321 追加合宿 マンツーマン ②
俺とアイリはそのまま一気に下りて30階層へと到達した。
ここまでに出会った魔物はアイリが一刀で切り捨てているので障害にすらなっていない。
そして、この階層で現れたのは頭に牛の様な角を生やした馬の魔物だ。
大きさが5メートル近くあり、ボスはそれよりも更に大きい。
それにボスの体は硬質な鱗が覆われていて胴体部分の急所を守っている。
こいつは馬としての速度と脚力に加え、突進の際に有効な角まで持っている厄介な奴だ。
死を恐れない魔物が一塊で向かって来ればかなりの脅威になるけど、これぐらいは今のアイリなら何とか出来るだろう。
「言わなくても分かってるな。」
「私1人で倒せば良いんですよね。」
「そうだ。それにお前は実戦経験が足りてない。特に魔物に関しては容赦するな。」
「はい!」
そしてアイリは1人で前に出ると土埃を上げて向かって来る魔物と対峙した。
相手の数は50匹程度なので失敗して死んでもリトライさせれば良い。
こういう所はゲームの様だが、それも俺と言う必ず蘇生させてくれる存在が居るからだ。
「失敗を恐れずに好きにやってみろ。型に囚われず今までの積み重ねとスキルがお前に道を示してくれるはずだ。」
「はい!」
アイリは既に型を身に付けて体の一部とする段階は過ぎている。
なので次はそれを昇華させ自分に最も適した形に変える必要がある。
何故なら基本や型と言うのは作った者が使い易い様にしているか、多くの者が習得できるように作られている。
前者の場合は本人でないため習得が難しく、後者の場合は妥協が含まれている。
そこを修正して自分の流派と言える形にしなければその先に進む事は出来ない。
普通ならそんな事は簡単には出来ないけど、それを可能にするのがスキルの力だ。
するとアイリは『秘剣・陽炎』を使用して5つの残像を作り出した。
しかし、それは唯の残像ではなく構えている剣には気が宿っている。
魔物たちはそれに気付かずに突進すると体に衝撃を受けて転倒し、後続に踏み潰されたり仲間の体で躓き同じ様に転倒させた。
どうやら一塊になって向かって来たのが仇となったらしい。
そして本体は何処に居るかと言えば空歩と縮地で素早く空に上り、その様子を見下ろして更なる隙を伺っている。
そして砂埃が立ち込める戦場に降り立つと弱った者と倒れている者を優先して攻撃し首か足を切り飛ばして行った。
武器の関係でどちらも余裕ではあるけどアイリは相手を肉眼でしか捉えられない。
気配を読む事も出来るようだけど、それに関してはまだまだ未熟だ。
ただ俺だって100年以上も気の修行をしてやっと今の状態なので15歳くらいの少女ならこれでも凄いと言える。
恐らく今のこの世界でも自分の気を扱えても相手の気を感じ取って攻撃に繋げられる者は多くないだろう。
それ程に周りの気を正確に感じ取るのは難しい技術だ。
「これで10匹!」
そしてアイリは何とか10匹の首を飛ばして始末する事に成功した。
それ以外だと5匹が踏み潰されて絶命し、5匹が足を切り取られて戦闘能力を大きく低下させている。
なので敵と成り得るのは無傷の奴等が30匹とボスが1匹だけだ。
「フ!こちらの思うツボね。」
アイリが笑っているのも魔物がさっきの攻撃と転倒を警戒して互いの距離を空けたからだ。
その隙間は人が通るには十分である上に、対処としては意味をなしていない。
どうやら奴等の知能はそんなに高くないらしく愚直に突撃だけしか出来ないようだ。
ただし、それにボスは含まれておらず、奴は今も動かずに離れた所で仲間が狩られるのを観察している。
今の流れが油断に繋がらなければ良いけど、今は俺も後ろで見守る事にした。
そしてアイリは最初の方法と合わせて今度は魔物の間を上手く擦り抜けながら首を飛ばし順調に数を減らしていく。
その順調な状況に注意が僅かに散漫になりボスへの意識が薄らいだ。
「これであと15。」
そして同じように幻影を残し自分もその中に紛れて敵を待ち構えているとボスが動いた。
その速度は他の奴等とは比べ物にならない程に速いのに足音は立たず、地面すれすれを足を着けずに走っているので空歩の様なスキルを使っているのだろう。
他の馬たちはそれを更に隠す様に荒々しく地面を抉り砂埃を立てて目くらましを作り出している。
しかしそれは今までの動きと比べれば僅かな変化しかない。
しかも数が多い最初の時にはもっと多くの土煙が立っていた為にアイリはその変化に気付けずに同じ行動をくり返した。
「これで後10・・・キャーーー!」
するとボスは音もなく群れの後方から体を捻じ込み、仲間を弾き飛ばしながらアイリへと襲い掛かった。
その過程で数匹が命を落としているけど魔物はそんな事を気にしたりはしない。
特にダンジョン内ではボスの存在は絶対なので逆らえるずもなく、仲間が死んでも気にしている奴は1匹も居ない。
そしてアイリは完全に不意を突かれ、ボスの角を正面から体に受けると大きく弾き飛ばされた。
「イタタタタ!」
「油断したな。防具が以前と同程度の物なら死んでたぞ。」
「・・・はい。」
どうやら失敗によって反省しているようで、弾き飛ばされた時の感覚から致命傷となる1撃だった事も理解しているようだ。
それに今までのダンジョンでは人が死に難い様に安全マージンを取り、今の様に大量の敵と戦わなくて良い様に調整されている。
だから今みたいな状況はアイリにとって初めての経験になっているはずだ。
ただ、その微温湯の様な状態のせいで探索者全体の問題として危機感が薄らいでいるとも言える。
「ダンジョンではどんな時にも油断をするな。それが分かったなら今度はこの腕輪を付けろ。」
「これは?」
「スキルの直感と危機感知が付与してある。それがあれば少しはマシになるはずだ。」
「それなら最初から欲しかったです。」
「お前が簡単に手に入れたスキルには俺が1人で数千の魔物と命懸けで戦った時に得た物もある。自力での習得が難しいのはしょうがないとして、その苦労を少しは理解しないと持っていても身に付かないだろ。」
「そう言えば・・・お父さんも同じような事を言ってました。」
「納得したならもう一度行って来い。」
「はい!」
ここまで戦って一回死んでおけなんて厳しい事は言わない。
ただ俺の言った事を理解せずに同じ事をくり返すなら遠くない内にその機会は訪れるだろうけど、今は死によって記憶が飛ぶ方がデメリットが大きい。
そしてアイリは再び周囲へと意識を向けて気配を探って警戒をしている。
そのおかげもあって既に部下も少なくなっていたので2回目の不意打ちは回避する事が出来ている。
そのためボスは隠れる事を止めて最後の作戦に出るようで残っている仲間と密集陣形を取ると一斉突撃を始めた。
ただし、気を付けなければボスに空中を移動する手段があるので後ろに居るからと油断していると空中を利用した立体的な動きで襲ってくるかもしれない。
「これが直感と危機感知の力。」
しかし今のアイリの様子なら心配の必要は無さそうだな。
習得まで至っていないけど、もともと気配を感じ取る事の出来るアイリにとって相性の良いスキルなのあろう。
そして衝突の直前に魔物たちが大きく動き今までに無い行動を見せた。
中央が割れて左右への逃げ道を塞ぎ、そこへボスが突撃してくる。
それは時間にすれば1秒にも満たない時間で行われており、逃げ場は後ろと上にしかない。
しかも速度はボスの方が早く後ろに下がる訳にもいかず、上に逃げても逃げ切る事が出来ない。
しかしスキルによって既に最も確実で、どうするべきかは分かっているようだ。
そのためアイリはこうなる前に得物を鞘に納めて気の収束を完了させている。
『奥義・断魔の太刀!』
そして放たれたのは奥義の1つである断魔の太刀だ。
滅魔の太刀と違い制御は出来ている様で気が刀身を綺麗に覆い剣線も乱れていない。
その結果、今までに見た中で最高の1撃となり、ボスの頭部を角と一緒に斬り裂き一瞬で霞へと変えた。
そのおかげで目の前に道が開け無事に突進を躱す事に成功している。
そしてボスが居なければ統率を失った魔物を各個撃破するだけだ。
バラバラに襲って来る相手などさっきまでとは比較にならない程に弱く瞬く間に討伐された。
「や、やりました教官!」
「ああ、良くやったな。」
「はい!」
アイリは先程ピンチに追い込まれた魔物を倒せた事が嬉しいのか何度も飛び跳ねながら喜びを表現している。
その横で俺はスマホを取り出すと管理棟へと連絡を入れた。
「今度はボスを10、雑魚を200で。」
『了解です。』
すると黒い霞が渦を巻くとそこに先程の4倍に相当する数と戦力が現れた。
それを見てアイリの視線がすぐさまこちらへと向けられ表情を引き攣らせる。
「教官?」
「今度は復習編だ。」
「え・・・復習?」
まあ普通なら同じ戦力でもう一度となるのが復習かもしれないけど、どうせ1度戦って倒した相手だ。
それにここのボスの統率力はそれほど高くないみたいなので20匹そこそこが最適と言ったところだろう。
きっと先程に増して良い連携を見せてくれるに違いない。
その予想は当たり20匹の部下を従えたボスたちは見事な動きとタイミングで四方八方から突撃してアイリを追い込んでいる。
「教官助けて~!」
「声が出るのは余裕がある印だ。もっと集中して思考を加速させろ。さっき俺とやり合った時は出来てただろう。」
「そ、そうか!」
するとアイリの動きが急激に変わり、余裕を持って紙一重で躱しながら相手の首を刎ねて宙を舞わせる。
それによって数秒で10を超える魔物が消え去り警戒が生まれる。
しかし、その時には既にアイリの姿は消えていて1つの群れが消滅していた。
何故そうなっているかと言うと最後に突進を仕掛けて来た群れだけは躱すに留まり、最後の個体にしがみ付いて着いて行ったからだ。
そして、素早く体勢を整えるとその背を足場にして駆け抜け背後から順に始末していた。
まさに完全に不意打ちで俺が最も好む戦法であり、やっぱり敵に対して不意打ち、騙し討ちは最良の方法だ。
そして戦闘が終わる頃にはアイリもスキルをある程度は使いこなせるようになり、警戒しながらこちらへと戻って来た。
「これでここは終わりで良いですか?」
「ああ、同じ魔物ばかりだとマンネリになるからな。それに今日はこの辺で終了だ。」
「え?もうそんな時間ですか?」
「ああ、もう日は跨いでるな。」
「本当だ!」
幾ら下に降りる階段に真直ぐ行けると言ってもそこまでには魔物も居てそれなりの距離もある。
警戒させながら走らずに移動していればどうしてもそれなりに時間が掛かってしまうのだ。
アイリは殆どの時間を戦っていたので気付かなかったのだろうけど、俺は階層ごとに外と連絡を取り合って魔物が湧く量を調整してもらっていた。
そのため定期的に時間もチェックして今日の目的地もここに決めていたと言う訳だ。
そして、その時にヨコヤマさんが俺の事を訪ねて来た事も報告されている。
既に事前説明をお願いしておいたので安心して管理棟を出て行ったそうだ。
そして場所を移動して階段の中腹辺りにある転移陣の登録を済ませておき、ついでに管理棟へと足を向けた。
「ホテルに帰らないんですか?」
「ここで少し寝たらすぐにダンジョンに戻るぞ。」
「え~!」
「あと20階層進んだらゆっくり休ませてやる。次は10階層進むまで休憩も無いから覚悟しろ。」
「ま、待ってください!新しい階層は1日で1階層進むのも大変なのにどうしてそんなに無理と分かっているスケジュールを組んでるんですか!?」
するとアイリは歩きながらそんな事を聞いて来る。
さっきまでは暇が無くて話していなかったけど、そろそろ頃合いだろう。
「数日中にダンジョンに取り込まれた人達の救助を行う。それにお前も同行してもらうことにした。」
「え?それじゃあまさか黄龍が動いてくれたんですか!?」
「いや、残念だけど黄龍はそれどころじゃない。その代わりに信用できる機関が複数合同で動いている。それについてはネットニュースを検索して確認しておけ。」
「それじゃあお母さんにも連絡して・・・!」
「今回の試みは初めての事だ。絶対と言う訳じゃないから100パーセントじゃない。希望を持たせてダメでしたじゃガッカリどころか絶望するかもしれないぞ。」
アイリは母親のそんな姿を想像したのか取り出したスマホの操作を途中で止めた。
代わりにニュースのページを開いて現状の確認をしているようだ。
その顔は真剣そのもので読む内に怒りが込み上げてきたのか、画面を睨んで肩を震わせ始めた。
「何なのよこれ!」
「書いてある通りだな。ここにある黄龍の支部がダンジョン作製後に起こした不祥事を隠すためにそれに関する諸々を隠蔽して対処をしなかった。」
それを緊急査察を行った天皇と査察チームが発見し、数日中に異界大使館と協力して解決すると書いてある。
俺達の事が何も書いて無いのは世間の目から隠してくれているからだろう。
マスコミの対応なんてしたくないのでこちらとしてはとても助かる。
「でも、どうやって解決するんですか!?もう蘇生薬の期間だってとっくに過ぎてるのに・・・。」
「肉体バンクがあるだろう。」
「確かにありますけどあれって何かの役に立つんですか?ダンジョンに入る人は義務だから登録してますけど肝心な所が伏せられてて誰も知らないそうですけど。」
まあ、今回みたいな事が無ければ使わないからな。
ネット上でも色々な意見が飛び交っていて遺伝子を保存して未来に残すだとか、クローンを作るのに利用されているとか言われている。
微妙な点で間違っていないのだけど、上級蘇生薬・改の存在は世界規模で秘匿されているので仕方がない。
今回は恐らく救出した人が生き返ったのも神の奇跡か何かだと報道されるだろう。
今では知っている奴も居るけど、そいつ等にはちゃんと口止めをしてある。
しかし、それも数年の内には解除されるだろうから気に病むのも少しの間だけだ。
「まあ、いつか分かる時が来る。」
「でもどうして私が参加するんですか?」
「お前も一緒にその人たちと戦って魂を回収するからだな。嫌ならここで訓練は終了させるが?」
「行きます!ダメと言われても付いて行きます!」
すると目の色を変えて決意の籠った返事が返って来た。
これなら明日からは今日以上に頑張ってくれる事だろう。
「そう思って急いで鍛えてるんだ。明日からの訓練に備えて飯を食ったらとっとと寝るぞ。」
「はい!」
そして中に入るとそこでは数名のスタッフが仕事をしていた。
きっとこれからの事を考えると更に人数が増えるだろう。
それほど親しい相手は居ないけど顔見知りではあるので軽く声を掛けてみる。
「こんばんわ。」
「あ、はい!お戻りになったのですね!」
「ああ。」
ここでは俺が最上位である事を知らない者は居ないだろう。
仕事の依頼でも来た事があるし、ついでにアイテムなどの換金もした事がある。
その時には登録カードを見せるので言わなくても正体がバレてしまう。
だから忙しくしていても対応は凄く丁寧なものになっている。
「それでちょっと仮眠室を借りたいんだけど。」
「構いませんよ。場所は分かりますか?」
「大丈夫だ。」
ここを作ったのは俺達なので内部の構造はある程度知っている。
それに案内板もあるので場所が変わっていても問題はない。
「それじゃあ行くぞ。」
「はい。でも仮眠室って私達でも使えるんですか?」
「普通は治療室とかだな。余程の理由が無いとスタッフ専用エリアにあるから使えないと思うぞ。」
「へ~教官って顔が効くんですね。」
「少しだけな。」
本当は凄く効くんだけどその辺は言わなくても構わないだろう。
それに5時間後には再びダンジョンに入るのでそんな事はすぐに気にならなくなる。
そして俺達はコンビニ弁当とおむすびを食べるとベットに横になって眠りに着いた。




