えぴそど170 岩山ハイキング
数時間にも及ぶ白熱した議論の翌日、外の方から騒がしく聞こえる人の声で目を覚ました俺は、ベッドから起き上がる。
「おはようございます。コースケ様。」
寝ぼけ眼で部屋から出ると、待機していたメイドが挨拶をしてきた。
「あ、お、おはようございます。この音はなんなんです?」
「はい、起こしてしまい申し訳ございません。セシル様含め、魔物討伐の準備を行っている所です。」
メイドさんの言葉に、通路にある窓から正面の庭を見下ろすと、昨日の魔鉱石で走る馬車が二台と、何が入っているのか分からない木箱が用意されていた。
「朝早いんですね。せっかく起きたんだし、俺も準備しますよ。」
「かしこまりました。お食事はいつでもご用意出来ますのでお申し付け下さい。」
メイドさんに頭を下げ、部屋に再び戻ると、俺は討伐に必要な荷物を準備する。
と言っても、正直俺はこの曲がった短槍さえあれば、身一つでいつでも戦える。
旅に必要な物は、帰って来るまで置いとけばいいのだ。
「よっとっ」
俺は服を着替え、短槍を担ぎ、部屋の外のメイドさんと一緒に一階に降りる。
「おお!下民!起きたか!見ろ!昨日の三倍の回収箱を積んだぞ!」
階段を降りると、開いた正面入り口の近くに立っていたセシルが、元気一杯な様子で仁王立ちしていた。
「は、はぁ、セシルさんは早起きなんですね。」
「はははっ!こんな素晴らしい日に寝ているなど、そんな勿体ない事が出来るか!下民も準備は良いようだな!アカーシャとグリカはどうだ!?」
今更なのだが、なぜか俺だけ下民呼ばわりされていないかこれ。
まぁ、いいんだけど別に。
そんな事を考えていると、後ろからアルネロとグリカが降りてきた。
「おはようございます、セシルさま。」
「お、お早う御座いますなのです。」
「揃ったな!よし、下民達はすぐに朝食を食べるんだ!食べ終わったら出るぞ!はははっ!」
こうして、特に出発の時間は決まっていなかったものの、起きると同時にトントン拍子に予定が決まっていき、朝食を終えた俺達は休む間も無く馬車へと乗せられた。
俺達はセシルとは別に馬車に乗り、先頭を進む。
アルネロは斥候を買って出た為、馬に乗り、案内役のセシルの従者と一緒に馬車よりも更に先を走っていた。
「グリカは今向かっている所を知ってるのか?」
どうやら俺達は、スタンレー山脈と呼ばれる山に向かっているらしい。
昨晩の会議で色々な話が出ていたが、結局の所、未だ誰も探索に入っていないと思われる場所と言う事で、そこに決まった様だ。
「もちろん知っているのです。天照の塔からも見えた、巨大な岩山が連なった山脈なのです。ジャンカーロからも見えていたのです。」
「ほへー、有名なんだな。」
「ほらコースケ、アレなのですよ。」
グリカが指差す方向を見ると、案外近くに切り立った岩山があった。
「ああ!来る時ずっと見えてた奴じゃん!」
「そうなのです。あれがスタンレー山脈なのですよ。あ、魔物だ。」
グリカの言葉に前を向き直すと、数匹の虫型の魔物が出ていたが、アルネロが有無を言わさず瞬殺していた。
横に居る侍従の方のひきつった顔が、なんだか可哀想に思える。
「道を少し外れるだけで、こんなにも魔物とエンカする確立が上がるんだな。」
「えんか?うん、よく分からないのですが、転送された魔物はすぐに餌を求めて移動すると聞いた事があるのです。よく出会うと言うことは、やっぱりそれだけホットスポットが近いと言う事だと思うのですよ。」
「にゃるほろ。じゃぁ、あながち今向かってるのは間違いじゃないって事なんだな。」
「それはどうかななのです。数年前から、いやもしかしたら場所によってはもっと前から、帝国では魔物の転送が活発になっているのです。スタンレー山脈だけが原因とは限りませんし、潰した所で、次が出来るだけなので、正直キリは無いのです。」
「そ、そうなんだ。」
「そうなのです。だから魔王を止めない限り、帝国に平和は訪れないのですよ。」
グリカは山を見ながら、強い眼差しでそう言った。
「ん?アルネ…ア、アカーシャ様が止まったのです。」
「お?どれどれ。」
御者の後ろから前方を確認すると、随分と先にまで進んでいるアルネロが、馬を止め、一緒に居る侍従と何かを話している。
そのまま馬車がアルネロに追いつき、アルネロの前で停まった。
「どうしたのだアカーシャ!何を止まっている!」
すぐさまセシルが馬車を降り、俺達が乗った馬車の横を過ぎアルネロに詰め寄る。
「はい、もうしわけございません。ですが、あれを。」
俺とグリカも馬車を降り、アルネロが止まっている先を確認する。
アルネロが指を指した方向には、大型の魔物が三体鎮座している。
まだ距離があり、こちらには気付いて無い様だが、このまま進めばバッティングしてしまう状況だった。
「む、おい。あれは何と言う魔物だ。」
セシルが侍従に確認を取る。
「はっ!あ、あれは確か…」
「ボグノーンではないか?」
「いや、翼が生えている。ボグノーンは飛べないぞ。」
「ウェイブラットだ。」
「馬鹿者。どう見てあれが鼠に見える。」
侍従達は図鑑の様な本を急ぎめくりながら、あれやこれやと議論しているが、答えが出てこない。
「セシル、あれはマンティコアだ。」
俺の後ろからスティンガーがそう言うと
侍従達の顔が恐怖に飲まれて行くのが分かった
 




