268 野外活動 3日目 ①
朝になって目を覚ますと昨日と同様に見慣れない天井の下に居た。
そして、あそこに掛かる色とりどりの布は昨日皆が着ていた水着ではないだろうか。
ちゃんと帰る時にアズサ達が乾かしているのだからアイテムボックスに仕舞っておけば良いのに横着をするとはけしからん。
皆が起きる前にこの光景を心のメモリーに・・・。
「何をやってるのかな?」
「・・・はい、目を覚ました所にございます。」
するとすぐ横から地獄の底から響いてくるようなアズサの声が聞こえて来た。
口には絶対に出していない・・・はずなので、水着を見上げていたのがイケなかったのかもしれない。
そしてアズサは俺の額を軽く小突くと溜息を零した
「・・・もう。それならテントから出て火でも着けていなさい。」
「了解であります!」
俺は上半身を起こしてアズサに敬礼すると急いでその場から撤退しようとテントの出口へと手を伸ばす。
しかし、昨日の夜を思い出すと俺の少ない脳細胞にフと疑問が浮かび上がった。
「・・・あれ?そういえば何で俺はここに寝ているんだ?」
「良いから行きなさい。」
「はいであります!」
疑問は残るけどこのままここに居ればお仕置は免れない。
それなら撤退を最優先として疑問は5か6の次くらいに考えよう。
いまは1に逃げて、2で火を点け、3でソーセージを焼いて4でアズサの機嫌を取ろう。
そこまで今の疑問を覚えてられるかな・・・?
俺は外に出ると焚火台の上に薪を並べて魔法で火を着けた。
そして昨日と同じ様にソーセージを準備すると一息ついて椅子に腰を下ろす。
するとそのタイミングを見計らっていたかのように今日はダイキとシュリが姿を現し焚火を挟んで向かいへと腰を下ろした。
「今日は早いな。昨日は少し避けられてたから意外だよ。」
「すみません。こちらとしても言い出す機会がなかなか無くて。最初に伝えられれば良かったのですが確信が無かったものですから。」
「ダウト。ダイチはともかくお前にはすぐに分かっただろう。それに俺は昔も今も騙されるのが好きじゃない。特にすぐ分かる事で知り合いから嘘をつかれるのはな。」
「やっぱり気付いていたのですね。」
「確定ではなかったけどな。でもお前らが偽るのを止めたから分かる様になった。」
今迄のコイツ等の気配は独特な感じがしていて雲みたいにフワフワとしてから掴みどころが無かった。
それはそれで特徴的なので分かり易くはあるけど、時々フとした時に消えて感じられなくなる事もある。
すなわち俺が水着ショップで感じた事と同じで精霊によって存在を偽装されていたという事だ。
何もあの時ただ覗きがしたくてあんな事をした訳では無い!
しかし今ならこの2人が何処の誰なのかが良く分かる。
俺とは400年前に死に別れたはずの2人だけどシュリはあの時とは少し違った気配を放っている。
きっとあの時は分からなかったけど既に気配を偽っていたのだろう。
あれからかなりの時間を生きたので俺のスキルや感覚もかなり磨かれている様だ。
そして観念した2人は自ら正体を明かして来た。
「それなら今はダイチではなくシアヌとして話そうか。」
「私はウシュラが良いですね。」
しかし俺の視線はウシュラを射貫く様に細められる。
それを見てウシュラは視線を泳がせるとシアヌの手を握って唇を噛んだ。
「一応言っとくけど俺は同じ事を何度言おうと気にするタイプじゃない。でもそれは時と場合によるのはお前等もよく知ってるだろ。」
「・・・分かりました。私は確かにあなたの知っているウシュラですがそれだけではありません。」
「良いのか?」
するとダイチはシュリの手を握り返すと心配そうに声を掛ける。
それにシュリは頷くと俺の目を真直ぐに見詰め返して来た。
「以前にハルカさんが精霊について話していましたね。」
「確か精霊たちがオリジンとか言う最初の精霊を探してるんだろ?」
「はい。実は私がそのオリジンなのです。そして今は人の身で転生を繰り返し、その度にこの人も転生して夫婦となっています。」
「それは何年前からなんだ?」
「もう1000年になるかもしれません。最初は私の一目惚れだったのです。でもこの人は人でない私を受け入れてくれた。それからは何度も死に別れては出会い、ずっと傍に居てくれています。」
しかし、そうなると幾つか疑問が湧いて来る。
北海道で出会った時のシアヌはシュリを完全に妹と認識していて記憶は無さそうだった。
そこは兄という事柄に関してなので絶対に演技ではなかったと断言できる。
でも今はしっかりと記憶を保持しているのでこの違いはどういう事だろうか。
「俺達が初めて会った時から以前の記憶は無いのか?」
「私はありますがこの人にはありません。状況が変わったのはステータスを得てからになります。おそらくは世界の理に変更が加えられたのでしょう。今では神に許された一部の者は前世の記憶を持っている事があります。」
「それならダイチも神に選ばれたって事なのか?」
「いえ、それとは違うはずです。」
するとシュリはそれを否定する様に首を横へと振って。
それなら記憶の事はシュリが言ったように理が変更されたと認識した方が良さそうだ。
そうなるともう1つ疑問が残ってしまう。
「でも魂の管理は神がしてるだろう。アイツ等を通さずにそんな事が可能なのか?」
「ダイチは1000年前から私と契約していて魂の所有権は私にあります。ですから何度生まれ変わっても互いに出会い愛し合う運命にあります。ただ・・・。」
すると、話の途中でシュリは視線を落として暗い顔になってしまった。
この様子だと何か問題が起きているというのが言葉にしなくても伝わって来る
そして口を閉じてしまったシュリの代わりにダイチが説明を続けてくれる。
「実は上位の精霊の中に邪神の影響を受けた奴が何人か居て、この200年の間シュリを狙ってるんだ。もし俺達の存在が知られたらまたそいつ等が襲って来るかも知れない。だから、こうして気配を潜めて隠れていたんだ。」
「具体的には?」
「火と風と水の上位精霊だ。土の精霊は何かよくわからない石の体に入ってて影響を受けていないらしい。」
なんだか何処かで見た事が有る様な気がするな。
そう言えば以前にアメリカで土の精霊と仕事を一緒にした時に石のボディーを作って使わせたような気がする。
俺が素体を作ってアンドウさんが超リアルで筋肉ムキムキな外見にしたのはちょっとした黒歴史た。
白い巨人で全長が3メートルくらいだったはずだけど平和になった後にはいつの間にか居なくなって石像も無くなっていた。
「それで、そいつは何処で何してるんだ?敵でないなら守ってもらえば良いだろ。」
「だからこっそり呼んであそこに立たせてるんだけどな。」
そう言ってダイチが指差した先には白くて超リアルで筋肉ムキムキな彫刻がひっそりと立っていた。
ただし、ひっそりと表現するのは正しくないかもしれない。
キャンプ場の入り口で(実際に)目を光らせ、不審者が来ないかを監視している。
そう言えば来る時には無かったけど昨日は皆の水着や、ゲットしたワニガメに気を取られて完全に見落としていた。
まさかアレがあるから今日までここで問題を起こしている精霊も大人しかったのか?
しかしアレをスルーして誰も突っ込まないとは流石だとしか言葉が浮かばない。
そして俺も行動に関して言えば皆と一緒だけど、見覚えのある石像へと歩み寄ると軽い感じに声を掛けた。
「久しぶりだな。」
「やっと気が付いたか。昨日は完全に無視をされたから泣きたくなったぞ。」
そう言いながらも目元に少し跡が付いているのは言わないでおこう。
ただ、石は極端に水分を失うと風化して壊れやすくなると聞いた事があるけど大丈夫だろうか。
「まあ、ここに居てもなんだからお前もこっちに来いよ。」
「それならそうさせてもらおう。以前の様に怯えられないかが心配だが何かあればお前の責任にしてしまえば良いからな。」
「少し見ない間に図太くなったな。」
「フ・・・あの数年は我の心身を大きく成長させたのだ。」
「ああ・・・うん。お前も大変だったんだな。」
以前はもっと大人しくて言われた事をハイハイとこなすような奴だったのに今ではかなり言う様になっている。
きっと世間の荒波に揉まれて体だけでなく精神も研磨されたのかもしれない。
「それにお前が居なくなってからが大変だったのだ。お前の代わりだと言われて再び姿を見せれば毎日を船の中でペダルを扱ぐ日々だ。お前はよくアレを10年もやっていたな。」
「その原因となった人物もこの時代で更なる権力を手に入れて転生してるぞ。良ければ今回も紹介してやろうか?」
「よ、余計な事をするなよ!奴にはもう会うつもりは無い!」
とは言ってもアンドウさんは今も学園に通っている大学生だ。
もうじき卒業だと言っていたけどそうしたら本格的に動き始めるだろう。
それにシュリとダイチは日本でたった2人の精霊使いだ。
シュリはちょっと違うかもしれないけどアンドウさんが手放すとは思えない。
そうなると、いつかは出会うだろうから今はそっとしておいてやろう。
そして俺は元の場所へと戻ると再び椅子へと腰を下ろした。
「待たせたな。俺にとってもちょっとした知り合いだったみたいだ。」
「それは紹介する手間が筈気ました。それとお願いなのですが、しばらく私を守るのに協力してくれませんか?」
「そうだな。昔のよしみと同級生でクラスメートだから安くしとくぞ。」
「相変わらずの守銭奴だな。」
「仕方ありません。私達もタダでアナタが動くとは思っていませんから。出来れば穏便に話が進めば良かったのですが・・・。」
そう言ってシュリは立ち上がると何故か土の精霊の許へと向かって行った。
そして、その体に手を触れるとこちらに向き直り、ニコリと笑みを浮かべてくる。
「この子のレンタル料が一部未払いなのはご存知ですか?」
「は?レンタル料?何の事を・・・。」
「この子を産み出した私にも無断で使い倒したそうですね。あの時に派遣した神には既に話を着けています。アンドウさんはその時にちゃんと金銭を払っていましたね。でも依頼をしたアナタは?フフフ・・・。」
そう言えば頼んだのは俺で、しかも働かせるだけ働かせて1銭も払っていない!
その体はと言えなくもないけど、それはあくまで俺達に都合が良いから作って使わせただけだ。
それなのにそこに何かが発生するのはあまりに酷いこじつけと言えるだろう。
「グヌヌヌ!し、仕方ないからしばらくは護衛をしてやる・・・。でも俺も出かける事が多いからその時は付いて来いよ。」
「ホホホノホ!アナタのそういう所は嫌いではありませんよ。ダイキには劣りますけどね。」
おのれ~!勝ち誇りやがって~!
いつかギャフンと言わせてやるからな~!
そして苦渋の選択を強いられ仕方なくしばらくは護衛をしてやる事となった。
何やら俺達のやり取りを見た土の精霊が呆れている様に見えるけど、おそらくは気のせいではないだろう。
その後、精霊に関しては俺を訪ねて来た友達という形でみんなに紹介すると呆れながらもすんなりと受け入れられた。
それに説明してすぐにまたお前かと言う様な顔をされたのがちょっと納得できないけど納得しよう。
しかし、これを産んだのがその横に居るシュリですよと言っても半数は信じてくれそうにない。
やはり日頃の行いは大切だと言う事か・・・。
そして今日も無事に朝食を終わらせた俺達は少し開けた場所へと移動した。
それにダイチがシアヌだと分かった以上はその能力を使わない手はない。
「ダイチ頼んだぞ。」
「ああ、任せておけ。まずは5カ所くらいに分けて作れば良いな。」
「そうだな。解体を実演するソウマさんとコイズミさん。個人で解体が出来るアズサとお前の分。後は皆が実際に解体をしてみる場所を1つで良いだろう。」
「あれ?ダイチも解体できるの?」
するとその事を知らなかったハルカが首を傾げている。
彼女は既に2人の事をある程度は調べているのだろうから、そこに知らない内容がある事に疑問を持ったのだろう。
それに小学1年生で鹿や猪を解体できる子供が日本に何人いるのやら。
確実に1パーセントは居ないと思うけど、ダイチは俺の横に来て肘で突いてくるので上手くフォローしろという事らしい。
これは料金外だけどこれくらいはサービスにしておいてやろう。
「ははは、間違えた間違えた。もう一つはハルカだったな。お前も解体くらいは楽勝だって言ってたよな。」
「もちろんできる。熊でも虎でもドンと来て。」
「なら鰐でもいっとくか?」
「流石ハルヤ。私の言った事の斜め上を行ってる。なら大きいのが良い。皮は後で売ってお小遣いにする。」
「そこでそう言うハルカも俺から見たら斜め上の返答だよ。肉はアズサが食べたそうにしてるからそれで手を打とう。」
「心得た。」
そして俺は8メートルはありそうな巨大なクロコダイルを取り出しダイチが作り出した木に吊るしておいた。
あの時にアフリカで生活していた村は川の近くで鰐もたくさん目にする事があったけどコイツはその中でも最大級だ。
安全の為に大きいワニを集中的に駆除したのでそれなりの在庫があり、欲しいと言われたらもっと沢山出せるけど今は秘密にしておこう。
「それじゃあ吊るしていくからそれぞれに解体をお願いしますね。」
「俺は鹿があれば良いんだがな。」
ソウマさんは鹿をご所望ということで以前に狩ったのが居るので、それを出せば満足できるだろう。
「お、良い型の鹿だな。これは食い応えがありそうだぜ。」
「それなら俺も鹿で頼むよ。出来るだけデカい奴が良いな。」
そう言ってコイズミさんはチラリとココノエ先生の方へと視線を向ける。
どうやら大きな鹿を捌いて良い所を見せたいようだ。
その要望にも答える事は可能なので立派な雄のヘラジカを出して吊るした。
これは、さっき出した150キロ程の鹿と違い、1トンに迫ろうかという程のまさに桁違いの大物だ。
これを華麗に捌いて見せれば良い所を見せられるだろう。
「へ?」
「どうかしましたか?」
しかし何やら不穏な声が聞こえたのでコイズミさんに視線を向けると驚きを通り越して呆けてしまっている。
その姿に横に並んでいるソウマさんとカホさんがヤレヤレと言った感じに首を左右に振って苦笑しながら溜息を吐いていた。
どうやら要望に応えたつもりが少しだけ大き過ぎたらしい。
「出したもんは仕方ねえな。ココノエ先生と協力して解体しな。生徒たちは俺達で面倒を見てやるからよ。」
するとソウマさんが上手くフォローしてこの場を収めてくれた。
これならオスのヘラジカでも角が立たず、2人の共同作業と切り替える事が出来る。
ただ、まさかケーキにナイフを入れる前にヘラジカにナイフを入れるとは思わなかっただろう。
こちらはココノエ先生に任せるとして、次の場所に向かい獲物を出す事にした。
皆が解体に挑戦するのは兎でも吊るしておくとして、一番の問題はアズサの獲物をどうするかだ。
さっきから凄い期待の籠った目で見詰めて来ていて、ヘラジカを出した直後からその目に更なる輝きが宿っている。
これは普通の獲物だと納得してくれそうにはなく、下手な物を出せば落胆させてしまう。
「アズサはどんなのが良い?」
「大きくて立派なのが良い!」
なんだかちょっとユウナみたいな事を言っているけど、ようは肉が多くて食い応えがあれば良いという事だろう。
それなら仕事を終えて残った山羊生で大陸を歩いている時に倒したバイソンがある。
道なき道をのんびりと歩いていただけなのに俺の前に立ちはだかった愚かな奴だ。
しかも道を譲るどころか突進をしてきたので正面からの角対角のガチンコ勝負を行い倒した大物だ。
ヘラジカが1トンとするならこちらは2トン近くある。
頭は潰れて砕けているけど、肉は飛び散っていないので大丈夫だろう。
「これで良いか?」
「うん!ありがとうハルヤ!」
そう言って一番の大物を出したのでアズサは大喜びで抱き着いて来た。
もし珍しい動物が良いと言われれば象やクロサイを出したけど、そっちだと他のメンバーから変な目で見られたかもしれない。
いずれ誰も見ていない所でヒッソリと解体してもらおう。
そして準備が整うとそれぞれに解体が開始され血を抜いて皮を剥いでいく。
ミキとカナデは途中で根を上げるかと思っていたけど最後まで見るだけでなく自分達で解体もしていた。
そしてソーセージを作るために解体した肉をミンチにするのは力のある俺の仕事・・・かと思ったら違っていたようだ。
「土の精霊さん。ここは任せましたよ。」
「お任せください。」
しかし肉をミンチにするのは何故かさっきメンバーに加わったばかりの土の精霊だった。
その体の大きさを利用して解体を手伝っていたので皆との距離も近づいて仲良くなっているようだ。
なので俺の出番を完全に奪い取り、肉を潰して捏ねてと瞬く間にミンチに変えてしまった。そのミンチを引き延ばして最後にアズサが素早くナイフを振って筋を細かく切っていくとミンチ肉が完成する
それをソーセージメーカーに詰めると、事前に綺麗にしておいた腸をセットした。
後は取っ手を回せば肉が押し出されて腸の付いている出口から肉が送り出されるので、それを好きな大きさで捩じれば完成だ。
後は準備しておいた焚火で焼くと昼食のオカズが出来上がる。
そして、ご飯は今回もトワコ先生が作ってくれていたので問題はない。
最初は問題のあった地獄の大釜も今では立派な炊事道具だ。
しかもかなり大きいのにも関わらず、全体が均等に加熱されてふっくらとしたご飯が炊きあがっている。
流石はこの世の物ではないだけの事はあるり、今後もこういった場面では活躍してくれそうだ。
そして要らない内臓などはダイチが地面に埋めて肥料にすると本格的にやる事が無くなってしまった。
本当なら解体とソーセージを作るのに夕方までは掛かると思っていたのに午前中で終了してしまったからだ。
そのため昼からどうするかをみんなで話し合い、何をするのかを決める事となった。




