3 蘇生
俺はステータスを開くとそこにある補助系のスキルに視線を向けた。
そこには敵を探すのに役立つ索敵のスキルがあり、これがあれば今よりも多くの魔物が発見できるはずだ。
それに既に朝の5時が近づいているので早い人なら動き始める時間帯だ。
そしてスキルを使用可能にして周囲へ意識を向けると意外に反応がある事に気が付いた。
「こっちか。」
俺はその場から走り去ると誰の物とも知らない家に到着したのだが、反応と言うか気配はこの中から漂っている。
そしてぐるりと一周していると生垣から急にゴブリンが現れ至近距離で向かい合う事になった。
「ここから出入りしてるのか!?」
俺は咄嗟にナイフを掴むとゴブリンの頭に向かって叩き込んだ。
「ギュエリャー・・・。」
そして躊躇の無い攻撃はゴブリンを1撃で仕留める事が出来たが、代わり叫びは周囲へと木霊してしまい家の中の気配が動き始めた。
俺は咄嗟に落ちている魔石と小瓶を拾ってその場を離れると細い道へと体を滑り込ませる。
すると生垣の中から次々とゴブリンが現れ周囲を確認し始めたのだが、どうやらあの家はゴブリンの巣になっているらしい。
もしかするとあの中には今も誰かが捕まっているかもしれないが、ユウナと違って助ける理由が見つからない。
「生きていれば助ければ良いな。死んでたら・・・それは仕方ないか。」
俺は即座に判断すると可能性の一部を切り捨て、余裕も無いのでまずは目の前の奴らをどうにかかすることにする。
数としては10匹と言ったところだが、数が多いというのはそのまま力になるので俺は地の利を生かす作戦を立てた。
それを実行する為にここへと入ったのでタイミングを見計らい、奴等に聞こえる様に声を上げた
「おい、こっちだ!」
「グガ!」
「ゲギャー!?」
誰がリーダーで指示を出しているのか知らないけど奴らは俺を見付けると声を上げながら向かって来る。
俺はそれに対して反対方向へ走り出すと追いつかれない様に速度を調整してしばらく進み続ける。
そして長い階段にぶつかるとそこを駆け上がっり半分までを一気に駆け上がる。
すると奴らも同じように俺を追って階段を昇り始めたがここまで来るのに奴らの息は荒くなっており足元も疎かになり始めている。
ここまでくれば後は仕上げをするだけとなり、竿を握る手に力を入れると先頭のゴブリンを力強く突き飛ばした。
それだけでゴブリンたちはドミノ倒しの様に互いを巻き込みながら下へと落ちてダメージを受けていく。
別にこれで倒せなくても良いとは思ってはいたけど、それだけで半分が消えてくれた。
そして、残った5匹も既に満身創痍で立ち上がる事も出来ないようなので素早く階段を降りると確実に仕留めて消し去っていく。。
そして全てを殺し終えると、そこには3本の蘇生薬と10個の魔石が転がっていた。
これで今までに手に入れた物と合わせて必要な本数は残り1本。
後はさっきの家にまだ残っていないかの確認と人間が捕まっていないかを確かめなくてはならない。
俺は急いで駆け出すと蘇生薬を大事に仕舞い、魔石を吸収させてステータスを強化する。
その時になって初めてレべルが上がっている事に気が付いたのでステータスの数値に視線を向けてみる。
レベル3
力 17→21
防御 10→14
魔力 1→3
どうやらレベルが3になったことで力と防御の両方が4上がり、魔力が2上昇したみたいだ。
この様子だと俺には魔法の才能がなくて前衛向きなのかもしれない。
もしかするとユウナやアケミなら頭が良いので、そういった人間が魔法使いに向いている可能性がある。
しかし、俺が現在置かれている状況で必要なのは力だ。
特に魔法の才能が無いなら肉体を強化するしかないので再び魔石を使ってポイントを加算して2ポイントを獲得する。
どうやらレベルかステータスの数値によって必要な魔石が変化するらしい。
もしかすると質も関係あるのかもしれないが、まずは力にポイントを割り振って21を23に上昇させる。
ここまでくれば最初に比べれば力だけなら1.5倍になっており、力の上昇を強く実感できる。
そして、さっきの家に到着して感覚を向けると、そこからはやはり気配が感じられる。
恐らく残っているのは1匹だけだと思うけど感じる気配はさっきまでのゴブリンよりも大きい。
恐らくは今の俺でギリギリ倒せるくらいかもしれないので死角となっている表門を開けると家の正面側から中へと入って行く。
そして先程ゴブリンが現れた生垣の方へ行くとそこには数人の裸の女性と1匹のゴブリンが確認できた。
しかし、そのゴブリンの体格は俺とほとんど同じくらいで、しかも手にはショートソードと言うのか刃渡りが60センチ程もある剣を握っている。
それに近くに居る女性たちも邪魔な存在で死んでいれば良いのだけど生きていると人質にされそうで面倒だ。
なので俺は一旦その場を離れると作戦を考える事にした。
「・・・あれで行くか。」
俺はその場から離れると自動販売機を探して周囲を歩き回った。
別に喉が渇いた訳ではないのだけど用があるのはその横にあるゴミ箱で、見つけると路上に倒して中の物を散乱させる。
「お、あったあった。」
上手い具合に瓶がたくさん入っているのでこれで作戦が実行に移せそうだ。
しかし、ここに無い商品も多いので誰かが家庭ごみを捨てて行ってくれたみたのだろう。
通常ならマナー違反だと叫びたいけど今だけは都合が良いのでゴミ箱を入れ物にして次々に瓶を割ってから破片を中へと入れていった。
そして先程の場所まで戻ると中に入らず声を出して挑発し外へと誘き寄せる。
「この緑野郎かかって来い。お前の部下は全員始末したぞ。」
これで言葉が通じずに出ても来なかったら最悪だが、そんな事は無い様で奴は堂々と門から姿を現した。
そして手に持っている剣を俺に向け何かを叫んでいるようだ。
俺には一切理解できないけど相手はこちらの言葉が少し分かるのかもしれない。
それとも悪口は国が違ってもある程度は伝わるという噂は本当だったのだろうか。
奴は怒りを顔に浮かべると無防備にこちらへと突進してくるので、その瞬間を見過ごさずにゴミ箱を倒すと俺との間にガラスの破片を散乱させた。
すると裸足であるゴブリンは足の裏に大量のガラスが突き刺さり、その場で横転して全身にガラスの破片でダメージを負った。
「ギャギャーー!」
もちろん転倒すれば手や体にも破片は突き刺り、そうなれば収拾はつかず手から離してしまったショートソードが俺に向かって滑って来た。
俺はガラス片を使って即席のマキビシを作り、奴の速度を奪おうとしただけだったけど思っていた以上の効果があったみたいだ。
しかも剣を俺に進呈してくれるというオマケ付きなので有難く使わせてもらう事にした。
俺はショートソードを拾うと動けなくなったゴブリンへとニヤリと笑いかけるが、コイツの出番は今ではない。
こいつではリーチが届かないので攻撃は槍に加工した物干し竿で行い容赦なく何度も突き刺してダメージを与えていく。
そしてゴブリンは一切の動きが出来ない状態のままその場で虚しく消えていくと残されたのは少し大きめの魔石と蘇生薬が1つだ。
これで何とか数は足りるので先程の戦闘を思い出しながらようやく肩の力を抜いた。
「戦い方次第で強敵も倒せそうだな。」
その後、軒先から箒と塵取りを持ち出すとばら撒いてしまったガラス片を掃き取って道を綺麗にしておく。
あのままだと誰かが踏んだり車のタイヤがパンクしてしまいお茶の間を騒がせることになってしまう。
それにそろそろ犬の散歩が始まる時間で彼等も裸足で駆け回るのでしっかりと掃除しておかなければならない。
そして家の庭に行くとそこには3人の女性が倒れていて、顔を見ればどの子も美人だと思える。
どうやらゴブリンも選り好みをするらしく適度に若い人間を好むようだ。
「まあ、今日の事は運が無かったとしか言いようがないから命があっただけ運が良かったと思ってもらおう。なにせ、死んだ者だっているんだからな。」
そして全員生きている様なのでまずは119へと電話をかける。
「すみません。襲われた人がいるんですけど?」
『そ、それでしたら救急ですね!地域を教えてください!』
俺は表札を確認してどの辺りかを説明するとしばらくして救急車の光と音が近づき始めた。
そして俺の誘導で彼らは門を潜って庭へと突入するとその光景を見て異常事態だと判断され急いで他への連絡を始める。
その間に俺は手の空いていそうな人を探して声を掛けた。
「あの?」
「ああ、君が発見者だね。名前と連絡先を教えてくれないか。」
「それよりもここに警察は来ますか?」
「ああ、さっき呼んだ所だ。」
「それなら周辺の家を全て調べてください。もしかするともっと大きな事が分かるかもしれません。」
「君はいったい何を言っているんだね。お、おい。」
俺はそれだけ伝えるとその場から全力で走り去って行った。
事情聴取がしたければ携帯で連絡したのですぐに探し当てて来るだろう。
それにしてもさっきの人は俺と同じようにメッセージを受け取らなかったのだろうか。
もしかすると何か条件があるのかもしれないが、そう考えなければ辻褄が合わない程に対応が普通過ぎる。
その後はそのままユウナを回収するとまずは自宅へと帰って行った。
そして帰宅してすぐに蘇生薬の実験を行う事にした。
その為にリリーの分も取って来たのだが、もし一つ足りなければ確実に使う事は無かった。
ぶっつけ本番になってしまうが、その時はユウナの両親を使って試しただろう。
しかしハッキリ言ってリリーの傷もかなり酷く、お腹がパックリと割れて内臓が飛び出している。
傷がどうなるかは分からないけど、もし生き返るだけなら再びすぐに死んでしまうだろう。
そして俺は緊張しながら蘇生薬の蓋を開けると中身をリリーに振り掛けた。
すると中からはキラキラと光る虹色の粒子が降り注ぎ、リリーへと吸い込まれる様に消えていく。
すると、リリーの傷に変化が起きて内臓が独りでに体内へと戻ると傷が綺麗に塞がって行く。
まるで映像を逆再生している様な感じで傷が治ると今度は呼吸が始まり胸に手を当てると心臓の鼓動が再開したことを教えてくれる。
俺はそれを見て目に涙が溢れるのを感じ、視界が歪み頬を涙が流れ落ちていく。
そしてリリーはすぐに目を覚ますと視線がギロリと動き、立ち上がった直後に俺へと吠えたてて来た。
「ガウガウガウ!」
「あれ、もしかして勘違いしてるのか?」
まさか死んでたのに俺が躓いた事は知らないだろう。
そして予想通りリリーは俺の顔を見ると首を傾げて吠えるのを止めた。
今の行動からも分かるがコイツはコイツなりにアケミを助けようと奮闘してたみたいだ。
力が及ばなかったのは仕方ない事として俺は次にアケミの部屋へと向かった。
そこは既に血生臭い臭いに包まれていていつものアケミの部屋の香りとはかけ離れている。
「生き返らせたらすぐに俺の部屋に運んでやるからな。」
俺は蘇生薬を振り掛けると切断された首が綺麗に繋がり、潰された眼球が綺麗に再生された。
恐らく意識は無いだろうけどその綺麗な瞳を見ていると何となく達成感が湧いてくる。
そして、呼吸と心臓の鼓動が再開されたのを確認すると俺はアケミを抱き上げて部屋を移った。
出来れば死ぬ瞬間まで夢の中に居てくれていた事を願いたいが、そうでなえれば死という辛い記憶を持って生きる事になるだろう。
そしてアケミをベットに寝かせると次に父さんと母さんの許へと向かった。
2人とも俺をいつも心配してくれて叱ってくれた大事な両親で昨夜も同じように叱られてそのまま部屋へと向かってしまった。
あれが最後の会話なんて今の俺でも悲し過ぎるので今はどんな事でも話がしたい。
そう言えば家族の事になると普通に感情が動くみたいなのでリハビリをするなら皆の協力が必要かもしれない。
そして蘇生薬を使うと2人も無事に傷が消えて生き返ってくれた。
俺の部屋はアケミが使っているので2人には居間のソファーを使ってもらう事にするが、ここよりは断然良いだろう。
それにしても人は治っても部屋はそのままなので後で色々と買い換えないとイケなさそうだな。
そして次にその傍に眠るユウナに声を掛けて目を覚まさせることにした。
俺が起きたのは1時間くらい過ぎた頃だったのでそろそろ起こしても問題ないはずだ。
「起きろユウナ。」
「う~・・・。」
「こら起きろ。次はお前の家に行くぞ。俺は家の場所を知らないんだ。」
「う~・・・こ、ここは・・・?」
どうやら寝起きに弱いらしいく完全に寝ぼけた顔で目を擦ると周りを見回して俺で視線が止まった。
「・・・は、ハルヤさん。もしかして夜這いですか?」
俺はそのセリフを聞いて頭が重くなるのを感じたが今の俺を悩ませるとはこいつも結構やるな。
「あ、あの。私はまだ中学生なので出来ればもう少し待っていただきたいのですけど。」
コイツはいったい何を言っているんだ。
俺がコイツにときめいた事は殆どない。
まあ、少し前なら胸とか胸とか胸とか・・・。
それも今となっては感じるところが無いのでこれは本気でリハビリしないと結婚も出来そうにないな。
こんな事を言ってるから今回の交換条件として俺に協力してくれるだろう。
「おい、早くお前の家に行くぞ。両親を生き返らせるんだろ。」
「そ、そうでした。すぐに行きましょう。」
俺達は家を出るとユウナの案内で暗い夜道を歩いているのだけど、ユウナの家と言うのはお隣さんで数秒で到着してしまった。
そして中に入って様子を確認すると、どうやらここには既に敵は居ないみたいだ。
ただし、この家の中にも血の臭いが充満していてユウナに付いて廊下を進むと一つの部屋に到着した。
「この中です。」
「お前はここで待ってろ。」
「で、でも・・・。」
「待ってろ。」
「は、はい・・・。」
生き返るとしてもあの光景はあまり良い物ではない。
それに俺の家族と同様に体が切り離されていればそれを運ぶ必要があるのだが、そんな事はユウナにはさせられない。
そして部屋に入ってすぐにその光景を目にして腸が煮えくり返る思いを味わった。
目の前には手足さえもバラバラにされた男女が投げ捨てられており、もしかするとウチもゴブリンを倒せなければこうなっていたのかもしれない。
俺は手足の向きや太さに間違いが無いのかを確認して一つ一つを綺麗に並べて行く。
ここまで酷いと本当にこんな小さな小瓶で回復しきるのかが不安になって来るほどだけど試すしかないので俺は二人に蘇生薬を振り掛けた。
すると回復が始まり切断された手足や首などが回復し始め、見た目の上では完全に元に戻ると呼吸と心臓の鼓動が再開された。
そして俺が1人ずつ抱えると彼女の誘導に従って別の部屋へと移動させる。
ただ、この二人の場合は肉体の破損が酷かったので後で幾つか確認が必要になりそうだ。
もしかしたら蘇生薬があるのでポーションの様な回復薬も存在するかもしれない。
それなら今度はそれを探す必要が出てくるのだが、今のところ手に入れた薬は蘇生薬だけだ。
これが異常なのかそれとも回復薬自体が存在しないのか。
これは追々分かる事だろう。
何はともあれこれで全員が助かって良かったので一息つくとユウナに声を掛けた。
「昨夜は大変だったからお前も少し寝た方が良いんじゃないか?」
「ありがとうございます。でも、二人が起きるまではこのまま待ちます。」
「あまり無理をしないようにな。」
「はい。」
ユウナは母親の手を祈る様に両手で握り締めているので俺はその願いが届いた事を信じて背中を向けた。
「今日はありがとうございました。このお礼はどんな形でも必ず返します。」
それは俺が何を言っても聞いてくれるって事だろうか?
でも後でリハビリに付き合ってもらえるようい頼むつもりだったのでこちらとしても都合が良い。
今の俺は家族以外の事で感情が壊滅しているのでユウナは最適と言えるだろう。
しかし今は何も言わずに今日の所は自分の家へと帰ることにした。
そうしないと誰かが起きた時に殺された時の記憶や血だらけの自分を見てパニックを起こすかもしれない。
俺は白み始めた空を見上げると昨夜の事を思い出し僅かに溜息混じりの息を吐き出した。
「それにしても長い夜だった。」