えぴそど136-勇37 Translation
「被検た……ユウジ、何をしているか。早く来なさい。」
私が被検体KP383を引き受け、既に20日が過ぎていた。
「ハピオラちゃん!見てみ!あれあれ!」
ユウジに促され、とある研究室の中を、廊下の硝子越しに覗き込む。
「あれなんやろな!毛むくじゃらの子供や!なんなん!?すごない!?尻尾やん!あれ!」
ユウジは今の所協力的に私の実験に付き合ってくれている。
その為、私の監理下にある研究棟は自由に行き来させていた。
「あれは獣人の子だ。オナガリス。器用でモノづくりに非常に長けた種族だったが、疫病で絶滅しかけていた所を我々が保護している。」
「ほー!この病院は本当に見る度見る度色々あっておもろいなー!あんなんもう天応寺動物園やんか。」
これは私が咄嗟に付いた嘘だ。
この施設の地下には数多くの種類の獣人が居る。
そのほとんどが、誘拐に依るものであり、保護等行っていない。
私達は獣人を実験動物くらいの認識でしか思っておらず、帝国国内では毎日の様に獣人狩りと売買が横行していた。
最近では野生の獣人が少なくなって来た事もあり、繁殖にも着手をしている。
繁殖と言っても、性交では効率が悪い。
人工授精により、確実性のものとした。
副産物の結果か、他種族間での配合等も行われ、より戦闘に特化させる個体の開発や、人に獣人の能力を受け継がせる実験等も行われている。
「ええな~ああ言うのモフモフって言うねんな?翔也が言うてたわ。」
「そうか。ユウジ、時間が惜しい。次の実験室に向かうぞ。」
「はいはい、はいよーシルバー、シルペニアファミリー……はぁ…なんか今日はやけにお腹が空くわーハピオラちゃーん!先に何か食べようやー!お腹空いたー!お腹空いたー!お腹吸田市ー!」
ユウジは日に日によく分からない言葉を放ち出す。
実験場に入ると、ユウジは慣れた手付きでこちらが用意した服に着替え、装置を取り付けると研究員に従い素直に実験場の中央に向かう。
私は硝子越しに声を拡散させる魔鉱石を使い指示を出す。
「ユウジ、昨日と同じだ。その皿に置かれた紙を動かしてみろ。」
「はいよー………いつまでこんな忍者ごっこするねん…」
水が張られた底の浅い皿を手の平に置き、水面に浮かぶ紙を見つめ、ユウジは集中を始めた。
間もなく、紙がゆっくりと旋回を始めだす。
「数値はいくらだ。」
「はい、190前後で昨日と変わりません。」
「そうか。」
私は職員の報告にも特に感情を出す事無く、他の資料に目を通していた。
「ケイブル博士、実験を続けますか?」
「そうだな……………いや、中止だ。子供以下の魔力値を計測した所で何にもならん……ユウジ、実験を中止する。服はそのままに、第8実験室に移動するように。」
「ほいほいー」
「博士!第8ですか!?投薬については許可されておりません!」
私はその声に反応する事無く、必要な書類をまとめていた。
職員が驚くのも無理は無い。
第8実験室は主に過度な投薬や身体的苦痛を試す場所であり、結果が出なかったものなど、最終的な方法として行う場所だった。
「ケイブル博士!」
「…心配は無用だ。投薬はしない。私とてあの素晴らしいサンプルを直ぐに壊すつもりは無い。ゼニア副所長には後で私から説明する。試す価値の事をただ試すだけだ。」
「…………」
私は実験場を後にし、ユウジを連れ第8実験室に入った。
「ここは初めてやな。ん?くんくん…むっちゃ変な匂いせーへんここ?」
「気にするな。ユウジ、今から君をあそこにある装置と繋がせてもらう。」
「なんやねんあれ、めっちゃ不気味やん!…痛いとか無いやろな…」
「それは無い。むしろ君には害が無いと言った方が正しい。」
「どういうこっちゃ。あれなんやの」
それは未だ実験段階のものだったが、完成すれば世界をひっくり返せる程の発明だった。
「あれは、弐過変速型複写装置の試作機。新しい機構を組み込み、昨日改良したばかりのものだ。」
「分からん分からん!知らん単語過ぎて!簡単に言うてや!つか、装置って言うより黒魔術みたいやであれ!」
「……発見された人の思考を操作するマジックアイテムを使い、いくつもの魔鉱石を通す事で、君の脳にある記憶を、他の脳に移す様にした装置だ。」
それは元々、熟練の兵士や、高ランクの冒険者達の能力を、一般人レベルに移す事は出来ないかという着想から始まったものだった。
クワトロの提唱したものだったが、当初は脳を直接新しい肉体に移すと言う単純なものだった為か、中々成功する事なく、研究は頓挫する事となる。
私は過去の研究データの資料を漁り、脳を移すのでは無く、脳内に走る波長パターンを移すことは出来ないかと考えた。
これがもし完成すれば、理論上幼い少年少女ですら、高ランクのスキルを使いこなし、魔物を駆除出来る様になる。
しかし、それは困難を極め、未だ尚上手く行った試しは無い。
「ワイのコピーを作るって事か!?」
「いや、まだこれは完成していない。君の記憶の一部を複写する事ができれば御の字だと思っているだけだ。」
「うーん…でもそれ、ハピオラちゃんの欲しい情報がコピーされるって訳でも無いんやろ?」
「そこは仕方無いが、何か問題でも生じるのかね。」
「いや、そのさ…ワイもお年頃な訳やん?」
「………」
「ほら、プライバシーちゅうか、あんまり他所さんに見られたくないものもある訳であって…」
「……もし、自慰行為の事を言っているであれば気にする必要は無い。君の部屋は規則上、スキルによる遠隔監視が義務付けられている。寝る前に必ず行っている事も報告書で読んでいるし、ここに居る皆周知の内容だ。」
「わー!わー!!!わー!!!」
「どうした急に。不安点は以上か?」
「おどれ!人権侵害で訴えるどボケぇ!!!カメラは無いと思って安心しとったら!そらそうやわな!電気ないもんここ!スキルやわな!そらそうやわ!くそー!」
ユウジは顔を真っ赤にして叫んでいたが、私には理解出来なかった。
それよりも、人権侵害か…
この世界に人権等と呼ばれる権利があれば、きっと私の生き方も窮屈では無かっただろうな。
喚くユウジを装置と繋がせ
連れてこられた器の資料を私は確認していた




