えぴそど199 真実が離れ
「アの陸、賊はどうなっていますか。」
眩しいほどの照明に照らされ、全面が白色の研究室の一角で、紅梟は数値が書かれた資料に目を通しながら部下に質問をする。
「はっ、直接攻撃を仕掛けてきているのは三名。内一名は緋猫と判明しております。」
「……ハピオラ・ケイブル…………………世界の秩序を保つ為に必要な事だと、何故それが分からないのだ……天舞などに任せていては世界が終わるのだぞ………」
紅梟は資料を置くと、メガネを外し、眉間の辺りを手で摘んだ。
「黒猿は?もう戦闘に加わっているのですか?」
「黒猿様は栽培場の襲撃を沈静化する為、イ種を連れ向かっていると報告が。ゴーロンからは、ウ種がイルミナ魔鉱石のみ持ち帰っている模様です。」
「……おそらくただの陽動でしょうね。イルミナが運び込まれても、ここが墜ちれば意味が無い。黒猿はまんまと踊らされています……イルミナはこちらでは無く、分散させ、別のラボに向かわせなさい。」
「賊はたった三名、それでも堕ちますか?」
「……あのキレ者が勝算無く攻めて来たとは考えにくいでしょう。人工的に造られ、人格が変わったと言えど、この世界で彼女以上の頭脳の持ち主は居ません。」
「では…」
「ええ、撤退しましょう。必要なデータと機材を絞り、速やかに運び出す様に。なお、黒猿含め、外の者にはそのまま襲撃の対処をさせます。撤退の時間を稼げれば良し、緋猫を仕留められれば尚良しとしましょう。」
「はっ、全種に伝えて参ります。」
「………アの陸、待ちなさい。イの壱を呼び戻し、アの仇に黒猿到着まで討伐指揮を全任するよう付け加えます。その後、イの壱には我々撤退班に加わる様にと。」
「……はっ、かしこまりました。」
研究室を出ていくアの陸を目で追い、紅梟は資料に火を付けると、鞄の中に設置されたボタンを押した。
真っ白だった壁面が急に透明性を帯びると、そこには液体に浮かぶ、無数の無毛の人体があり、管で繋がれている。
「魔族も人族も同じ個体である以上、この世界は神の意思そのものだったのですよ。それに背かんとする天舞どもの肩を持ち、真実をねじ曲げ様など……くそっ!」
紅梟が悔しそうに別のボタンを押すと、液体の色が紅く染まり始め、液体内に浮かぶ各個体に設置された心音計が、個体の死亡を告げた。
◇
既に走る事が苦痛になる程の傷を負ったユージリンとゴンガは、ハピスが戦っている丘の上を目指していた。
「ユ、ユージリン!あれ!」
ゴンガの声に、ユージリンが顔を上げると、側面から多数の王国兵が向かってきているのが目に入る。
「王国兵…あの紋章はヴィガルド伯爵のものだ。やはり繋がってたんだフットプリンツとヴィガルド伯爵は…下手したら、王国の中枢にも既に……」
「そ、そんな事より、あの人数じゃ流石にせ、先生が危ねぇだ!」
心配そうなゴンガを横目に、ユージリンは緩く微笑むと、ゴンガに止まるように指示をする。
「大丈夫だゴンガ、これは全部ハピスさんの読み通りだ。俺達はここで待機する。」
「え!?た、待機だか!?んでも!せ、先生が囲まれちまう!」
「拠点兵の目を自身に集中させ、更に増援で駆けつけるであろう王国兵が揃うタイミングと位置まで完璧だ。これは作戦通りなんだよゴンガ。ハピスさんなら大丈夫。」
尚も狼狽えるゴンガの身を伏せさせ、ユージリンはハピスに渡されたポーションをゴンガにも渡すと、王国兵が走り出し、その怒号にも近い兵達の声が、一点に集中した事を感じ取っていた。
「イオ魔鉱石の攻撃が来る。それまでに俺達はこれで出来うる限り回復するんだ。」
「あ、ああ分かっただよ。」
「見ろゴンガ。ダイフクだ。ハピスさんの合図だぞ。」
重量物が空気を切り裂き、天に登る音が響く方向を見ると、ハピスの鉄球が空を一直線に登っているのが見えた。
「来る。」
◇
「な、なんだ…何が起きている…?」
ハピスに向かっていた王国兵の指揮官であるガイガンは、遠方より飛来する謎の攻撃を、呆然とただ見ていた。
「ガ、ガイガン様!お下がり下さい!!この場所では爆発が届きます!!」
「ガイガン様!第二、第三小隊が壊滅!第四、第五小隊もこのままでは!!」
「う、うるさい!き、聞こえぬ!!」
幕僚達の呼びかけも、次々襲いかかる発光と爆音に、所々かき消されると、ガイガンの思考は更に混乱を極めていた。
「ガイガン様!広域魔法陣の展開が見受けられます!」
「広域魔法陣だと!?」
それは、爆発範囲の外に居たガイガン達の足元にまで及び、気付いた際には既に陣が完成してしまっていた。
「なっ!?如何ほどでかいのだ!!!た、退避!!さ、下がれぇぇぇ!!!!」
ようやく放たれたガイガンの号令も虚しく
王国兵達は光の中へと消えた




