178 伊達家 ④
俺は城に到着してすぐにアケヒメをその場に降ろして城内へと向かっていた。
そこに大きく膨れ上がったクオナの気配と、その近くにユリの気配を感じたからだ。
ただ、俺もこのタイミングでユリが来るとは思っても居なかったのでクオナがやり過ぎているんじゃないかと心配になり足を速めている。
そして傍まで来た時にユリの悲鳴が耳に届き、俺の予感は的中してクオナが余計な事をしようとしている確信を持った。
アイツを巻き込んだのは俺で、どんな形になろうと自分で決着を着けないといけない。
あの時に保護したということ以上にアイツは未来で俺の家族になる奴だ。
だから俺はユリの声が鼓膜に届いた直後に全力の一歩を踏み出した。
一応は城が衝撃で壊れない様に空歩で足場を作ってからだったけど発生した衝撃波が周囲の壁にひびを入れて床板を吹き飛ばしてしまう。
しかしユリの為だと思えば安い物で、咄嗟に正宗を取り出し手にすると鞘が勝手にストンと足元へ落ちた。
どうやら気紛れ刀は今回も力を貸してくれるらしく、ギリギリでユリの前に滑り込むとクオナの攻撃を受け止める。
しかし、その威力は俺の想像以上い高く、咄嗟にユリを抱えて後ろに飛んで難を逃れた。
そうしなければ俺は攻撃を受け止めきれずに床に陥没し、ユリは切られていただろう。
間一髪だったけど咄嗟にクオナが剣を緩めてくれたおかげなので今のところは敵対する必要は無さそうだ。
そしてクオナはそんな俺を見てヤレヤレと言った感じに溜息を吐いた様に動き、大人の対応で剣を引いてくれた。
「もし出来ないのなら私は容赦しませんよ。」
どうやらクオナにはこれ以上ユリを自由にさせておくつもりは無いみたいだ。
コイツは魔物になってから人を殺す事に躊躇しなくなり、放置すれば今後の行動の妨げになるだけではなく犠牲者も増えることになる。
それは俺も分かっているのでしっかりと頷きを返して答えておく。
「分かってる。」
そして、この間にもユリは体を植物の様にして俺の体を拘束しようとしている。
そんなユリよ視線を合わせると普段アケとユウに向けるような普通の笑顔を浮かべる。
「お待たせ。」
「良いの。ハルだけが私を護ってくれたからそれだけで凄く嬉しいの。」
「そうか。」
ユリはとても嬉しそうに笑顔を浮かべると俺を絡め捕りながら顔を寄せて来る。
やっている事は褒められたことではないが、その笑顔だけは今までで一番輝いて見える。
「だからお願い。私を終わらせて欲しいの。もう体も言う事を聞かないから、このままだと本当に心まで魔物になってしまうわ。」
「良いんだな。」
「うん。」
どうやら死を目前にした事で今だけは人間だった頃のユリに戻っているようで、最後の希望として死による解放を望んで来る。
それに本人が言う様に次は無いかもしれないので、このまま逝かせてやるのが優しさというものだろう。
「分かった。お前をこの世界の輪廻に戻してやる。」
「もし生まれ変わった時にはハルを探しに行くわね。それくらいなら許してくれるでしょ。」
「ああ、その時は俺も探してみるよ。だからまた会えると良いな。」
「ありがとう。その言葉は忘れないわね。」
そしてユリには俺についての真実を伝えておく。
死んだ後で記憶が残っているのかは知らないけど、もしかしてと言う事もある。
「また会おうな。」
「ええ、最後にアナタに会えて本当に良かったわ。また会いましょうねハルヤ。」
「ああ。」
俺は正宗で鎖を断ち切るとユリの首を一瞬で飛ばし、そのまま悲鳴も上げずに安らかな表情を浮かべて消えて行った。
しかし、その霞は拡散せずに集まると小さな粒になってその場に何かを落とした。
「これは何だ?」
拾い上げるとまるで植物の種の様な形をしている。
ただ、その表面は虹色に光を反射してまるで真珠の様だ。
「これってもしかしてあの時に渡した真珠か?」
俺が人であるユリを最後に見た日に彼女の手に願いを叶えてくれるかもしれない真珠を1つ握らせていたのを思い出した。
もしかするとそれが何らかの形で作用したのかもしれない。
俺は真珠色の種を拾うと後ろで見ていたクオナの許へと向かって行った。
「これが何か分かるか?」
「どうやらこの中にはあの子の魂が入ってるようです。上手く育てれば少しは記憶を残したまま新しく生まれ直す事が出来るかもしれません。しかし、アナタにそれが出来るのですか?」
「ん~・・・。」
俺は母さんと観葉植物を育てた経験はあるけど未知の植物である人の魂が宿ったモノは育てた事も無ければ聞いた事も無い。
どんな環境で何をすれば良いのか全く分からず、拾ってすぐにアイテムボックスに入れようとしたけど入らないので困っている所だ。
「仕方ありませんね。それなら助けてもらったお礼に私がどうにかしてあげましょう。それは預かっておくのでこれからも精神力の供給は任せましたよ。」
「そう言ってもらえると俺も助かる。その体のパーツについてはツケにしとくから。」
「アナタは意外と強かですね。他人にがめついと言われた事はありませんか?」
「お前こそちゃっかりしてるって言われるだろ。」
「・・・フフフ。」
「・・・ハハハ。」
「「ハハハハハ!」」
その後も俺達は笑い合いながら舌戦を繰り返し、何とか互いに納得できる条件で握手を交わす事が出来た。
そして最後にちょっと気になった事をクオナに訪ねておく事にする。
「それと前回と違って邪神の奴がちょっかいを掛けて来なかったな。」
「それについての可能性は2つあります。一つは邪神の方に介入する余裕が無かったのかもしれません。」
「神々が攻めて来てたって事か。その場合だとアイツ等も遊んでるだけじゃなかったんだな。それでもう1つは?」
「ユリという子の魂は邪神の力を受け過ぎて既に壊れかけていました。そのため飽きた玩具を捨てるみたいに興味が無かったという事も考えられます。」
「まあ、それなら運が良かったと思うしかないな。もしかすると、これがラストチャンスだったかもしれないからな。」
「そうですね。あのままでは数日中に魂が砕けて完全に消滅していたでしょう。どちらの場合においても幸運だったのは間違いありません。」
そして話が長引いてしまったからか気が付けば周りにはいつものメンバー以外は誰も居なくなっており、ハルムネ達は姿を消していた。
しかもお茶を出してもらったらしく茶菓子まで頂いているようだ。
この様子から邪険にはされていないことが分かるけど、ハルムネ達は何処に消えたのだろうか?
「アイツ等は何処に行ったんだ?」
「2人なら呆れてとっくに出て行ったよ。姫様からの回収も終えてるけど話が終わったら来てくれって言ってたわ。今日はお礼に宴を開くそうだからそろそろ行かない?」
「そうだったのか。クオナのせいで話が長引いたな。」
「ドサクサに紛れて他人へ責任を押し付けないでください。」
ここは窓が無いので分からなかったけど、どうやら夕食を食べても良い時間みたいだ。
なので俺は待ってくれていた皆と一緒にハルムネの所へと向かう事にした。
「クオナはどうするんだ?」
「私はまたこの中に入って休むことにします。この姿だと分からないと思いますが病み上がりなのであまり動きたくないのです。」
そう言ってクオナは俺にSソードを渡すと機械の体を収納して消えて行った。
恐らくは以前と同様にSソードの中に戻ったのだろうけど、永い眠りから覚めて働きたくないとか言われなくて良かった。
侍姿でそんな事を言うクオナの姿が浮かんで来たけど真面目そうなので大丈夫だろう。
しかし、さっきの仕返しなのか勝手にガンガン精神力が吸われている気がする。
まあ頑張ってもらったので今日くらいは良しとしておくけど、このま吸われ続けると俺の方が働きたくない侍になってしまいそうだ。
精神力は俺にとって使い道がない物なので余剰分をクオナが吸っているみたいだから少しは慣れてるけど、少しは遠慮してくれないだろうか。
そして俺は皆と一緒に宴が開かれるという会場へと向かって行った。
クオナは今の状況に僅かな引っ掛かりを感じて1人思考していた。
(それにしても、本当に飽きただけだったのでしょうか?ユリという子には限界近くまで邪神の力が注ぎこまれていました。もしかするとハルを壊すための捨て石にされた可能性もありますね。そうなると邪神もステータスの欠点に気付いているのかもしれません・・・。)
そうなれば最後の決戦時にハルヤはミズメを守れなくなるという事になり、結果として未来でアズサを失う事にも繋がりかねない。
この世界の神が決めた事とはいえ、人間1人なら見殺しにする可能性は十分にある。
そしてクオナにとって気になる事はまだあった。
(それにあのステータスを使っているハルヤには他の者と違ってリミッターが付いていない。あのままだとレベル100を超えて自滅してしまいます。もしかして未来の神はあの子を捨て石にするつもりなのでしょうか。こちらで少し気を付けてあげた方が良いかもしれませんね。)
その頃、天界でも1人の神がハルヤたちの様子を確認し笑みを浮かべていた。
「今回は今迄に無い事が沢山起きていますね。それにステータスもかなり実用的なものとなっている。そろそろ計画を次の段階に進める時が来た様です。しかし、今回で既に13回目ですか・・・。」
その者は言葉を止めて記憶の中にだけある未来の出来事を思い出しながら表情を歪める。
そして、その目には悲しみと後悔が浮かぶが、すぐに決意によって塗り潰され消えていった。
「今度こそ成功させて見せます。その為には1人や2人の人間がどうなろうと知った事ではありません。いえ・・・何人だろうと。あの少女と少年には悪いですが、私の・・・そして世界の為の生贄となってもらいましょう。」
そしてその神は決意を胸に抱くと計画の変更の為に動き始めた。
俺達は宴に参加し、感謝と賞賛を受けていた。
ただ感謝はともかく賞賛を一番受けているのは熊の親子なのは言うまでもなく、多くの人の目の前で獅子奮迅の働きをすれば獣と言っても評価されるのだろう。
何でも押し寄せた1000の魔物を殆ど2匹で倒したらしい。
そのおかげで兵士に死者も出ず、全員が無事に生き残れたので死も覚悟していた彼等からすれば英雄の様なものだ。
ただ、魔物との戦闘で水田が壊れた所があるらしくこの冬はその作業をしなければあらない。
既に稲刈りは終わっていたので幸いだったけど、雪が降りだす前に全員で協力して直すそうだ。
まあ災害給付金の様に国からお金が出る訳では無いので仕方がないだろう。
ちなみにこの町にあるという支部には誰も残っていなかったそうで全員が魔物となってしまったようだ。
そちらは京都に人を送って新しい者達を派遣してもらうらしく、それまではハルムネ達の役割も大きいだろう。
しかし各地でかなり被害が出てるので人材は残ってるのかが気掛かりだけど、その辺のことは本部に任せるしかないだろう。
そして料理が無くなり(ミズメが大量に食べたので)宴が終わろうという所で母熊が立ち上がり俺に手招きをした。
どうやらあちらから話があるようで、寡黙と言うか吠えられても何を言っているかは分からないのだけど、あちらから呼ぶのは珍しい。
「どうしたんだ?」
俺が傍に行くと母熊は視線を子熊へと向けた。
するとそこにはさっき助けたアケヒメが子熊のお腹に寄り掛かって寝息を立てている。
コイツは助けた後に色々と喚いていたけどそのせいで疲れてしまったのだろう。
誘拐されたり今までにも色々と苦労があったのだろうけどミズメに比べれば優しいものだ。
もしかしてコイツを退かして欲しいのだろうか?
「退ければ良いのか?」
「ゴッフ『フルフル』。」
どうやら違うらしいので、それならもう一つの可能性しかなさそうだな。
「もしかして気に入ったのか?」
「ゴッフ『コクコク』。」
見ればアケヒメも子熊の毛を掴んで離しそうにない。
熊の縫ぐるみでは無いのだけど女の子は熊が大好き(本物は通常除外される)なのでハルムネたちが熊を飼っても良いと言えば問題ないだろう。
「わかった。俺から聞いてみるから待ってろ。」
「ゴッフ!」
もしかするとペット禁止とか言われるかもしれなのでその場合は諦めてもらうしかない。
俺はハルムネの許へと向かって行くと気分よく酒を飲んでいる所に声を掛けた。
「少し話があるけど良いか?」
「お、良いぞ。良いぞ。何でも言ってみろ!」
なんだか酔ってるみたいだけど覚醒者が酔っている所を初めて見た。
父さん達は酔わなくなっていたけど個人差があるのかもしれない。
「なら言うけど、熊を飼わないか?」
「熊~?・・・おお、熊か。良いぞ。ここで面倒見てやるから置いて行け。周りも喜ぶだろうしな。」
(良し。)
許可も下りたのでこれなら大丈夫だろうけど、ここはちゃんと奥さんであるクボヒメの許可を取っておかないとならない。
後で知らないと言われたり喧嘩になると大変なので裏のドンにも話を通しておかないと駄目だ。
「そっちも良いか?」
「アケヒメが気に入ったのなら別に構わないわ。それにあの熊は魔物も討ち取れるのだから領地の安全の為には居てもらって助かるくらいよ。ここに居る皆も受け入れているから仲間として迎え入れるわ。」
こちらは頭がハッキリしていそうなので大丈夫だろう。
ハルムネが後でダメと言ってもどうにか説得・・・命令してくれそうだ。
「それなら問題無しと言う事で。熊たちにもそう言っておきますよ。」
「ええ。よろしくね。」
「新たな仲間にカンパ~イ!」
酔っ払いであるハルムネにはあまりミズメたちを近寄らせない様にしよう。
あのまま絡み酒になったら相手が大変だし、俺も黙って見過ごすことが出来そうにない。
まあクボヒメが後ろからそっと抱きしめながらチョークスリーパーを掛けて落としてるから大丈夫だと思うけど手慣れてるのでいつもの事なのだろう。
そして俺は熊親子の所に戻ると了承を取れたことを伝えた。
「大丈夫らしい。クボヒメからは居てくれると助かると言われたから好きなだけ居られそうだぞ。」
「ゴッフ『コクコク』。」
なんだか言葉は分からなくても嬉しそうな事は伝わってくる。
それにしても最初は足くらいにしか思ってなかった熊親子も母熊だけになると寂しい気がしてくる。
そしてアケヒメは迎えに来たクボヒメに任せ俺達も与えられた部屋で一夜を過ごす事となった。
明日からはやっと北海道となり、準備をしておく必要がありそうだ。
支部は山奥にあると言う話だけど、これからどうやって行くかも問題になってくる。
人数が足りないから飛行機で空は飛べないし、船と言っても船頭が居ないので操船が出来ない。
こうなったら母熊も空を走れるので少し時間が掛かっても走って行くしかない。
ここからなら四国を一周するのに比べれば楽に到着できるはずだ。
そして俺は今日も皆を寝かし付けてからステータスを確認してから布団に入った。
「今日でレベル95か。意外とレベルが上がってるな・・・。」
このままだとレベルが100に到達するも時間の問題だろう。
そこで上昇が止まるのか、それとも上がり続けるかは分からないけど、邪神をぶっ飛ばすには今でも明らかに足りていない。
俺は自己評価をしながらこれから起こるであろう奴との直接衝突も含めて戦闘をシミュレーションしながら眠るに就いた。




