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332 星を見下ろす場所で ①

俺は皆と合流すると周りは混乱の只中にあった。

何やら「喰われる」だの、「地獄へ連れて来られた」だの、訳の分からない事を言っている。

まさかアズサが空腹からとうとう人にまで手を出したのかと不安に感じたけど骨は落ちていない様なので安心した。


「ハルヤには私がそう言う風に見えているのかな?」

「いや、だってそろそろ昼時だから・・・。」

『グルルルル~~~!』

「ほら。」


そして丁度良くアズサのお腹がお昼を知らせるように唸りを上げた。

するとアズサは恥ずかしそうに視線を逸らすとお腹を押さえて唸りを止めるけどもはや手遅れだ。

皆もアズサが空腹には弱い事を知っているのでフォローの言葉は何処からも出て来ない。

ただ外には消防車や救急車などの各種車両が到着している。

それにそろそろ飛行機から降りないと扉を破壊して慌ただしい救助活動が始まりそうだ。

そうなると皆と離れ離れになってしまうかもしれないので無事な所を見せておかないといけない。


「それなら、そろそろ飛行機から降りて飯でも食べに行くか。」

「うう・・・賛成だよ。」

「でも、ここをこのままにしてても良いの?」


確かに今も錯乱している奴等が多く、このままでは九十九学園のイメージダウンに繋がるかもしれない。

そうなるとゲンさん達が怒りそうなのでここはアイツに任せるのが一番だろう。


「そう言う訳だからな任せたぞショウゴ。」

「仕方ね~な。ここは俺に任せて先に行け。」


そして、こういった状況で真価を発揮するのが精神干渉が出来る扇動のスキルだ。

ここに居る連中のレベルならショウゴの言葉さえ届けば次第に冷静さを取り戻すだろう。


「それじゃあ俺達は先に行ってるけど死ぬなよ。後で必ず会おう。」

「どうしてそこで死亡フラグみたいに俺が死ぬ流れなんだ!」

「だって先に行けって言う奴のお約束だろ。」


そして俺とショウゴはそんな軽い馬鹿話を交えると出口へと向かって行った。

ただし外に繋がる扉は誰のせいか変形してしまい緊急脱出の操作をしても開かなくなっている。

仕方ないので片足を上げて蹴りを放ち、外に向かって強引に押し開けた。

すると外からの乾いた風が吹き込み、日本とは明らかに違うニオイと空気が機内を満たして行く。

そして扉が開く音と空気の変化に周りの意識がこちらに向いたのを利用してショウゴがスキルを発動し周りに呼び掛けた。


「俺達は目的地へと無事に到着した。学園の恥とならない様に秩序を持って冷静な所を世界に見せつけるぞ。」


するとスキルによってショウゴの言葉が彼らの思考へと伝わって行き混乱が収まって行く。

そして周りも互いに横の相手と頷き合うと集団心理が働き行動に移り始めた。

まずは自分の持ち物を回収し、席に座るとようやく声を上げていた教師の指示が耳を傾ける。

ただ俺達のクラスは既に出口へと来ているので狭い機内からは一足先に御暇させて貰う。


しかし、その前にちょっとしたお楽しみが待っている。

それは目の前に伸びた緊急脱出用の滑り台を滑る事で以前から一度は使ってみたかった。

ここに乗っている誰もが空を歩く事が出来て俺達に至っては空も飛べる。

だが!それとこれとは全く関係ない!

大人だって公園で滑り台を使う事はあるし、プールにだってウォータースライダーがあるじゃないか。

しかも今の俺はどこからどう見ても明らかに子供なのでこれを楽しむ権利は十分にあるはずだ。


「はいはい。後ろが閊えてるから早く滑ろうね~。」

「うぉ~~~!」


しかし楽しみにしていた滑り台も後ろから容赦の無いアズサに押されてしまい楽しむ暇もなく終わってしまった。

出来ればもう一度やり直しを要求したいけど、アズサを筆頭に次々と滑り降りて来るのでしばらくは無理そうだ。

仕方ないので次の機会を待つ事にして、悪い子にして居れば何処かに居る邪悪な神が願いを聞き届けてくれるに違いない。


「もう、変な顔で笑ってないで早く行くよ。」

「・・・はい。」


そして俺達は救助に駆けつけて来たレスキュー隊員達を軽やかに躱し、その後ろで待機しているバスへと向かって行った。

彼らは動きに目が付いて行かずに驚いているけど俺達以外に助ける必要がある連中が100人以上は乗っている。

ショウゴの扇動もあんな短時間では一時的なものなので早く安心させてやって欲しい。

それに今回の仕掛け人であるゲンさんやクオナがバスの前でにこやかに手を振っている。

しかし巻き込むなら事前に話をしてくれても良いのにいつもながら困った人達だ。

これでは報酬が踏んだくれないではないか。


「一応無事に到着したぞ。」

「ハッハッハ!あの時刻に何かある事は分かっておったからな。一時的に飛行制限を掛けてこの近辺で飛んでいる飛行機をあれだけにした甲斐があったぞ。」

「完全に確信犯じゃねーか!」

「まあ、そう言うな。航空関係のダイアは乱れたが犠牲者も出ておらんし、ここは世界中から飛行機が集まって来る。何処の国からも感謝の連絡と謝礼金を出しておるぞ。」

「仕方ない。今回は水に流してやるか。」

「それに今回はスポンサーとして色々な者達も招待しておる。後で合流できるじゃろう。」


誰を招待したのかは知らないけど合流すると言っている時点で俺が知っている相手だろう。

ただ、今は色々な所に知り合いが居るので誰が来るかまでは想像できないな。


そして渡されている旅のしおりには到着したらすぐに自由行動となっている。

宿泊先や部屋割りは既に決められていてスマホに送信されているのですぐに分かる

もし道に迷ったとしてもスマホが集合場所となている宿泊施設に案内してくれるので安心だ。


「話が着いた所でまずはターミナルに行きましょうか。」


すると今回の案内人であるクオナが傍にあるバスを指差した。

何故か運転席にはツキミヤさんが乗っているので、きっと招待客の1人だろう。

何やら嬉しそうにハンドルを握っているので志願して運転手になったのかもしれない。


「さあ、バスカルに早く乗りな。軌道エレベーターまでひとっ飛びで連れて行ってやるぜ。」


しかも既に名前まで付けてしまったようだ。

このまま以前のアンジェリーナの時の様に駄々を捏ねなければ良いけどな。

しかし、何か不穏なセリフを言っていたけど、このまま乗っても大丈夫だろうか。


「早く乗らないと置いてくぜ!」

「仕方が無いか。」


皆で乗り込んで座席に座ると扉が閉まりバスは滑走路を走り出した。

しかし窓の外に見える風景が次第に変わり始めるとバスが地面を離れた事を教えてくれる。


「まさかこのバスは飛ぶのか?」

「この辺じゃあ当たり前だぞ。日本での導入予定はまだないがアメリカや中国は国土が広いからな。一足先に試験運用に入ってるらしいぞ。」


とうとう車が空を飛ぶ時代が来てしまったのか。

それに飛行機の様なジェット音やヘリコプターの様なローター音が聞こえないので重力制御機構で飛んでいるようだ。

以前にハクレイが乗っているバイクはそれで移動していると言っていたのでとても静かで乗り心地が良い。


「もしかしてツキミヤさんがここに来たのってこれが理由か?」

「日本じゃ運転できないからな。それにこの辺一帯は治外法権で異界大使館に権限がある。そのトップであるクオナさんが許可してくれればこうして特別に運転も出来るって訳だ。」


それにしても全方向に対して全くブレを感じない。

視界では曲がったり上下に移動したりしているのに足元にビー玉を置いても全く動かない程だ。

クオナ達の科学技術は何処まで進んでいるのだろうか?


そしてツキミヤさんの見事な運転で軌道エレベーター前の駐車スペースまでやって来た。

しかし空港から見ていても思ったけど太さだけでも町が1つ入りそうだ。

渡されたパンフレットによれば直径だけでも10キロ以上あり、各所に取り付けられた重力制御装置によってバランスを保ちながら沈下も防いでいるとある。


「宇宙船ならディメンションバンカーなどで空間に固定すれば良いのですが、そうすると地球の自転で地面が動いてしまって大惨事になりますからね。ここだけは我々の世界からスタッフを呼んで管理しています。」

「この世界の人間には緊急時の対応も出来ないよな。」

「そうですね。最悪の場合には途中から切り離して宇宙から吊り下げる様にもしています。それでもダメなら異空間に一時的に退避する事も可能ですから地上に被害は殆ど出ません。それもあってここに立てる事にしたのですけど。」


そうなるとアレは建物として建っているのではなく、ただ地上に立っているだけと言う事か。

スケールがデカすぎて実感は湧かないけど、こんな物が突然出来れば世界的に大騒ぎになってもおかしくない。


「それでターミナルってここなのか?」


俺達は話しをしながら近くの歩道を通って軌道エレベーターへと到着している。

しかも歩道でも歩く必要はなく、光のボードの様な物が発生したかと思えば体を持ち上げて勝手にここまで運んでくれた。

ここまで便利だと今の人類では堕落してしまうかもしれない。


「こんなに便利だと自分達で何かをしようと思わなくなりそうだな。」

「そうですね。我々の世界も過去にそれで衰退の危機が訪れた事があります。その最大の原因が精神生命体への進化ですね。子供を作る必要もなく、永遠に生きられるあの姿は次第にその者の心を消し去り感情の無い機械の様に変えていきました。今は体を作り直して色々と不便はありますが、それを実感しています。」

「その割りには楽しんでるよな。色々な意味で。」

「いけませんか?それに私は再び愛に目覚めただけです。それも全てはアナタの責任なのですよ。あの時に受けた強力な精神力は私が忘れていた感情を再び呼び覚ましてくれました。きっとあれが無ければ私は今も機械の様に仕事の事しか見ていなかったでしょう。」


するとクオナはここで俺も知らなかった事を教えてくれた。

それに人は愛があると変わる事が出来るのかもしれない。

最初に会った時にハクレイも似た様な感じだったけど、ツキミヤさんと付き合い始めてからは人間らしさが目立つ様になっていった。

今ではいつ子供が出来てもおかしくない状況にまでなっている。。


「それでは上がりましょうか。」

「上がる?ここがターミナルじゃないのか?」

「ターミナルはここの最上階。すなわち、宇宙空間に有るのですよ。」


そう言ってスタッフ専用のエレベーターを開くとそこに乗る様に言って来た。

どうやら予定には入っていなかったけど特等席へと連れて行ってくれるらしい。


「そういえば私達って宇宙に行くのは初めてだね。」

「黄泉には行った事があるけど楽しみ~。」

「天国も綺麗な所でしたけど、地球を上から見た事は無いですね。」

「普通はどっちも見た事が無い気がするけど・・・。」

「は~~~、最初が大気圏への突入訓練でなくて良かったです。」


そういえば中学からはそんな訓練をするって言っておいたよな。

上がるのが大変だなと思っていたけど、ここを使えば簡単に出来そうだ。


「ちょっとカナデ!そんな事言ったらハルヤが思い出すでしょ!」

「残念だけどもう思い出したから楽しみにしててくれ。一度行けば転移も出来るから次からは簡単に来られるぞ。」

「その場合は許可を申請して決められたポイントにしてください。周りには多くの一般人が居るので迷惑にならない様に。」

「は~い。」

「何でそこだけ聞き訳が良いのよ!クオナさんもそこで了承しないで!落ちるのは私達なんですからね!」

「フフフ。綺麗な流れ星が見れそうね。やる時は教えてください。」

「ここは笑う所じゃな~い!」


しかしミキはいまだにこの程度の事が怖いのか。

それにしてもクオナも流れ星とはロマンティックな事を言う様になったな。

以前なら射出カタパルトの準備をするくらいしか言わなかっただろうに。

それはそれで俺にはロマンがあるのだけど、言ったら準備してくれるかな?


そして途中からエレベーターの壁が透けて外が見える様になると、そこにはオーストラリアの広大な自然が広がっていた。

ただ、飛行機を運んでいる時にも思ったけど、この大陸は以前の様な乾いた土地ではなくなっている。

300年ほど前にクオナが散布したナノマシンのおかげで大地は潤い広大な森や草原が広がる場所となっていた。

ネットで調べても天候や気候は穏やか変わり今では世界的な食糧産出国だ。


そして、その光景も次第に小さくなっていき、雲を突き抜け青い空を通り過ぎて行く。

すると今迄上にあった空が下に移動し、今は小さな星が輝きを放ち始めている。

そこで一番輝いているのは忌々しい事に太陽であるのは当然として、足元にはテレビで見る様な輝く地球が見えた。

全体を見るには近すぎるけど、こうして実際に見るとその光景は美しいと表現するには十分だ。

こんなに綺麗な物を邪神たちは破壊して楽しんでいるのだから勿体ないとしか言いようがない。

周りも初めて見る地球に意識を集中させ、最上階に到着するまで見続けた。


「そろそろ到着しますよ。」

「こうしてみると凄い速度だな。」


ここは衛星軌道でも低軌道と言われている場所で地上から2000キロは離れている。

そこまでを10分程で到着するので少なく見積もっても時速12000キロは出ていただろう。

しかもこんな気軽さで宇宙にまで来れるのだから各国がここを非武装地域に指定したのも分かる気がする。


エレベーターから降りるとそこには沢山の人が行きかい、なんと宇宙船まで飛び交っていた。

雰囲気は確かに駅や空港に近く、ターミナルと言うのも納得出来る。

行先には何処かの国が独自に所有している宇宙ステーションや、開発中の月などがあるようで遠くだと火星にも行けるらしい。

まさかここまで宇宙開発が進んでいるとは知らなかったのでちょっとワクワクしてくる。

もしかすると俺達が大人になる頃には月旅行が普通になっているかもしれない。


しかしそんな事は二の次と再び眠れる猛獣が息を吹き返したようだ。


「ねえねえクオナさん!あそこは何ですか?」

「ああ、あそこはターミナル名物の異世界食〇・・・。」

「ちょっと待ったー。そのネーミングには問題があるから他の名前で!」

「ああ、著作権とかいうのが有りましたね。それなら言い直してあそこは異世界食所のオーパーツというお店です。」


ここで更にねこ〇とかキャッツ〇イなんて名前だったらどうしようかと思った。

しかし、これなら地上に居る作者の人達からも文句は出ないだろう。

それにしても名物と言う割には人が並んでいないようだ。

周りの店には各国の料理が並びそれなりに人が入っているので食事をしない人が少ない訳ではないだろう。

中には有名シェフの弟子や本人が腕を振るっている所もある様で行列が出来ている店もある。

まさかアレが目的でここまで来てる奴が居るんじゃないだろうな。

何やら『ニャン!チュ~!2号店』とかいうのもあるけど、ヒトミは居ない様なのでスルーしておこう。


しかし店の外観はデパートにある飲食店とあまり変わらない。

平凡なのが悪いとは言わないけど名前とのギャップが悪い方に出ている感じだ。

ショーケースには看板メニューの映像が出ているけどテレビのCMを見ている様でまったく食欲を刺激してくれない。

なんだかオーバーリアクションな通販番組を見ているようで騙されているんじゃないかとさえ思えて来る。


しかし味が良いならこんな事にはならないはずだ。

使っている材料も名に恥じない物のようでこの世界で手に入らないのは一目で分かる。

それならとアズサが興味を引かれているのでお昼はこの店に決めても良いだろう。

周りも反対する者が居ないので俺達は扉を潜り中へと入って行った。

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