336 ヒュドラの肉
今日の予選が早く終わった事で残りの時間が自由に使える事となった。
なので今はオーパーツに戻りアズサが作っている料理が完成するのを待っている。
ちなみに漂って来る匂いはとても食欲をそそり、それだけでご飯が3杯は食べられそうだ。
しかし裏を返せばこれだけの食材をファミレスレベルまで落とす腕前も凄いとしか言いようがない。
「みんな出来たよ~!あ、ハルヤも戻ってたんだね。」
「ああ、さっき戻ったよ。それでその料理には何を使ったんだ?」
「フッフッフー!初めてだけどドラゴンのお肉で餃子を作ってみたんだよ。ニラっぽい野菜やシイタケっぽい茸もあって風味がとっても良いの。」
それはここに居ても漂って来る匂いで分かっていた。
それにこのステーションは密閉空間なので店から漏れ出た匂いが周囲へと広がり多くの人が集まって人垣が出来ている。
もし扉の外に閉店の札が掛けられていなければ興味に背中を押された客が入店していた事だろう。
しかし、それもいつまでもつかは分からない程に人が集まってきている。
それに俺達の方も食欲を抑えるのがそろそろ限界だ。
そのため餃子を掴み上げると準備されたタレに浸し口へと入れた。
「「「・・・。」」」
まさか美味しさに言葉を失う時が来るとは思わなかった。
そして誰もが自身の能力をフル回転させ山盛りにされた餃子に箸を乱舞させる。
しかも僅かにでも取る順番を間違えれば崩れてしまう所を誰も1つのミスさえ犯す様子はない。
もし飛んで行っても落ちる前に誰かが箸でキャッチできるだろう。
今の俺達ならハエを箸で掴む事さえ可能なのでそれくらいなら容易い事だ。
「しまった!ステータスを下げたままだった!」
「それは大変だね。先に外したら良いと思うよ。」
そんな事をしていたら次の1つさえ失ってしまう。
それでなくても今の無駄な一言で餃子の残りも僅かになっている。
こういう時はアズサの食べながら話す特技の有難味が分かるというものだ。
そして普通なら一番食べられるはずなのに一番食べられず5つが限度だった。
みんなは10個くらい食べているのに自分の迂闊さが残念でならない。
しかし落ち込んでいると俺の中にある閃きが瞬いた。
「そうか!テストとしてミーナに作ってもらえば・・・。」
「それは無理です。丁度さっきのでドラゴン肉を切らしてしまって入荷は数日先になります。そこから食べられるようにするのに3日は掛かるので皆さんの予定だとしばらく食べられないと思います。」
「ク!それなら仕方が無いか。」
考えてみれば営業不信で在庫なんてたくさん抱えられるはずがない。
皆もさっきは色々と注文してかなりの量を食べていたので在庫が切れても仕方がない・・・のか?
そういえば、こういう時に一番何かを言いそうなアズサが何で澄ました顔をしているんだ。
俺が見ている間に食べた量だと明らかに足りないはずなので今の様子は異常と言ってもおかしくはない。
「アズサさん。何か言う事はありませんか?」
しかし俺の言葉に周囲の視線が一斉に逸らされた。
それはクオナやミーナまで同じで誰も俺と視線を合わせてくれない。
するとアズサは穏やかな笑みを浮かべると周りに聞こえる様に一度手を打った。
それを合図にしたように周りもアズサに倣って手を打つとまるで悟りでも開いたかのような穏やかな表情へと変わって行く。
「ご馳走様でした。」
「「「ご馳走様でした~。」」」
「あ~美味しかったね~。」
「もうお腹がいっぱいです。」
「次は家族も呼んで皆で来たいですね~。」
そして食後の合唱を終えると、まるで全てが終わったかの様な話しに花を咲かせている。
中には俺の知らないコカトリスの南蛮漬けやバジリスクのハンバーグ。
オクトパスのソテーやクラーケン飯など、見た事も聞いた事もない料理が話題に上がっている。
どうやら俺が闘っている間に相当量の料理が作られ皆の腹に収まっていたようだ。
「ねえ、俺のは残ってないの?」
「・・・あ、あるよ!」
するとアズサが料理に関する事では珍しく、歯切れの悪い返事を返して来た。
もしかしてアズサですら食べられない様な失敗作が出来てしまったのだろうか?
それだとこの世界で食べられるのも俺だけかもしれない。
愛は至高のスパイスだと言うけど、アズサの作った料理なら炭でも食べて見せよう。
「んっと・・・これなんだけど・・・。」
そう言って出て来たのは見た目だけなら食欲を駆り立てるには十分なロースト何かだ。
見た目は見事に出来ていて肉にも美味しそうなサシが入っており牛肉ならA5は確定だろう。
ただ何かと言っている時点でもちろん牛肉ではない。
鑑定してみるとどうやらヒュドラの肉が材料に使われている様だ。
すなわちこいつの料理名はロースト・ヒュドラと言ったところだろうか。
「まさかこう来るとは思わなかったな。」
「一応いろいろと試してみたんだけど、どうしても毒が消えないの。ハルヤなら食べられるかな~って思ってたんだけどやっぱり要らないよね。」
そう言いながらアズサは少し残念そうにお皿を片付けようとした。
しかし俺はその手を掴んで止めさせると置いてある箸を取ってスライスされている肉を掴み上げる。
「いや、アズサの作った料理で俺が食えない物は無い。」
「ハルヤ・・・。」
俺が鑑定しても確かに毒があるので普通の者なら食べられない。
しかもアズサが手を尽くしたのなら複数人での聖光も試されているはずだ。
それでも消えないとなると俺でも死んでしまう可能性がある。
一応スキルに状態異常無効があるとしても、スキルが全てを解決してくれないのは今迄の人生で体験済みだ。
もしかするとスキルの効果を突き抜けて毒を受けてしまうかもしれない。
最悪の時は毒が体内に入って中和できず、蘇生すら不可能になる可能性すらある。
ん?ちょっと待てよ。
俺には半神としての特性で再構築があるのを忘れていた。
破壊と違って戦闘には役に立たないので使った事は無いけど、これを使って毒を別の何かに変化させられないだろうか。
たしか以前に読んだ料理漫画では肉の旨味成分はグルタミン酸とイノシン酸とか言う物らしい。
化学式とか専門的な事は何も分からないけど、その辺は不思議パワーに期待しよう。
もしかするとさっきの餃子を上回る味に仕上がるかもしれない。
そうとなればまずは掴んでいる肉にいつもと同じ要領で力を注いでみる。
ただし、今回使うのは破壊ではなく再構築だ。
もし失敗すれば箸と一緒に肉は消し飛んでしまうだろう。
「ねえ、大丈夫?」
「ああ、ちょっと試したい事があるんだ。」
そして鑑定を続けながら力を注ぐと何とか毒は消えてくれた。
これでまずは死ぬ事は無いけど問題は味の方だ。
もし俺の望んだ方向とは反対の事になっていれば死ぬほど不味くなっているかもしれない。
俺は覚悟を決めて手を動かすと、肉を口の中へと押し込んだ。
「・・・。」
「ねえ。本当に大丈夫?」
「・・・。」
「ねえハルヤ!息してる!?」
「お、あ・・ああ。問題ない。悪いけどアズサも食べてみてくれないか。毒は消しておくから。」
「う、うん。」
ちなみにアズサは料理スキルがあるので料理なら詳細を知る事が出来るらしい。
そして毒が消えたのを知ると慎重に肉を掴みそれを口へと入れて味を確かめた。
しかし次の瞬間に無言で手が動き皿の上から肉が消え失せてしまった。
「・・・。」
それから俺と同じ様に無言になると表情は蕩けて今までに見た事が無い程にだらしない顔になっている。
しかし完食してから余韻を楽しむとは食に関しては確実に俺よりも先を行っているだけはある。
ただ、ここで1つ確認しなければならない事がある。
俺は空いた皿の上に地球産の普通の魚と牛肉を乗せた。
「ねえ、お兄ちゃん。何を始めるの?」
「さっきそこの肉に再構築を使って毒を旨味成分に作り変えたんだ。」
「それじゃあ、もしかして美味し過ぎてアズサ姉は固まってるってこと?」
「そうなるな。だから再起動する前に大事な確認をしないといけないんだ。」
「もしかして普通の食材にも力が使えるかですか。」
「それなら私が成分の分析をしましょう。」
「頼む。そこの皿の上に残ってる肉汁を確認してくれ。早くしないとアズサが舐めて綺麗にしそうだからな。」
すると無意識に手を伸ばしていたアズサの前から皿が消えマルチの手元へと移動して行った。
もう少し遅ければ俺の言った事が現実になっていただろう。
そしてマルチは分析に入り俺の方は再構築が可能かの確認に入った。
しかし、こちらの結果はすぐに出てしまい結果を言えば失敗となっている。
何故なら力を注ぐと途端に灰となってしまい原型も残さず崩れてしまった。
そうなると再構築するにしても高ランクの素材にのみ有効と言う事だ。
今回はヒュドラの肉だから成功したと見て良いだろう。
「それならもしかすると破壊の力に耐える事の出来る食材なら俺でも料理が出来るって事か。」
「そんなのを誰が調理できるの?」
「言わてみればそうだな。料理は切ったり潰したりするだけじゃないもんな。」
そんな食材に味を染み込ませようとしたらどれだけの手間が掛かるのだろうか。
それどころか普通の火力では焼目すら付かないだろう。
明らかに料理人にも高いステータスが必要になるのは間違いない。
「そうなるとヒュドラの肉には使えるから・・・。おいミーナ!在庫を持って来い!」
「合点承知の助!」
アイツは何処で言葉を学んだんだろうな。
それとも異世界にも同じような言葉が存在しているのだろうか。
そして少しすると馬鹿みたいに巨大な肉塊が運び込まれシートの敷かれた床へと置かれた。
大きさから言えば牛が2頭分よりも大きいだろう。
他の食材は少ないのにどうしてこれだけはこんなにあるんだ?
「大事な確認があるんだがミーナ君。」
「な、何でしょうか?」
するとミーナは何故か額から大量の汗を流しながら視線を逸らした。
しかし、それを許さない物知りな存在が俺達の中に居た様だ。
その人物とはもちろんクオナの事で、顔は笑っているけど背後には鬼の幻影を背負っている。
どうやら俺達が知らないだけでミーナは何かをやらかしてしまったらしい。
「ミーナ、素直に答えなさい。」
「は、はい~!」
そして頭を掴まれ正面を向かされたミーナはクオナの言葉に裏返った声で答えた。
「ヒュドラの肉は特級危険物扱いで特殊廃棄物として太陽に廃棄しているはずです。どうしてここに有るのですか!?」
「ちょっと待て!知ってるならどうしてさっき止めなかった!」
「・・・さあ答えなさいミーナ!」
オイオイ!
今の間は確実に聞こえてたよな。
それでも無視するって事は確信犯かよ!
しかし何も無かった俺よりもやらかしてしまっているミーナの方が問題だ・・・と言う事にしておこう。
するとミーナは観念したように正直に話し始めた。
「実は少し前から店の運転資金が尽きてしまって・・・。それでヒュドラの肉を引き取ったお金で材料の買い付けを・・・。」
「それは廃棄物業者の仕事です!飲食店がそんな事してどうするのですか!」
「そ、そうですよね~・・・。」
まあ被害が出てないから今の所は問題がないけど、こんな強力な毒が混入した料理を客が食べてしまえば誰かが責任を取らないといけない。
しかもここは異界大使館が運営する場所でそこの最高責任者はクオナになる。
もし死人が出て問題が大きくなれば何らかの形で代償を支払う事になっていただろう。
ミーナは引き攣った笑みを浮かべているけど、俺の知る法律に当て嵌めたとしても罰金だけの軽い罰で終わる事は無い。
「クオナ、ちょっと良いか。」
「・・・ええ、そう言えば何か聞きたい事があるのでしたね。」
「ああ、すぐに聞き終わる。それでミーナ。ヒュドラの肉はあとどれ位ある?」
するとミーナの顔が完全に凍り付いた。
その直後にクオナの顔と背後に浮かんでいた鬼が完全融合すると掴んでいる頭部からミシミシと音を奏でさせる。
そして死んだ魚の様な目になると宙擦りの状態から奥へ向けて指を刺した。
そこには業務用の大型冷凍庫が置かれており、その中に問題の肉が置いてあるようだ。
ただし毒性の高いヒュドラの肉をこのまま置いておくのはあまりに危険なので再構築で毒を消し去りアイテムボックスへと回収しておく。
これで大量の美味しいお肉をゲットだぜ!
そして冷凍庫の扉を開けるとそこには先程と同じくらいの大きさのヒュドラ肉が幾つも吊るされている。
いったい何個あるのか分からないけど数トンでは済まない量だろう。
「これで何匹分なんだ?」
「アハハ~・・・ヒュドラって大きいからそれで1匹分だよ・・・イタタタタ!」
「笑ってる場合ですか!こんな量をどうすると言うのです!?」
「いや、俺達で食べたら良いんじゃないか?上手くすればここでの目玉になるぞ。」
「し、しかし・・・。」
「食べれば分かる。毒の有無と使う前の味見だけはそちらで事前にしておけば問題は無いだろ。」
「・・・分かりました。まずは試食してから決めましょう。」
「そういう事だから頼んだぞアズサ。」
「任せて!」
そして、いつの間にか余韻を終えて厨房に待機していたアズサが謄陀を手にして元気な返事をしてくれる。
しかし、アイツもまさか包丁の代わりにされるとは思っていなかった様で、なんだか凄く悲しそうな声が聞こえて来る。
でも、アズサが料理に使うと言う事はそれだけの信頼がある証でもあるので謄陀はもっと誇らしく胸を張るべきだ。
まあ、刀の状態で胸を張っても反りが大きくなって包丁としては使い難くなってしまう。
今くらい真直ぐな方が解体包丁のようで使い易いだろう。
そして俺の渡した肉を解体すると謄陀の炎でこんがり焼かれ、見事なローストヒュドラへと姿を変えた。
本当にアイツは武器に調理器具と良い様に使われているな。
「完成したよ!」
最後にスライスまでさせられ肉は皿に盛られて俺達の前にやって来た。
しかし今の謄陀はさっきまでの悲しい声は聞こえず無言を貫いている。
見ると刀身に汚れがまったく付着していないのであの状態でも肉汁くらいは吸えるみたいだ。
きっと今はさっきのアズサの様にあまりの美味さを感じて余韻に浸っている事だろう。
「それでマルチ。解析は出来たか?」
「私の方でも未知の旨味成分としか分かりませんでした。クオナさんにお願いしてもっとしっかりとした研究機関で調べた方が良いかもしれません。」
「それについては後で考えましょう。それでは味見と行きましょうか。」
そう言って皆は肉を摘まむと酸味の効いたタレに着け口へと入れて行った。
そして全員が一斉に動きを止めると言葉を失ってしまう。
しかし2度目で分かっていてもこの暴力的な旨味で意識を保つのは難しい。
少しでも気を抜けば激流に流されている小枝の様に瞬く間に意識を失ってしまう。
ただし、これはきっと料理を工夫すれば解決するはずだ。
例えばスープに入れたりミートソースの様に合い挽き肉として少量を入れたりして調節すれば良い。
「これで決定だな。」
「・・・そうですね。ただし、ヒュドラの毒はとても危険なので特別隔離室を作りましょう。それにこれで処分に困っていたヒュドラの肉を有効活用できそうですね。ハルヤは言い出した本人なのですからこれから任せましたよ。」
「その分、肉はしっかりと譲って貰うからな。」
「その辺は譲歩しましょう。それにこれを見れば私達の世界の住人も肉体を得ようとする者が増えるかもしれませんね。」
クオナはそう言って遠い目をすると自分の元居た世界へと思いをはせた。
そう言えば精神生命体となって感情が薄れた者が多く居ると言っていたので良い起爆剤になるかもしれない。
しかし、その前に解決するべき問題が発生している。
さっきから店の外には多くの人が集まっているけど既に目には正気を保てていない。
口からは涎を滝の様に流し、いつか見たホラー映画のゾンビみたいだ。
窓や扉が異世界製の丈夫な物だから壊れていないけど、普通なら今頃は破られて外から人が流れ込んでいただろう。
「ここで俺達が外の奴等に料理を振舞って鎮静化させるのは簡単だけど、ミーナには罰が必要との事だ。」
「そうですね。これからの事もあるので罪を償い店を任せられると言う事を示してもらわなければなりません。」
「ちょ、待ってくださいよ!まさか、あの野生化した暴徒を私1人で相手しろって言うのですか!?」
するとクオナの首は無情にも縦に振られた。
それを見てミーナは絶望に染まった顔で頭を抱え、料理の師匠であるアズサへと縋るような視線を向ける。
しかし、そこには慈愛に満ちた笑みが浮かんでいるけど、右手は左右へと振られている。
どうやらアズサにもこの状況を手伝う気は無いようだ。
「俺達は転移でここを出るから後の事は任せたからな。」
「鬼~~~!悪魔~~~!」
「それと冷凍庫の肉の毒は消しておいたから自由に消費してくれ。」
これだけしてやったのだから後は自分の不始末分を挽回すれば良いだけだ。
その後、俺達は店から数百メートル離れた場所へと転移で移動し人垣の外周部へと出た。
しかしここまで離れていると影響は少ないようで、正気を失っている者は見当たらない。
これで量を調整すれば意識が保てるという立証にもなるだろう。
後の事はミーナに任せ俺達はクオナに案内されてステーションの中を色々と見せて貰う事が出来た。
通常はスタッフしか入れない裏側までは見せて貰えないので今日は色々な意味でクオナには感謝している。
しかし楽しい見学会も最後に訪れた制御本部で終わりを迎える事になった。




