えぴそど212 お茶会
「あれはランスターのへいしか。」
「ああ、セシルに聞いてみたんだが、一応はパーフラ教のお忍び滞在になっているみたいだな。」
「フットプリンツの存在は秘匿されているのです。恐らくランスター家は、直接的には関わり無いどころか、街に入り込んでいる事すら知らないようなのです。」
桃犬を見つけ、最初の話合いを行ったのが昨日。
俺は改めてアルネロとヤッパスタを連れ、奴らが拠点としている西側城壁近くの倉庫に来ていた。
塀で囲まれた倉庫の入り口には、エリシアと呼ばれていた、白いローブの女性が出迎えていた。
「あ!え、エリシアさん!!」
ヤッパスタがここぞとばかり反応すると、エリシアは若干表情を緩め、ヤッパスタに向け軽い会釈をした。
「皆様、お待ちしておりました。改めて、中へ案内致します。」
中に入り、昨日と同じ通路を進んでいく。
交渉という事もあり、俺達は必要最小限の武器しか持っておらず、敵対行為の意思は無い事を示している。
鉄柵の奥の部屋へと入ると、正面に英国式の桃犬が、左側のソファーに白いローブの女と、その護衛と見られる冒険者が3人立っていた。
「ははっ、まじでアルネロか。」
アルネロの姿を見るや、桃犬が口を開く。
俺達はエリシアに案内されるがまま、桃犬の言葉には反応せずソファに腰をかけた。
てっきり、すぐにアルネロが話を始めるかと思いきや、アルネロは正面に座る白いローブの女を睨んでいる。
「おや?いかがされましたか。私の事はそちらの方から聞かれているでしょう?同席も許可頂いた筈なのですが?」
白いローブの女は、カップに入った飲み物をスプーンで回しながら、余裕を感じさせる口調でアルネロに問いかける。
「……パーフラきょうのものがいることはきいていた。だが、それが『賢者』だとはきいていない。」
「「「え!?」」」
その言葉に俺とグリカ、ヤッパスタは驚きを隠せ無かった。
「私は桃犬から聞きましたわよ。貴方達がアスタリア王国の魔族だという事が。それも正式な入国ではない事も。」
「これが…賢者…」
俺の思考は半分止まったまま声を漏らしてしまった。
「あらあら、もしかして気付いておりませんでしたの?貴方達に声をかける前に、わざわざ手袋を外してあげていたというのに。」
その言葉に、俺が白いローブの女の手を見ると、甲にしっかりと刻印が刻まれている。
「すげぇ、本当に居たんだな。」
「初めて見たのです…」
「ええ、この通り。改めまして、賢者として偉大なる我らが神より信託を授かった、ベル・ホロントと申します。されはて、それで、如何なさいます?今ここで私を殺せば、少なくともあと100年は戦争が起きませんわよ。」
賢者はカップを口元へ運ぶと、目を閉じ、優雅に呑み始める。
「まぁ、待てベル。こいつらは俺の客だ。それに、康介が言うには、それなりに価値のある情報を持っているらしい。今は黙っていてくれ。」
「……ええ、構いません事よ。」
「ということだ。アルネロ、不満か?」
未だ警戒する様に賢者を注視するアルネロに対し、桃犬が問いかける。
「……ふまんか……ふまんはない。だが、こちらのわたすじょうほうは、『国家防衛』にかかわるじゅうようじこうだ。それを、このおんなにきかせるにはていこうがある。」
「なるほどな。その言葉で分かった。帝国と王国を行き来する方法を、お前達は知っているんだな。」
桃犬の言葉に、場の空気が変わった事が分かった。
俺の額には自然と冷や汗が垂れ、グリカとヤッパスタは、あからさまに目が泳いでいる。
先程まで余裕を出していた賢者サイドにも、緊張が走っている事が分かる。
「……そうだ。」
「あ、アルネロ!」
「だろうな。ははっ!康介、そんなに焦るなよ。お前達が密入国してる時点で、そういう方法で来たと思うだろ普通。それに、恐らくその情報は、お前達が把握していたものでは無い。違うか?」
「ああ、『拳王』キラハからのじょうほうだ。」
「キラハが貴女に!?」
拳王の名前に、賢者がいち早く反応する。
そう言えば、恋仲だとか何だとか言ってた気がするが、この反応を見るに、かなり入れ込んでいる様子だ。
「……なぁアルネロ。先にはっきり言っておく。もうお前達も分かっているだろうが、俺は人の記憶を覗く事が出来る。ここにベルが居る時点で、お前達を無力化し、無理矢理知る方法は幾らでもあるんだ。」
「ああ、わかっている。だが、ただではやられない。コースケがここにいるいみが、きさまにわからないわけではないだろう?」
アルネロがそう言うと、賢者の後ろに居た護衛らしき冒険者達がやや構え気味に、殺気を出している事が分かる。
「ふふっ、面白い事を言われるのね貴女。まるで、このお方が私に勝てるとでも仰ってるみたい。」
「ああ、アルネロはそう言っている。ベル、この男を知らないだろうが、康介は拳王キラハと戦い、表向きは負けているものの、その実、同格かそれ以上だ。まぁ、俺もアルネロの記憶で見ただけなんだがな。」
「嘘よ、だって彼のレベルは2ですわよ。ふふっ、どうやってあのキラハが負けるのです。」
余裕を出しながらそう言い放った賢者に対し、俺やアルネロ、桃犬に至ってまで、まっすぐに賢者の顔を見返した。
「………何よ……」
「……アルネロ。なぜベルが俺達と一緒に居るのか、そこを特別に教えてやる。それこそ、国家機密だぞ。」
「桃犬!貴方!──」
急に立ち上がった賢者を、桃犬は片手で静止し、アルネロから視線を外さないまま、言葉を続ける。
「わかった。こちらもはなそう。」
正直な所
賢者の存在が異様なまでに邪魔だった
 




