22 ペットも家族
俺は家に帰りながらスマホを取り出すとツキミヤさんに電話をかけた。
あの人もこれから報告書を書くと言って警察署に戻って行ったからだ。
あそこには今回この町で起きたダンジョン騒動の資料がある。
きっと被害に遭った各家の現場資料があるはずだ。
『分かったぜ相棒。俺に任せて少し待ってな。』
電話から聞こえる声はとても爽やかで言葉を言い終えると共に白い歯を光らせるツキミヤさんの姿を幻視してしまった。
しかし世話になっているのは理解しているけど何時から俺が相棒になったのだろうか。
まあ、自称相棒くらいなら勘弁しておくとしてダンジョンの前に到着して少し待っているとツキミヤさんから電話が掛かって来た。
『待たせたな。調べだと犬が10匹だな。猫はいないみたいだ。』
「猫は居ないのか?」
『ああ、アイツ等は素早いし犬と違って逃げるのを優先したんだろう。判断としては間違ってないんじゃないか。』
「確かに現代兵器だって通用しない相手に爪や牙で立ち向かっても犬死するだけだな。」
すると俺の足元に居たリリーが急に犬パンチを放ってきたので、どうやら俺の言葉がお気に召さなかったようだ。
まあ、自身から言えば護る事に意味があると言いたいのだろう。
確かにコイツのおかげで今のこの町があると言っても良ので俺は今も殴り続けるリリーの頭に手を乗せて声を掛けた。
「ゴメン、ゴメン。お前のおかげでみんな助かったもんな。」
「ワウ~。」
どうやらなんとか納得してくれたようで殴るのを止めて誇らしげに遠吠えを放っている。
きっとこいつは他の犬も代表して怒っていたのだろう。
死んでいる奴らは運と力が及ばなかっただけだと伝えたかったのかもしえない。
「そういう訳でちょっと言って来る。それで犬たちの死体は何処に保管されてるんだ。まさか処分したりしてないよな。」
『それなら安心しろ。動物と言っても法律上では物扱いだからな。勝手に処分できないから署の方で腐らない様に冷凍保存してある。被害者が退院する時に返還する予定だ。』
それなら今日中に戻れば大丈夫そうだ。
日数から言っても必要な蘇生薬は中級以上で階層は3階層より先になる。
今日も定期的な間引きが行われていれば4階層に降りれば魔物が居るかもしれない。
それでダメなら5階層へ降りる必要があるが、あちらで経験しているので問題は無いと思う。
無理そうならすぐに撤退してメンバーを集めれば良いだけだ。
「分かった。それじゃあ話だけは通しておいてくれ。」
『了解した。』
俺は電話を切るとリリーと一緒にダンジョンへと入って行った。
するとやはりと言うかここを任せておいた元スナイパーのハジメさん達はしっかりと仕事をしてくれているようだ。
3階層まで下りても魔物とは一度も出会わず、ゴブリン村にも居ないので確定と言っても良いだろう。
俺達はそのまま4階層へと降りてしばらく進んでもいまだに出会わないので仕方なく5階層へと足を踏み入れた。
ここからは未知の領域なので慎重に進まなければならない。
そして足を踏み入れるとそこにはいつもと同じ洞窟が広がっており、あちらでは村があったけどこちらでは違うみたいだ。
そしてスキルの助けを借りて敵の気配を感じ取る事に成功したので、ハジメさん達もこの階層には手を付けていない様だな。
「よし。それじゃあ必要な数を手に入れて帰るか。」
「ワン。」
ここまで来るのに2時間は掛かっている。
帰りの時間も入れれば深夜になってしまうだろう。
ついでなので帰る途中の魔物も見かけたモノに関しては狩る事にした。
倒した数は地上の受付に知らせておけば問題はないだろう。
そして、気配に向かって行くとそこには初めて見る魔物が待ち構えていた。
その魔物は体を毛で覆われホブよりも更に頭一つ以上は大きい。
手には斧と盾を装備し北欧で有名なバイキングの様な服装をしている。
奴が何も身に着けておらず、ここが雪山なら雪男と間違えたかもしれない。
しかし、ここはダンジョンで奴は魔物なのだから恐らくはトロールか何かだろう。
ホブやオークと違って体格が良くて腹も引っ込んでいる為スピードも速そうだ。
しかし、まずは慎重にと思って挑もうとすると後ろから大きな火球が放たれた。
『ゴーー!』
「ギャヤアアーーー!」
そしてトロールは全身を火達磨にしながらその場で暴れ回り火が消えた頃にはその場でぐったりと動かなくなった。
俺は足元に落ちている斧を拾って脳天をカチ割って止めを刺すと何とも呆気ないと思えてしまう
ただ炎に弱い魔物なのだろうと結論を出し、あの毛の多さなら火が燃え移ったら一溜りもないと気持ちを切り替える。
少し考えれば分かる事だったかもしれないと思いリリーを見ると誇らしげに胸を張っている。
流石俺を上回ると予想される知力の持ち主なので納得できないけど納得するしかない。
それにリリーも今回の遠征でかなり強くなっているのでこの階層はリリーが居れば楽勝だろう。
逆に俺の方が出番が失われない様に頑張らなければならない。
そして俺達はその後も進み先程の要領でトロールを倒していった。
何度見てもデジャブを感じさせるほどの手際の良さだ。
リリーが魔法を放つと火達磨になったトロールがその場に倒れ、俺が止めを差してアイテムを拾っている。
ハッキリ言って俺の止めすら必要が無い気がしてくるけど、それでは今日の俺は完全な荷物運びになてしまう。
ただ、リリーは荷物を沢山持てないので俺が居る事には少なからず意味があるはずだ。
そして、ここは初めての階層である事が幸いして魔物も沢山いる。
しかもコイツ等は中級ポーションを落としてくれるのでそれを確保する目的もあるのでこの階層のトロールは全て倒す事にした。
やっぱり今後の事を考えれば必要な事で、もう一つのダンジョンの鎮圧に向かう時に少しだけ楽が出来る。
そして、この日の俺達は中級ポーション20、中級蘇生薬を40手に入れる事が出来た。
今日は特にドロップに恵まれ何度か両方がドロップする事もあったからだ。
これで死んだペットも生き返らせることが出来るので俺達はそのまま地上に帰還し、途中で倒した魔物を申告して家路についた。
朝になると俺は蘇生薬を持って警察署に向かって行った。
時間は知らせてはいないけど話をしてもらっているので大丈夫だろう。
そして、到着すると中には早朝だと言うのに多くの人がベンチに座り心配そうな表情を浮かべている。
するとその中から俺もよく顔を知ってる近所のおばさんが声を掛けて来た。
「おはようハルヤ君。君も迎えに来たの?」
「いえ、少し届け物をしに来ました。皆さんは誰か家族でも補導されたんですか?」
警察に来る理由なんてそうないだろう。
落とし物をしたとか免許の更新が一般的だ。
「そうじゃないのよ。ほら、色々あって私達は家を留守にしてたでしょ。その間に犬のゴロウがちょっとね。」
確かこの人の家には黒柴のゴロウが居たはずだ。
それでここに迎えに来たと言って話も所々ぼかしてるのだろう
生き返ったとはあまり吹聴出来ないので俺が蘇生薬の供給源だというのも言わない方が良さそうだ。
後で押し掛けられたら面倒なのでここで話すのはほどほどにして受付へと向かう事にした。
「そうですか。警察も迷い犬を一時的に預かってくれますからね。」
「そ、そうなの。ところであなたの所は大丈夫だったの?」
「はい。警察も来る事はありましたけど大丈夫です。それじゃあ俺はそろそろ行きますね。」
俺はそう言ってその場を離れたが、どうやらツキミヤさんが気を利かせて飼い主を集めてくれていたみたいだ。
あれから数日経過しているので家に帰宅を許可された人たちも多いのだろう。
どれ位の人が元の場所に戻るか分からないけど簡単に家を捨てて移れる人は少ない。
恐らくは危険と知りながらも被害の少なさから殆どの人は戻って来るはずだ。
そして受付に行くとツキミヤさんを呼んでもらう様に声を掛けた。
「ツキミヤさんをお願いします。」
「やあ、君がハルヤ君だね。話は聞いてるから少し待っててくれ。」
そう言って声を掛けた男性は受話器を取ると何処かへと電話を掛ける。
すると軽い足取りと共にツキミヤさんは現れ晴れやかな笑顔を浮かべた。
「待たせたな相棒。それじゃあ場所を移そうぜ。」
「分かりました。待ってる人も多そうなので早く終わらせてしまいましょう。」
そしてペットが安置されているという場所へと移動して行くと、そこにはある程度の解凍が終了している犬たちが並べられている。
ここでも気を利かせてくれたみたいだけどこの気配りが以前から考えると気持ち悪いくらいだ。
もしかすると一番大きな変化を遂げたのはツキミヤさんかもしれない。
まあ、それはどうでも良いので俺は蘇生薬を振り掛けてまずは1匹目を生き返らせる。
すでに人間以外にも効果があるのはリリーで確認が済んでいるので心配はしていないけど問題はこの後にある。
「どうだ。生き返ったか?」
「大丈夫だ。でも少し離れた方が良い。」
俺達が少し離れると生き返った犬は立ち上がり俺達に威嚇の声をあげた。
「ウ~~~ワンワンワン!」
「やっぱり俺達を魔物と勘違いしてるな。」
リリーが生き返った時もそうだったけど相手も2足歩行で夜に襲われたから勘違いしても仕方が無いだろう。
それにコイツ等の時間はあの夜で止まっている。
しかし人間は覚えていないのに犬は覚えているのだから不思議なものだ。
もしかして人の場合は辛い記憶として消されているのかもしれない。
「どうするんだこれ?」
「飼い主を呼んで来れば大人しくなるだろ。」
「分かった。コイツの飼い主は・・・。」
「犬の名前はゴロウだ。それで声を掛ければ来てくれるはずだ。俺はその間に隠れとくから頼んだぞ。」
「任せておけ。」
そして俺は物陰に隠れて様子を窺う事にした。
すると先ほどのおばさんが急いで駆け付けて部屋へと入って来るのが見える。
「ゴロウちゃん。」
「ワウ?ワンワン!」
ゴロウは飼い主を見ると今度は尻尾を振りながら嬉しそうに駆け寄り体を擦り付けて甘え始めた。
それを見ておばさんはゴロウを抱き締めてやりながら頭を撫ででやっている。
「キュ~ン!キュ~ン!」
「良かったわねゴロウちゃん。さあ、お家に帰りましょう。」
「キュ~ン。」
「あらあら、少し見ない間に甘えん坊になって。それじゃあ行くわよ。」
そう言って甘えるのを止めないゴロウを抱えると頭を下げて行ってしまった。
(やっぱり犬も家族なんだな。)
家の片づけは大変だろうけど家族が揃っていれば頑張れるはずだ。
そして、それからは部屋の前に飼い主に待機してもらう事に変更した。
これで生き返らせてすぐに飼い主が引き取ってもらえるし犬も不安にならなくて済む。
部屋での待機も考えたけど死んでいる犬たちの状態は人に比べれば少しは良いと言える感じで目にして気持ち良いものではない。
腐ってはいないけど洗われたりしていないので体中が血などで汚れているので飼い主には元気な姿だけ見せれば良いだろう。
そして最後の犬を生き返らせる前に問題が発生した。
「飼い主が来てないのか?」
「ああ。ただ受け取りを拒否しているのではなく相手がまだ入院中なだけだ。」
「相手は誰だ?」
しかし俺が何と無しに問いかけると意外な名前が返って来た。
「お前が気にしているクラタという少女だ。彼女の家は母子家庭でな。親御さんはまだ帰って来ていないそうだ。」
「生きてるのは確かなのか?」
もしかすると巻き込まれて死んでいる可能性もある。
そうなると場合によってはクラタの家族はこの犬だけになってしまうかもしれない。
「まだ確認中らしい。」
「それってヤバくないか?」
「かなりヤバい。一応聞いておくがもし何かあたらお前はどうする。」
「どうすると聞かれてもな。」
ハッキリ言ってクラタを殺した件に関しても単純にケジメの問題なので負い目とかは何も感じていない。
そうでなければ先日でも50人の人質を簡単には殺せなかっただろう。
しかし不幸とは人が思っている以上に重なるものだと聞いた事もある。
もしかするとアイツの母親もどこかで巻き込まれて死んでいるかもしれない。
「クラタの意識は戻ってるのか?」
「ああ、意識ははっきりしているな。会ってみるのか?」
「直接聞いてみるのが早そうだ。こいつは家でしばらく預かろう。」
「助かる。こちらとしてもずっとは保管できないからな。手違いで処分したら大変な事になる。」
そして俺はクラタの所の飼い犬をパック詰めにして持ち帰る事にした。
ここで生き返らせると帰る時も吠えて五月蠅いけど家に帰ればリリーがどうにかしてくれるはずだ。
流石にクール便で家に送る訳にはいかないので近くのホームセンターで発泡スチロール容器を購入してその中に氷と一緒に詰めて口をガムテープで密閉してから車に乗せた。
そしてクラタは特別病棟に入っている為、俺が一人で行っても会わせてもらえる可能性は低い。
病院側も仕事なので俺の顔を覚えていても入れてはくれないだろう。
警察と一緒なら会う事が可能なので今回はツキミヤさんに同行してもらう事になった。
これでは本当に相棒みたいだなと思いながら俺は病院へと向かって行った。




