4 説明 ①
俺は家に帰ると自分の部屋へと向かって行った。
リリーの様子から蘇生してすぐに起こしても問題が無い事は分かっているのだけど、それでも少しは安静にしておいた方が良いと思う。
リリーは腹を斬られて死んだけどアケミたちは首を切り離されていたので、どう見ても症状が違い過ぎる。
なにせ不老不死の人魚ですら首を切断されれば死んでしまうのだから出来る限り自発的に目を覚ますまでは待っておきたい。
その間に俺はスマホを手にするとこの周辺のニュースを確認するけど深夜の出来事で確認が出来てないのかまだ何も出ていない。
するとアケミの瞼が震えて目を覚ましたようでゆっくりと瞼が開いて再び綺麗な瞳を見せてくれる。
そして俺を見て優しくニコリと微笑むと以前と変わらない透き通った声で言葉を口にする。
「怖い夢を見たの。」
「どんな夢なんだ?」
「私が何かに殺される夢。一瞬、首に冷たい感触が走ってすぐに全てが消えちゃうの。そしてずっと暗くて冷たい所で一人でいたらお兄ちゃんが迎えに来てくれたの。」
「そうか。覚めてよかったな。」
「うん。最後だけとっても良い気持ちだった。ねえ、お兄ちゃん・・・。」
「なんだ?」
「大好き。」
「俺も大好きだよ。」
これは昔から頻繁に行われている事で挨拶みたいなものだ。
きっと仲のいい兄妹だったら何処の家庭でもしている事だろう。
するとアケミは少し笑って体を起こしたけど、どうやら反動で首が落ちる事は無さそうだ。
でも起き上がってすぐにアケミは首を捻るとその顔がこちらへと向けられた。
「どうして私がここで寝てるの?」
「ん?問題があるのか?」
「え、その~・・・。私にも心の準備が。・・・で、でも嫌じゃないよ。どちらかと言えば嬉しいっていうか。いえ、違うのよ。」
「落ち着けアケミ。」
昔はいつも同じベットで寝ていたのにいったい何を混乱しているのだろうか?
それとも、アケミもお年頃と言う事でやっぱり男臭いベッドにはもう入りたくないのかな。
そう考えると少し寂しい気分になって来るけどアケミを見ると深呼吸をして気持ちを落ち着けている様だ。
しかし、俺の枕に顔を埋めて深呼吸してて苦しくないのだろうか。
家族でもその行動を見ていると少し心配になって来る。
「ありがとうお兄ちゃん。少し落ち着いた。」
「そ、そうか。それじゃあ風呂を沸かして入って来い。」
「え、もしかして今から兄妹の一線を越えて・・・。」
『パチン』
俺は即座にアケミのオデコにデコピンをくらわせて冗談を止めさせ、続いて服に手を掛けると上に持ち上げて上着を脱がさせた。
すると最近は発育が進んだ胸が俺の眼前に現れるとアケミは突然の行動に驚いている様で呆気にとられた表情を浮かべている。
そして、そんなアケミが取った次なる行動は予想通りのものであった。
「お兄ちゃんにとうとうこの思いが通じたのね。」
そう言ってそのまま俺へと抱き着いて来ると胸を押し当てて潤んだ瞳で見上げて来た。
昔からスキンシップが過剰な部分があったので慣れているが、今日はいつになく積極的な気がする。
「お兄ちゃん、好き。ううん、愛してるの。だからこのまま私の大事な・・・。」
『ペチン』
「いった~い。」
俺は再びデコピンを放つとアケミを引き離して距離を開けた。
少しヤバかったのもあるけど他の感情が薄らいでいる代わりに家族に対する愛情を過剰に感じてしまうようだ。
いつもなら平然としていられるのに今は顔が赤くなり心拍数の上昇も感じていて危うくあのまま流される所だった。
これは今までの感覚で接しているといつかは兄妹の一線を越えてしまい危険かもしれない。
するとアケミはニヤリとした笑みを浮かべると、猫の様な仕草で開けている距離を詰めて来る。
「フッフ~ン。もしかして妹の魅力にやっと気が付いたの?」
「いや、それに関してはとっくに気付いてるから少しは慣れろ。」
「ニャ!」
すると今度はアケミの顔が真っ赤に染まると髪を指でクルクル回しながら視線も彼方此方へと彷徨い始める。
そういえばこういう時はいつも適当にはぐらかしてたので言葉にするのは初めてだが、俺も調子が狂っているのでうっかり素直な気持ちが出てしまった。
「ははは~褒められちゃった。なんだかスッゴク胸がポカポカする・・・。そ、そろそろ私、自分の部屋に戻るね。」
そう言ってブリキのようにぎこちない動きで部屋から出るとそのまま自分の部屋へと駆け出して行く。
しかし今は自室に戻らせる訳にはいかないのでその手を素早く掴むとアケミの歩みを止めさせた。
「今は行っちゃダメだ。」
「お兄ちゃん・・・。そんなに私が欲しいの?このままだと本当に・・・。」
「そうじゃなくてこれを見ろ。」
俺はさっき脱がせた上着をアケミに見せるとようやく本題に入る事が出来たが、その顔色が青褪めていくのが見ていても分かった。
「これ・・・、もしかして血?え、でもどうしてこんなに?」
アケミの手を引いてベッドに座らせるると俺もその横に腰を下ろし、その体を抱きしめから先ほど起きた事を何重ものオブラートに包んで教えた。
そうしないと繊細なアケミの心が傷付いてしまうかもしれないと思ったからだ。
体が砕けても蘇生できる事は分かっているが心は違う。
恐らくは拷問の末に殺されていたら生き返ったとしても心は死んだままだっただろう。
だから生き返った今なら鮮明に覚えていなくて良かったと心から思う事が出来る。
「そ、それじゃお兄ちゃんは私達を助けるために沢山危ない事をしたの?」
「家族の為なら、そしてお前の為なら当然だろ。俺はお前にこそ幸せになって欲しいんだからな。」
「お兄ちゃん・・・もう、いつもそう言って無理するんだから。」
そう言われて思い出してみると確かに色々な無茶をした記憶がある。
溺れている所を助けたり、道路に飛び出した所を抱きかかえて助けたり、歩きタバコをしている人から庇って火傷したりと上げればキリがないな。
それで今回の事だから俺も大概なのかもしれないが昔から考えが変わった訳ではない。
アケミもしっかりと理解してくれたみたで再び立ち上がるとそのまま風呂へ向かって行ったので俺は父さんと母さんの許へと向かった。
それに2人とも朝は早いのでそろそろ目を覚まさなければならない時間だが残念な事に寝室にあった目覚まし時計は襲撃の時に天に召されている。
恐らくあちらに関しては蘇生薬があったとしても生き返らせる事は不可能なのだが、居間に行くとそこではもう一つの目覚ましが既に活動を開始していた。
『ペロペロペロ・・・。』
「止めなさいリリー。」
『ペロペロペロペロペロ・・・・』
「分かったから・・・朝ごはんだな。今から起きるから待ちなさい。」
そして最初に目を覚ましたのは最終目覚まし決戦兵器であるリリーに負けた父さんだ。
すると今度は尻尾を振りながら母さんに「ワンワン」と吠えたてるが、あまりの扱いの違いに苦笑が浮かんでくる。
俺は部屋に入ると指を鳴らして気を引くと軽く目を合わして止めさせた。
「リリー・・・。」
「ウ~・・・。」
生き返ったばかりなのに元気なものなので、これなら後遺症などは大丈夫そうだ。
そして2人も目を覚ますと周りを見回して首を傾げている。
「何で父さんと母さんはこんな所で寝ているんだ?」
どうやら二人にも記憶が無さそうなので2人には何枚かオブラートを剥ぎ取った説明を行った。
「そうか。お前の言っている事は分かった。」
「以外に簡単に信じるんだね。」
「ちょうど父さんの視界にも同じ事が起きてるからね。」
「母さんもよ。知らなかったら混乱して踊っていそうね。」
それは混乱しているんじゃなくて混乱させる方じゃ・・・。
母さんは若い時からゲームが好きらしく時々こんな冗談を口にする。
すると風呂場からも声が聞こえて来たのだが・・。
「お、お兄ちゃ~ん、助けて~。」
何だか声に余裕がありそうなので俺はのんびり立ち上がると風呂場に向かって行った。
その様子を父さんと母さんは暖かい目で見守っているが妹が禁断の愛に染まりそうなのにそれで良いのか?
そして風呂場に到着するといきなり扉を開けてアケミが飛び出して来たのだが、その姿はタオルすら巻いていない裸のままだ。
俺は反応が完全に遅れてしまいアケミを抱き留める事になってしまい、途端にとても甘くて良い匂いが鼻を擽って来る。
本当にこいつが妹でなければ今にも部屋に連れ込んで手を出していただろう。
そしてアケミの顔はまるで猫の様にニヤリと笑っているのでコイツは完全に確信犯で間違いない。
「よし、それならこの格好で父さんの前に行くか。それの説明をしてやろう。」
「ちょ、ちょっと待って!これはお兄ちゃんの前だけの限定サービスなの!お父さんの前じゃ出来ないよ!」
何とも父さんが聞いたら泣きそうなことを言ってるけど、この位置なら確実に聞こえてるだろうから母さんに肩を擦られる父さんの姿が目に浮かぶようだ。
「ふざけてないで早く体を隠して来い。12月なんだから風邪ひくぞ。」
「は~い。せっかく今日は良い雰囲気だったのにな~。それじゃあ服を着るのを手伝って。何処に何があるか分からないの。」
アケミはそう言って脱衣所へと戻って行ったけど俺としても早く着替えて父さん達と代わってあげて欲しい。
2人も血だらけの服で過ごしているので仕方なく俺も脱衣所に入ると洗濯機の上に下着と服が置いてあるのを見付ける事が出来た。
どうやら入る前に準備はしていたみたいなので、棚を探さなくても良さそうだな。
それにこれなら手渡してやれば着られるだろうから手取り足取りまではしなくて良さそうだ。
「お兄ちゃん早く~。」
「はいはい、分かりましたよ。」
俺はなんだか昔を思い出しながらまずはパンツを手に取った。
「どう、私のパンツ。興奮する?」
「バカ言ってないで早くしろ。」
(実際はかなり興奮していますとも。俺自身もこの反応はビックリです。)
「ねえ、お兄ちゃん。後ろ前が分からないから履かせてよ~。」
「それは流石に無理だから自分で着なさい。」
「え~、ケチ~。」
ケチじゃない。
そんな事したら完璧に色々な所が見えちゃうだろ。
今の俺をそんなに刺激するんじゃない。
そして、裸の妹はパンツを受け取るとそれを見せつける様にゆっくりと履き始めたけど、なんだかいつもよりも艶めかしくて俺は咄嗟に視線を逸らした。
「次ちょ~だい。」
その後はブラやインナーを渡して最後に服を着るのを手伝ってあげるけど流石にこれは危なかったので俺が着せてやった。
別に最後だけ煩悩に負けた訳ではない事を明言しておく。
そして居間に戻ると2人は楽しそうに笑顔を浮かべているが我が家は本当にどうなっているのだろうか。
ここは無防備すぎるアケミを叱る所だと思うのだけど、俺は間違っていないはずだ。
そして全員揃ったところで俺は説明を始め、ユウナの時と違ってメリットとデメリットをしっかりと伝えておく。
その結果3人ともYesを選択する事に決まり、それぞれに気合を込めた拳を握っている。
目が見えていないのにやっている事は一緒なので我が家は本当に似た者親子だ。
「本当に良いの?」
「父さんはお前達を護らないといけないから当然の選択だな。」
「私も主婦としてこの家を護らないとね。」
父さんと母さんは俺と一緒で家族を護るために力を求めたみたいで理由が似ているので少し嬉しさを感じる。
「それなら私はお兄ちゃんを護りたい。」
「アケミ、しっかり考えたのか?」
「うん!」
「そうか。それなら良いんだ。」
内心では凄く嬉しいけど俺が死んだらどうするんだ。
まあ、死ぬ気は無いので俺がしっかり守ってやれば大丈夫だろう。
そして3人は最後に部屋を片付けると絨毯の上に横になった。
これはかなりの苦痛がある事は伝えてあるので変に倒れたり怪我をさせないためだ。
それにこの絨毯は安物なので終わったら捨てたら良いだろう。
そして3人はYesを選択すると呻き声を上げて意識を失った。
すると傍に居たリリーは皆に駆け寄って心配そうに首を傾げて父さんの横で伏せをしている。
そう言えば結局リリーにご飯をあげていなかった事を思い出したので俺は器を手にするとドックフードが入れられているケースへと向かって行った。
しかしリリーの悲鳴が部屋に響き、視線を向けると横になって足をばたつかせているのが見える。
「キャン!キャン!ク~ン・・・。」
するとリリーまで意識を失ってしまったので、これはもしかしなくてもリリーにも何らかの資格があったと言う事なのだろう。
少し前からフラフラ歩いていた気がするが犬は辛くても我慢が出来てしまう生き物なので俺には気付く事が出来なかった
きっとリリーは偶然でも最後にYesを選択してしまったのだろう。
もしかするといつか最強の番犬になるかもしれないので今後に期待が出来そうだ。
そして俺は朝食の準備をしていると最後に気絶したリリーが最初に目を覚ました。
どうやら意識を失って1時間は俺の場合であって犬には当て嵌まらないみたいだ。
人によっても個人差もありそうなので、無理に起こさず自然に起きるのを待った方が良いだろう。
そしてリリーは尻尾を振りながら体を起こすと目的を果たすために俺の許へとやって来た。
「ク~ン。」
リリーは俺の手にある茹で卵を見詰めて・・・と言うかガン見している。
コイツはこれが大好きなので頑張ったご褒美に適当に切ってからお皿に乗せて食べさせてやる事にした。
その間にも涎が滝の様に流れ出すと床に水溜まりを形成している。
それにリリーが頑張らなければあそこで俺も殺されて、今のこの時間すら存在しなかったかもしれない。
そう思えば今日は奮発して豪勢な朝食にしてやっても良いだろう。
リリーも俺達にとっては大事な家族なのでちゃんと大切にしてやらないといけない。
そして朝食の準備をしていると早朝だというのに来客を知らせるチャイムの音が鳴り響いた。




