えぴそど124 Brothers
鳥型の大きな脚での蹴りに、満身創痍だった私が、覚悟を決め倒れたテオドラの前で剣を構えると、人影が視界を霞めた。
傷だらけの新緑色の鎧に、身の丈ほどの大剣、黒いマントをなびかせるタルフォーラ兄様が立っていた。
「出来損ないにしては中々の面構えだ!流石は我が弟!良い働きをした!褒めてやるぞカルフィーラ!」
タルフォーラ兄様は大剣で鳥型の攻撃を防ぎきり、尚も魔法陣を展開し剣を輝かせると反撃に出ようとしていた。
「後は任せろ!この兄の後ろに居る限り、お前達には指一本触れさせん!!」
この時の私は、初めて兄から賛辞を与えられ、尚も勇ましい姿を見せられ、涙ぐむのを我慢するのに精一杯だった。
鳥型の奥には、鰐型の脳天に槍を突き刺したデュフォーラ兄様の姿も見え、更に奥には父上が兵に指示を出しており、カカ様は腕を組みこちらを見ていた。
〈中級大剣スキル ギガースインパクト〉
タルフォーラ兄様の魔力を爆発させる技が決まり、鳥型の肉が大きくえぐられた。
しかし、鳥型はまだ倒れる事無く反撃をしてくる。
タルフォーラ兄様は私達から距離を取り、鳥型を誘導する様に離れて行った。
「カルフィーラ、テオドラの状態を申せ。」
「は、はい!意識はありますが、攻撃を受けた反動で地面に強く叩きつけられています。骨が折れているやも、すぐに治療を。」
「もちろんだ……良くやったぞカルフィーラ。」
デュフォーラ兄様がこちらに駆け寄り、状況を確認しつつ、私を褒めてくれた。
兄達や父上が近くにいる安堵感からか、恐怖心が蘇ったのか、ついに私の両の目から涙がこぼれてしまう。
「まだ終わった訳では無い。兄様が戦っておられる。気を抜くでない。」
「……はい!」
テオドラを抱えたデュフォーラ兄様の言葉に、手で目を擦り頬を叩くと、テオドラのレイピアを拾い、兄様と共に父上の元へと走った。
「カルフィーラ!無茶をしよって!なぜ先に私達に知らせに来なかった!!!」
父上の近くまで来ると、父上は激昂し私に向かい平手を向けた。
「お待ち下さい父上。」
テオドラを兵士に渡したデュフォーラ兄様がその手を止める。
「デュフォーラ!離せ!此奴の身勝手な判断と行動でテオドラと街を危険に晒し、自らも死んでいたかもしれないのだぞ!」
デュフォーラ兄様は父上の手を離すと、私を庇う様に父上との間に立った。
「分かっております。その点に付いては指導してきた私と兄様に責任があります。ぶつのなら私達にして下さい。それに…父上への知らせもしっかり送っていたではありませんか。」
「なん…だと?」
父上の表情は更に曇り、青筋を立てながら兄様を睨みつけた。
「カルフィーラが取った行動は、弱き者を護る為、自らが危険に晒されようとも立ち向ったという称賛に値するもの。フルブライト家の者として、騎士として、至極正しい行いだと言っているのです。」
「うぐぬぅ!!もうよい!!テオドラの治療を最優先だ!魔物はタルフォーラがなんとかする!街の被害状況を調べろ!」
「「「はっ!」」」
父上は兵を連れて街に向かった。
「カルフィーラ、後は私達に任せ貴様も治療を受けろ。放置すれば大事に至るぞ。その後はテオドラに付いていてやれ。」
「…はい!あ、ありがとうございます兄様!」
デュフォーラ兄様はその言葉に返す事無くマントをひるがえし、槍を手にタルフォーラ兄様の元へと向かって行った。
私はこの時の兄様達の……いや、本物の騎士と呼べる者達の背を、決して忘れる事は無い。
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魔物の戦闘から3日が経った。
魔物の被害は殆ど無く、鳥型も兄様達だけで倒したと聞いた。
唯一の負傷者となった私とテオドラも、治療のお陰で、歩ける程度には回復している。
カカ様は私とテオドラに対し、特に今回の事をどうこう言う事は無かったが、ベッドで療養する私の所へ来ると、何も言わず肩を優しく叩いてくれた。
「カルフィーラ。」
庭でテオドラと一緒に本を読んで休んでいると、テオドラが本を閉じ私を呼んだ。
「どうしたんだい。何か読めない箇所でも?」
「ちょ、ちょっと!馬鹿にしないでよ!……この間、貴方に言いかけた事があったの。」
魔物と戦闘になる前、確かにテオドラは何かを言っていた様な気がする。
「なんだよ。勿体ぶらず言いなよ。」
「うん…私ね、本当はデュフォーラ様と婚約の話しがあったのよ。」
「え!?兄様と!?」
「うん、今回来たのもその話の為なの。お父様とジルフォーラ様だけで勝手に進めてただけなんだけどね。」
「じゃ、じゃぁデュフォーラ兄様がブーメルムへ?」
「ううん、私には夢あるから家庭に入るつもりは無いと言ったら、デュフォーラ様にもここを離れる気は無いと言われたわ。」
「そう…なんだ………テオドラの夢って?」
テオドラは松葉杖を突きながら立ち上がり、空を眺めがなら口を開く。
「言ってたじゃない。『不正を正す正義の使者』よ。私も来年騎士の試験を受けて軍人になるわ。そして出世して、しまくって、腐敗分子を排除するの。頑張った者が本当に報われる世界と、強固な国境都市を築いてみせる。それが私の夢。」
雲の切れ間から光が差し込み、テオドラを照らした。
「カルフィーラ・フルブライト!」
その姿に見とれていると、テオドラは急に大きな声で私の名を呼んだ。
「え!?あ、はい。」
「来年貴方も騎士になったら私に付いて来なさい!三男の貴方に十分な給金を出せる程この土地に余裕は無いはずよ!それに、私だけでは出来ない事も、貴方とならやっていける気がするの!これは……その…そう!…命令よ!!」
そう言いながら私の方を向く彼女の顔は、とても清々しく凛としていたが、顔に紅みがかかっていた。
「命令!?」
「返事は!!返事はすぐにするものよカルフィーラ・フルブライト!!」
「…えーと。」
「ううー!…お願い!カルフィーラ!うんって言って!言って欲しいの!騎士になれたら格好いい剣とか買ってあげるから!!!」
「…………ふふっ、かしこまりました、ジャクシン様。すぐに問題に突っ込んで行ってしまいそうな貴方様を、お支え致しましょう。」
それを聞くと
ようやくテオドラに笑みがこぼれ
私とテオドラは強い握手をした
◇
「テオ…ドラ………」
闇に包まれた森。
視界も定かでは無いほどボロボロのフルブライトは、地面に座り込んだまま木にもたれかかっていた。
意識の戻らないアルネロを胸に抱きかかえ、折れた剣を見つめながら昔の事を思い出す。
「君に…似たのかな…問題に…突っ込んでいって…しまうのは………ははっ…」
遠くの方からは
時折激しい戦闘音が微かに聞こえていた




