えぴそど163 魔猿シルエット
サブダブはグリカの手を引きながら、やや足早に階段を降り始め、虚ろな表情を見せるグリカを見ていた。
「はぁ…お前、名前はなんていうんだ?」
「え、あ、私はグリュンゲルガー・ゼゾイボットです。グリカとも呼ばれるのです。こほっ!こほっ!」
「ゼゾイボット…キジュハ王朝最強にして最後の将の名でしょうよ。」
「そう…なのです…その名の所為なのか、お母様からは、戦闘訓練ばかり命じられて来たのです……私にはよく分からないのです…」
「まぁいい。それよりグリカ、状況は分かってるんでしょうよこれ。お前は家族もろとも、ここにいる全員があの詐欺師に騙されてたんだそれこれ。」
「あ、はい…そうなのですよね…」
「ほんとに分かってるのかそれ。これからどうする?」
「分からないのです…お母様の体調が良くなれば…」
「帝国の薬を飲まないキジュハの民が、助かる可能性は無い。奴がばらまいた病気はそういうものでしょうよ。」
「……それでも、私はみんなと一緒に…」
「はぁ…」
『カチャ』
「グリカ。」
サブダブは鞄から何かを取り出し、口に含めると、グリカの身体を引き寄せ、無理やり口づけをした。
『ごくん』
「ん!?んー!んーーー!!!な!!な、何をするのです!」
「ぺっ、気にするな、行くぞ。」
サブダブとグリカが天照の塔を出た瞬間、祭壇の間が合った場所から、大きく強い輝きが放たれた。
「な、何なのです!?ま、眩しい。」
「さぁ何だろうな。もしかしたら、追い詰められたテンペラーゼが何かしたのかもなこれ。くくっ…」
「!?あ、お、お母様!!」
グリカは再び塔の中に入り、階段を急いで駆け上がって行った。
「サブダブ隊長!ご無事でしたか!今の反応は!?それに、この匂いは…」
「安心しろこれ。交渉はうまく行ったでしょうよ。そっちはどうだ。」
「はっ、持ち運びの算段はつきましたが、何分量が多いので、幾らかはお日にちを頂ければと思います。」
「構わない。傷付けずゆっくりやれってよ。三ヶ月見込みの任務が20日程で終わるとなると、誰も文句言わないでしょうよ。くくっ。」
「はっ!」
サブダブは部下を作業に戻すと、グリカの後を追い階段を上がって行った。
上を見ると、扉が開いた祭壇の間から漏れ出した、鼻を付くような匂いがより一層強まった。
「どうしたグリカ、大丈夫かこれ。」
「…………」
扉にもたれかかり、呆然としているグリカに声をかけるも、反応は無く、一点を見つめている様だった。
「おおー、こりゃまた随分と派手だな。恐らく熱関係の魔法でも発動しやがったのかこれ。」
二人の眼前には、水蒸気を上げ、横たわる死体の山があった。
その全てがミイラ化しており、とてもでは無いが、生きている者が居る様には見えない。
「お…かあ…さま…ジュビ…デュア……」
「グリカ…悲しいでしょうが、現実だ。それに、まだ何かあるのか分からない、中に今入るのは危険でしょうよこれ。こっちに。」
「うぅ……みんな……」
泣き崩れるグリカを抱き寄せ、サブダブは不敵に微笑みつつ、グリカを別の部屋に連れて行った。
────数日後
「サブダブ隊長、死体は指示通り並べ終わりました。」
「おお、ご苦労様だこれ。余計な作業を増やしてすまないな。宝物庫はどうだ?」
「はっ、明日には全て運び出せるかと。あと、暗部の方でしょうか、黒装束の方々が先程来られ、サブダブ隊長に渡す様頼まれた物が届いておりますので、こちらに置いておきます。」
ベッドに寝ていたサブダブが身体を起こすと、報告に来ていたオールシャの顔に若干の疲れが見て取れた。
「うんうん。順調だなこれ。明日は働き詰めの兵士に休みを言い渡した方がいいでしょうよこれ。宝物庫から幾らか取って構わない、今夜は早目に切り上げて、麓の街でパーっとやってこいってこれそれ。」
「はっ…しかし…」
「オールシャ~相変わらず固い頭だな~これ。俺が良いって言ってんでしょうが。」
「……はっ。かしこまりました。」
オールシャが部屋を出て扉を閉めると、サブダブの横から裸のグリカが起きてきた。
「サブダブ様、もう、行ってしまわれるのですか?」
「あぁグリカ。俺には勇者…様のお役に立つという大切な使命がある。ずっとここには居られないんだこれ。」
「……嫌なのです!離れたくありません!私も連れてって下さいなのです!」
扉の方を向いたまま振り返らないサブダブの背中に、グリカは今にも泣き出しそうな声を出しながら抱きついた。
「危険な仕事だこれ。ゆくゆくは王国と戦争になり、魔王を倒さないと行けないでしょうよこれそれ。そんな場所にグリカ…君を連れて行けない。」
「死んでも構わないのです!サブダブ様のお傍にいたいのです。」
「……グリカ、聞いてくれこれ。」
サブダブが、身体にしがみつくグリカの腕を優しくほどき、ベッドから立ち上がると、その背中には大きく禍々しい魔猿の入墨が掘られていた。
「全てが終わったら、必ず迎えに来る。」
「……い、いつなのですか!?」
グリカの問に、服を着始めたサブダブはすぐには答え無かった。
「………それは分からない。だが、約束するでしょうよこれ。信じてくれるな?」
「……分かったのです。サブダブ様をここでお待ちするのです。」
「良い子だ。なぁグリカ、これを見てみろ。」
サブダブは、オールシャが持って来た荷物をほどき、その中から包みを手に取りグリカに近づくと、優しく渡した。
「これは?」
「俺独自の駒…じゃなくて、暗部に渡してるものだこれ。魔猿の紋が入った面と、装束。オールシャみたいに、レベリオンとは違う、本当に俺だけの身内しか持たせていないもんだぞこれ。」
「そ、そんな凄いものを!わ、私が頂いてもいいのですか!?」
「ああ、グリカは俺にとって大切だから渡すんでしょうよこれ。だから大人しく待つんだぞこれ。つってもあと2日はいるけどな。」
「……はいっ!グリカはずっと待つのです!」
サブダブはグリカの頭を、再び優しく撫でると、部屋を出て階段を降り始めた。
「……はぁ、これだからお子様は…もう抱き飽きたに決まってんでしょうよこれ……しかし、亡国の英雄、ゼゾイボットの子孫を殺しちゃ駄目だよな流石に……歴史マニアにも流儀はあるってよこれ。」
サブダブはぶつぶつと言いながら祭壇の間に入ると
並べられたミイラ化死体を前に楽しそうに微笑んだ




