364 初戦
到着したのは謁見の間で中には先程の兵士達を含め多くの騎士や貴族達が揃っている。
その中央の玉座では王冠を頭に乗せた国王が座っており、雰囲気は良いとは言えない様子だ。
どうやら先程の3人が俺達に取ったのと同じ様な高慢な態度で話をしているからだろう。
そして支援金が入った革袋を受け取ると笑いながら扉を開けて姿を現した。
「なんだお前等。役に立たなくてもここまで来たのかよ。」
「いえいえ、子守でも引き受けたのではないですか?」
「お前等に出される金も貰っておいたからな!もちろん文句なんてないよな!?」
「それなら俺達は金作からだな。出遅れてるからなるべく早く合流できるように頑張らせて貰うよ。」
「チッ!張り合いのねー奴だな!」
「行きましょう。相手の勢力が国境まで迫っているそうですからね。」
「テメー等はここで精々ママゴト遊びでもしてな!」
そう言って彼等は去って行ったけど、あの性格だと周りとの連携は難しそうだ。
そして開け放たれたままの扉から中に入ると困り顔の国王が周りから詰め寄られているのが見える。
俺達が来ている事に気付いていないらしく、部屋の外まで彼等の声が聞こえてくる。
「あのような者達が本当に勇者なのですか!?アレでは今後が思いやられますぞ!」
「しかも今回はおかしな連中が4人も召喚されたそうではないですか!役に立たないなら即座に城から追い出すべきです!」
「この非常時になんたる失態だ!この責任をどうするというのですか!?」
「まあまあ、今は様子を見ようではないか。ちょうどその4人も到着したようだから話をしてみよう。」
すると詰め寄っていた者達は揃って不機嫌な顔のまま横に逸れるとそのままこちらを睨み付けてくる。
そんな刺々しい視線を流しつつ近くまで行くと、横に居たラルティーネが国王の前まで駆け出して行った。
「お父様~。」
「ラルティーネが彼等を案内してくれたのかい?」
「はい。それとあちらの4人も一緒に戦ってくれると言ってくれています。」
「そうか。・・・しかしなんだ。こう言ってはなんだが本当に宜しいのかね?」
「俺達は姫の願いにより平和の為に戦うと決めました。既に独自の采配によってラルティーネ殲滅軍を結成し、彼女には旗印となってもらっております。ですから自由さえ保障してくれるのなら支援金等は必要ありません。」
「それならばどうやって戦いの準備を行うというのだ!?まさか逃げるつもりでは無いだろうな!!」
「我々にこの世界のお金はありませんがアナタ方の身形からすると宝石類は価値があるようです。それらの持ち合わせが・・・おっと。」
アイテムボックスを使える事を隠すためにポケットから出すフリをすると、慣れていないので拳大のルビーを落としてしまった
床は柔らかくて厚い絨毯が敷かれているので破損は無さそうだけど、赤い輝きが視線を一点に集めて釘付けにしている。
どうやら練習で作った宝石がこの世界でも役に立つようで、それなりの値を付けてくれそうだ。
「もし良ければ買い取ってもらえると幸いですが如何致しますか?」
「そ、そうだな。戦時中なので大金は出せんが十分な金銭は約束しよう。」
ここで値切りに来るとはここの奴等はあまり信用しない方が良さそうだ。
他にも欲しそうな者が居るのでそちらにも同じ物を見せて買わせることで、俺達は十分な生活費を手に入れる事が出来た。
「この度はご協力に感謝します。それでは我々も早々に出発致しますので、この辺でお暇させて頂きます。」
「うむ。頼んだぞ。」
「はい。我らはラルティーネ様の騎士として動きますのでご安心ください。」
その後に周囲へと軽めの威圧を放って実力の一端だけを確認させておいたので、これでおかしな事を考える奴が少しは減るだろう。
「・・・おかしな連中だが大丈夫なのだろうか?」
「お父様・・・。」
「そうだな。魔族が攻めて来ている状況でここに居るのは危険であろう。お前は彼等に同行し王家としての教養を生かして助けになってあげなさい。」
「分かりました!」
「そして・・・」
「お父様?」
「いざという時は自分の命を守る為の決断を下すのだよ。国と心中しようなんて思ってはいけない。それは王である私だけに課せられた役目なのだから。」
「・・・はい。・・・でもお父様!私はこの世界を必ず平和にしてみせます!その時はまた一緒に御菓子を食べてください!」
「ハハハ。その時を楽しみにしておくよ。」
ラルティーネは外で待っていた俺達と合流すると涙を堪えながら歩き出した。
既に魔族の戦力を分析して、この国では進攻に耐えられないと判断されているのだろう。
それは勇者を召喚しても解消されたと言えない程の絶望的な差があるに違いない。
既に敵の把握は完了しているので問題は無いけど、貴族と思われる家々では逃げる準備が始まっている。
町民には知らされていないようで動きに変化はないけど、貴族達が逃げ出した後にでも避難勧告がされるのかもしれない。
その準備も城の1階で進められているので貴族はともかく、騎士や王族は至って真面な様だ。
「それでゲンさんとトウコさんはこれから前線で良いですよね。」
「もちろんじゃな。」
「戦闘は始まっているの?」
「この国の兵士が決死隊となって防衛に当たっています。顔色が悪いのでタイミングとしては申し分ないと思いますよ。」
「それではちょっと行って来るかの。その前にさっきの3人はどうしておる。」
「既に馬を手に入れて町を出発したようです。(ただし戦場とは反対方向に行ってるけど。)」
最後だけハンドサインで伝えているのでラルティーネの耳には入っていない。
おそらくは逃げたというよりも自身を鍛えるための時間を得るためにこの国を捨て石にしたのだろう。
やり方は良いとは言えないけど、この国の貴族だって似たような事をしようとしている。
それに俺が彼等と同じ立場なら同じ行動を取っていたのは確実だと断言できる。
移動中に聞いた話だとこの世界にもステータスやスキルがあり、レベルを上げると強くなれるそうだ。
ただし俺達が最初から持っているステータスに変化は無いので、この世界の影響を受けていないのだろう。
「ならばちょっと早速向かうとするか。」
「アナタ達はどうするの?」
「数日はここに残って活動します。終ったら適当な所で戻って来てください。」
「そんな事を言っていると全部食べちゃうわよ。」
「バックの邪神はかなり強そうです。無理をしてると返り討ちに遭いますよ。」
「それはまた面白い世界に呼ばれたもんじゃ!それならお楽しみは後に残しておくかの。」
2人は近くの窓から外に飛び出すと真直ぐに戦場へと向かって行った。
そして、ここにはアンとラルティーネを含めて3人が残っているので、さっそく町へと繰り出す事にする。
「あの・・・御二人が空を飛んでいたような・・・。」
「空を移動するくらいは俺達の世界だと一般的な事だぞ。」
「そ、そうですか。一般的なら仕方がないですよね。」
「そうそう、仕方のない事なんだ。(だからアンは嘘吐きを見るような目で俺を見ないように。)それよりも町を見て回ろうか。」
「それは即ちデー・・・ゴホン!町を散策するという事ですね。」
「プラス1名が付いてるけどデートって言っても良いぞ。」
「そ、それなら遠慮なく!」
するとアンは恥ずかしそうにしながら腕を絡めてきた。
何度か2人でも出掛けた事はあるけど、その時は手を繋ぐまでしかしていないのでこれも異世界効果かもしれない。
周りに知っている人が誰も居らず、見られている心配もないのでいつもよりも大胆になっているのだろう。
それに2ヵ月も会えなかったし、イビルフェローズに来てからも団体行動や手伝いなどで互いに忙しい事もあってあまり個人的に話も出来ていなかった。
今回の騒動はある意味では良いタイミングだったとも言える。
「あの、御二人は仲が宜しいのですか?」
「私達は婚約者なのです!!」
「そうなのですね。それでしたら私が知っている範囲で町をご案内します。」
「そうしてくれると助かる。」
国王は子供に甘そうだったのである程度の町の散策くらいはさせているだろう。
それに籠の鳥の様に城から出さなければ世界の事など何も知らず、俺達に願ったような平和の大切さを知るはずがない。
そして俺達は馬車を使わずにそのまま歩いて城の外へと向かって行った。
その頃、魔族が迫る最前線の砦では兵士達が隊列を組み、負けると分かっている戦いに挑もうとしていた。
昨夜は最後の晩餐ということで全ての食料を使い、分け隔てなく食事を行い心を1つにしている。
干し肉の他には乾燥野菜と固いパンだけではあったが、満腹というものを感じたのは久しくなかった事である。
そして彼等の視界には既に多数の魔族が捉えられており、地面を揺るがす程に大きな巨人が迫っていた。
上空には翼を持った魔族が飛行し、その足元には四足で移動する異形の影も見えている。
しかし兵士達は誰も後ろへは下がらず、手に盾と剣を握りしめると心に最大の武器である覚悟を燃え上がらせた。
「ここを突破されればこの国は蹂躙される!愛する者を!家族を!親兄弟を思い浮かべろ!俺達の死は彼等が逃げるための1分1秒を稼ぎ出すために使われるのだ!」
「「「おーーー!」」」
「声を上げろ!死への恐怖を打ち払え!俺達の命は明日に繋げる礎になるのだ!!」
「「「おおーーー!!」」」
しかし、彼等の思いとは裏腹に貴族が逃げるための時間稼ぎのため、魔族の襲撃という事実を知っている者は殆ど居ない。
この近辺の村や町には彼等によって伝達がされているが、それが各地へと広がる前に国の半分は滅びてしまうだろう。
王都ですらいまだに避難指示が出ていない状況が続いており、このままでは彼等が守ろうとしている者達とあの世で会うのも遠い事では無くなってしまう。
「魔族軍を目視にて確認!前方1000メートル!総数不明!飛行種、巨人種を多数確認!」
「全員動くな!俺達はこの場で少しでも長く耐え切るのだ!そして下がるな!一度下がれば陣形が崩壊するぞ!!」
それは立っている場所を死地として死んでくれという命令に他ならない。
しかし、ここに居る者達の中でその覚悟が出来ていない者は居らず、前に足を踏み出すと盾と武器を構えて歯を食い縛る。
そして王都からの最後の通信で勇者の召喚に成功し向かっているという伝達はあったが、ここは王都から馬を走らせても1週間の距離がある。
いかに実力と才能に溢れていたとしても、召喚直後の勇者にこの距離と時間を消し去るだけの実力が無いことはここに立つ誰もが思っている事だ。
「飛行種が動き出しました!」
「後列対空攻撃!」
すると後列で構えていた弓兵達が鋭い音を立てて一斉に矢を発射する。
しかし魔族はツバサを羽ばたかせて急上昇すると容易く矢の雨を回避して見せる。
その直後に地面を獣型の魔族が高速で接近し兵士達へと襲い掛かった。
「「「うわーーー!」」」
「ダメだ止められな!」
「コイツ等の強さは何なんだ!?」
邪神によって強化された魔族は以前よりも遥かに強くなっており、ここに集まる兵士では動きさえ止められなくなっていた。
剣を振り下ろし鎗を突き出そうと丈夫な毛皮に阻まれて掠り傷程度しか与えられず、突進を受けた兵士は盾を弾かれ鎧を砕かれてしまう。
そのため隊列は容易く崩壊を始めると数秒で大量の重症者が地面へと転がっている。
しかし絶対的な力の差があろうと魔族の攻撃は緩まる事はなく、周囲では血肉と悲鳴が飛び交い混沌が広がって行く。
それには覚悟を決めていた指揮官も胸から絶望が染み出してくるのを感じずにはいられなかった。
「こんなに容易く・・・これでは時間稼ぎにも・・・。」
それでも彼等の中で逃げるという選択肢を選ぶ者は1人も居ない。
そして自身も鎗を手に人生最後の突撃を行おうとした直前に魔族たちの動きが止まった。
しかも視線が1つの方向へ集中しており、そちらからはこの場にそぐわない笑い声が聞こえてくる。
「ハーハッハッハ!どうやらギリギリで間に合ったようじゃな!!」
「本当にギリギリですね。後でハルヤを呼んで後処理をしてもらわないと。」
そこに現れたのは全力で駆け付けて来たゲンとトウコである。
彼等は地上に降り立つと魔族へ対して威圧と挑発を使用し、全ての視線と殺意を独占する。
その直後に空を埋め尽くす様にして衝撃と炎が通過し、飛んでいた飛行種を薙ぎ払った。
「ハルヤめ。余計な事をしおって。」
「でも一番の本命である巨人たちは残しているのだから許してあげましょ。それよりも、この手の戦闘は久しぶりね。」
「そうじゃな。前世を思い出すようじゃ。」
既に2人の足元には大量の獣型魔族の骸が転がり、それは屍山血河を作り出している。
そして200、300と死を恐れず向かってくる相手を一撃一殺で倒し、4桁へと突入する頃には兵士達も動きを見せ始めた。
彼等は驚きの表情を浮かべながらも持っているポーションを使って仲間を治療し、1人でも多くの者を救おうとしている。
おかげで体の何処かを失っている者が多い中で死んでいる者は少なく、死を覚悟した戦場において命を繋ぐ事が出来ていた。
しかし、この状況で退かないのは彼等だけではなく魔族たちも同じである。
地面を揺らしながら20メートルに届きそうな巨人種が到着し、ゲンとトウコへと向かって行った。
その中で兵士の1人が胸に灯った希望と共にある言葉を声にして叫んだ!
「勇者様が来てくれたぞーーー!!」
「勇者?」
「そうだ・・・こんな事が出来るのは勇者様しか居ないじゃないか!」
「動ける者は武器を取れ!!」
「何でも良いから加勢するのだ!!」
「「「うおーーー!!!」」」
絶望か希望へと変わった彼等は武器を拾うと魔族たちへの攻撃を再開した。
片腕が無い者は剣だけを持ち、立てない者は弓を持って攻撃を行い、意識のある者は何らかの役目を見付けて戦闘に参加している。
ダメージこそ微々たるものではあるが、それを目にした1人の魂を熱く燃え上がらせた。
「その心意気は受け取ったぞ!!」
次の瞬間には迫っていた巨人種が上半身を失ってその場に膝をついていた。
その次も・・・その次も同じ様な事が続き、彼等の目には瞬きの間に10体の巨人種が命を落としたように映っている。
その横では瞬きの間に獣型が次々に首を刎ねられ、体は死んだ事にも気付けずに走り過ぎて行く姿が見えた。
「あれは完全に私の事を忘れてるわね。師弟揃ってノリが似てるのだから。」
そして程なくしてこの場に居た全ての魔族が動かぬ骸へと姿を変えるとゲンとトウコは兵士達の許へとやって来た。
「遅れてすまんかったな。」
「いえ!助けて頂いて感謝致します!死んだ者達もアナタ方と最後に肩を並べられた事を誇りに思っているでしょう。」
「その事なんじゃがな。」
「お待たせしました。あまり時間が無いのでササッと終わらせて戻りますね。」
そこにはアンとデートをしているはずのハルヤが来ていた。
ただし状況は常に確認しており、ゲンもそれに気付きハンドサインで呼び出しを掛けたのだ。
そのため到着と同時に処置を終えており、ここには死人どころか怪我人すら居なくなっていた。
「お!俺の腕が!」
「足が治ってるぞ!」
「目が・・・目が見える!!」
「おい!こっちは死んだはずの奴が生き返っているぞ!?」
「そんな馬鹿な!?他の者はどうなっている!」
「他の者も同じです!死傷者は誰も居ません!!」
その現実に誰もが驚愕の表情を浮かべ、ゲンとトウコへと視線を向けている。
しかし、近くでハルヤを見た者達はその姿が消えている事に気が付くと周囲を見回してその姿を探していた。
「まさか先程の子供がこれを・・・?。」
「アイツは回復が得意でな。普通なら死んだように見える者でも癒す事が可能じゃ。」
「そうなるとあの方も勇者という事でしょうか?」
「共に行動しておるのがもう1人居るがな。既に国王の許可を得てラルティーネ殲滅軍を名乗っておる。お主たちも今の気持ちを忘れず、これからも国と民の為に励むのじゃぞ。」
「はい!」
「私達は王都に戻るけど、こちらの様子は見えているから監視に重点を置いて危険を感じたら後退しなさい。私達なら10分以内に到着できるから無理をしないようにね。」
「10分!わ、分かりました!!」
「それと何か必要な物があれば夕方までには持って来るわよ。」
「それでしたら食料が底を尽いております。恥ずかしながら先程の戦いで死を覚悟しておりましたので。」
「それなら十分な物資を持って来させるから安心しなさい。それではここを任せましたよ。」
「お任せください!」
そしてゲンとトウコは空に飛び上ると風を吹き荒らす演出を加えてその場を去って行った。
その姿を見送った兵士達は強い希望を取り戻し、任された役目を全うする為に装備品を集めると点検と整備を始めるのだった。




