202 再び黄泉へ ④
俺は走るのではなくそのまま空中を移動してスサノオへと向かって行った。
どうやらスキルにある空歩がようやく飛翔へと進化してくれたみたいだ。
しかし速度は今迄の数倍は出る様でまっすぐに突撃するならこちらの方が遥かに速い。
これは決戦に備えて数日中には慣れておかないといけないだろう。
それと先程の夢で精神力の使い方が何処となく分かった。
まだ自在には使いこなせないけど重要なのは目的や方向性だ。
感情だけを向けるのではなく、どうしたいのかを明確に思い描いて行動すればより強い力が発揮される。
すなわち今の俺にとって最も適した目的とは早く帰ってミズメ達に会いたいというものだ。
それを妨げる相手に対してならどんな感情でも同じ方向に向いてくれる。
それにさっきまでの俺は怒りを込めた時に力が減衰していた。
これは怒りの矛先が不甲斐ない自分にも向いていたからだ。
だから逆のベクトルが掛かって力が弱まる結果となっていた。
しかし今はアケとユウ、それにミズメの事に関しても自分に向ける怒りは殆どない。
夢から覚めると同時に歴史の変化が頭に流れ込み、ルリの言っていた事が真実であったと教えてくれる。
覚醒者は時の影響を受けるのが緩やかだとこの時代に来る前に聞いていたのでもしかすると以前の記憶はいつか消えてしまうかもしれない。
それでも俺の心は今では晴れやかになっているので問題ない。
アケとユウは幸せな時を過ごし、ミズメも爺さんたちのおかげで無事に俺と出会うまでの間を生き延びている。
それに他でも幾つか歴史が変わっている様で俺と出会う前にヒルコとハナは結婚して爺さんたちには曾孫が生まれているようだ。
きっとこれは邪神が歴史を歪めていたのが原因で、元々あの2人には幸せな生活が待っていたということだ。
それに組織の人間の多くが魔物にならずに生き残っている。
それは爺さんが元気になった事で組織を粛清して健全な状態に戻しているからだ。
しかも俺がこの時代に来る前に既に九州は平和な時代を迎え、病気や飢饉を生き残った多くの労働者で溢れている。
それをアンドウさんがちゃっかり利用して今では食料生産日本一となっているようだ。
それに海の問題に関してもかなり改善され、魔物が倒せなくても航海は可能になっている
どうやら修行を積んだ僧侶を船に乗せ、経を唱える事で魔物除けの効果があるみたいだ。
そのおかげで商人たちからお金が集まり寺などの大きな収入源になっている。
そしてそれがこの町で燃えてしまっていた寺の復興資金となっているようだ。
今では多くの人が集まりかなりの好景気になっている。
そうなれば税金も入って来るので天皇家は今迄の様な極貧では無いみたいだ。
ちゃんとその身分に合った生活をしている様で子供から大人までとても幸せそうだ。
細かい変化は他にもあるけど大きな所はこんな感じだ。
伊達家は元々アケヒメを大事にしていたので問題はなく、北海道に関して言えば場所が悪くて状況に変化は無かったみたいだ。
死人が減っただけでも・・・もしかしてイザナミが狙っていたのはこれかもしれない。
死者が減れば自分の仕事が楽になるのでルリに協力したとも考えられる。
ただそれで困る者が居ないなら今回は利用されていたとしても気にしない事にしよう。
機会があれば確認の上で借りを返してもらえば良いだけだ。
スサノオに向かっている途中で忘れる前に記憶を確認し俺は口元を緩める。
そして間合いに入ると同時に剣を振り攻撃を加えた。
するとその攻撃を受け止めたスサノオは驚きの表情を浮かべ、次に笑みを浮かべてこちらを見て来る。
「かなりマシになったじゃねーか。」
「ちょっとした変化があってな。」
「普通にこれをちょとの変化とは言わねーぜ。」
きっとスサノオも歴史が変化した事は分かっているだろう。
それに邪神が片付いて平和になればアンドウさんの開いたラーメン店にも行きたいはずだ。
あの時はオープンして間もなかったので種類は少なかったけど、今は色々な味があるからな。
きっとツクヨミも諸手を上げて大喜びするだろうから、好物のプリンも食べさせてやらないとな。
「それよりも、もっと力を込めても良いぞ。」
「そう言う事は俺に両手を使わせてからにしやがれ。」
「なら遠慮はしないからな。」
俺は更に力を込めて押し込み、押し返される瞬間を見極めて力を流す。
そして無防備になっている胸に剣を横薙ぎに振り斬りつけた。
「おっと!」
するとスサノオは足を動かさずに後ろへとスライドする様な動きで攻撃を躱して見せた。
神なので飛翔くらい出来るのは分かっていたけど、その速度は一瞬相手を見失う程に早い。
しかし、俺の手にある武器は刃が伸縮するSソードだ。
ちょっと狡いけどクオナが咄嗟に刃を伸ばしてくれたので胸の部分の衣服が切れて下へと垂れ下がっている。
これでようやくコイツに一矢報いた気分だ。
ただ僅かに肌へと刃が当たった感触もしたけどそちらはバットで鋼鉄の壁を叩いたかの様に硬かった。
きっと今の俺ではあの肉体に傷を付ける事は不可能だろうから出来ればここで終了としてもらいたい。
するとその願いが通じたのかスサノオは腰の鞘へと剣を収めた。
「今回はこれくらいで勘弁してやるよ。」
そう言って服を叩くと切れていた所が繋がり元の状態へと戻っていた。
どうやらスサノオとの訓練はこれで終了みたいだけど、手加減が下手そうなコイツとの攻防が一番疲れる。
すると今度はその横へと雷神がやって来て声を掛けて来た。
「これで今回の訓練は終了。もう帰って良い。」
「お前とは戦わなくても良いのか?」
それなら何のためにここに居たのだろうか。
「私はイザナミ様の代理。でも戦うのは面倒臭い。あの方もきっと同じ。それにイザナミ様は生粋のヒキニートだから滅多にあそこから動かない。」
「そうなのか。それなら遠慮なく行かせてもらおうか。」
俺は早く帰りたいので雷神の言葉に甘えてその場を通してもらう事にした。
しかしその横を通り過ぎようとした直後に横から腕を掴まれてしまったので足を止める。
もちろん掴んでいるのは雷神でその目は何故か頻りに泳いで動揺している。
もしかして舌の根も乾かない内に考えが変わったのだろうか。
「・・・ちょっと待って。いま念話が来た。」
「もしかして戦えって言ってるのか?」
すると雷神の首が何度も左右に振られる。
見た目は褐色白髪で二十歳ぐらいの女性だけど仕草や言動が少し子供っぽく、人によっては庇護欲を感じる者も居るかもしれないな。
「違う。なんだかイザナミ様が怒ってる。毎日を食っちゃ寝で過ごしてるのにちゃんと働いてるって怒鳴ってる。」
「それを俺に一体どうしろと言うんだ?」
きっとさっきのヒキニートと言ったのが原因だろう。
おそらく食っちゃ寝と言ってたので更にヒートアップしていそうだ。
「このままだとイザナミ様が真の姿でここに来るかもしれない。」
「真の姿?」
すると周りで聞いていた鬼たちが次第に動き始めこの場から遠ざかって行く。
それはもはや逃走と言える姿で数秒後にはこの場に居るのは俺と雷神だけとなった。
ちなみにスサノオは既に転移を使って離脱済みなので、その様子に俺も嫌な予感に冷や汗が流れる。
「俺のスキルにある危機感知は何も反応してないぞ。」
「生物は本当に危機が訪れた時は感覚がマヒする。地震や津波を察知できても隕石が察知できないのと同じ。」
すなわち、もしイザナミ様が現れた場合は恐竜を絶滅させたファーストインパクト並みの事が起きると言っているのかもしれない。
そりゃ誰だって脱兎の如く逃げ出すはずだけど、そう言えばイザナギもここに来た時は命からがら逃げたと書いてあった。
やっぱり奥さんを怒らせると怖いのはどんな存在でも変わらないようだ。
「それなら機会があったらまた会おうな。」
「逃がさない。こうなったら一蓮托生。」
「こら!俺を巻き込むな!俺には帰りを待ってる奴が居るんだ!」
「この状況でそれは死亡フラグ。」
さっきからちょくちょく現代用語を話しやがって、そう言うならせめて別々の方向に逃げるとかしろよ!
そうすれば俺は全力で黄泉平坂を登って千引きの岩を閉めてやるのに。
たしか千人くらいでようやく動かす事が出来るらしいけど今の俺ならそれくらいは可能だろう。
「だからその手を離せ!」
「イヤ!それにあなたは考えてる事が口から出てる。」
「あらあら。仲良しなのですね~。」
すると空から穏やかなのに冷や汗が止まらなくなる声が聞こえて来た。
あまりそちらに視線を向けたくないけど、ここまで来ると逃げる訳にはいかない。
雰囲気からすると背中を向けた瞬間に首と胴が分かれる事になりそうなので酷いトバッチリもあったものだ。
せっかく無事に帰れそうだったのにどうしてこう言う事になる・・・。
そして仕方なく上を向くとそこにはゾンビ・・・ではなくイザナミ様が微笑んでいる。
どうやら薬の効果が切れて元に戻ってしまったみたいだ。
ただし、いつもと身に着けている物が違っており体の各所に鬼を象った装備を身に付け、それらは個別に雷を発生させている。
よく見るとそれらは生きている様に躍動し、所々に付いている目も動いているようだ。
もしかすると12神将と似たような物で何かが武具へと変化しているのかもしれない。
ただ、その視線が雷神だけでなく俺にも向いているのは勘弁してもらいたい。
何も言っていないのだから無関係のはずだ。
「こうなったらもはや手段はこれだけだ!」
「な・・何をする~。」
「良いから着いて来い!そして俺の盾になれ!」
俺は苦渋の決断として雷神を背負ったまま出口へ向かって走り出した。
それは今迄の人生で最高のスタートダッシュと言えるもので、もし攻撃が来れば背中の雷神を盾にしてでも生き延びるしかない。
「イザナミ様~。た~す~け~て~。」
「なに自分だけ助かろうとしてるんだ!元はを言えばお前の責任だろうが!」
俺が走り出すと同時に背後からは雷鳴が轟き、周囲に雷が落ちている。
ただ、周囲に落ちているのは背中の雷神が逸らしてくれているからなので、そうでなければ今頃黒焦げになっている。
背後からはイザナミ様の楽しそうな笑い声が聞こえて来るし、こうなると完全にホラーな光景と言える。
なにせ空飛ぶゾンビに追いかけられながら雷を打たれているんだから危機感と同時に恐怖も湧くと言うものだ。
「フフフ~待ちなさい2人とも~。」
「嫌だ待たない!それに2人って言うな!呼ぶなら雷神だけにしろ!」
「私とお前は今や一心同体。絶対に離さない。」
「現代にはキャッチ・アンド・リリースって言葉があるんだぞ!」
「私は釣ったら食べる。」
そう言って首に手を回すとガッチリと体を固定して逃げられない様にしてくる。
ハッキリ言って迷惑以外の何者でもない。
「仕方ありませんね。ここは大きいの放って一網打尽にするのが一番でしょう。」
「何が仕方ないんだ!良いから俺を巻き込むな!」
俺はようやく坂を登り始めると空の上とも言って良い様な高さにある光に視線を向ける。
今の速度なら数秒で辿り着けるけど背後の気配がそれを待ってくれそうにない。
そして一際大きな光が背後で輝くとまさに隕石でも向かって来るような威圧感を全身に感じだ。
「これでお終いよ。『神技・雷光神魔滅殺波』ーーー!」
「なんだよ!その厨二病みたいな技名は!」
こんな技にやられたら末代までの恥だ。
それに変な技名を叫んでくれたおかげで1秒近く稼ぐ事が出来たうえに雷光と付いている割には光の速度という訳でもない。
ただその範囲はイザナミ様を中心に全周囲へ広がり、光りに呑まれた物体は例外なく消滅している。
その範囲も広大で既に半径数十キロ以上を消し去っている。
ここが地上なら地殻を突き破ってマントルが噴き出し大惨事になっている所なので隕石に匹敵すると言われるだけはある。
ただ問題なのは光りよりも遅いだけで今の俺よりも遥かに早いと言うことだ。
このままでは出口に到着するまでに俺達は呑み込まれる。
「ここはお前が犠牲になってアレを止めて来い。神だから消滅しても時間が経てば復活するだろ。」
「無理。アレに呑まれたら何も残らない。」
「・・・どうすんだよこの状況!このままだと揃ってあの世にすら行けないぞ!」
「・・・。」
「どうしてそこで黙る!」
もしかして雷神のくせに諦めたなんて言わないよな。
曲がりなりにも神なら人間が頑張っているんだからもう少し足掻いてもらいたい。
「ふ~、仕方ないからアレをするしかない。」
「出来る事があるなら最初からしろよ。」
「するのは良いけどしばらく面倒を見て。」
「誰の?」
「私の。」
「嫌って言ったら?」
「一緒に光になろう。」
コイツ等はもしかして未来から娯楽を送ってもらってるんじゃないだろうな。
時々記憶にあるアニメの言い回しの様なセリフが出て来るけど、もしそうなら未来の犯人は恵比寿か毘沙門天で間違いない。
ただ、今はそんな現実逃避的な思考は切り捨てて現実を見よう。
それに俺は既に策が尽きているのでここはコイツに頼るのが唯一の手段だ。
「・・・分かった。少しの間だけ・・・。」
「条件が違う。し・ば・ら・く!」
「分かったから早くどうにかしてくれ。」
今はちょっとした違いで不貞腐れている時じゃない。
それにこうして逃げてはいるけど雷神も相応の神な様で力も強いみたいだ。
首に回している腕に力を入れられると地味に苦しい。
まあ・・・このドサクサに紛れて条件を変えようとしたのは本当の事だけど。
「契約成立。私も能力を使う。『神武装・雷速天翔』」
「お前も厨二病かよ!」
そして技名を叫んだ雷神はその体が煙の様になり俺の足へと集まっていく。
すると靴の形がイザナミの武具と同じ様になり走っている速度が急激に加速した。
それによって背中に感じていた脅威が遠ざかり数秒の距離を1秒と掛からずに駆け抜けた。ただし坂を登っていた事もあり俺はそのまま空の彼方へと飛び上ってしまい周りの空気は急激に薄くなり、下を見れば日本全体を見下ろす事が出来る。
ここがどれくらいの高度か分からないけどあの一瞬でここまで飛んで来てしまったみたいだ。
すると俺の少し下をさっきの光が通り過ぎ、それは月へと向かっているようだ。
そしてしばらく見ていると月まで届いたそれは地表に巨大なクレーターを作ってしまった。
この様子だと黄泉は大変な事になっていそうだけど俺には関係ないのでまずは地上に戻る事にする。
もうじき夜も明けそうなので間に合わないと皆が心配してしまうだろう。
それに荷物も増えてしまったので不本意ではあるけど紹介もしないといけない。
『荷物じゃない。』
『はいはい。それとお前に名前はあるのか?』
『私はただの雷神。まだ名前は無い。』
『ならお前の名前は今からエクレだ。』
雷神の見た目は髪は白髪で目付きが鋭い無表情系の美人だ。
顔は日本人風だけど髪のせいでかなり目立つので出来ればあまり出歩かない様にしてもらいたい。
『嫌だ。せっかく地上に出るんだから色々見て回りたい。』
そう言われてもせっかくミズメが目立たなくなったのにコイツが近くに居ると逆効果だ。
しかし言う事を聞きそうもないので前提条件を変えるしかなさそうだ。
見て回るのは良いけど御目付け役としてミズメ達を付けよう。
その代わりコイツには御目付け役であるミズメ達を護ってもらう。
京の町は歴史が変わった事で以前よりも遥かに多くの人が集まり別の意味で治安が悪化している。
組織や兵士たちが巡回していると言っても必ず穴はあるから信頼できる護衛が欲しかったところだ。
コイツならミズメの影響を絶対に受けないし、神だから実力だけ見れば期待できる。
『それならお前には仕事をしてもらうぞ。働かぬ者は食うべからずだ。』
『分かった。』
『サボるなよ。』
『・・・・・・頑張る。』
やけに返事が返って来るまで時間が掛かったな。
しかも「分かった」ではなく「頑張る」ときたので、これはあまり期待が出来そうにないかもしれない。
この状態でも念話によって会話が可能な様だけど、気を付けないと本音が出そうだ。
そして靴から人の姿に戻ったエクレは俺と共に地上へと戻って行った。




