31 映像の意味
映像が再生されると、どうやら最初は海上の空母からヘリで出発し降下する所からのようだ。
しかし、ここでもかと思う程に誰も飛び降りようとしないので内心ではガッカリしている。
もしかして高い所から飛び降りて実験したのは俺だけなのかもしれない。
「ここからはしばらく安定して進んでいきます。」
確かに魔物との遭遇も無く次第に緊張が緩んでいるのが分かる。
しかし、しばらくすると周囲はゴツゴツとした岩の多い山岳地帯へと移っていく。
すると彼らの前に1メートル程の真っ赤な蟻が単体で現れ、それに対してリーダと思われる男が周りに指示を叫ぶ。
『GO!GO!GO!』
少し演出気味な所もあるけど彼らは駆け出すと蟻へと向かって行った。
しかし足元が悪くなかなか追いつけないようで、蟻の方は6本足を駆使し起伏を無視して進んでいる様だ。
やっぱりこういう所は2本足の人間よりも6本足の蟻の方が有利なのだろう。
でもこの時の俺は以前に自分が地元でしたある事を思い出した。
「もしかして誘導されてないか?」
「はい、我々もそう思います。」
「あ、追い着いたぞ。」
『死ねや虫野郎がー!』
『逃げ切れると思ってたの!』
追いついてすぐに彼らは蟻を呆気なく倒してしまった。
その実力を見ると何となくだけどレベルが低くて素人っぽい気がする。
しかも受ける印象はネットなどにある対人戦ゲームを思わせ、命を懸けた戦いというよりも遊んでいる様にも見えるのでちょっとしたB級映画を見てる気分だ。
「自衛隊の人から見てこの戦闘はどんな印象なんだ?」
「危機感が足りませんね。」
「俺もそう思う。こいつらは命がけの戦闘をした事が無いのかもしれないな。」
俺の場合スタートはたった一人だった。
不意打ちを仕掛け、頭を使い、家族を取り戻したい一心で戦って目的を達成した。
でもアメリカはこちらとの時差を考えると場所によっては昼くらいだろうか。
きっと殆どの人が起きていてあのメッセージを普通に受け取ったはずだ。
さぞ被害も少なくスポーツやゲームの様な気楽な狩りが出来ただろう。
すると今度は蟻が向かっていた方向から新たに2匹が現れたので彼らは再び走り出し蟻を追い詰めていく。
しかも先程までは歩調を合わせていたのに簡単に倒せてしまったのでまるで競争の様になっている。
前衛と後衛との距離が開き互いに何かあっても駆けつけるのには時間が掛かるだろう。
後衛はステータスの関係で走っても前衛程速く走れず、しかも走り難い地形ならなおさら差が出てしまう。
『前衛は一旦戻れ!隊列を維持するんだ。』
そして映像の中では誰かが大声で指示を出しているけど誰も返事を返さない。
それどころか興奮している様な笑い声が聞こえ、誰が一番多く魔物を倒せるかの賭けを始めた。
『それじゃあ、一番多かった奴に今夜の酒を奢るって事で。』
『ふざけるな!こちらの指示に従え!』
『なら、この獲物は俺が頂く。』
すると一気に速度を上げた一人がアリ達を追い抜きその際に手にしたナイフで見事に首を斬り落とした。
しかし次の瞬間には映像の一つに複数の蟻が映され、位置としては後方の魔法職か支援職の誰かだろう。
『わあーーー!誰か助けてーーー!』
どうやら声からしたら男の様で魔法を放って蟻を倒している。
しかし蟻たちはまるで押し寄せる水の様で犠牲を出しながらも標的である男の許まで辿り着いた。
そしてノコギリの様な長い牙でその足に噛みつき抵抗なく噛み切ると次第に体へと上がって来る。
『ぎゃーーー!!』
そして痛みに声を上げた直後には蟻に首から上を切り取られたのかカメラに大量の血が付着する。
そんな映像が彼らの間に広がり、残っているのは前衛だけになった。
『死体を回収して即座に撤退しろ。』
ここでも命令は的確だった。
残った前衛だけでも強行突破すれば可能性は十分にある。
しかし前衛チームは仲間がやられた事に怒り、再び命令を無視した戦闘を始めた。
『テメーら殺してやる!』
『仲間の仇よ!』
そんな事を言う位なら早く死体の許に向かって足元に落ちている蘇生薬を使ってやれば良い。
しかし見ているといつの間にか蟻の中にサイズが大きな個体が混ざり始めている。
戦いに夢中で気付かないのか、そいつらは仲間たちに紛れてゆっくりと彼らに迫っていく。
そして男の1人がその蟻に攻撃すると手に持つナイフは足へと当たり重たい音を立てて弾かれてしまった。
それが一瞬の停滞となりその男は蟻の群れに呑み込まれて悲鳴と共に姿を消して行く。
そして一カ所が崩れてしまった事で対応が追い付かなくなり彼らは蟻たちに蹂躙された。
映像からは悲鳴が鳴り響き蟻に群がられているのが分かる。
「コイツ等は自分達の力を過信したんだな。」
「そうですね。おそらく命令をしていたのは映像を見て指示を出していた軍人でしょう。あちらには衛星からの情報で周囲に魔物が集まっている事が分かっていたそうです。」
もしかするとコイツ等は俺の様な索敵のスキルを持っていなかったのかもしれない。
戦闘だけで見れば有用なスキルもあれば夢を駆り立てる魔法まである。
俺だって以前と変わらない心のままで、もっと余裕のある状態で力を得ていたら真っ先に魔法という幻想に飛び付いていただろう。
そうなければ貴重な魔石ポイントを魔力に費やし、無駄なスキルを取得していたかもしれない。
それに彼らの場合スキル構成は不明だけどレベルもあまり高くなさそうだった。
ならどうしてこんな映像を俺達に見せたのか?
まず、大国なので示威行為という意味で考えてみるけどこんな大敗では意味はないだろう。
逆に他の国から笑い者にされるのがオチだ。
それに、その場合なら途中で映像が途切れていてもおかしくはない。
「日本政府はこれを見て何と言ってるんだ?」
「今の所は見て教訓にするようにとだけ言われています。」
「教訓か。なら、俺が思うにコイツ等は捨て石にされたんだろうな。」
「捨て石ですか?」
俺の言葉に彼らは首を傾げる。
きっとステータスが無いので言ってる意味が分からないのだろう。
そして、これは俺がさっきバスの中で思った事でもある。
「恐らく彼らはスキルの選択を誤ったメンバーの集まりだ。スキルは一度選ぶと変更は出来ないからな。しかも見ていると命令違反に素行も悪い。いい具合に煽てられてここに送り込まれたんじゃないか。それに良い脅しにもなる。」
「それもそうですね。蘇生薬も本人の回収が出来なければ意味がありませんから、命令無視で死ねば置いて帰ると示したのかもしれません。」
「それに俺達だって食べないと生きて行けないからな。政府がその気になったら無理やり言う事を聞かせる手段は幾つもある。」
俺達でもダンジョンの外ではお腹が空く事が分かっている。
逆にダンジョンの中だと食べたり飲んだりしなくても1週間は普通に生活出来る事も判明した。
ダンジョンで助けた人たちの話によれば彼らは捕まってから一度も水すら口にしなかったそうだ。
それでも脱水症状になる人もいなかったそうなので、もしかしたらダンジョン内だと一切の食事が必要ないかもしれない。
しかし俺達でも外で生活する限り食べ物は必要になる。
ダンジョンの中だけで生きるというのは今の俺でも不可能なことだし、それは人として生きているとは言えない気がする。
それに、これを見ておくようにと言う事は先を見越しているのかもしれない。
魔物を倒せれば力を得られる事が既に分かっている。
そして次にそういった人が現れるとすればダンジョン周辺で仕事をする自衛隊員か警察官のどちらかになる。
きっと政府の方では秘密裏に何らかの話し合いは行われているはずだ。
戦える人員を増やすためにそういった依頼が来るかもしれない。
「状況は分かった。それじゃあ、俺もボチボチで警備をするよ。出航はいつになるんだ?」
「今が丁度12時ですからあと12時間後です。」
俺が聞くと隊員の一人が手に着けている時計を見て教えてくれる。
そして、俺も自分の時計を見て時刻がそれ程違わないのを確認するとその場から離れて行った。
そして少し歩いていると後ろから声を掛けられたのでそちらへと顔を向ける。
「見つけたぞこの野郎。」
声につられて振り向くとそこには昨夜の飛行機で別れたトマス達4人と狼犬のタイラーがジープに乗っていた。
そう言えば後で話があると言っていたので探していたのかもしれない。
俺が飛行機から降りたのはここから遥か遠い内陸側なので探しても見つけられなかっただろうけど。
「それで無事にパラシュートは開いたのか?」
「「「フフフ。」」」
すると俺の言葉にトマスを除いた3人から笑い声が洩れる。
トマスは赤い顔でキッと鋭い視線を向けるけど更に笑いを誘ってしまった様で大笑いへと発展してしまった。
「そうか。お前だけ失敗したんだな。」
「あ、あれは失敗じゃなくて、・・・そ、そうだ。お前が言った事を試したくなったんだよ。」
「分かった分かった。そういう事にしといてやるよ。」
「な、なんだよその哀れみの籠った目は!そ、そうだった!お前を探してたんだ!」
「たしかあの時の話は俺の無謀な実験についてだったか。お前も同類になったからその話じゃないよな。」
すると周りから再び笑いが零れトマスは周りに鋭い視線を向けた。
しかし、今度は笑いは収束し彼らは真面目な顔になる。
「そうじゃなくてな。お前もあれは見たのか?」
「あの全滅した映像か?」
俺達で見たかと聞かれて共通の話題があるとすればあれくらいだろう。
まさかトマスがアニメオタクで日本のアニメが大好きなら別の話に発展しそうだけど表情からしてそれは無さそうだ。
「ああ、それで俺達が代わりに救出しようかと話し合ってたんだ。」
「無謀な事は止めておいた方が良い。死にたくなかったら今は大人しくしておくべきだ。」
するとトマスは手を上げてヤレヤレと首を横に振った。
「お前ならそう言うと思ってたよ。まあ、誘っただけだから気にするな。それじゃーな。」
そう言って彼らは呆気なくジープを進めて走り去ってしまった。
何ともサッパリとした感じだけど俺は今の会話でアイツ等は行くつもりなのを確信する。
「話し合うって言ってたくせに去り際には誘っただけか。成功の見込みが無いから簡単に引き下がったんだろうな。」
それに、これは恐らく彼らの独断だろう。
そうでなければあんな危険な場所に貴重な人材を送り出すはずがない。
どうして、この大陸に来る奴らには死にたがりが多いのか。
俺は彼らが走り去った方向を見て小さく溜息を零した。
「本当に世話が焼ける。」
そして、俺はその場で180度回ると船のある方向へと歩き出した。




