45 買い物 ①
俺は目の前に現れた国の役人を名乗るアンドウさんに向かって鋭い視線を向けた。
もう少し信用できると思っていたのだけど、どうやら俺の目が節穴だったみたいだ。
まさか、あんな奴らの許に大事な家族と仲間を送り出す事になるとは思わなかった。
「それで、この落とし前はどう着けるんだ?」
「今回の事に関しては弁明のしようもない。こちらとしては今後このような事が起きない様に努力するとしか今の段階では言い様が無い。」
そんな風に言われて俺は大きな溜息を吐いて気分を落ち着かせると頭を切り替えいつもの自分に戻る事にした。
どうも家族が関わると俺も冷静ではいられないからな。
「それならしっかりと調査してくれよ。もしかしたらダンジョンの入り口周辺には邪神の力が漏れ出して周囲の人間に精神的な影響を与えるのかもしれない。生き残った奴や死んだ奴でしっかり検証してくれ。」
「確かにその意見に関してはこちらで検証しておこう。下手をすると周囲の人達にも異常が現れるかもしれないからな。」
「そうしてくれ。俺達はその辺の事の調査が出来ないからな。それと、今回の仕事で色々な事が分かった。ついでの報告も兼ねてあちらに帰ってからのミーティングにはアンドウさんも参加してくれ。」
「分かった。ただ今は連れ去られた人々の救出をお願いする。」
その後、俺達はダンジョンへと突入し攫われた人々の捜索を始めた。
そして、どうやらこのダンジョンは俺達の地元と同じ様にフィールドと迷宮の複合の様で1階層が迷宮、2階層がフィールド、3階層が迷宮だった。
ただ、俺達の地元のダンジョンは完全に洞窟の様な作りだけど、ここは何処かの神殿の様に綺麗で四角い通路をしている。
それなのにフィールドの天井は黄昏時の様に薄暗く赤黒い空が映し出されていてまるで血のような印象を受ける。
そして地面は乾燥しており、草木1本生えていない不毛の大地が広がりまるで滅んだ世界のようだ。
ただ、ここの魔物は人を攫っても最初から生かしておく気が無かったのか、そんなに深く潜らなくても発見する事が出来た。
それは2階層と3階層で見つかり、2階層では大きな穴に大量の死体が投げ捨てられているのを見つけている。
まるで中世ヨーロッパでスペイン風邪に掛かり死んだ人たちを捨てたと言う墓穴のようだ。
多くの人が穴の中で死んでいるため体が絡み合い、助けを求める様に天井に向かい手を突き出している。
魔物の気配は感じないのでここに在るのは遺体で間違いない筈だけど今にも助けを求めて叫び出しそうだ。
こういうのを見ると今の精神になって良かったと思えてしまうが回収に関しては今までで一番大変になるだろう。
そして3階層では下りて少し行った先の広い部屋に山の様にして殺された人たちが積み上げられていた。
そのため腐敗した体から体液が染み出し、部屋全体に酷い悪臭を漂わせている。
ここがダンジョン内でなければもっと酷い臭いをさせていたかもしれない。
ダンジョンの壁に空気の浄化作用があって本当に助かる。
そして、それぞれの場所に自衛隊を案内して救助を行い無事に全員を回収する事に成功した。
それに魔物自体もそれ程には知能が高くない様で数は居てもオークやゴブリンの様に連携を取ったり意思疎通している様子はなかった。
ただしアンデットには有名な所だと屍鬼や吸血鬼などもいるし、そうなれば繋がりでウェアウルフなども出てくるかもしれない。
死に関係のある魔物は大物も多数存在するので、もしかすると一番注意が必要なのはここである可能性もある。
最初が楽だからと言って油断は出来ないのでここを担当する人には注意が必要になる。
ちなみにステータスで確認すると耐性には魅了、従属、呪いなども存在する。
なるべく早い段階でこういった耐性にも手を出す必要があるかもしれない。
出来れば一つのダンジョンを各グループで担当し、そこに特化したスキル構成を目指したいけど、もしもそこのチームが全滅した時に対応できなければ困る。
今後の事を考えればスキルと同時に称号も強化して非常時にも対応可能な戦士となりたいところだ。
ただ俺が思いついた魔物はうら若き女性や少女を狙うのが定番なので、そうなるとアケミやユウナが標的となるだろう。
そう考えれば称号のベルセルクが極限まで反応してくれるだろうから全滅させるのは楽そうだ。
あの状態の俺なら30階層の魔物でも互角以上に戦えるだろうから逆に一般生活では気を付けなければならない。
ただし、そういった魔物が少ない場合はこの称号の効果は0と言って良い。
ある意味で言えば凄い限定的にしか役に立たない称号とも言えるが国外の人ならもっと有効活用できたかもしれない。
アーロンなら感情が豊かなのでお似合いかもしれないが、アイツだと頻繁に暴走して処分されそうだ。
何はともあれ、ここでの仕事も終了したので俺達は送ってもらう形で帰路についた。
そして、久しぶりに帰って来た家はとても快適でお風呂がとても気持ち良い。
途中でアケミとユウナの乱入を阻止する一幕はあったけどそれ以外はいたって平和だ。
明日は2人を連れて買い物に行く予定も入っているので早めに寝て英気を養わないといけない。
一応デートと言われてはいるけど、これはあくまで2人へのプレゼント選びだ。
(・・・あれ?これをデートと言うんじゃなかったかな?)
でも俺が買い物と言えば買い物になる。
ようは心の持ちようで考え方の相違だ。
俺は明日着ていく服を1時間かけてじっくりと選び、粘着テープでしっかりとリリーの毛を取り除くと美味しいお店やアクセサリー店を調べてから布団に入った。
これで準備万端バッチ来いだ!
明日は俺の男子力を見せてやるぜ!
そして早朝になって目を覚まし、風呂で身を清めて髪を整えるとリビングに向かった。
「おはよう母さん。」
「あら今日は早いのね。」
そう言われて時計を見るとまだ朝の6時だった。
待ち合わせは朝の9時なのでかなり早く目が覚めてしまったようだ。
そう言えば起きてすぐは空が真っ暗だった気がする。
そうしているとアケミが姿を現し、ユウナが外から鍵を開けて入って来た。
どうやら彼女は我が家の合鍵を持っているようだ。
いつの間にと言いたいけど彼女は毎日朝食を作りにこの家に来ている。
恐らくは休みの間だけとなるだろうけど通常の冬休みはようやく始まる頃合いだ。
だからこれから2週間以上は二人が作る朝食が食べれると思うだけで嬉しくなる。
そして俺は可愛い2人のエプロン姿を観察しながら今日も朝食を待ち続ける。
特にユウナの服装は既にお出掛け用でとても可愛らしく新鮮に見えた。
最近はダンジョンに行く事が多かったので殆どが簡素な服装しかしていなかったからだ。
それにそれ以前にも見かける事はあったけど、すぐに家から出かけていたため一瞬しか見る事が無かった。
こうして考えると、じっくり見るのも一緒にお出掛けするのも初めてだと気が付いた。
それにいつもと違うヒラヒラのロングスカートも淡い緑のブラウスも彼女の清楚な顔立ちに良く似合っている。
それに来た時に着ていたファー付きの白いジャケットを身に着けるといつもよりも大人っぽく見える。
今まではまだまだ幼いと思っていたけど服装一つでも印象が変わるものだ。
俺は感心しながらも準備された朝食を口に運び楽しく会話をしながら先程感じた事をユウナに伝えた。
「あ、あの・・・ありがとう・・ございましゅ。」
すると、なんだか顔を真っ赤にして俯いてしまった。
もう少し遠回しな言葉を選んだ方が良かっただろうか。
でも俺は頭が良くないので咄嗟にそんな器用な事が出来るはずもない。
そして朝食が終わるとアケミは一足早く2階に上がりドッタンバッタンと音を立ててから俺の前に姿を現した。
「どう、お兄ちゃん。」
するとそこにはいつもよりも明らかに気合の入ったアケミの姿があった。
上は白と黒のチェック柄のシャツに黒いジャケット。
足には黒のニーソを履いてスカートは余裕はあるけどかなり短い。
感じとしてはちょっと派手系な服装だけどアケミの勝気な顔にはとても似合っている。
「今日も可愛いなアケミは。」
「ニャハハ~。今日は大事なデートだからね~。」
そう言ってアケミは笑いながら俺の右腕に抱き着いて来る。
そして逆の左腕にはジャケットを着たユウナが続いて抱き着いて来る。
「そうですね。でも私は初めてなのでとてもドキドキしています。」
「今日は楽しもうな。」
「はい。」
2人ともジャケットの下は生地が薄いので今の状況だと胸の感触と心臓の鼓動がしっかりと伝わってくる。
それに人によってはこの感触をマシュマロと言うけどこれはそんな単純な物では言い表せないだろう。
俺は鼻の下が伸びない様に必死で堪えると3人揃って出かけて行った。
「あの子達やり過ぎないと良いけど。」
「ハルヤはああ見えて奥手でヘタレだから大丈夫よ。」
「でもアケミちゃんは積極的よね。ハルヤ君は知ってるの?」
「あ、そう言えばアケミが養子だって言うのを忘れてたわ!」
「まあ、このままでも見てて面白いけどね。」
そう言って母親2人は朝食の食器を片付けながら笑い合った。
ハルヤがその事を知るのはいったい何時になるだろうか。
それは今日かもしれないし、もっと先になるかもしれない。
そして、その頃の彼らはバスに乗って駅へと向かっていた。
「俺達の所は騒動であまり実感が無かったけど、少し離れるとクリスマス一色だな。」
「そうだよね。でも早く片付いて良かったよ。じゃないと今年はクリスマスが出来なかったもん。」
「さすがにあのダンジョンでクリスマスは出来ませんね。」
昨日まで俺達が居たのはアンデットばかり出るダンジョンだったので流石にそこでサンタの扮装は出来ない。
それにプレゼントも無ければケーキも無いのでは楽しさも半減してしまう。
そう言えばあそこで食べた肉はかなりの高級品だったが、いつの間にあんな物を買っていたのだろうか?
「そう言えばダンジョンの中に持ち込んでた肉はどうしたんだ?」
「あれはアンドウさんがもし閉じ込められたらこれでも食べながら待っていてくれって渡してくれたの。」
「でもあのダンジョンでお肉って普通ならセンスを疑ってしまいます。」
確かに、リアルゾンビは普通の感覚からするとかなりグロい形をしていた。
顔は所々崩れていたし内臓は垂れてぶら下っていて臭いと見た目のダブルパンチだ。
ただ、1階層で出るのがスケルトンだったのであの周辺には臭いも無く魔物さえ狩り尽くしてしまえば安全地帯と言えた。
それでも一般人ならあそこで肉を食べようとは思わないだろう。
「そうだよね。あの人きっと女性にモテないタイプだよ。」
「アケミちゃん。そんな事言ったら悪いよ。きっといつか理解してくれる人が現れてくれるよ。」
何やら既にアンドウさんのイメージが酷い事になっている。
でも確かに、あの人を受け止めてくれる女性が居るなら、それは余程の人格者か人格破綻者のどちらかかもしれない。
そして話をしていると駅に到着して俺達はホームへと向かって行った。
「そう言えばアケミとユウナは入金の確認は済ませたのか?」
「大丈夫だよ。最初の遠征の後にお母さんと口座を作りに行ったから。」
「私も御一緒して作りに行きました。その後、ツキミヤさんに連絡したらその日の内に振り込んでくれましたよ。」
それなら大丈夫だけどスマホのアプリがあれば入金の確認は出来るので俺も確認は終えてある。
それに最近はキャッシュレス推進で店によってはキャッシュカードがあれば高額な買い物ができる。
でも中学生のプレゼントならそれほど高額にはならないだろうけど。
その辺の調べも昨夜の内にしておいたので迷う事はない。
すると次第に人が増え始め周りの席が埋まり始める。
そんな中で1人の老婆が電車に乗り込み、周りを見回して困った表情を浮かべている。
どうやら既に全ての席が埋まり座る所が無い様だ。
その老婆は腰も大きく曲がっているので電車で立ち続けるのも辛い事だろう。
俺達は互いに視線を交わすとその老婆に声を掛けた。
「こちらに座ってください。」
「あら、良いのかい。すまないねえ。」
そう言って俺が立った席へ老婆は腰を下ろした。
その際にアケミとユウナは老婆の腰に手を当てて支えながらゆっくりと着席させている。
「アナタ達もありがとうね。最近は座れない事も多くて困ってたんだよ。」
「いえ、これ位は問題ありません。」
「それよりも腰は大丈夫ですか?」
そう言いながら二人は今も腰に手を添えている。
何気に回復魔法を使用しているのは本人には秘密だ。
「最近は寒くて辛いけどあなた達が手を当ててくれてるから調子が良いみたいだねえ。」
老婆は朗らかに笑うと二人の頭を優しく撫でた。
そして他愛無い話をしていると俺達が降りる駅に到着し、老婆もそれに合わせて立ち上がった。
「私もここで降りないとね。実は今から病院に行く所なんだよ。」
「そうですか。それならしっかりと検査してもらってください。」
「ん?そうだね。この腰も少しは伸ばせるようになれば良いんだけど。」
そう言って電車を降りると俺達は分かれて駅から出て行った。
「どれくらい良くなってるかな。」
「2人が頑張ったなら治ったんじゃないか。」
「それなら良いのですけど。」
時間にして10分は二人がかりで回復魔法をかけていたのできっと完治しているだろう。
本人は気付いてなかったみたいだけど歩いている時に少しずつ腰が起き上がっていたから自覚すれば普通に歩けるようになるかもしれない。
そして俺達は歩き始めると駅前にあるショッピングモールへと足を向けた。




