43 帰国
兵士に案内されて部屋に入ると、そこには1人の中年男性が待ち構えていた。
階級などは分からないが、周りの対応や纏っている雰囲気からするとかなりのお偉いさんのようだ。
「よく来たな。お前の事は色々聞かせてもらっている。なので簡潔に事務的な話をしよう。」
そう言って部屋が暗くなりスクリーンに映像が映し出される。
「これが何か分かるか?」
映像は上空から撮影したようでデコボコの荒野に灰色の塊があり、そこからは鉄骨の様なものが突き出している。
まるで何かを急いで埋めた様な印象を受けるが何処の映像だろうか?
「何かのオブジェか?」
「まあ、そうとも見えるかもしれないな。俺も芸術には疎いから分からんが。」
そう言って男は軽く笑うとすぐに答えを教えてくれた。
どうやら最初に言った簡潔で事務的と言ったのは本気だったみたいだ。
「これは日本にあるダンジョンの一つで一部の者が暴走しダンジョンへの入り口を埋めたらしい。それとこちらの調べではこの中に君の仲間が取り残されている可能性が高い。」
俺は答えを聞いた瞬間に怒りが思考を塗りつぶしていくのを感じた。
視野が急激に狭くなり噛み合わせた奥歯がガリッと音をたてる。
「誰がそれをやったんだ。」
「恐らく初期段階からここで戦っていた兵士たちだろう。現在は2陣営に分かれて睨み合いを続けているようだ。」
「そうか。それで、俺をここに呼んだ理由を聞いてなかったな。」
今の俺にはこの情報を聞いても怒る以外は何も出来ない。
この船が俺を送ってくれるとしても何日もかかってしまうだろう。
ただ俺は皆について心配はしていない。
数日で鎮静化できたなら実力的に死ぬ事はないだろうからだ。
もし殺されていれば何処まででも探して潜っていってやる。
それにオメガが居れば絶対に発見できるので地球の裏側でも中心にだって言って見せる。
それにダンジョンの中では飲み食いしなくても1週間は生きられる実績がある。
だから絶対に大丈夫だ。
なら何に怒っているかと言うと俺と皆の間に物理的な壁を勝手に作っている事だ。
すなわち俺達の再開を完全に否定している存在があの埋められたダンジョンの入り口になる。
しかもいまだに一部の自衛隊がそれを護っていると言うなら、そんな暴挙に怒らずに居られるはずがない。
「怖い顔をしているな。子供のして良い顔ではないぞ。まあ良い、それよりも本題だ。我々は君の行動の結果、色々と得る物があった。切り捨てた覚醒者は力を身に着け、そこの命令違反の男も鍛え上げてくれたようだ。そのため、君にはそのお礼をしたいと大統領が仰せでな。」
「その程度のことで大国が動くのか?」
「もちろん日本政府からも君の速やかな帰還に協力して欲しいと打診されている。それに私は他人に借りを作らない質でね。」
「それなら少しは納得できるな。」
恐らく鍛えられた自衛隊が相手ではステータスがあっても低レベルの人達では相手にならないのだろう。
物理的に近寄れないか捕らえられる可能性もある。
それに膠着状態が続けば他のダンジョンが手薄になってしまう。
それで魔物が溢れると同じ事の繰り返しだ。
「そういう訳で一つの案が浮上した。」
「それは聞くのが楽しみだ。」
そして画像が変わるとそこには下手な絵が描かれており、レベルはまるで子供の楽が来だ。
どうやらこの艦に絵心のある人が乗っていなかったらしく、全員が恥ずかしそうに咳払いをしている。
「もしかしてこの尖った物はミサイルか?」
「ゴホン、まあ・・・そうだな。これは超長距離弾道ミサイルで、これに君を括りつけて発射するというイカレた案が覚醒者達から出た。お前なら必ず了承するだろうとな。」
「ああ、了承しよう。」
「マジか!」
提案しておいてどうしてそこで驚くんだ?
1分1秒でも早く帰れるならそれが一番に決まっているだろう。
「弾頭は外してあるんだろうな。」
「流石に周囲を吹き飛ばす事は出来ないからな。誘導ビーコンは自衛隊が送ってくれる。ほぼ目的地近くに落ちるはずだ。」
「分かった。最低限、日本に到着すれば良い。」
「そこは保証しよう。我が国の最先端技術を舐めないでもらおうか。」
そして既に俺を打ち上げる準備始まっており出発は数分後となった。
潜水艦をミサイル発射可能な海域で浮上させると俺を物理的にワイヤーで固定していく。
「俺が固定されてて墜落しないのか?」
「大丈夫です。コンピューターが進路や高度などを観測して自動で調整してくれます。あなたは落ちない様にだけ気を付けてください。」
これから行うのは飛行機とは違うので下手をしたら生身で宇宙まで行く事になるかもしれない。
そう考えれば俺自身も覚悟が必要になる。
一応酸素ボンベは担いでいるけどそれが役に立ってくれるか分からない。
もしかすると到着した時は死んでいるかもしれないな。
しかし俺に恐怖や不安はない。
あるのはあんな事をした奴らへの抑えようのない怒りだけだ。
そして準備が終わりカウントが開始され、ゼロの声が上がると同時に俺は凄い速さで上空へと打ち上げられた。
しかし体へと負担はなく落ちない様にミサイルに掴まると振動と同時に下の方の部品が外れてそこから再び加速が始まった。
どうやらロケットの部分を少しずつ切り離して重量を軽くし、更に速度を加速させているようだ。
そして、加速が終わると俺の周りで角度が微調整されている様で小さな噴射口から何かを噴き出している。
そして、どうやら俺達は真空と言っても良い環境でも問題なく生きられるようだ。
下を見ると青い地球が目に入り、今の様な状況でなければ次は家族で来たいくらいは思ったかもしれない。
しかし今の俺の心には怒りしかなく、それは時間と共に次第に熟成されて激しくて巨大に成長している。
そして、ある所から進路が下向きになり地上が迫り始めた。
今は恐らく今までで最も早い速度を体験しているだろう。
地上が想像を絶する速度で近付き、ゾーンに入っても新幹線よりも早く動いている。
俺も何時かこんな速度で戦える日が来るだろうか。
そして着弾の瞬間に俺はワイヤーを無理やり斬り裂いて空気を足場に制動を掛ける。
それでも止まるには至らず地面を抉り家の壁を突き抜けて進んでいく。
そして地面に落ちる寸前には映像で見たダンジョンを確かにこの目に捉えた。
俺は何とか停止すると即座に振り向いて全力で駆け出すとダンジョンへと向かって走り出した。
時間は少し遡り、ここはハルヤが駆け付けたダンジョンである。
そこでアケミたちは魔物の討伐を終えようとしていた。
「ここの魔物は動きが遅いから余裕だね。」
そう言ったのは魔法を放っているアケミだ。
ここのダンジョンの魔物はアンデットと呼ばれるスケルトンやゾンビといった存在達で動く速度もランニング程の速度なので対処もしやすい。
問題は以前と違って遥かに数が多い事で既に倒した数も1000を越えており魔石も大量に手にしてレベルも上がっていた。
そんな中でアケミの両親は戦いながらチラリと後ろで銃を撃ち続ける自衛隊へと視線を向ける。
「気を抜くんじゃないぞ。どうもここの奴らは様子がおかしい。アンドウさんが調べるとは言っていたが敵は後ろにもいるかもしれない。」
「うん、分かってる。」
そんな会話が最前線で行われている時、ここを指揮する者のテントでは秘密の話し合いが行われていた。
「準備は出来たか?」
「はい。手配は問題ありません。あちらはダンジョンの周りを囲む壁を作るための資材だと思っているようですが。」
「よし、それなら奴らがダンジョンに突入したら作戦を実行する。」
「しかし、連れ去れらた人々は・・・。」
「諦めろ。所詮は死者が蘇ること自体が異常なのだ。それにお前も見ただろう。あそこで戦っている奴らも化け物ではないか。それにこの国を護るのは我らでなければならない。これからは我らこそがあの力を手に入れ適切に運用していけば良いのだ。」
そう言った指揮官の目は酷く濁り、顔はゴブリンの様に醜悪に歪んでいる。
誰が見ても正常な精神状態でない事が分かる姿であったが、ここに集まる者は多かれ少なかれ似たような精神状態へと陥りかけている。
そのため誰も自分達が如何に恐ろしい事を口にしているのか分かっておらず、薄ら笑いさえ浮かべていた。
「それではタイミングを見計らい行動に移します。」
「任せたぞ。後から来た奴らに気取られない様にな。」
ここには先日の戦いで落ち着きを取り戻したダンジョンから増援として来た隊員も含まれている。
しかし彼らは先の戦いからハルヤの仲間に好意的であるため気付かれれば確実に妨害されされてしまう事が分かっていた。
そんな彼らに向かい指揮官は表情を醜悪に歪めて吐き捨てる様に言葉を零した。
「愚か者共め。俺が正しいんだ。力とは俺の様に正しい者が手にし、従え、運用するべきなのだ。」
そんな指揮官の声は赤黒く染まった夕闇へと消えていき、その下では今も激しい戦いが繰り広げられている。
その後も討伐は滞りなく進むと、その瞬間がとうとうやって来た。
「それじゃあ、俺達は中の人を助けに向かうから準備を頼む。」
「お願いします。我々は外で待機していますので手伝いが必要ならいつでも仰ってください。」
12月の頭から始まったこの騒動も既に20日が経過しようとしていた。
それもようやく終息を見せ始めているが蘇生可能な日数はあまり残されていない。
可能な限り迅速に捜索と蘇生の処置を進めなければ手遅れになる可能性もあった。
これも全てはここを指揮していた現場の指揮官がゴネて対応が遅れたのが原因である。
いったい指揮官とその周辺の者達が何を考えているのか。
しかし末端の隊員である彼らがその理由を知る筈もない。
そしてそれは、この少し後に最悪の形で知らされる事になった。
『ダダダダダッ!』
魔物が地上から駆逐され銃声の収まった地上で何者かが銃を乱射した。
それと同時に何台ものトラックや重機がダンジョンの入口へと走り寄り突然作業を開始する。
「何をやっているんだ!」
手伝いの為にダンジョン前に待機していた隊員たちはそれを見て声を上げた。
しかし、それに答えたのは仲間の口ではなくその手にある銃口だった。
『ダダダダダッ!』
「がは・・・お、お前ら・・何を考えている。」
彼らは仲間と思っていた同じ隊員たちから銃弾を浴びその場に膝を付いた。
問いかけた者も撃たれた傷が酷く既に前のめり倒れて死にかけている。
そんな彼らを周囲から集まる隊員たちは引き摺って退かせると周囲に銃口を向けて作業を開始した。
「すぐにダンジョンをコンクリートで覆うんだ。最初は周囲から買い集めた速乾タイプを使え。その後は出来るだけ厚くなるように埋めていけ。それと補強の鉄骨を忘れるなよ。」
そして彼らは何かに憑りつかれたように黙々と作業を進め、近づく者には容赦なく発砲した。
これにより死者と重傷者が多数発生し、治療と蘇生に更に多くのポーションと蘇生薬が使われた。
いくら今回は魔物の数が多く、蘇生薬とポーションが前回よりも多く在庫があると言っても、既に行方不明者の数に足りなくなっている。
それを知った者達は無駄な犠牲を出しては国民を助けられなくなるだけだと考え、状況は膠着状態へと陥って行く。
そのためダンジョンの入り口は厚いセメントと太い鉄骨に覆われ完全に閉ざされてしまった。
そして、そんなダンジョンの内側では・・・。
「あ、やっぱり閉じ込められちゃったね。」
「そうだな。アンドウさんの言ってた通りだ。」
自衛隊の一部の隊員が私服に着替えてセメントを買い漁っていた事はバレていた。
しかも準備された重機や材料からダンジョンを埋めようとしていると予想も出来ていたのだがそれによる物的証拠なく手が出せなかった。
すなわち未遂では相手の罪を問い切れないため今の様な状況になる事を分かっていてもダンジョンへ入るしかなかったのだ。
「でも、そうなるとお兄さんが心配です。」
「そうだよね。お兄ちゃんの事だから私を助けるために無茶苦茶やりそう。」
しかし、二人の顔は心配と言うよりも明らかに嬉しそうである。
それでもユウナはアケミの言葉に反応してプンスカと怒り始めた。
「あ~アケミちゃん!また自分だけ特別扱いしてる~!」
「もう~分かりました~!私達って言えば良いんでしょ!」
「そうそう。お兄さんは私達のお兄さんなんですからね。」
その様子を見て二人の両親は笑みを浮かべ、ツキミヤはバイクに跨ってヤレヤレと肩を竦める。
犬であるリリーは我関せずと欠伸を1つして丸まって寝始めてしまう始末だ。
外とは違いダンジョン内に閉じ込められた7人と1匹はいつも通りの平常運転である。
そして、そんな時に外ではここの指揮官が拡声器を使って周囲へと宣言を行っていた。
「我々こそが選ばれるべき存在なのだ。力を得た者達を管理し統制し従えさせる。無能な政府になど任せておけばいつか奴らは牙を剥き我々を滅ぼす事になる。そうなる前に我々がそれ以上の力を手に入れ管理しなければならない。」
しかし、その演説に相手側は誰も賛同しなかった。
既に言っている事に矛盾があり、恐らくは小学生が聞いてもおかしい事に気が付くだろう。
それでも現状を変える事の出来ない事に誰もが奥歯を噛み締め悔しい思いを胸に燻ぶらせている。
そんな時、空からの飛来物が彼らのすぐ傍に衝突し、それによって周囲に振動と衝撃が発生した。
「来たか!」
そう声を洩らしたのは後方で様子を窺うアンドウだ。
そして、少しすると彼らの前に1人の鬼が姿を現しダンジョンへと向かって行った。




