えぴそど117 花弁が地に伏せるまで
「もうひとりいたのか。」
私の頭上にはオナガリスの獣人、後方には不気味な青白い男。
そして、前方には獣を模したフードを被り、顔を覆ったこいつらの仲間らしき者が立っていた。
逃げるにしても、気配無く囲って来るこいつらを撒ける自信は正直無い。
「威勢の良い事言ってこの状況や、あんた本当に死んでまうけどどうやって切り抜ける気なん?」
「うるさいな。さんたいいち、こうなったら、ただあばれるだけだ。」
「ふーん。じゃ、さっさと死んでよ。」
オナガリスの両手には、背から取り出した片手斧が握られており、魔法陣を展開しつつ上から落ちてきた。
「かはっ!」
オナガリスの動向に注意していた私の腹を、強烈な痛みが走る。
後方に居た筈の青白い男の槍の柄が、私の腹部に深くめり込み、その衝撃で私は地面に叩きつけられた。
木から落ちる際に私が見た光景は、目が紫色の光を帯び、表情を変える事無く物哀し気にこちらを見てる男の顔だった。
「ちょっと!紫熊!今私がヤろうとしてたやん!」
「落ち着きなさい碧栗鼠。今回の目的はあくまで緋猫。我らは基本非干渉ですよ。勝手に演者を殺してはいけません。」
「でも!」
「落ち着きなさい。」
「うー!もう知らんわそんな奴!」
私は腹部の痛みに耐えながら、逃げる機会を探っていた。
「さて、兎のお嬢さん。」
そんな暇すら与えないまま、シグマと呼ばれた青白い男が私の眼前に迫る。
「貴方方は先程嘘を仰られましたね。本当はこの者を知っているのでしょう?」
男は再びハピスの写真を見せてくる。
「………」
「黙っていても無駄ですよ。桃犬さん、お願いします。」
「ういうい!ういー!」
前方に居た3人目の敵が、私の頭上近くまで近寄ってきた。
私が身体を起こそうと、手を地面に付くと、シグマの槍が再び私の腹部に叩きつけられ、重なる痛みに私は悶絶した。
「すぐ終わりますから余計な事をしないでくださいよ。」
私は気を失いそうな程の痛みに耐えながら、フードを上げた敵の顔を見る。
3人目は目を見開きにやついた男。
目をピンク色に発光させ、こちらを覗き込んでいる。
「おけーい!分かった分かったうぇーい!こいつらの仲間と一緒にダンジョンには潜ってはいたみたいだぜ!きゃはー!うぃー!」
「そうですか、それで、どこに居ますか?」
「あははははー!ダンジョンに居るかブーメルムの居候してる家に居るぽいなー!今日中にはその家で合流する予定みたいだぜ!!ぷるぴっぽーい!なぁなぁなぁ!碧栗鼠ー!どっちがブーメルムに早く着くか競争しよーぜー!負けた方がホジの実一気食い!」
「乗ったでー!!」
「こらこらこら、待ちなさいよ。他に使えそうな情報は取れましたか?」
「あー、まあそうだな。こいつ軍の幹部の護衛みたいだわーそれなりにお宝の山だぜ!がひゃー!」
「そうですか。ではこの方にはそろそろ眠っていてもらいましょう。」
「あ、待てよ!対価がまだだ!おい!お前さあ!」
男は私の耳を掴み上げると、私の顔をまじまじと見てきた。
「色々情報をくれたお礼に良い事を教えてやるよ!お前の弟と妹を殺した奴は今勇者と一緒に行動してるぞ!むひゅー!にゃー!がー!!!」
「!?……ほ、ほんとうか…!?」
それを聞いた私は敵だと知りながら、その男の胸元を掴み、痛みを忘れ目を見開くと、縋る様に男の顔を見返した。
「おーかわいいなおい……まぁ!嘘じゃねー!どえらいややこしい奴だし復讐はちと難しいかもなー!ぷるぴっぽー!」
「ど、どこにいるんだ!」
「あははー………まあ勇者と行動してるんだから帝国領じゃね!?多分!知らんけど!がんばれよ!むひゅー!」
「もういいでしょう、真実に干渉しかねません。」
「ああ、もういいぜ!」
「ま、まって!そいつは!ぎゃっ!!」
後頭部に鈍い痛みが走ると、四肢には力が入らず上半身が地面に向かい自然に倒れていく。
薄れゆく意識の中で、私の中に燻っていた想いだけは、大きく猛っていた。
◇
「トモ!待て!」
俺とフルブライトさんは馬に乗り、匂いを辿るトモの後を追っていた。
ブーメルムから数十分程離れた場所で、トモが向かおうとしたのは街道から外れた森の中だった。
馬に乗ったままでは到底進めそうにない。
「トモ、本当にそっちなのか?」
「わふっ!」
「……どうしましょうフルブライトさん。」
「行くしか無いでしょうが…罠を仕掛けられている可能性もあります。それに、夜の森は魔物の危険性も。我々だけでは危険です。ここでコノウを待ちましょう。」
「…分かりました……」
ハピスさんが連れて行かれて既に2時間以上が経っている。外は完全に日が落ち、不穏な空気を醸し出している。
ハピスさんのレベルを最後に確認した時は34。
それに対し獣人の子は32、青白い男は38となっており、ある程度拮抗しているとはいえ、敵対してしまったら2対1では分が悪い。
俺は焦りを覚えつつ、フルブライトさんの言う通りコノウさんの到着を待つ事にした。
消えない胸騒ぎが
背筋を悪戯に刺激する




