えぴそど2 赤い熊と黒の鎌
各話読み直しを行い、読点の位置や細かい表現を修正したりしています。投稿する前にしろよとお思いの方、本当にすみません。今土下座してます。
7匹居た小鬼は既に3匹しかいない。残りの4匹は無残な姿に引き裂かれ、真紅の巨大熊はそれを頬張っていた。
不意に巨大熊の視線がこちらに向けられる。
生き残った子鬼達も巨大熊の視線を感じ取り、俺の横を走り抜け、逃げて行ってしまった。
正直なところ、この時の俺は『生』を諦めていたのかもしれない。
訳も分からないままこんな所に放り出され、素っ裸にされていると思えば棒で殴られた。その上、抗いようの無い暴力の前に鎮座させられている。
諦めるには充分だ
餌になる為に召喚されたのであれば、それはそれで納得してみせるので、説明は欲しいところだった。
巨大熊は狩った小鬼を一通り食べ終えると、四足歩行のままゆっくりとこちらに向かってきた。俺の足は震え、下顎がガチガチとカスタネットになり止まらない。
すぐ目の前までやってきた巨大熊は、恐怖に呑まれきった俺を嘲笑うかの様に右手を振りかざし、俺は目蓋で視界を塞いだ。
『カキィィィィィ』
まるで金属同士がぶつかる音が鳴り響く。
俺は強く瞑っていた目を開けると、巨大熊は大きく後ろへ仰け反っていた。
【経験値50を獲得しました】
今度は抑揚の無い機械音声が脳内に響く。
声の主を探そうと辺りを見てみるが、誰もいない。
『カキィィィィィ』
【経験値50を獲得しました】
キョロキョロしているところへ巨大熊の追撃が走ったが、巨大熊はまた大きく後ろへ仰け反っていた。
「生きてる…のか…?」
俺は自分がすでに死んでいるのかどうかも分からず、声で風を切ってみた。どうやら巨大熊の爪は届かず生きているみたいだ。
「グォォォォォォォォォォォォォン!」
巨大熊は咆哮をあげ、その声が怒りを表している事を察するのは容易かった。さらに右手を先程より大きく早く振り降ろしてくる。何が起きているのか知る為にも、今度はその爪を最後まで凝視しなければ。
『ガキィィィィィ』
【経験値50を獲得しました】
インパクトの瞬間は条件反射で目を瞑ってしまったが、爪が届く瞬間、皮膚から数センチの所に、魔法陣の様な模様が入った光る膜が現れている。その膜が攻撃を弾いたのだ。
巨大熊はやや後退し、こちらの様子を見ていた。これならいける。救い様の無い暴力が物言うこの場の支配権が、完全に俺に移り変わったのだ。これがマンガやゲームの様な世界ならば、後は攻撃手段を用いるのみ。
戦い
そして生き残る
その決意を抱いた瞬間、視界の中に文字が現れた。【レベル】と【経験値】に【すきる】
これはステータスボードという物だろうか。
マンガとかでよく『ステータスオープン!』と叫ぶやつだろこれ!気分は高揚し、目にみるみる生気が満ちてきたのが自分でも分かる。丸出しの股間も楽しそうに元気になっている。
巨大熊が再びこちらに向かってきているが、今は熊への興味が薄い。慌てずステータスボードの【すきる】欄を意識しながら見ると、箱が開かれ候補が出てきた。
〈小かま 50/5〉
〈大かま 50/100〉
が、攻撃手段の様だ。
巨大熊の攻撃が繰り出されるが、避ける素振りもせず棒立ち状態の俺。お構いなしにスキルの説明は無いか確認する。まぁ結果から言うとそこまでの親切設計では無かった。
〈かま〉は鎌なのだろう。右に表示されている数字は使用回数で間違いない。だが、今はじっくり見ている時では無い。早く使ってみたい!
『カキィィィィィ』
【経験値50を獲得しました】
もはや邪魔にさえ思えてきた巨大熊の攻撃もここまでだ。今度はこっちの番だぜ!意気揚々と〈大かま〉を見つめ、発動を念じながら右腕を前に伸ばしポーズを決める。さぁこい!大かま!!
【男気が足りません】
透かさずアナウンスが脳内に響く。
恥ずかしい。とてもやるせない気持ちでいっぱいだ。というか男気ってなんだそれ。
仕方なく〈小かま〉を選択すると、視界にはスマホアプリの様に〈はじまり〉と〈おわり〉というボタンが現れ、下部には〈けってい♡〉ボタンまで表示されていた。
スキルボードやスキルを選択した時の様に、強く意識しても動かなかった為、実際に指でなぞってみると〈はじまり〉と〈おわり〉を動かせることができた。
始点終点だとすぐに理解した俺は、熊が逆袈裟斬りで両断される様にイメージし、右手でなぞりあげ、左手で〈けってい♡〉を押した。
その振る舞いはさながらジョ○ョ立ち
気付いた時には真っ黒い剣先が巨大熊を貫いている。決定を押した瞬間に出てきた為、出現シーンを完全に見逃してしまった。
始点と終点まで薙ぎ払わられるかと思っていたその攻撃は、筍が伸びた様に突き刺ささる形になった。
その剣をよく見ると、緩やかな曲線がなぞられており、名称の通り『鎌』の刃先を思わせるには充分だ。
刃と背の境目は無く、ただただ真っ黒いそれには、俺の間抜けな顔が反射していた。
間も無く、鎌が始点の方にヌルっと吸い込まれ消えた。巨大熊の左脇腹と右肩より大量の血飛沫が吹き出し、前のめりに巨大熊は倒れたのだ。
【経験値1800を獲得しました】
【レベルが2に上昇しました】
脳内にまたアナウンスが流れる。
鎌に気を取られていたが、気付けば巨大熊は絶命している様だ。向けられた暴力に暴力で対抗し、初めて生き物の命を奪ってしまった。
だがそんな事は正直どうでもいい。
現実に起きている理解を超えた現象と、もぎ取った勝利に、ただただ興奮しているだけだった。