えぴそど187 静寂に汚れ
(はぁ…はぁ…あ、危なかった!!!)
商店から少し離れた建物の屋根から、息を切らしながら、様子を眺めるユージリンの姿があった。
(大丈夫、姿は見られていない筈だ。)
ダリアが咄嗟に振り向いた事により、様子を覗き見していたユージリンは、素早く身を隠す必要があった。
その場にそのまま留まらず、すぐさま移動した事が功を奏し、見つかる事は無く、先程まで居た商店の様子を伺う余裕が出来ていた。
(ハピスさんは魔鉱石が最後のピースに近いって言ってたな…やばいか…)
商店では、周りを埋め付くほどの警備兵が出てきており、近くを通る一般人すら呼び止め、辺りを調べている。
(あの女を追うべきなんだろうけど…これ以上の長居はリスクが大きい…仕方ない……)
野次馬等も集まり、騒ぎが大きくなった為、ユージリンは潮時と判断し、その場を離れゴンガと合流すべく、宿を目指し歩き出した。
(ん?あれは……)
その途中、夜にも関わらず、一軒だけ営業をしてる店があり、ユージリンは導かれるかの様に、その店へと入って行った。
◇
(んーどうしたもんか…)
ハピスは王国北西部にあるゴーロンの街より、更に北部にある場所に来ていた。
(傾向で言えば、洞窟や森の中だったんだけどなー………)
これまで見つけたフットプリンツの拠点は、何れも人目を避け、目立たない場所に作られていた。
それは、秘密結社を自称し、隠匿主義のユウジの影響が大きいと言える。
(これだけ開けた場所となると…)
だが、今回の目標となる地点には障害物が無く、ただただ見通しの良い草原が広がっており、その中に建つレンガ造りの建造物は、風景に確実な違和感を残している。
今までの拠点の規模を考えれば、建物自体はやや小さくも思えるが、地下に広げている可能性は充分に考えられ、外から見るだけでは、その規模を把握出来ない。
また、地盤の起伏により、小さな丘などはあるものの、見渡す限り、数キロに至っては木々なども殆ど無く、近付いての偵察は困難を極める状況となってしまっていた。
(洗脳された見張りがあれだけ立ってるって事は、ここで間違いないんだろうけど…これはユウジの指示じゃない。明らかにクラバナが独断で動いている。)
ハピスはやや眉間にシワを寄せると、何かを想う様に、奥歯を噛み締めた。
建物の周りは魔鉱石により明るく照らされ、槍や弓を携えた見張りが、夜間にも関わらず多く配備されている。
その見張りの者達の目は、洗脳されているのが一目瞭然である程に生気が無い。
(この8ヶ月で既に5つの拠点を潰した…流石に迎え撃つ手は考える頃か。)
ハピスは結局それ以上の接近を諦め、辺りの状況を再確認すると、その場から離れ、ゴーロンへと戻って行った。
◇
ハピスが偵察を諦め街に引き返していた頃、レンガ造りの建物前に馬車が一台到着する。
中から降りて来たのは、黒いタイトなロングドレスを着た長身のダリアだった。
そのまま護衛と共に、建物の中に入ると、男が一人出迎える。
「おかえりなさい黒猿。」
「その名前で呼ばないでくださいクラバナ。私の様に可憐で清楚な女に対して、猿だなんて、ユウジは本当に何を考えているのかしら。」
クラバナは護衛に合図を送ると、ダリアを残し、護衛達は外に出て扉を閉めた。
「皆の前では君か様を使い、敬いなさいダリア。私の事も人前では紅梟と呼ぶ様に。それに、私はいい名前だと思いますよ。貴女には必要な名だ。」
「ちょっと、馬鹿にしているのかし──」
振り返ったダリアをクラバナは抱き寄せ口づけをした。
「馬鹿になどするものですか、貴女以上に美しい女性を私は知らない。あの馬鹿に付けられたという屈辱が、貴女の、そして私の狂気を駆り立て、更に高みへと昇華させるいい発奮材料だと、私はそう考えています。違いますか?」
「……なら、キスだけではなく、こちらでも証明してみてください。でないと、暴れますよ。」
ダリアはその場でドレスを脱ぐと、クラバナは微笑みながらダリアを抱きかかえ、建物の地下へと降りて行った。
◇
「だー!どうしょーねーユーゴーロン!どーしょーか!どーしょーよ!」
頭をガシガシと掻きむしりながら、ハピスはベッドの上を転がっていた。
「この街限定にしておいてくださいねその名前。他じゃ私の事を呼んでいるのかどうかも分かりませんよ。でも、ハピスさんが踵を返す程だとすると、このメンバーでは厳しいですか?」
宿屋にはハピス、ユージリン、ゴンガが揃い、それぞれ持ち寄った情報を共有している。
「うーん、厳しいと言えばもちろん最初から厳しい戦いの連続だった訳だけれどもー君は本当によくやってくれてるよ。もちろんゴンゴンもね。」
ハピスの中では、旅を始める当初から、ユージリンの実力では生き残るのは難しいと踏んでいた。
だが、それを上回る働きを見せ、死線を乗り越えた事により、ユージリンの戦闘能力は以前とは比べ物にならない程に成長している。
だからと言って、特別性がある訳では無く、今のユージリンレベルの層は、正直な所5万といる。
迎え撃つ体制を整え、天舞の組織に対し、三人では厳しいというのがハピスの見解だった。
「どうしよかなー私はともかく、今回、君達は流石に死んじゃう可能性が高い………そこでだ、君はどうしたい?ユージリン。」
ハピスが急に真顔になった事により、空気が変わるのを感じつつ、ユージリンは目を閉じ深呼吸をすると、真っ直ぐに目を見開き、ハピスに答えた。
「行きましょう。虚勢でも慢心でも無く、やらなければそこで終わりです。」
ハピスはその言葉を聞くとにっこりと微笑み
ユージリンの肩を優しく叩いた




