えぴそど176 階級別ダンディズム
ヤッパスタとエリシアは酒場で酒を酌み交わし、あれやこれやと他愛もない世間話を続けていた。
二人で呑み始めてから一時間ほどが過ぎた頃。
「それにしても、本当に飲みやすく美味しいお酒ですねこれ。流石に顔が熱くなってきました。こんな素晴らしいお酒を知れるなんて、ヤッパスタさんが居てくれて良かったです。」
「そ、そう言ってもらえると、俺も男が立つってもんだぜ。」
「ここに居たのか!ぷるぴぽーい!!探し回っちまったぜー!ぎゃふー!」
二人が談笑していると、邪魔するように真後ろから甲高い男の声が響いた。
更に、その男がエリシアの椅子を蹴った事により、ヤッパスタの怒りは沸点を瞬間で超える。
「なんだてめぇ!なにしやがる!!!ぶっ殺すぞ!」
ヤッパスタは男の胸ぐらを掴み、顔を近づけ鼻息荒く恫喝する。
男は獣の顔がデザインされたフードを深く被っており、顔ははっきりと分からなかったが、どこか不穏な雰囲気を醸し出しているのをヤッパスタは感じていた。
「なんだチミはってか!ひゃはー!!やんのかー!おうおうー!やんのかやんのかー!びゃははっー!」
「ま、待って下さいヤッパスタさん!彼は私の知り合いです。リオンさんも煽るのはお止め下さい。」
エリシアは二人の衝突を止めようと、間に入った。
「知り合い?いくらエリシアさんの知り合いだからって、椅子を蹴るこたぁねーだろ!てめぇ!エリシアさんに謝りやがれ!」
「はぁ?はぁはぁはぁ?てめぇうぜぇなぁおい。」
「ちょ、ちょいと!またあんたかい!揉め事は店の外でやってくんな!」
女亭主の言葉に、ヤッパスタが周りを見渡してみると店内は静まり返り、客はヤッパスタ達を見ていた。
「ちっ、てめぇツラ貸せや。」
「ぷふふふー!ひゃほぉーい!かせかせかせやー!だひゅー!」
ヤッパスタは硬貨の入った袋をカウンター女亭主に渡し、男を連れ店の外へと出た。
「ヤ、ヤッパスタさん!」
「エリシアさんは黙っていて下さい。男には引き下がっちゃいけねー時があるんです。」
ヤッパスタは服を脱ぎ、上半身を裸にすると、両手を合わせ、拳をボキボキと鳴らした。
「だひゃひゃひゃー!待って!ねぇちょっと待って!ぷふふふ!まさか拳で殴り合おうとしてるのかお前!」
リオンと呼ばれた男が挑発するようなポーズを取りながら、構えるヤッパスタを笑う。
「あたりめーだろ。街の中で得物や魔力を使ってヤる訳にはいかねぇ。だがよ、てめぇをぶんなぐらなきゃ気がおさまらねぇ!!」
「ぷふふ…そうか……熱いなあんた……って!あほかー!!!体格差考えろぼけぇ!!!どう見てもヘビー級とミニマム級の戦いだろこれ!!なんだよその腕!どんだけ鍛えてんだあほぉ!!」
リオンは急に真顔になり、真剣にツッコんだ。
「ヘビイキュー?何を言ってやがるんだてめぇ。」
「ウケるわほんと!!……ん?……ちょっと待て、お前どこかで……」
「あ?…てめぇなんか知らねー!時間稼ごうたってそうはいかねぇぞ!来ねぇならこっちから行ってやらぁぁぁ!」
ヤッパスタはリオンに勢いよく駆け寄り、右手を振りかぶると、大振りながら轟音が響きそうな速さで拳を突き出した。
突き出した拳は空振りし、振り出した腕の上にリオンはちょこんと顎を置いた。
「まぁ待てって。お前ヤッパスタつったな。あれか、カルフィーラやアルネロの仲間だろ。」
その言葉にヤッパスタは焦りを覚え、リオンの顔を振り払うと、素早くバックステップを取り、リオンと距離を取る。
「なぜ、その名を知ってやがる。」
「やっぱそうか。アルネロも来てるのか?」
「………知るかボケ。」
「答えとして受け取ろう……ぶひゃひゃ!!!面白くなってきたじゃねーか!!ヤッパスタ!見逃してやる!いい情報をくれた対価だ!だひゃひゃひゃ!ぷるぴっぽーい!!!」
「おい!待て!話は終わってねーぞ!!」
「きゃはー!大丈夫だ!またすぐに会えるぜー!エリシアー!俺は先に帰る!お前もすぐ戻って来いよー!!」
リオンはそう言うと、ヤッパスタの制止を聞かず、振り返り一人で街の奥へと歩いて行った。
「ヤッパスタさん…」
「………エリシアさん…喧嘩してた知人ってのは、あの男ですかい…?」
「いえ、あの人は協力者と言うか、喧嘩する程親しくはありません。」
「そうですかい…どちらにしろ、お見苦しい所を見せてしまいました。お知り合いなのに先走ってしまってすみません。これ以上は迷惑をかけられねぇし、俺はもう行きます。」
ヤッパスタはそう言うと、地面に投げた服を掴み、エリシアに背を向けた。
「あ、あの!!」
エリシアの声に、ヤッパスタは立ち止まり、振り返る事は無く、少しだけ顔を傾けた。
「迷惑だなんて全然思ってません!私!こんなに楽しい時間を過ごしたのは初めてです!!今日は!その…本当にありがとうございました!!声をかけてくれて……名前を褒めてくれて!とても嬉しかったです!!」
ヤッパスタはその言葉に返す事は無く、拳を空に向け掲げ、悠々とした佇まいで再び歩みだした。
エリシアは、その後ろ姿をどこか頼もしい気持ちで見つめると、微笑みながら振り返り、帰路に付いた。
二人の間に、どこか優しい風が吹く中、ヤッパスタは荷物を置いている宿が反対方向である事と、持ち金全部や、トールハンマーを店に置いてきてしまって事を思い出す。
掲げた拳はどこか悲しそうに
天に向け握られていた
 




