えぴそど232 for a favor
「ザッカート!」
「……リオ……に……げ……」
森の中を走りつづけたザッカートだったが、遂に限界が訪れ倒れると、俺に向け何かを言うように口だけを動かし、そのまま息を引き取った。
母を悲しませ、俺を攫う様な奴だったが、ザッカートに世話をしてもらっていた間は、本当に優しく接してくれていた。
俺は心のどこかで兄の様に慕い、父の次に憧れを抱く程だった。
幼い俺はどうしたらいいか判断が出来ず、しばらくザッカートが息を引き取った様子を眺めていると、不意に気配を感じ顔を上げる。
そこには数匹の虫型の魔物の姿があり、完全に俺を捉えていた。
今では息をするより簡単に倒せる様な雑魚だが、当時の俺にとっては完全に死に直結する事象だ。
俺は心を恐怖に覆われ、道を外れながら森の奥へと逃げ込む。
何匹かはザッカートの死体に近付くのが見えたが、二匹が俺の後を追ってきた。
いくら同年代と比べれば頭の回転は早いとはいえ、4才が全力で考えながら走った所でしれている。
涙で視界もままならぬまま走り続けたが、意図も簡単に虫型の魔物に追いつかれた。
しかし、噛みつかれそうになった所を、運良くと言うべきか足を踏み外し、崖の下に転がり落ちてしまった。
結果的にはそれが功を奏し、虫型の魔物から逃げ切る事に成功する。
しかも身体が柔らかかったお陰か、転がる過程で身体が地面に何度も叩きつけられたものの、幸い致命傷には至らず、転がりきった先で俺は何かの穴に落ちていった。
そこで俺の意識は一旦途切れる。
ついでに言うと、俺の記憶もそこで失われた。
どれくらい経ったのだろうか、俺が意識を取り戻すと、辺りは暗く、落ちてきたであろう穴からは星空が覗いている。
身体の至る所が痛むものの、猛烈な喉の乾きを覚え、俺は必死で身体を起こし、周りを調べた。
俺は自分がリオンである事以外のことを何も思い出す事が出来ず、なぜこんな場所に居るのかも分からなくなっていた。
だが、自然と悲しみや寂しさといった感情は無く、頭は妙にすっきりとし、今までで一番落ち着いていたと言っても過言では無い。
落ちた場所は傾斜のある縦穴だったが、そこから横に伸びており、その奥からは空気の流れを感じ取れる。
俺は暗闇に向かい、穴の中を壁伝いに奥へと歩いて行く。
少し進んだ所にも傾斜のついた縦穴があり、やや開けた場所へと出る。
周りからは雫が滴り落ちる音が聞こえ、時より雲に隠れる月明かりを頼りに目を凝らすと、洞窟内にある鍾乳石から少しづつだが水が垂れ落ちていた。
俺はすぐに鍾乳石の下に向かうと口を大きく開け、ぽた、ぽたと墜ちる水を口に含む。
その場に腰を下ろし、しばらく雫を口に落とす事に没頭していると、またしても背後よりなにかの気配を感じ取った。
慌てて振り返ると、暗闇の中、目だけが光る大きな何かがそこに立っている。
しかしこの時、俺は怖いといった感覚が無かった。
あくまで推測だが、俺は極度の恐怖を味わった所為で、恐怖を感じる脳の機能が一時的に麻痺していた可能性がある。
特に動くこと無く、喚くことも無く、立っている魔物を見つめていると、その大きな何かは俺とは離れた場所に何か荷物の様なものを下ろし、何かの作業を始めた。
雲が隠していた月が姿を現すと、その大きな何かを照らし始める。
薄汚れながらも艶のある毛並みに、大きな牙と口を持ち、立派な尻尾を靡かせる狼型の獣人だった。
コボルトとよく間違われてしまうが、人狼種はコボルトとは比較にならない程大きく、言葉を理解する事も出来る。
俺はそのままその場に座り、しばらく人狼の作業を後ろから眺めていると、人狼が大きな溜息をついた。
「はぁ……」
続く言葉は無く、人狼は立ち上がると、鞄から石を取り出し魔力を込め、明かりを点けた。
「ねぇ君。どこから来たのか分からないけどさ、せっかく見なかったふりをしてるんだから、出ていってくれないかな。」
「なぜ?何の為に?」
俺は急に点いた明かりが眩しく、手で隠すようにしながらも、人狼に対し言葉を返した。
「なぜって……え?ここは私の住処。貴方は街に戻りなさいよ。」
「覚えていないんだ。どこから来たのか、なんでここに居るのか。」
「はぁ……覚えてないって……まじで面倒臭いんだけど………分かったわよ。今夜はここで寝てもいいから、明日には街に戻ってよね。街まで行けば、迷子の対応くらいしてくれるわよ。」
「分かった、ありがとう。」
「はいはい、どういたしまして。」
すると人狼はまた荷物に向かい何か作業を始めた。
「それは、何をしているの?」
「……はぁ……この近くで人同士の戦いがあったみたいなの。お金になりそうなものを持って帰ってきたから汚れを落としてるの。これでいいかしら?」
「分かった、ありがとう。」
「…はぁ……ちょっとこっちに来なさい。」
俺が呼ばれた通り人狼に近付くと、人狼は俺の傷を手当してくれた。
「私の所為みたいになっても嫌だからね。」
「ありがとう。君はなんでこんな所に住んでいるの?」
俺の問いに人狼は少し不機嫌そうな感じを出す。
「なぜって、貴方達人種が亜人狩りをしているからよ?……子供の貴方に言っても仕方ないのだろうけど。」
「狩り?なぜ?なんの為に?」
「知らないわよ!貴方の親にでも聞いてみたら!?」
「親…僕の親…思い出せない…」
「…はぁ…本当に面倒臭いんだけど…」
人狼はそのまま明かりを消すと
横になり眠ってしまった




