23 クラタの許へ
病院に到着すると真直ぐにクラタの部屋に向かって行った。
そして部屋の前に立つとその横には面会謝絶の札が付いている。
でもコイツを蘇生させたのは俺なので元気になった事は確認してある。
もし元気でないと言うなら昨日手に入れた中級ポーションを口に流し込んででも話をしてもらう。
そして俺はツキミヤさんを前にしてまずはノックを行った。
「はい。どうぞ。」
すると中からは元気はあまりなさそうだけど確かな声が聞こえてくる。
そして扉を開けて中に入るとそこには薄いピンクの患者衣を着たクラタがこちらへと視線を向けていた。
どうやらここは個室の様で他のベットはなく広さもそれなりにある。
傍には椅子ではなくソファーが準備され、テレビなども有料ではなく無料の様だ。
彼女はツキミヤさんの顔を見た後に俺に視線を移して首を傾げた。
「もしかしてユウキくん?」
「覚えてたんだな。話したことは無いと思ったんだけど。」
「去年は同じクラスだったから。それで、どうしてここに居るの?」
彼女の疑問は最もで現在は面会謝絶となっており時によっては家族ですら会う事が出来ない状態だ。
そこに赤の他人の俺が現れれば疑問にも感じるだろう。
「まあ、色々あって話をしに来た。」
「話?」
「ああ、お前に聞くけど何処まで覚えてるんだ?」
するとクラタの肩が跳ねてあからさまに顔色が悪くなる。
どうやら全てを忘れている訳ではなさそうだ。
「それがあなたに関係あるの?」
「関係はないな。ただ、お前を殺した後に助けたのは俺なだけだ。」
「殺して助けた・・・。もしかしてあの地獄からあなたが連れ帰ってくれたの!?」
「蘇生した事は教えてもらってるんだな。」
「ええ。でもどうしてあなたが・・・。」
「偶然が重なっただけだ。でも最終的にお前を殺したのは俺だから謝ろと思ってな。」
するとクラタは首を横に振り少しだけ表情を曇らせた。
「良いの。その時の事は全然覚えてないし、それよりもあそこから連れ帰ってくれてありがとう。きっと私を殺さないといけない程の事情があったんだよね。だからユウキ君は気にしないで。」
「お前がそれで良いならそうしよう。」
気にはしていないのだけどそれは言わなくても良いだろう。
そして俺は頷きを返すと傍にあるソファーに腰を下ろした。
「それで聞きたい事があって来たんだ。」
「答えられそうなことなら何でも聞いて。」
「ならスリーサイズを・・・。」
「それは乙女の秘密です。」
この調子なら意外と大丈夫そうだな。
「冗談はこれ位にしてお前の母親についてだ。聞いているか?」
「何も聞いてないよ。」
「それじゃあ。お前の母親は何処に居るか知ってるか?行方不明で警察が探してるらしいんだ。」
ツキミヤさんの話ではクラタの母親は仕事はしていないそうだ。
父親が事故で死んでその時に多額の保険金と賠償金が入り、それで二人は生活しているらしい。
生活は慎ましく金使いは普通か少し低いくらいらしく、だからこそ足取りが掴めないでいるそうだ。
それに警察も辛い体験をして蘇生してすぐのクラタに質問する事を躊躇ったのだろう。
でもそろそろ行方が分からなくなって10日になる。
早く見つけないと遺体が完全に紛失してしまうかもしれない。
するとクラタの顔色が今までに無いほど悪くなったのが分かる。
ここにはテレビがあるので何か知っているのかもしれない。
「実は私のお母さんは年に一度の海外旅行に行ってるの。ねえ、この騒動はここだけなの?日本以外は大丈夫だよね!?」
テレビで得られる情報は日本の事に集中している。
今の段階で外に目を向ける余裕が無いのもあるけど情報があっても公表されていないようだ。
稀に入る情報も僅かでニュースにもなっていない。
当然スマホがあれば情報を得る機会があるかもしれないけど一度も帰宅していない彼女にはそういった物は傍に無さそうだ。
「聞いた話だとこれは世界規模で起きているらしい。国や地域によっては対応が遅れて酷い惨状になってるとも聞いた。だから手遅れになる前に知っている事を教えてくれ。」
「もしかして行ってくれるの!?」
クラタの顔は今にも不安で泣き出しそうだ。
それでも藁にも縋る思いで言葉を向けて来る。
「俺の目標は町内犠牲者0だ。お前の親もその一人なら行っても良い。」
「な、なら私も連れて行って。」
「それはダメだ。」
いきなりの無謀な提案に俺は悩む事無く切って捨てる。
力の無い人間を連れて行っても足手まといでしかないからだ。
「特別な力が無いと魔物とは戦えない。どうしても行きたいなら力を手に入れて見せろ。それが最低条件だ。」
「そんな・・・いきなり言われてもどうすれば良いか分からないよ。」
「だから諦めろ。それじゃあ俺はそろそろ帰る。話はこの刑事にでもしておいてくれ。話が纏まり次第どうにかして連れ帰る。」
方法はまだ何も決まっていないどころかハッキリ言って見当もつかない感じだ。
それに海外なんて行った事もないし土地勘だってない。
俺の中では国内だったらという考えが浮かんでくるけど、これも想定していなかった訳ではない。
そして、彼が去った後の病室では。
「なんだかユウキくんは以前と別人みたい。」
「前はどんな感じだったんだ。」
「家族思いで妹さんをとても大事にしてて周りを笑わせるちょっと不真面目な人でした。」
それを聞いて今とは半分も違わないとツキミヤは心の中で呟いた。
「あんな冷たい目をする人じゃなかったのに。」
「アイツも色々あったんだよ。家族も皆殺しにあってるしな。」
「え、他の人は何をしてたんですか!?」
その声には他人を、特にツキミヤたち大人への不満が込められている。
しかし、それに対して帰って来たのはとても静かな返答だった。
「アイツも言ってただろ。特別な力が無いと魔物は倒せないんだ。あいつはこの町で唯一それを手に入れて命がけで家族とこの町を救って見せた。ある意味見てる事しか出来なかったと言えなくもないな。」
「それじゃあ彼が変わってしまったのは・・・。」
「別に戦いで精神がおかしくなったんじゃないぞ。力を手に入れると副作用で感情の起伏が平坦になる。一部の強い感情以外は殺人だって何とも思わなくなるんだ。だから俺から言わせてもらえば力なんて手に入れても良い事なんてないよ。下手したら好きな相手が居てもなんとも思わなくなっちゃうかもしれないからね。」
そして、彼女自身も今こうして話しているツキミヤに違和感を感じた。
それは先程からユウキと話していて感じた事でもある。
「もしかしてあなたも力を手に入れたのですか?」
「まあね。俺の場合は乗り物が好きだったからそちらが最優先になったかな。最初はアイツの事を理解できなかったけど今ならよく分かる。これは落ち着いてるんじゃなくて感情が動いてないんだよ。」
それを聞いてクラタは言葉を失った。
そんな中でも彼は自分の肉親を助けるために力を貸してくれると言う。
その望外ともいえる状況に何をもってお礼とすれば良いのかと心に大きな刃が突き刺さった。
「私はどうすれば彼の行動に報いる事が出来ますか?」
「そうだな。あいつは今の状況をよく思ってはいない様だ。だからリハビリにでも付き合ってやれば良いんじゃないか。俺にはもうその資格は無いからな。」
そしてクラタはこの時をもって力を求める事を止めた。
ユウキの昔を知り今の状況を理解してリハビリに付き合える人間は少ないと気付いたからだ。
恐らくは教師では余程の変わり者でなければ無理だろう。
彼らは大多数の集団としての生徒は見れても1人の異常とも取れる生徒には対処できない。
それどころか集団としての秩序を乱すとして排除されてしまうかもしれなかった。
「分かりました。私で力になれるならそれでお返しします。」
「助かるよ。それじゃあ、話を聞こうか。」
そして、ようやく話が始まった。
それによって彼女の母親が何処に向かったのかが明らかになり、結果として政府が進めていた計画にユウキは巻き込まれる事になった。
俺は家に帰ると持って帰った容器を開けて中身を取り出した。
半解凍になっているので少し臭いがあるが、蘇生させれば体に付いている汚れだけは綺麗に消えてくれる。
「そういえばコイツの事を伝え忘れたな。まあ、後でツキミヤさんが上手く言ってくれるだろ。リリー、すまないけど来てくれませんかね。」
すると家の中からリリーが顔を出し、窓にある鍵を開けて窓から飛び出してくる。
(コイツをまだ犬と言って良いのか疑問に思う所だな。)
「すまないなリリー。コイツを生き返らせるから説得を頼む。」
「ワン。」
するとリリーは家に戻るとオヤツの入っている袋を咥えて戻って来た。
どうやら報酬を要求している様だが、こいつも俺と一緒で昨日は肉にあり付けなかった同士と言っても良い。
だからこれ位なら問題はないだろう。
「よし。それじゃあ後払い・・・。」
「ウ~~~。」
後払いは不服みたいだ。
仕方なく俺は持って来たササミジャーキーを1つ取り出してリリーに差し出した。
『プイ』
「1つじゃ不満なのか?」
「ワウ。」
いつの間にここまで交渉を覚えたのか?
この機会に撮影してサイトに投稿したら再生数が稼げそうだ。
「じゃあ2個?『プイ』3個『プイ』4個『・・・プイ』なら5個だ」
「ワンワン。」
結果、5個のササミジャーキーで交渉は成立した。
そしてジャーキーを与えるとリリーはそれを咥えて自分のベットの上に置いて戻って来る。
どうやら取るだけ取って食べるのは後回しみたいだ。
そして戻ってきたリリーは胸を張って凛々しいポーズで一つ鳴くと俺を急かして来る。
「それじゃあ任せたからな。」
「ワウ。」
何ともさっきまでゴネていたとは思えない威勢の良さだ。
俺は溜息をつくと目の前の犬へと蘇生薬を振り掛けた。
すると少ししてパチリと目を開けるとmその場で飛び起きて俺に向かって吠え始めた。
「ワンワンワンワンワン!」
それに対してリリーが歩み寄りその横から張り手をくらわせた。
「え~説得しないの?」
「ワウ。」
なんだか今のは何となく分かったけど多分面倒臭かったのだろう。
するとクラタの犬はその場で蹲るとリリーを見て股の間に尻尾を挟んでいる。
これは完全に勝負あったようで、その後リリーによる説得?で無事に大人しくなった。
これでしばらくは家で静かに暮らすだろうけどリリーは意外とスパルタなようだ。
ちなみに後でツキミヤさんから電話があり犬の名前はオメガという名前らしい。
犬種は小型犬でも定番のチワワで性別は雄みたいだ。
その日の夜には完全に我が家に馴染んでご馳走の肉を食べている。
当然、それは犬用に準備された物であって人間用ではない。
そして俺の今夜のご飯は豚汁と魚のフライである。
なんだか犬の方が良い物を食っているのは俺の気のせいではないはずだ。
しかし、両隣の二人から不安そうな顔が向けられてしまった。
「お兄ちゃん美味しい?」
「美味しいよ。」
「お兄さん美味しいですか?」
「ああ、当然だよ。」
すると俺の返答に二人の顔に笑顔が咲き誇る。
それにこんな美少女が俺の為に作ってくれた料理なので不満なんて思うと罰が下る。
それに下手な事を言えば身を滅ぼすが俺自身に不満は一応ない。
ご飯は美味しいので不満なんてあるものか!
そして俺は少し塩の利き過ぎた魚のフライを美味しそうに頬張るのだった。




