ、そうだよな。じゃあ俺達はいつでも出れる様、準備しておこう。」
「あのアホ息子はどうするです?まだ依頼された魔物討伐は終わって無いのです。」
「その点はもうスティンガーに話してあるから大丈夫だ。救ったのが事の外重要人物だった訳だし、セシルには上手い事言ってくれるってさ。」
「ふぁーあ!じゃぁとりあえず寝ようぜ。もう疲れちまったぜ。俺は先に寝かせてもうらぜー」
ヤッパスタはベッドに入り、布団を頭から被ると、ものの数秒でいびきをかき始めた。
「ふむ、わたしたちもねむろう。」
「アルネロ。」
「なんだ?」
「いや、なんだかんだ上手く進んでるようで良かったな。」
「……ふむ、まぁそうだな…ふふっ、コースケ、おやすみ。」
「お休みなのですーコースケー」
「ああ、二人共!おやすみ!」
アルネロはグリカを連れ、隣の部屋へと向かった。
◇
「どう…いう…事なんです!!!桃犬!」
「はぁ~銀鰐ぃ…なんつータイミングで…」
「も、申し訳ないっす桃犬さん!自分!ちょっと帰ってくる所からやり直すっす!」
フットプリンツが拠点としている倉庫地下の一室では、怒りに震える紫熊の姿があった。
「やり直すって…ぷはぁっ!紫熊聞いたか!?銀鰐がやり直すらしいから!ぷふふふっ!お前も…ぷふっ!聞いて無い事に…ぶひゃひゃひゃっ!してやってくれよー!」
「うすっ!自分!もう一回入り直すっす!」
「……銀鰐、やらなくて結構です。桃犬、私はこれでも割と、本気で怒っていますよ?」
紫熊は、ふざけたままの態度の桃犬に対し、眼を発動させながら威嚇を強める。
「つか、なんで俺が責められないといけないんだよ。サブダブが裏切り、命からがら逃れたレベリオンの総司令官、アズ・バーネットが康介達に助けられ、この街に居る……これのどこが俺の所為だよ?」
「貴方がアズ・バーネットに何かしら吹き込んだと思うのが当然でしょう。それ程までにサブダブは勇者陣営の信用を得ていました。」
「それはアズ・バーネットが、そこまで阿呆じゃなかったって事だろー?何だったら本人に聞いてみりゃ良いじゃねーか。」
「……良いでしょう。貴方だと分かり次第…」
「分かり次第なんだよ。仮に俺がなにかしたとして、これくらいの事で、ユウジ君が俺を断罪するとでも?
あーいや違うな。それを決めるのは、紅梟様かー」
桃犬は戯けた態度を見せるものの、紫熊に向ける目は笑っていなかった。
「………桃犬、賢者が行っている貴族への工作は、資料通りの進行度で間違い無いですか?」
「ああ、ちょうど半分。50%って所だな。あと、1~2割を説き伏せれば、南部は賢者派と言っても通る位にはなってる。」
それを聞くと、紫熊は眼の輝きを止め、小さく溜息を付くと、資料を手に何かを書き始めた。
「……分かりました。貴方を賢者付きの任から外します。銀鰐、桃犬に代わり彼女達のサポートを行いなさい。」
「え!?自分っすか!?え!?無理っす!」
「おー銀鰐、大出世じゃん……それで?いよいよ俺はお払い箱って?」
「……これより幹部権限を発動し、アルネロ一行の現在の三級監視対象を、私の一存に依り第一級へと格上げします。また、引き上げに伴う監視員の再任を行い、ここに任命します……リオン。」
「え……」
「リオン。」
「はい……」
「貴方が不穏分子であるアルネロ一行の行動を監視しなさい。そして、目的と思われる、反乱を起こした疑いのサブダブの件も同時に調べて置くように……必要であれば、一時的にどちらかと行動を共にする事も認めましょう……これが正式な辞令書です。」
差し出された書類を受け取る桃犬の目に、薄っすらと光るものが見えた。
「……ごめんなさい……紫熊…」
「……いえ、勝手ばかりする妹弟の責任は、兄である私が負えばいい。それに、これは正式な調査任務です。リオン、必ず生きて戻り、私に報告しなさい。」
「……はい…」
不意に紫熊に抱き付き泣き出した桃犬を見て
銀鰐はただただ慌てふためいていた




