57 久しぶりのダンジョン ⑤
俺達が13階層を歩いているとそこには槍を持ったアケミが立っていた。
「アケミ?」
「違うよお兄ちゃん。私はこっち。それに私にはあれがお兄ちゃんに見えるけど。」
そう言われてみるとなんだか胸が少し大きい気がする。
アケミの胸はもう少し慎ましい・・・イタタタタ。
「お兄ちゃんのエッチ。」
「何も言ってないだろ。」
「鼻の下伸ばしてた。そういう視線は私に向けてよね。」
どうやら何か得体の知れない状況に陥っているようで俺が他人に鼻の下を伸ばすなんてあるはずがない。
しかもあれはアケミでない事が既に証明されているのだ。
それに可愛い妹は俺の横腹を今も抓っているので間違うはずもない。
「こういう時こそステータスだ。」
「あ、そうだね。」
今のところは襲ってくる気配がないので俺達はその間に自分の状態を確認する。
するとステータスには幻惑と魅了と表示されていた。
「これが原因か!」
「私の愛を利用するなんて許せない!」
「私もです!それにどうしてアケミちゃんだけなんですか!?」
するとアケミの怒りの叫びにユウナも力強く答える。
でもなんだかユウナのは少しベクトルの向きが違う様な・・・。
そして、二人は心に怒りの炎を燃やしてそれを相手へと向けた。
「私の怒りよ燃え上がれ!そして地獄の業火となりて眼前の敵を焼き尽くせ!」
「私の愛に一片の曇りなし!如何なる者も焼き尽くっす業火となりて彼の者を滅せよ!」
(なんだか不必要な部分が無駄に多い詠唱だな。)
それでも二人の怒りに呼応したのかいつにも増して凄い熱量を生み出している。
「ウ~ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」
(こっちもか。)
どうやら敵の行いはリリーの逆鱗にも触れたみたいだ。
3人の魔法は一つに混ざり合い、まるで小さな太陽を思わせる形となって敵へと襲い掛かる。
「キュ~~~~・・・ジュ。」
そして飲み込まれた敵はまるで熱した鉄板に肉を乗せたような音を一瞬させて消滅してしまった。
しかもその炎の塊はそのまま進行方向へ向けて途轍もない熱の波を発生させると周囲を炎で焼き尽くしていく。
「こっちに熱が来なくて良かった・・・。」
「そうね。恋する乙女心を弄ぶと怖いって実例ね。」
「ハルヤ君も気を付けないと。」
「何を気を付けないといけないかは分かりませんけど心には止めておきます。」
するとなんだか生暖かい視線を向けられてしまったけど俺は年齢=彼女居ない歴なのでそんな目を向けられる覚えがない。
なので俺はその場から逃げる様にしてアケミとユウナの所へと向かって行った。
「気は晴れたか?」
「そんな訳ないよ!これはお兄ちゃんに頭を撫でてもらわないと治まらないんだからね!」
「私もお願いします!そうしないとイライラで頭の血管が切れそうです!。」
なんで俺が頭を撫でると気が晴れるかは分からないけど、それくらいなら幾らでもやってやろう。
どっちみち地面が熱くなっててしばらく進めそうにないし、リリーも父さんと母さんに甘やかされて先程の怒りが嘘のようになっている。
やっぱりアイツにあのスキルを取らせなくて正解だったようだ。
もし下手をすると危うくここで全滅する所だった。
そして目の前には嬉しそうに俺に抱き着いて頭を撫でられる2人がもっと撫でろと額を胸にグリグリと押し付けてくる。
本当に甘えん坊な2人だなと思いながら俺も自然と笑みが零れた。
それにしても奴らの正体は何だったのだろうか?
生き残りが居たら直接戦って確認してみたいけど、残念ながら購入したアクセサリーには魅了と幻惑に関する物はない。
なので正体を見るためにはここで鍛えて耐性を手にするしかないだろう。
俺としてもあまり気は進まないけど放置してまた化かされたくはないし、このままでは別行動も出来なくなる。
「あ、もしかして狐か狸か?」
「そうかもしれないわね。でも魅了だから妖狐の可能性が高そうよ。狸は同じ化かすでも馬鹿にする方だから。」
「母さん、それダジャレ?」
「違うわよ。」
相手が何であれ、この階層の魔物は気配からしてあまり強くなさそうだ。
それに時間的にも丁度良いので皆に一つの提案を行うことにした。
「きっと時間的に鵺が湧いてると思うから今の内に呪い耐性を取れる様に戻って訓練しない?」
「そうだな。しばらくここは進めそうにないからな。」
酸素は問題なさそうだけど俺達に熱が伝わってきているという事は普通に歩けばかなり熱いはずだ。
恐らくは魔法の延長と判断されているんだろうから、このまま歩けば靴が溶けて大火傷を負ってしまう。
そうならない為にも一度戻って呪いに対する訓練を再度試みる方が効率的だ。
今の俺達なら1割の能力低下は大した事はないけど、ここから先で5割とかスキル封印とかの呪いを受けて対処できない方が危険だ。
こういった危険が無い状況でなるべく耐性を習得しておきたい。
そして、戻って敵を探し6時間以上を費やしてようやく呪い耐性を全員が習得できた。
この調子だと魅了と幻惑耐性もかなり苦労しそうだ。
俺達は再び下に降りると次の敵を探して進み始めた。
これだけ時間が経っても地面は仄かに暖かいのでかなりの熱量だった事が分かる。
それと敵が持っていた槍は柄の部分が燃え尽きて金属部分しか残されていなかった。
拾うと槍ではなく薙刀、又は偃月刀だろうか。
漫画などで見た青龍偃月刀みたいに大きくはないけど刃渡りが50センチはある。
一応、効果自体は消えていない様なのでこれは回収して持って帰る事にした。
壊れているなら鋳つぶして作り変えても勿体なくないけど、数値的にも壊れているからか攻撃力が50しかない。
完全な状態で手に入れたらどうな数値なのか少し楽しみだ。
そして歩き回ってようやく敵を発見できたけど、俺の目に映るのはユウナの姿だ。
それで視線をユウナに向けると何故か嬉しそうにニコリと返されてしまう。
逆にアケミは少し不機嫌そうにしているので変な物にでも見えているのかもしれない。
俺達には女性に見えているけど女性陣には男に見えているだろう。
今回の奴はこちらへと積極的に歩み寄って来てるのだけどターゲットが男なのか腰をくねらせながらやって来る。
男に見えていればこれは普通に気持ち悪いだろう。
俺達はスキル獲得の為にジリジリと下がりながら距離を一定に保つ。
そんな中で母さんとナギさんから次第に笑い声が聞こえて来た。
「男であれをやるとオカマにしか見えないわね。」
「ウチの人だと頼んでも絶対にやってくれないわ。」
どうやら、二人は変なツボに入ってしまったようだ。
確かに父さんとリクさんは体つきが逞しいから俺がやるよりも効果倍増だろう。
それにしてもユウナがやるとなんだか背伸びしてるみたいでちょっと可愛いかも・・・イヤイヤ、これは魅了の効果が出ているのだろう。
だからアケミよ、そんなに強く睨まないでくれないか。
お兄ちゃん汗が止まらなくなっちゃうよ。
「それにしても、予想はしてたけど耐性を獲得するのには時間が掛かりそうよね。」
「母さんもそう思う。なら、ちょっとご飯にでもしようか。」
「でも動きながらだとチョコバーくらいしか食べれないわよ」
「それなら大丈夫。多分、もうじき動けなくなるから。」
俺は今も魔眼を使って相手を見続けているのであの時と同じならそろそろ足が動かなぬなる筈だ。
「あ、本当だわ。急に近付いて来なくなったわね。」
初めて魔眼を使ったけど問題はなさそうだ。
それに瞬きや少し視線を外した程度なら効果は消えない様で実用性もある。
ゲイザーは俺をずっと見ていたけどアイツは瞬きが必要のない奴だったのかもしれない。
恐らくは攻撃を受けるか著しく集中を乱された時には解除されるだろう。
「この間にご飯にしようよ。後ろから敵が来ないのは確認が済んでるし。」
「そうね。前だけ気にすれば良いならこのタイミングでご飯を食べちゃいましょうか。時間を無駄にしたくないものね。」
もうじきこのダンジョンに入って2日が経過する。
帰る時間も考えれば明日1日が限界だろう。
その後は魔物を狩り尽くしながら進むので半日は使いそうだ。
出来ればハジメさん達が10階層までを討伐してくれれば少しは楽なんだけどな。
「出来たわよ~。」
母さんたちの声で俺達は焚火を囲んで食事を始めた。
俺はあまり敵から視線を外せないので少し食べ難いけど、アケミとユウナが所々で料理を取ってくれたりお茶を入れてくれるので困る事は無。
それに匂いに釣られた追加の敵が複数やって来ている。
その結果、このスキルは単体ではなく複数の敵にも同時に効果を発揮する事が分かった。
その代わりと言ってなんだけど、俺の目の前には複数のアケミとユウナが動けずにこちらを見詰めている。
仲間になりそうにというよりは助けて欲しそうと言った感じだ。
いまだに誰も喋らない所を見ると会話は不可能なのだろう。
それでも本人でないと分かっていれば惑わされる事は無い。
俺達の心の在り様は魅了や幻惑といった相手を惑わせる攻撃と相性が良いのかもしれない。
リリーですら時々お尻を向けて後ろ足で砂を掛ける様にしているので、あちらはニオイで判断しているのだろう。
「おお、耐性を獲得したぞ。」
「あ、ホントだ。魅了と幻惑の耐性を覚えてるよ。」
「ワン!ワン!」
どうやら皆も耐性の獲得が終了したみたいだ。
俺も確認してみるとスキル欄に2つの耐性が追加されている。
ただ、その前にいつの間にか漢探知とか言う、訳が分からない変なスキルも追加されていた。
きっとこれは母さんが変なフラグを立てたからだろう。
でも名前はバカバカしくて色物臭がするけど効果はそれなりにありそうだ。
・漢探知
周囲の危険を所持者が一身に受け止める。
感じから言えば挑発に近い感じだろうか?
ただ、こちらの方が効果の範囲が広そうなので後で使ってみようと思う。
それにしても、このスキルを考えた奴は誰なのか知らないが、もしかして神様の間でも日本のラノベは大人気なのだろうか?
それならもう少し頑張って説明書くらいは付けて欲しい。
・・・まあ、それは贅沢が過ぎるというものか。
皆でこうしてワイワイ言いながら一緒の時間を過ごせるだけで満足しよう。
今も一緒に居られること自体が望外な奇跡なのだから。
そして確認を終えて前を向くと、やっと幻惑の効果が切れて敵がどんな姿なのかが見える様になった。
「やっぱり狐だったわね。」
「しかも尻尾が3本あるよ。」
「いつか本物の九尾に会えるかもしれないわね。」
なんだか母さんがちょっと嬉しそうだ。
相手の姿に大人気漫画の登場キャラを重ねているのだろう。
でも俺達の前にいるのは獣の狐ではなく敢えて言えばコボルトの狐版だ。
これから発展してあそこまで近づくかは微妙なところだろう。
でも九尾は有名な妖怪なので別枠で居るかもしれない。
「それよりも早く倒して次に行こう。」
「そうだったわね。お願いね皆。」
「任せて。」
「お任せください。」
「ワウ~!」
ここではゲイザー戦を参考にして魔法を使える3人に攻撃してもらう。
近付くとこちらよりもリーチの長い槍が襲って来るので安全を第一に作戦を考えた。
そして、3人からは容赦ない魔法攻撃が放たれ前から順番に姿を消していく。
それにこれでようやく槍を手に入れる事が出来たけど、その数30本以上と大漁と言える。
これで予備と実験に使える数も十分に揃える事が出来た。
そして魔石を拾って皆が吸収させていると、とうとうその時がやって来たようだ。
「おお、職業が選択可能になったぞ。」
「私もよ。」
「あ、私も。」
「私もです。」
「俺もだな。」
「私もだからみんな選択可能になったみたいね。」
「それなら先に選択してしまおうか。」
そして、周囲に敵も居ないのでこの場で職業を選ぶ事に決めた。




