えぴそど224-勇45 退く者 退けない者
アズが振り下ろした剣を、魔法による防御壁を展開しつつ、両腕を交差させ受け取るサブダブ。
その衝撃派で、執務室の窓ガラスは一瞬で粉々割れ、吹き飛んだ。
アズは更に刃筋を変える様に、剣を握り直すと、身体を回転させながら剣を足元から振り上げる。
サブダブは上半身を反らし、剣を躱すと、そのまま地面に手を付き、アズの顔面に向け蹴りを放つ。
アズは顔を自ら蹴りとは反対方向に捻り、衝撃を逃がすと共に、裏拳をサブダブに向けた。
蹴りを入れた足とは反対の足を振り払われたサブダブは、体制を崩されながら更に身体を捻り、アズの胴体に向け矢の様に体ごと飛び、魔力を込めた蹴りを放つ。
「ぐっ!」
体制を崩された状態だった為、鎧の耐久度による防御行動になってしまったアズは、身体ごと大きく飛ばされ、壁を突き破り、中庭に落ちた。
「ふんっ……あっ!やばいってよこれ!」
地面に滑り込むように着地したサブダブは、すぐに壁に空いた穴から飛び出し、アズが落ちた場所へと着地するも、そこにアズの姿は無かった。
「うぎぎぎぎ!!!バハロ!!!」
「はい。」
サブダブのすぐ後ろに膝まつくように、黒装束の大男が現れる。
「アズはどこに行った!!」
「あちらから地下水道に入りました。既に追手を向かわせております。」
バハロが指差す方向をサブダブが見ると、地面に偽装された地下への入口があり、更に入口すぐは滑り台の様に傾斜がつけられていた。
「ち、地下水道!?そんな入口がこんなところにあるなんて俺は知らな……ぐがぁ!くっそっ!あのオヤジ!ハナから逃げるつもりだったでしょうよこれそれ!!!バハロ!絶対に逃がすな!必ず捕まえるでしょうよこれ!!!」
「はい、かしこまりました。」
バハロが手をかざすと、茂みに潜んでいた黒装束兵の残りも地下水道の入口に向け入って行った。
誰も居なくなった中庭で、サブダブは爪を噛みながら何かを考え込むも、レベリオン兵が近付く気配を感じると、姿を消した。
◇
【帝国領東部 ドロス地方、トロア地方境界地】
「はぁ…はぁ…よ、よーし。粗方片付いたかな~」
魔物の死骸から大錘を引き抜くと、ジョリーアンは辺りを見渡し、状況を確認した。
カクトがアレガナに向い三日目、ドロスとトロアの境界に築かれた砦では、連日と多数の魔物の襲撃があり、ジョリーアンはこの日も朝から対応に追われていた。
日も暮れ始めた頃、ようやく目に見えて数が減りだし、ジョリーアン自身も傷を追いつつ、防衛にはひとまず成功した様子を感じている。
「フック、レパード、被害は?」
「はっ、ティンバー兵の被害が甚大です。こちらは…ムフグが…やられました。」
「ジョリーアン様、生き残った者も、重症者が予想以上に多いです。同じ規模の襲撃がくれば、もちそうにありません。」
「そっか…だよね~……私はティンバー兵の指揮官に撤退を打診してくるからさ~二人は、介抱に回ってあげてよ。あと、ムフグにこれを。」
ジョリーアンは腰の鞄から、レベリオンの戦死者に渡される白銀の隻腕獅子章を取り出し、フックに渡した。
「はっ……お気をつけて。」
振り返らず手を力なく振り、ジョリーアンは砦の中に入ると、休む事無くティンバー兵の幹部が集う指令所に向かった。
扉の前に立つ護衛兵にすら覇気は無く、三ヶ月近く続く連日の防衛戦に、既に限界が近いのが見て取れる。
ジョリーアンは護衛兵の肩を励ますように軽く叩くと、そのまま許可を取らず中へと入っていった。
「……ジョリーアン殿…」
司令所に入るも、傷を追ったティンバー兵の幹部達の表情は暗く、反応は薄かった。
元々ティンバー兵は、土地柄、高レベルの魔物から領内を守ってきただけの事はあり、帝国内でも屈指の戦闘能力を有する集団ではあった。
また、領主のティンバー候は凡庸ながらも、これといった悪い所も無く、領民や兵士からは一定の支持があり、統治をそれなりに円滑に進めてきた人物だ。
しかし、当初レベリオンからの出兵要請を理由も無く拒んだ挙げ句、ジョリーアンの半強制染みた直接の陳情により、渋々派兵を承諾するなどの優柔不断さも見受けられた。
更に、実際に境界地の砦に送り込まれた兵士の数は明らかに少なく、自身が重要地として定めた防衛拠点であるにも関わらず、練兵度の低い末端兵でもある事から、ジョリーアンは信を置けないでいた。
「ケリア隊長、今日もひとまず魔物は退けられたよ。随分お疲れの様ですね~大丈夫?」
ケリアと呼ばれたティンバー兵の隊長は、ゆっくりと腰を上げ、俯いたままの他の幹部をかき分け、カップに飲み物を注ぐと、ジョリーアンに渡した。
「ご苦労さまです、ジョリーアン殿…」
ジョリーアンはカップを受け取ると、ケリアの肩を叩きながら、飲み干した。
「『ごくごくっ』…あ~暗いな~……よし!撤退しよう!この人数と戦力とこの士気じゃ、防衛範囲の広いこの砦は荷が重すぎる!モルガンかアワタまで退こう!」
その言葉に、幹部達は顔を上げ、些か生気が戻った様な表情を見せた。
「で、ですが、我々はティンバー候より、この『砦』の死守を命じられております。勝手に退く訳には…」
「あ~それは分かるんだけど、私達って元々モルガン開放を目的としてた筈なんだけどな~」
「その点については、申し訳なく思っております。ですが、壊滅したモルガンの復興にはまだ程遠く、あそこは規模的にも元々防衛拠点には向きません。」
「じゃぁアワタにしよ~よ~あそこならここよりはマシでしょ~?」
側で聞いていた幹部達は、ジョリーアンが言葉を発せば、明るい表情を見せ、ケリアが言葉を発せば、落胆の色を見せていた。
「わ、分かりました。ティンバー候にアワタまでの前線後退を打診します。それでいかがでしょうか。」
「……ん~……ん、了解。じゃぁ私は少し休ませてもらいますね~」
ジョリーアンはカップをケリアに返すと、そのまま振り向き指令所を後にした。
外に出るとレベリオンの兵が吹きさらしの状態で休んでおり、ジョリーアンの姿を見つけると、敬礼を見せた。
「ジョリーアン様…如何でしたか?」
フックが立ち上がり煙草を手にジョリーアンに駆け寄ると、ジョリーアンは差し出された煙草を咥え、複雑そうな苦笑いを見せる。
「さ~てどうしたもんかね~」
ジョリーアンのその言葉に
レベリオン兵の表情はより一層暗く曇った
 




