えぴそど154 密入国アップ
「旦那、これで終わったんでしょうかね。」
「ああ、そうであって欲しい。」
殻は先程よりも大きく亀裂が走っており、崩れるのも時間の問題だと思えた。
最悪のパターンは、割れた中身が本当のボスと言う可能性もあるが、殻が無ければ俺のカマでなんとかなると思うし、キラハの言葉を信じるのであればこれで終わりだ。
「こいつはこのまま崩れる気ですかね。」
「ああ、バラバラになって欲しいな。」
「……となると、この巨大なもんが降ってきやすよね。」
「ああ………え!?やばくね!?」
「もちろん俺達もですが、アルネロ嬢があの高さから落ちたら…」
「おい!やばいじゃん!どどどどどうする!?」
「あ、嬢の心配はいらなそうですぜ。」
慌てながら、ヤッパスタの指差す方向を見ると、魔法陣を展開し、高速でこちらに降りてくるアルネロの姿があった。
「良かったぁ…あの速さなら崩れる前になんとかなりそうだな。」
「ですなぁ。ふぅ一件落着……ん?旦那、アルネロ嬢が何か言ってませんかね?」
俺とヤッパスタが安心してアルネロの方向を見ていると、アルネロ自身が何かを言っているかの様に微かに声が聞こえた。
「言ってるな……でもよく聞こえない。」
殻が割れる音だけでは無く、アルネロが魔法ブースターで高速移動する際に出る音で、あまりよく聞こえなかった。
「……く……げ……ボケどもぉぉ………!」
俺とヤッパスタは、二人同じ様に耳に手を当て、必死にアルネロの声を拾おうとした。
「……とりあえず、俺達が罵られている事は分かったな。」
「ええ、相変わらずというか、ボケどもと呼んでやがりますね。」
「アールーネーロー!なに言ってるのかー!きーこーえーなーいー!」
俺はアルネロに向かい思いっきり叫んだ。
「く…にげ…ぼけー!!!」
「ん?にげ?」
「はやくにげろつってんだろぉぉぉ!!!ボケカスクソゴミやろうどもぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
アルネロは叫びながら途中から方向転換すると、恐らく転送魔法陣あると思われる扉に向かって行った。
その直後、ついに貝型の魔物の殻が本格的に崩れ始め、次の瞬間には足元が完全に割れた。
「だぁぁぁ!!ヤ、ヤッパスタぁぁぁ走れぇぇぇ!!!」
「お、おうさぁぁぁ!!!!」
頭上からは大きな殻の欠片が次々に降り注ぎ、後ろからは、まるでビルの爆破解体の現場の様に、大きな粉塵の波がこちらに向かってきている。
「はひぃ!はひぃ!かっはっ!」
横を見ると、元々体力を使い切っていたヤッパスタがもちそうにない。
「ヤッパスタ!強化をかけてやる!耐えろ!!」
俺は〈身体強化(死神)〉を発動した。
俺の背後に一定の距離を保ちつつ死神が現れる。
「ヤッパスタへ憑依だ!今すぐ!」
俺が死神に向け叫ぶと、死神は少し嫌そうな顔をしながらヤッパスタの背中から中に入っていった。
「うぉ!?ぅぉ?うおー!!!!!!」
ヤッパスタにこれをするの初めてだったが、走っているヤッパスタの手足が徐々に黒くなり、みるみる内に全身を覆った。
「すげーぜ!旦那!俺の強化とは天と地ほどの差だ!これなら!!!」
「え!?ちょま!」
そう言うとヤッパスタは俺を急に抱えあげ、左肩に担いだ。
右手のトールハンマーで器用に落下物を防ぎながら、俺を担いだまま、猛スピードでアルネロと距離を縮める。
俺は強制的に背面のディストピアな風景を見せられている所為と、担がれたまま走っている揺れで、何度も吐きそうになった。
頭を上げ、アルネロの方向を見ると、アルネロがものすごい勢いで扉を殴りつけ、道を開いていた。
「はやくこい!しっかりはしれ!!」
アルネロに誘導され、ヤッパスタは俺を担いだまま、扉の先にあった魔法陣へと飛び込んだ。
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「はぁ…はぁ…はぁ……このどアホどもが!はぁ…はぁ…なにをぼけっとしていた!あぶないだろうが!!!くそが!!!」
ダンジョンの扉の前に広がる草原で、三人とも大の字で寝そべったまま、アルネロの説教を受ける。
「ぜはぁ…ぜはぁ…ぜはぁ…ま、まあよ、みんな無事で良かったじゃねーか!だははははっ!」
「はぁ…はぁ…ヤッパスタの言う通りだ。ははっ!」
「ゴミはかつがれてただろうが!なにをいちにんまえにいきをきらせている!たわけ!」
「う…ご、ごめん。」
本当は息切れしていないが、中々の迫力に心臓は高鳴ってはいた。
「お?旦那、アルネロ嬢見てみろよ。どうやらうまくいったみてぇだな。」
ヤッパスタの言葉に、俺とアルネロが身体を起こすと、見覚えの無い建築物と森が広がっていた。
「とりあえずよ、日も暮れそうだし、腹も減っちまったし、飯にでもしませんかい?」
「ああ、頼むよヤッパスタ。」
「任せなって。」
ヤッパスタが準備をする間、俺はアルネロと周りの風景を確認していた。
「実際に来てみた感想はどうだアルネロ。」
「………ふん、まだここがテイコクだときまったわけではない……だが、きもちがたかぶっているのか、からだはかるいぞ。」
「そうか、アルネロでもそういう事があるんだな。」
「……きさまはわたしのことをなんだとおもっている。」
「はは…い、いや、た、他意はないさ。ん?あ、ちょっとまってアルネロ。」
俺はふと気になり、不機嫌そうな表情を浮かべるアルネロのレベル鑑定をしてみた。
「お、おいアルネロ!レ、レベ!レベ!!」
「……おちつけ。なんだ。」
「アルネロのレベルが35になってる!ダンジョンに入る前は32だったはずなのに!!いくらなんでもあがりすぎだろ!」
「……そ、そうか……ダンジョンボスをたおしたおかげだな。」
上げ止まり感のある30台のレベルで、いきなり3っつもあがるのは正直驚いた。
アルネロは嬉しいのか照れているのか、少し顔が赤くなっている様に見えるが、夕陽のせいかもしれない。
「旦那!旦那!俺も見てくださいよ!」
ヤッパスタがせがんで来たので見てみたが、ダンジョンに入る前と変わらず27のままだった。
それを伝えると、あからさまに落ち込んだ。
それもそうだ、あれだけ頑張っていたにも関わらず、ボス討伐の恩恵がアルネロにしか入っていない。
料理の出来栄えに差が出ない事を祈りつつ、俺はヤッパスタの肩を優しく叩く。
この日のスープは
心做しか
どこかしょっぱく感じた




