9 回収
まず到着してすぐにゴブリンの村を探索する事から始めた。
ゴブリンが1匹でも残っていると俺の家族以外には倒す事が出来ないからだ。
索敵による気配は感じないけど魔物が生まれるメカニズムは一つも判明していない。
もしここがモンスター部屋の様に魔物の発生率の高い場所だった場合、突然生まれた魔物によって襲われる可能性もある。
なるべく離れないようにしながら俺達は家の中を確認し、何があるのかを調べていく。
ツキミヤさんたちベテラン刑事はさすがプロと言うか、次々に目に見た物を写真に収めている。
恐らくは彼が言う上司や政府に提出するための資料に生かされるのだろう。
ここまで一般の人が来る為にはかなりの危険を冒さなくてはならないので被災地に来るみたいに簡単には訪れられないだろう。
もし協力を要請されれば次回からは何かの条件をつけて協力するつもりだ。
そして村を1周した所で螺旋を描くように村の中央へと近づいていく。
途中に発見した死体はそれ用の袋に入れて回収しているけど、それ以外の家の中は意外と整頓されている。
死んでいる女性たちも死んでそれ程時間が経過していない所を見ると俺が襲撃した事で怒りの矛先が向けられ殺されただけかもしれない。
感じるものは何もないけど悪い事をしたなという思考は働いている。
すると俺の様子を見て刑事の1人が俺の横にやって来た。
「君は意外と落ち着いてるね。」
「はあ、まあ、これよりも酷い光景を数日前に見たばかりですから。」
「そんなものか。俺は今でも全く慣れた気がしないんだけどな。最近の若い奴はそんな感じなのか?」
「いえ、力を手に入れて他人に対する感情があまり動かないみたいなんですよ。自分でも良くない兆候だと思ってこれからリハビリしていくつもりですけど。」
「そうか。何か困った事があれば連絡しろ。これが俺の連絡先だ。」
そう言って刑事は連絡先を教えてくれた。
あちらとしては繋がりを作るための布石かもしれないけど、こちらとしてもプロの刑事と繋がりが出来るのはありがたい。
今の俺の状態を普通の教師が受け入れるとは思えないので困った時はこの人やツキミヤさんに相談する事にした。
そして村の中央に到着すると、そこにはボロボロになったクラタの死体が転がっていた。
彼女はゴブリンたちに囲まれていたので奴らが駆け出した時に踏み潰されてしまったのだろう。
所々は粘土の様に潰れ手足はあらぬ方向に向いている。
すると刑事たちは体を無理やり真っ直ぐにすると死体袋に入れてタンカに乗せた。
そして作業が終わると俺の許にツキミヤさんがやって来た。
「この子だけ他の死体と殺され方が違うが何か知っているか?」
クラタの死体はボロボロだったけど首元と頭部は何とか無事だった。
そして、ここに在る他の死体は切り裂かれたり千切られている感じではあってもクラタの様に首元を1撃で抉られているものは一つも見当たらない。
中々に鋭い観察眼だと思って俺は苦笑を浮かべた。
「コイツは俺がここに到着した時はまだ生きてましたから。心が壊されない内に俺が殺しました。」
するとツキミヤさんからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる。
恐らく俺の見た目でそこまでの判断をするとは思っていなかったのだろう。
「そうか、それは聞かなかった事にしておく。それと俺に何かできる事は無いか?」
「それなら彼女が生き返ったら一度話をさせてください。彼女は同じ学校の同級生なんで一応は謝っておかないと。」
「一応か・・・まあ、分かった。なるべく期待に沿う様にしてみよう。」
ツキミヤさんはそう言い残して俺から離れていった。
すると今度はアケミが俺の傍までやって来る。
「何の話をしてたの?」
「ああ、あの人を殺したのは俺だから後で謝罪できる機会を作って欲しいと頼んでたんだ。」
「そうなんだね。きっとあの子も感謝してくれるよ。」
「そうだと良いけどな。」
アケミはそう言って俺に無邪気な笑顔を向けて来るので、やっぱりアケミも心が上手く機能しなくなっているようだ。
普通は生き返ったからと言って殺した相手に感謝なんてしない。
俺は酷い罵声を浴びせられる事を覚悟して面会のチャンスを待つ事にした。
その後、俺達は死体を担いで村の出口へと向かうと、そこには警官であったであろう二人の死体が残っている。
棒に縛られてまるでマネキンの様に吊るされていおり、彼らを最後に解放すると袋に詰めて移動を開始した。
「これで分かっている行方不明者はゼロだ。」
「そこまで捜査が進んでいたんだな。」
ここで過ごしたのはたったの2日なのにそこまで分かっているなんて驚きだ。
家によっては皆殺しになっていてもおかしくないだろうに警察の力とは俺が思っているよりも凄かったらしい。
「超法規的措置で無理やりにゴリ押ししたからな。普通ならこの何倍も掛かる。それに津波と違って現場での死亡確認と戸籍などから住んでいる人間の人数もある程度は判明する。これが週末なら他から来た親戚とかもいたかもしれないが、事件当日は週の真ん中で平日だったからな。言い方は悪いが運が良かった。」
まあ、例外はあったかもしれないけど時間帯が深夜だったことも今回はプラスに働いたのかもしれない。
客が来ていても帰っているし平日なら泊まって行く人もいないだろう。
それに今回の被害範囲はそんなに広い訳じゃない。
2日前に見た地図では半径100メートル位。
今は捜査が進んでいるのでもう少し広いかもしれないけど1時間かそこらで出る被害ならたかが知れている。
もしゴブリン村の奴らが一斉に飛び出していればもっと大きな被害があっただろうけど、見かけたのも複数のノーマルゴブリンとミドルゴブリンが1匹だけ。
しかも何か目的があったかのように襲われたのも子供がいる家ばかりだ。
これに関しては生き返らせてみないと分からない所が大きいがウチの事を考えれば狙いはある程度分かる。
そして、更に今回の村の調査で大きな収穫もあった。
「それにしても食料になるものが1つも無かったな。」
「そうだな。被害者にも破損は酷かったが喰われている形跡が無かった。お前に言われて遺体の修復はさせているが欠損があった者は少ない。一番多いので指が無いくらいだな。」
そう言えば、魔物の中には何かでネックレスみたいな物をしている個体がいた。
インディアンのネックレスの様に何かの牙でもぶら下げているんだろうと思ってたけど、よくよく考えてみると何かの指の骨だった気もする。
「もしかすると装飾品にするために切り取ったのかもしれないな。」
「その発想は無かったな。確かに人でも熊の爪とかで装飾品を作るからな。」
「それにどの人も瞳を潰されていたんじゃないか?」
「その通りだ。もしかしてそれにも何か意味があるのか?」
「そこまではまだ分からない。ただ、奴らは俺が知っている範囲だとこの世界にやって来た邪神の力によって生み出された存在だからな。生贄か供物としての意味があるのかもしれない。」
「カルト集団みたいなもんか。狂信者ってのは何をするのか分からないからな。」
「しかも、奴らにとって自分達の神は実在するから手を緩める事も無いだろうな。それにどうにかして戦力を増やさないと不味い。それとこの現象はここだけなのか?」
こんな事態がここだけで起きたとは考え難い。
ただ、他国でなら隠蔽して周知しない可能性はあるけど国内なら情報が入るはずだ。
「実はここ以外にも2カ所確認されている。しかも、そちらはここと違って被害が甚大だ。数百人の犠牲者を出しながら今も沈静化できていない。」
「それって不味くないか?」
「ハッキリ言って不味い。お前のおかげでここは目途が着いたが、もしかすると救援要請が来るかもしれない。なにせ俺達の攻撃は通用しないから明日からは戦車隊も出動する予定になってる。おそらくミサイル攻撃もあるかもしれない。」
物理の力で無理やり押し返す事は出来る。
しかし、通常の攻撃では今のところダメージにならない事が判明している。
何処までのダメージが無効になるかは分からないけど、おそらく救援要請は来る事になる。
それに俺達にはレベルがあり魔物を倒す事で上げる事が出来る。
それなら奴らにも同じ事が言えるならどうなるだろう。
人間を殺す事でレベルが上がるとすれば俺が呼ばれた時には魔物が強化されているかもしれない。
「もし要請があれば有料で請け負う事だけは伝えておいてくれ。」
「分かった。命を懸ける以上はタダでとは言わないだろう。こちらからもなるべく早く動くように進言はしてみる。」
政府の動きが市井の希望に沿う速度で動く事は稀なことだ。。
それに、そのダンジョン周辺にはメッセージを受けた奴が必ずいたはずだ。
全員が寝ていたのか、それとも負けてしまったのか。
どちらにしてもここのダンジョンにはまだ先があるけどこの町は一旦は落ち着いた。
後は生き返らせた奴の中に戦う意思のある者が何人居るかだが、そう考えればスナイパーの数人でも戦えるようになったのは大きい。
後はどんな攻撃なら通用するかも確かめないといけないが、銃による攻撃が有効であることを期待したい。
そして、外に到着すると遺体は救急車に乗せられて搬送されていった。
彼らは死体の破損が大きいので中級蘇生薬を使う必要がある。
鑑定が出来るのは俺だけだからこれから蘇生を行う場所へと付いて行く必要がありそうだ。
「それで、最終的な被害者は何人になったんだ?」
「150人だ。そして今回発見された人を合わせて163人。」
「それだと一カ所には安置できなかったろ。」
「だからいたる所に分散させてる。親族からの面会要求も出始めてるから早く戻って来てくれて良かった。」
「一応は生きている方向で隠蔽したんだな。」
「死人が生き返った後の処理よりはマシだろ。」
「確かにな。」
そして俺はツキミヤさんと一緒に車に乗り込むと病院向けて出発して行った。
車の後部座席には俺の渡したバックと大量の小瓶がケースに入れられた状態で積んであり、破損しない様に事前に準備をしてくれていたみたいだ。
あれなら後は分別して使うだけで済みそうなので到着してから鑑定を行えば良いだろう。
数の確認はまだだけど倒した魔物の数も多く、敵の質を考えれば十分にドロップしているはずだ。
そして病院に到着すると裏に回り救急外来の受付に声を掛けた。
「刑事のツキミヤだ。話は来ているな。」
そう言って警察手帳を見せて身分を証明する。
そこで対応していた警備員はすぐに電話を取って何処かに電話を行い始めた。
「はい、はい、分かりました。」
すると何かの指示を受けた警備員はすぐにボタンを押して自動ドアを開けてくれる。
そして部屋から出てくると俺達を誘導して階段へと向かい地下へと下り始めた。
「こちらにどうぞ。ただ、出来れば少し待って欲しいとの事ですが。」
「それ要望には応えられない。こちらには期限に限界があるのだから遅れた奴は諦めろ。」
「分かりました。それならそれは責任者に言って頂ければ。」
あちらとしても言われた事を伝えているだけだ。
それにここに何人の人間が保管されているのか知らないけど、これから何カ所も回る事を考えれば急ぐにこした事はない。
そして到着するとそこには既に数人の医師が来ており俺達を待っていた。
「それじゃあ始めるからな。」
「あの出来れば少し待ってもらいたいのですが。」
「お前は期限が切れて蘇生に失敗した時に遺族へ責任が取れるのか?」
すると誰だって責任は取りたくないらしく、医師は口を閉じて準備の為に動き始めた。
しかも自分のミスによる責任ならまだしも、他の医師の到着を待つという小さな行為によってでは行動の天秤がどちらに動くかは簡単な事だ。
ツキミヤさんはリストを確認し、顔、名前、性別などを確認してから俺に声を掛けた。
「一人目を頼む。ここには10人の遺体があるから9人は急いで蘇生させよう。」
恐らく最後の1人は医師の意見を尊重して少しは待つという事だろう。
見れば医師の顔には安堵の表情が浮かんでおり、動きに落ち着きが見え始めている。
そして部屋の外には夜勤で手の空いた看護士がタンカを持って並び始めていた。
安置室で遺体が寝かされているのはベットではないので体が冷えない内に院内のベットに移すのだろう。
「それじゃあこの人は欠損なしだからこれだな。」
「欠損があると違う薬なのか?」
「途中で中級蘇生薬を手に入れたから欠損のある人はそれを使う。時間があれば10人目を蘇生させる前に薬を選り分けるから手伝ってくれ。」
俺は遺体を確認するとかなり綺麗に修復されているのが分かる。
ただ切断面は糸で繋がれているのでそれがどうなるかが心配だ。
そして蘇生薬を振り掛けると傷は修復され、目に見えていた糸が光に包まれて消えていった。
どうやら抜糸の必要は無さそうなので手間は省けてそうだ。
すると医師はすぐに遺体から患者に変わった人の状態を確認し、驚きの顔で周りに指示を出し始める。
「体温と脈は正常そうだが急いで特別病棟に運べ。」
きっと、そこがこの人たちが入院している事になっている場所なのだろう。
看護師たちは数人でタンカに移し替えると足早に移動していった。
すると医師は俺に視線を向け声を掛けてくる
「奇跡はあるのだな。」
「神様が理を曲げてくれたからな。」
もし俺があの時に怒りと絶望を声に出して叫ばなかったら無かったかもしれない奇跡。
しかし、それを口にする必要はなく、俺としては家族が戻ってきてくれればそれで十分で、こちらの事は残りカスでしかない。
それをどう捉えるかは個人の自由だ。
俺は残りの8人も蘇生させると持って来た小瓶の選別を始めた。
「これはポーション、これは蘇生薬・・・。」
「ポーションはあのポーションの事ですか?」
すると傍で手の空いた医師が俺の独り言に反応して質問してくる。
俺は時間を無駄にしない為に餞別の手を止めず、視線も向けずに頷きを返す。
「回復薬だな。どれくらいの効果があるかは確認できてない。」
すると先ほどの医師が突然こちらに詰め寄って来た。
しかも興奮気味に鼻息も荒く、目も血走っている。
「そ、それならその確認をこの病院でしませんか!?」
「患者の了承が取れるならな。俺に被害が飛び火しない様なら構わないぞ。」
効果があるかも分からないので出来るならばお願いしたい。
もしかするとダンジョンや魔物に関係した者しか治癒しない可能性もあるのでそれだけでも大きな収穫になる。
でも、この試みでポーションの効果が出れば蘇生薬も効果がある可能性が高い。
だからここで試してみても損は無いだろう。
すると医師は横に居る他の者に声を掛けて指示を出しているのであちらは任せれば良いだろう。
蘇生に関しても一人見ればその効果は十分に理解できるはずだ。
何度も同じ事を見るよりも別の事で動いてくれた方が此方としても助かる。
そして人も揃ったようなので俺は最期の蘇生を始めた。
「それじゃあ、最後の蘇生に入ります。」
俺が蘇生薬を掛けると遺体は完全に修復し周りからも歓声が上がる。
すると何処かのお爺さんがやって来て声を掛けて来た。
「少し頼みがあるんじゃが・・・。」
そう言った老人の目には強い力と同時に絶望が見て取れるるが、もしかするとあの夜の俺はこんな顔をしていたのかもしれない。
そう思わせる程に老人の目には暗い影が宿ていた。