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241 日雇い教官 ②

流れ的にその日の夜は皆で飲み会となった。

ただ俺は0歳児なのでもちろんジュースしか飲まない。

その代わり食べ物に関しては徹底的に食らい尽くした。

なにせ山羊だった時の経験から野菜は雑草レベルでも食える。

鯨だった経験とスキルのおかげで毒があろうとお構いなしだ。

狼とライオンだった時の経験から肉も大好物だ。

あ、最後のは昔からか。


そして周りでは次第にアルコールが精神を緩ませ酔っ払いを量産し始めている。

しかし何故か視線がこちらに集中してしまい、話の内容も俺の実力についてに変わり始めた。


「どうして~教官は~そんなに~強いんですか~?」

「そうだぜ。何かすっごい秘密があるんだろ!?」

「教えてくださいよ~。」


そう言って女性陣は抱き着いてくるし男性陣は水の様に酒を飲み干していく。

あれでは急性アルコール中毒になってしまうかもしれないけど、アルコールは魔法で中和できる。

いざとなったら助けるのは簡単なので放置しておこう。

ただし、お酒の席なのでちょっとした未来話をしてやろう。

そして酔っぱらって意識も曖昧な連中に未来に起きるであろう話を聞かせてやった。


「キャハハハハ!怖ーい。」

「そんな奴が居たら本当の英雄だな。」

「そんな事になったら私死んじゃうよ~。」

「そうだな。俺も何度か死にかけたな。」

「「「え!」」」


おっと。

つい思い出話に集中し過ぎて普通に返してしまった。

今後はどうなるか分からないので変な情報は広めない様にしないとな。


「それよりも、さっきの訓練の時に誰かが黒鯨とか言ってたな。あれは何の事なんだ?」

「あれは1700年代に居たと言われている巨大鯨の事ですよ。どうも50メートルを超えていたらしくて多くの捕鯨船を沈めたって話です。」

「そうそう。でも少し前にやってた映画に出て来た鯨が黒鯨じゃないかって話だよね。」

「そうだな。黒鯨の被害にあった船は殆ど死者は出て無いそうだからな。」

「逆に宝を奪い合って死んだ人の方が多いらしいですよ。」

「宝船みたいに宝鯨とも言われてて、それで日本でも宝くじのマスコットが鯨なんだよね。」

「その話は初めて聞いたな。」


まさかご当地キャラみたいな扱いまでされているとは思わなかったけど、やっぱり宝の奪い合いは起きていたようだ。

まあ、置いたのは善意からだからその後の事は本人たちの問題と言えるので過去の事を気にしても仕方ない。

その後も色々と話を聞きながら親睦会は終了し、それぞれに泊っているホテルや自分の家へと戻って行った。



次の日の朝に施設に集合すると殆どの者が青い顔をしていた。


「お前等どうしたんだ?」

「あの後に皆で飲み直してたら二日酔いになりました・・・ウップ!」


そう言って近くの男性が惨状の理由を教えてくれる。

昨日は次の日に酒が残らない様に早めに切り上げたのに、どうやらその気遣いが裏目に出てしまったようだ。

ただし今日の訓練はドンパチする類ではないので訓練中に俺を含めて被害が出ないから大丈夫だろう。

それどころかこの状況はどちらにとっても好都合かもしれない。


「それでは今日の訓練を始める。」

「「「は~い・・・。」」」

「それじゃあお前等、気分が悪い奴は手を上げろ。」


すると揃って全員が手を上げると反対の手で口元を覆っている。

昨日の訓練で連帯感が増したのは良い事だけどこの姿を見た後だと微妙な感じだ。


「それなら広めに間隔にスペースを空けて待機しろ。」


すると、まるでゾンビの様に力の無い動きで互いに距離を空け始めたけど、これだけ間隔があれば大丈夫だろう。


(それでは本日行うレッスン2。耐性訓練に入ろうか。)


俺は心の中だけでそう呟くと素早く全員の手の甲にチクリとナイフを刺してスキルにある毒攻撃を使用する。

これは体液を致死や麻痺など各種状態異常を起こす毒に変化させる事が出来る。

ただし人間や魔物に関係なく強くなれば耐性を備えている事が多い。

こんなスキルは初期の段階でしか効果が無いけど、こうして教育には役立てる事が出来る。

それに耐性が無ければ使えないスキルなので勘違いして使うと自分も状態異常を起こして酷い事になるだろう。


「あ、あれ?体が痺れて・・・。」

「きょ、教官・・・これは一体!?」


即効性にしたので攻撃と同時に全員がその場に倒れて動けなくなった。

しかし、この試練の重要な所はこれからだ。


「あ、あの・・・。トイレに行きたいのですが?」

「それは上か?それとも下か?」

「上です・・・うっぷ!」

「そのままそこで出しても良いぞ。後で綺麗にしとくから。」

「「「・・・いやーーー!」」」

「それは乙女に死ねと言ってるようなものですよ!・・・うっぷ!!」


気持ちが悪いのに騒ぐから更に限界が近付いてしまったようだ。

あの様になってしまうとタイムリミットも秒読み状態だな。


「う、動いて私な体!乙女の意地を見せるのよ!」

「教官!私は下です。お願いですからこの状態を解除してー!」

「大丈夫だ。上でも下でも大でも綺麗に出来るから。」

「「「いやーーー!」」」


そして施設内に女性の悲鳴が鳴り響き、春の空へと消えて行った。

しかし、そんな中で乙女の意地と言うものが本当に発揮され立ち上がる者が出始める。

それは周りに伝染する様に広がっていき、気合と根性という炎を瞳に宿すと一斉に走り出した。

どうやら無事に耐性を獲得できたらしいけど、その時間は驚異の10分前後だ。

俺の知る中では断然上位総舐めの最短時間と言える。


「さてと男共はっと・・・全滅か。」


そこでは最後まで動く事が出来ず、地面と大気を汚している奴らが並んでいる。

やっぱりこういう事は女性の方が効果が高いようだけど、目の前の光景を見ると納得してしまいそうだ。

後で戻って来たら称号を獲得していないか確認してみよう。

それと、この光景は後に訓練を受ける人の為に、教訓として映像に残しておこうと思う。


「教官・・・その手のカメラは何でしょうか?」

「後日の資料にしようと思ってるっだけだ。これから毎週のようにお前等みたいな連中を相手にするからな。初回から良い画が取れてるぞ。」

「わ~~~!こんな参上を取らないで~~~!」

「お婿に行けなくなる~~~!」

「顔は隠してやるから安心しろ。」

「何処にも安心する要素がねえ!」


そしてしばらくすると女性陣が戻って来たけど、その時にはとても爽やかな笑みを浮かべている。

ただ、その手に武器を持っていなければもっと微笑ましいのだけど、どうやら実戦訓練がしたいらしい。

これは希望に応えてやるのが教官としての責務という奴だろう。


「今回ばかりは容赦しませんからね!」

「乙女にあんな仕打ちをするなんて!」

「教官の血の色は何色ですか!」


そして剣を構えて向かって来る彼女達は昨日覚えたばかりの空歩を自在に操り、まさに四方八方から襲い掛かって来る。

しかも魔刃まで身に付けているのだからさっきのレッスンは良い刺激になったらしい。

ステータス面でも昨日を大きく上回る速度と力を発揮しているので、どうやら彼女達は一皮剥けた様だ。


「これは身体強化か。」

「おかげさまで乙女の意地という称号まで頂きました!」

「ピンチの時にスキルを覚え易くなるそうですよ!」

「ありがとうございます!」


説明や感謝もしてくれてるけど顔が鬼の様に怖いのはどうしてだろうか。

せっかく良い称号を手に入れたんだから素直に喜べば良いのに、この時代の若者は良く分からない。


「それなら次回からは今日の訓練を最初に持って来るか。前日に親睦会とか言って飲み食いさせれば・・・。」

「「「この悪魔~~~!」」」


中々に鋭い連携攻撃とツッコミだ。

遥かに格上な相手と戦闘しているので称号が過剰に反応しているのだろう。

これで殺す寸前の攻撃を放つと他にスキルを獲得するかもしれない。

しかし、そう考えた次の瞬間に全員が一斉に後方へと離れて行くので、どうやら危機感知も覚えたみたいだな。


(ならこれならどうだ。)

「早く耐性を手に入れないと本当に死ぬぞ!」


そう言って俺は初めて剣を抜くと威圧と不動の魔眼を発動する。

その瞬間に全員の足がその場に縫い付けられた様に動かなくなり顔から冷や汗が噴き出している。

俺はそんな彼女達の許へと1歩1歩カウントダウンの様にゆっくりと近づいて行く。

すると先に動きを見せたのは周辺に倒れている男性陣だった。


「「「うおーーー!」」」


どうやらこちらも何かのスキルか称号を獲得したようだ。

全員が一気に耐性を手に入れて毒を跳ね除け、剣を構えて俺の前に立ちはだかっている。

それなら魔眼を一度解除してこちらの相手をしてやろう。


「お前等は何を覚えたんだ?」

「ブレイブハートを覚えましたよ!」

「称号に寝下呂とか付きました!」

「ついでに立ち向かいし者もね!」


どうやらこちらも良さげなスキルを覚えたようだ。

聞けば乙女の意地と似ていてこちらは格上の相手と戦う時に補正が掛かるらしい。


「これは次回からは人選をしてもらって恋人同士で参加させるべきか。」

「あんた本当に鬼だな!」

「そんな教練に誰が参加するんだよ!」

「その辺はシークレットにすれば大丈夫だ。お前等っていう前例があるから喜んで参加してくれるだろう。ああ、その時の写真も目元を隠してやるから大丈夫だぞ。」


しかし最近の若者には今の言葉は良い起爆剤になたらしく攻撃は苛烈になるばかりだ。

今では武器だけでなく足も使う様になり、スキルも使いこなせるようになって来ている。


「それじゃテンションも上がって来た所でラスト・レッスンと行こうか。本当の強敵と向かい合った時にお前らが冷静な判断が出来るかだ。」


そう言って俺は彼らの攻撃を弾き返し致死の攻撃を放つ。

しっかりと急所は外し即死しないようにはしてあり、ダメージを与えた所は直後に回復させてあるので死ぬ事はない。

それを瞬きの間に行うと全員の動きが止まった。

恐らくは痛みや混乱が頭を支配し、アドレナリンなどの脳内物質が大量に分泌されているのだろう。

しかし彼らは興奮から一転して向かってこようとはしなくなった。

どうやら俺との実力差を体で直に感じて動けなくなっているようだ。


そんな中で男性陣はさっき覚えたスキルであるブレイブハートがある。

これは精神を安定させて冷静な判断を下せるようにする効果が備わっている。

なんで彼らは近くの女性陣を抱えると全速力で撤退を始めた。


「良い判断だな。勝てない相手と戦うよりも逃げる事の方が重要だ。」


そうすれば後から来た仲間に情報を与える事が出来て、その中に強者が居れば助かるかもしれない。

それに後で死体の回収も容易になるので戦って死ぬよりも得る物は多い。

以前に第3ダンジョンでアメリカの覚醒者がこの判断が出来ていれば犠牲が出る事は無かっただろう。

後から追っていた俺と素早く合流して無事に脱出が出来たはずだ。

特に格上の相手から逃げるのは簡単ではなく、戦力が損耗してからでは手遅れになってしまう。


「合格と言ったところか。ここは命を賭けてまで戦う所ではないからな。」


命を賭けるべき戦場も存在し、それは何度も命懸けで戦って来たから良く分かっている。

しかし、それは当事者である彼らが選ぶ事であって他人がとやかく言っても仕方が無く、今はこれで満足しておく事にした。


そして、しばらくすると頭が冷えた様で揃って俺の前へと戻って来た。

少し恥ずかしそうなのはさっきの事を失敗したと思っているからだろう。

所々で目だけで語り合っている男女も居るけど、そちらは見なかった事にしておく。

きっと吊り橋効果でも働いて距離感が近付いたのだろう。

そして、彼等の不安を払拭するために合格を言い渡すことにした。


「今の判断は良かったぞ。背中に護る者が居ないなら撤退も視野に入れて戦わないとな。これで俺から教える事は何も無いから後は各自で好きにしてくれ。」


朝から始めた訓練だけど、全員が集中していたので既に昼を過ぎようとしている。

きっと本人達も気付いてはいなかったのだろうけど、腹具合や時計を確認して驚きの表情を浮かべている。

よくあれだけぶっ通しで戦えたなとは思うけど、その分は強くなって返って来ているはずだ。


「俺はこれで帰るけど昨日みたいに羽目を外し過ぎるなよ。」


そして俺は事務所で控えているスタッフに声を掛け訓練の終了を知らせてその場を離れた。

顔にもう終わったのかという感じはあったけどあれだけ戦えれば十分だろう。

後は個人の努力次第で得意分野ごとに変化していくはずだ。


俺は外に出て空を見上げると誰も居ない事を確認して飛び上り家に向かって帰って行った。

それにしても、今回は俺も教えられる事も多かったので今後の訓練には大いに生かす事が出来るだろう。


そんな事をしていると月日はあっと言う間に過ぎて行き7月の後半となった。

そして、その日はとうとう訪れ、俺は病院のベンチで貧乏揺すりをしながら結果を待って居る最中だ。


「ちょっとハルヤ君!病院が揺れるからジッとしてて!」

「・・・はい。」


どうも、アケミとユウナが無事に生まれるかと考えただけで心配でたまらない。

それにナギさんが分娩室に入って既に4時間が経過している。

無事に生まれてくれるだけで良いのに自分の子供の時以上に緊張して落ち着けない。


すると、俺の耳に赤ん坊の泣き声が聞こえて来たけど、これは明らかにアケミの鳴き声だ。

俺は居ても立っても居られずに立ち上がると分娩室へと向かって行った。


「こら~院内を走らない!飛行も禁止~!」

「・・・はい。」


なら縮地でなら問題は無い筈だ。

あれは明らかに走ってはいないからな。


「スキル移動禁止~!」

「・・・はい。」


どうやら行動を先読みされてしまったみたいで流石はこの辺では一番大きな大澤病院だけはある。

看護師なのにそんな事が出来るとは侮れないな。


仕方なく俺は普通に歩いて目的の場所へと向かうことにした。

しかし、到着してすぐに中からリクさんが飛び出して来て互いに目が合うと中へと連れて行かれる。

するとそこにはアケミが産後の処置をされているけどユウナの姿がない。

どうやら今も生まれておらず、ナギさんのお腹の中に居るみたいだ。

しかしユウナに繋がる臍の緒からの血流が既に少なくなっていて苦しそうにしているのが見える。

臍の緒は胎児に酸素や栄養を供給しているのであれが止まってしまうと窒息死は免れない。

覚醒者だとしてもそれだけは回避できないので早く処置をする必要がある。

医師は帝王切開の準備をしているけどあれでは間に合いそうにない。

それで俺が呼ばれた理由が1秒にも満たない時間で理解できた


「ナギさん覚悟は良いですか?」

「任せるわ。」


既に最近ではなくなっていたけど俺は意識してゾーンに入ると極限の集中力を発揮する。

そしてナイフを取り出し構えると一瞬でお腹を斬り裂き、中へと手を入れた。

その動きは切り口から血が飛び出すよりも早く、お腹の中からユウナを取り出すと魔法を使って完全に回復させる。

それでもナギさんは僅かに顔を顰めるだけで俺の手の中に居るユウナを見て笑みを浮かべてくれた。

そしてユウナにも魔法を掛けて回復させると、すぐに大きな声で産声を上げてくれる。


なんとか間に合った様で周りの医師や看護師はそれでようやく状況に気が付いたみたいだ。

僅かな時間を混乱に使っていたけど、すぐに意識を切り替えて俺からユウナを受け取り診断を始めている。

たとえ出産時に異常があったとしても既に俺の神聖魔法が癒しているので心配ない。

それに未成熟だとしてもスキルと魔法を駆使して正常に戻して見せる。

だから数日中には元気な姿で家に帰る事が出来るはずだ。


しかし俺は部外者なのでそろそろ退室する事にした。

今は家族の時間なので入って来た扉から出ると家に向かい歩き出した。

今日はなんだかそんな気分で急いで帰る気にならない。

俺は初夏の清々しい早朝の町を歩きながらようやく再開できた喜びを噛み締めた。

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