えぴそど23-勇2 殺意の種
「どうした餓鬼。痛みはもう無いだろ。俺の力で治してやったからな。」
少年はその言葉に左肩を擦り、右足を確認する。言う通り痛みも無く、足も元通りになっている。
ふと、気になり振り返ると、こちらに向かっていた冒険者が固まって動かない。
「今は時間を止めている。そいつ等に襲われる事は無い。だから安心して良く聞け餓鬼よ。貴様に力を与えてやる。そしてアスタリアを滅ぼして来い。」
少年は理解が追いついていない。
いきなり現れたこいつは何を言ってるのだと。ソレの姿をただただ眺めた。
ソレの背丈は後ろの冒険者と大して変わらない。
だが、その姿は人とは似て非なるものだった。
4つの目と腕を持ち、脚は短く一本で、首が異様に長い。頭部には2つの細長く紅い角が生えている。ボロボロの布を纏っており、瞳の中が螺旋の様になっていた。死臭の様な嫌な臭いを放つソレは、人と言うよりは魔物だ。
「聞いているのか餓鬼。ここに来る前に貴様の14年間の歩みを見てきてやった。さぞ苦しく辛い日々だっただろうな……だがそれも今日までだ!貴様は今日!生まれ変わるんだ!神の力を使い相手に畏怖と絶望を与えてやれ!最凶の使徒としてな!」
光を纏い両手を広げ天を仰ぎ、神と自称したソレが放つ言葉はとても神々しく、少年は完全に魅せられてしまった。
「あ…あんたが何者なんかどうでもいい!神だろうが魔物だろうが!崇めろと言うのなら何だって崇めてやる!殺せと言うのな誰だって殺してやる!滅ぼせと言うのならどんな国だって滅ぼしてやる!俺はただ!この世界そのものをぶっ壊したい!くれ!俺に力をくれ!今すぐ!」
少年はソレに手を伸ばす。
ソレは大変嬉しそうに微笑み、その手を握り返した。
「いいか、これは契約だ。お前には今から他を圧倒できる力が備わる。そしてそれはお前次第でまだまだ強く出来る。だが、一つだけ禁忌とする事があるからよく聞け。」
ソレは更に少年に顔を近づけ、4つ目で少年を見つめると、静かな口調でゆっくりと言葉を放つ。
「殺していいのは魔物やアスタリア国領に属する者だけだ。帝国領に属する者には手をかけるな。それらは俺の大切な駒だからな。どちらにも属していない者も居る様だが、そんなのは好きにすればいい。此れを破らばその力は永遠に失われるぞ。解ったか?」
「わ、わかった!約束する!あ…アスタリアを滅ぼした後の帝国はどうだ!ぶっ壊してもいいのか!?」
「はは、あぁ…そうだな…もし滅ぼせたなら、その後はやりたいようにやれ。」
「──本当か!?…でも、どうやって違いを見分ければいい!」
「時を戻せば、自然と判る様になる。そろそろ時間だ。じゃあな餓鬼。精々俺の為に頑張ってくれ。」
「あ、おい!まだ俺は────」
その瞬間、少年の心臓が大きく脈打った。
そして、膨大な量の知識が頭の中に流れ込んで来るのが分かる。同時に無機質な声が鳴り響いた。
【神託により以下の条件を満たしました】
【経験値500000を獲得しました】
【レベルが50に上昇しました】
【〈廓〉がスキルに追加されました】
【〈禍〉がスキルに追加されました】
【〈虚〉がスキルに追加されました】
【〈歪〉がスキルに追加されました】
【〈契約〉がスキルに追加されました】
【〈覡の眼〉がスキルに追加されました】
【〈身体強化(鬼)〉がスキルに追加されました】
少年は時折身体をビクつかせながらも、与えられた力の情報を噛み砕いていく。まるで、最初から知っていたかの様に馴染むまで幾らもかからなかった。
「ん?なんだ……お前らちょっと待て!」
アズは、少年が纏う空気が変わっている事に気付き叫んだ。その刹那、少年に袋を被せようとしたサブダブが宙に飛ばされる。
「離れろ!!ジョリーアン!」
次にジョリーアンに何かが当たり、衝撃で後ろの木まで飛ばされる。咄嗟にガードした大錘が真っ二つに折れていた。少年は立ち上がり、残された2人に向かい口を開く。
「こちら側か、くそっ!殺してやりたくて仕方が無いが、今は見逃してやる。」
少年は〈覡の眼〉の発動効果により、対象がどちらの陣営の者かが見える様になっていた。また、身体強化の発動効果に依る影響で、額から二本の紅く細長い角が生えている。
アズはコルピナに視線を送ると、コルピナは頷き、バックステップで距離を取り、拘束魔法の詠唱を始めた。
足元に魔法陣が展開されると、少年は左手を前に伸ばし、開いていた手の平をぐっと握り〈虚〉を使う。
その直後、コルピナの足元にあった魔法陣が弾けた。
2人は少年が何かのスキルを使った事は分かっている。
だが、何を使ったのかが分からない。分からなければ対処の仕様が無いのだ。
立て直しの為退くにも、ジョリーアンもサブダブも気絶している。置いて行く訳にはいかなかった。
「待て!待て待て!降参だ!武具も金も渡す!だから、見逃してくれ!」
アズの決断は早かった。
今までも死地は数え切れない程あった。その度に冷静に判断し、個性の強い3人をまとめてきたのである。この得体の知れない少年と、謎のスキルを相手に、これ以上の戦いに勝機を見いだせなかった。
「さっきそう言っただろうが…」
少年は苛立ちを持ったまま小さく呟く。
その少年の両手の甲にある印を見ていたコルピナが震えながら言う。
「お、おやややややっさん…あれ…てて…天舞の印だ…ま、間違いない…それも〈正〉の刻印…この子…いやこの御方は…ゆ…勇者…様です!」
コルピナの言葉を聞き、はっとした顔でアズも少年の手の刻印を確認する。アズには天舞の印かどうかは分からなかったが、熱心なパーフラ教徒でもあるコルピナがここまで動揺して言うのであれば間違い無い。
アズとコルピナは少年に跪き頭を下げた




