175 伊達家 ①
到着すると周辺の山は既に紅葉が広がっており、気温もかなり低くなっている事が分かる。
それに見渡す限りの広範囲に田畑が作られテレビでしか見た事が無い様な光景が広がっている。
ただ既に刈り取った後の様で稲穂は何処にも見ることが出来ない。
きっと、もう少し時期が早ければ黄金色に輝く稲穂が見られた事だろう。
そして、その中には町があり、その中心に大きな城が建っている。
あれが恐らく聞いていた米沢城という所で、あそこに伊達 晴宗が居る筈だ。
そして娘である姫が俺達の用がある贄の女性と言う事なのだけど問題はそれ以外に情報が無い事だ。
何でも伊達家の前の当主は子宝に恵まれ各地に息子や娘を大量に嫁がせているらしい。
それで贄として選ばれている家系が伊達家なので、今までにこの近辺では大量に贄の力を持つ者が生まれたそうだ。
ただ、生まれるのは1つの家系に1人だけなので、大量に生まれたと言う事はそれだけ短い期間で本当の贄にされて命を落とした事を意味している。
しかし、今の当主であるハルムネは生まれて来た娘を組織には差し出さなかった。
何でもハルムネとその奥さんであるクボヒメは相思相愛らしくてとても仲が良いそうだ。
そんな2人の間に生まれた我が子を魔物に食わす事を良しとせず、今も城の中で守り続けているらしい。
ハッキリ言って俺としてはとても共感できる話なので真実ならば仲良くしたい。
ただそれが原因で組織の信用はゼロどころかマイナスを今も爆走中との事で最初は荒れそうな予感がする。
だから一度訪ねて話をしてみるのが一番だけど、相手の事を考慮すれば無理やりは止めておきたい。
そして移動しようと思った時にミズメを見ると少し体が震えているのに気が付いた。
「寒いのか?」
「少しだけね。これくらい大した事無いわ。」
「強がらなくても良いから寒い時は寒いって言え。別に怒らないしちゃんとその辺はこっちで対処する。俺達は力のせいでその辺が上手く分からないんだ。」
俺はすぐにアイテムボックスから冬用のコートを取り出すとミズメに着せてやった。
少し大きいけどこれなら破れたりしても幾つか予備もあるので、落ち着いたらセーターとかも着せてやって寒さ対策をしたほうが良さそうだ。
「これで寒くないか?」
「うん、とても暖かい。ありがとうハル。」
「気にするな。それよりも言いたい事は溜め込まずに言ってくれよ。」
「うん。でも、なんだかハルが少し優しくなった気がする。」
「そうか?俺にはよくわからないけどいつも通りだと思うぞ。」
そして即席だけど準備が整ったので俺達は城へと歩き始めた。
距離がそんなに離れている訳では無いのでこのまま歩いて行けば体も温まって丁度良いだろう。
「ミズメはフードで顔を隠しとけよ。ここは人も多そうだ。」
「分かったわ。私もジロジロ見られるのは落ち着かないもの。」
ミズメはコートに付いているフードを頭から被ると顔をすっぽりと隠した。
渡したのが大きめのコートなのでこの点は丁度良かったみたいだ。
それにここは今までで一番人が多いく、他からもたくさん人が来ているようで荷物を背負っている人や荷車を引いている人をよく見かける。
そうなると人の出入りが多いという事で治安が心配になり、更にここには支部もあるので魔物にも気を配らないといけない。
なのでここは早く片付けて早めに次へ行きたいところだ。
そして町に入ると自然とこちらへと視線が集まってくるけど、それはミズメにではなく横に居る母熊へだ。
偶然だけどそのインパクトが上手くカモフラージュになってくれているので変な奴が寄って来なくなっている。
しかし、ミズメが居てトラブルが起きないはずがない・・・と言うよりも町中を熊同伴で歩いていて何も言われないはずが無い。
城に向かってしばらく歩いていると鎧を着た兵士がやって来て槍を突き出して来た。
やはり変な奴等を寄せ付けない代わりに、真面な奴等を呼び寄せてしまったようだ。
「お前達が通報にあった者達だな!」
「もし熊を連れて歩いてる人間を探してるんならそうだろうな。それともこの町には熊を連れて歩いちゃいけない決まりでもあるのか?」
すると怒鳴っていた兵士は「ウッ!」と怯み熊に対する危険性を語って来た。
しかし母熊の背中には幼いアケとユウが乗っているおり、これだけでもパッと見で危険が無いのは明らかだ。
いったい誰がそんな馬鹿な通報をしたのか知らないけど、兵士たちの魂を確認をしても全員が正常なので問題はない。
もしかすると組織の人間で都合の悪い奴が通報を行ったのかもしれない。
「ならば話は詰め所で聞く。武器をこちらへ寄こせ!」
(今度はそう来たか。)
しかし、俺が腰に差しているのは刀身の無いSソードだ。
それにこれを渡すと色々と面倒なのでここはお約束のあれで行く事にする。
「これはただの刀では無いでござる。」
「な、何を言っているんだお前は?」
そう言って俺は鞘から柄を抜いて兵士たちに見せる。
そこにはもちろん刀身はなく、見方によっては逆刃刀よりもカッコ悪い。
「見ての通りこれには刀身は無いでござる。こんな物では人1人切る事も出来ぬでござろう。」
「う、うむ・・・。何やら変な喋り方をしているがそれは確かに。ならば取り調べを行うから詰め所へと来るのだ。」
一応はどんな対応を受けるのかは別にして1度は付いて行くことにした。
虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし・・・。
それとも小穴だったか・・・まあ良いや。
そして付いて行くと何処かの屋敷っぽい建物へと到着した。
どうやらここは兵士が常駐していて警察署みたいなところのようだ。
そこに到着すると熊たちには首にロープが付けられ俺は手枷を嵌められた。
なんだか犯罪者になったみたいだけどこれくらいならまあ良いだろう。
しかし、兵士の次に取った行動で周囲の視線が一斉に向けられる事になった。
「お前は顔を見せろ!」
そう言ってミズメが被っていたフードを兵士が取ってしまい顔を見た全員が動かなくなった。
ミズメはフードを取られると逃げるように俺の横へとやって来てフードを被り直すと顔を隠している。
「何を呆けてるんだ!」
俺は彼等が意識を取り戻す様に適度な強さの威圧を叩きつけてやると全員が再起動し赤かった顔が一瞬で青褪めていく。
どうやらちょっと強く威圧を掛け過ぎたみたいだけど、良い気付けとなっただろう。
「話しをするだけだからこうして何もしないで付いて来てるんだ。変な考えを起こせばお前ら皆殺しにするぞ。」
そして木で出来た大きな手枷を薄紙を破る様に破壊し足元へと落として踏み砕いた。
それを見て兵士たちは後退り腰の刀に手を伸ばしている。
「良いのか?肉体言語なら俺も手加減は出来ないぞ。」
そして先程を上回る威圧を浴びせて全員の戦意を一瞬で圧し折って見せる。
これだけやればミズメにちょっかい出そうとする奴が現れる事は無いだろう。
「大丈夫かミズメ?」
「ハルが傍に居るから大丈夫。」
「なら手でも握っとくか?」
俺は軽く声を掛けるとフードに手を伸ばして位置を修正してやる。
どこまで効果があるのか分からないけど、今のところは大丈夫そうなので顔を出さなければ少しは安心できる。
ただ乱暴に払われた時に手が当たって額が少し赤くなっているので密かに小声で魔法を使い治しておく。
どうやら昨日の夜に取得したばかりの回復魔法がさっそく役に立ってくれたようだ。
「やっぱりなんだかハルが優しい気がする。」
「気のせいだろ。」
ミズメはそう言いながら頬を少し赤く染め、口元に笑みを浮かべると手を握ってくる。
すると今度はアケが背中から飛び乗り、ユウが開いている手を両手で握り締めてきた。
「お兄ちゃん最近ミズメばっかり!」
「私達もちゃんと構ってください!」
「ん~ごめんごめん。」
どうやらミズメの言っている事も間違っていないのかもしれないようで確かに今朝から何かおかしい様な気がする。
もしかして昨夜に弁才天から加護を貰って俺の中で変化が起きたのかもしれない
称号やスキルに変化は無かったけど恵比寿の事だから隠し設定とかがあるかもしれない。
ただ人に優しく出来るなら悪い事ではないのだけど、誰にでもという訳でもなさそうで目の前の兵士に対してなら容赦なく攻撃が行えそうだ。
なので感情面に変化があったと言っても以前と同様に限定的な相手にだけだろう。
そして俺は両手どころか背中にも花を抱えて恐怖を顔に張り付ける兵士へと歩み寄った。
「今から言う事をお前らの主にしっかりと伝えろ。俺は組織から来たハルだ。娘を救いたいならすぐに俺達を城に入れろとな。」
『カクカクカク!』
すると俺の言葉を受けて兵士は全力で首を縦に振り逃げる様に屋敷から駆け出して行った。
これで少し無理矢理ではあるけど賽は投げられたので、後は相手がどんな行動に出るかが楽しみだ。
「アイツが戻って来るまで暇になったから、ここで休ませてもらうか。」
「良いのかな?」
「俺達はここに招待されたんだから大丈夫だろ。捕まった訳じゃないんだからのんびり待ってれば良いさ。」
するとミズメは周りの怯える視線に目を向けると溜息を吐いてフードを深く被り直してから畳の上に腰を下ろした。
「仕方ないからそういう事にしておくよ。何を言っても手遅れだろうしね」
「お兄ちゃんお腹空いた~!」
「私も何か食べたいです。」
するとアケとユウから声が掛かり、外を見ればそろそろ昼になりそうだと分かった。
そして1人のお腹から「グルルーーー!」と猛獣の様な唸りを上げ、聞いていた全員の視線がそちらに集中する。
「ははは~・・・。朝ご飯を食べてなかったからお腹空いちゃった。」
「そう言えばそうだったな。今は時間が無いからこれで勘弁してくれ。」
そう言って取り出したのはコンビニでよく売っているオニギリシリーズだ。
梅、昆布、鮭、牛カルビ、シーチキン、マヨエビ、鳥飯と幾つもの種類を買い揃えており、山賊むすびもあるのでかなりの量になる。
幾つかはスーパーでまとめ買いした物も混ざっているけど、これだけあれば1食分にはなるだろう。
「いつも思うけど沢山あるのね。」
「これくらいは無いと足りない奴を知ってるだけさ。開け方だけ教えとくから各自で食べたいのを選んで食べてくれ。」
すると意外に器用なミズメはすぐに自分で空けられるようになり色々なオニギリを食べ始めた。
でもアケとユウはなかなか上手く開けられず笑顔で俺に袋に包まれたオニギリを差し出して来る。
「お兄ちゃん開けて~。」
「兄さん私もお願いします。」
「よ~し任せろ!これくらいなら幾らでもやってやるからな。」
『『ニヤリ!』』
(やられた!)
俺は2人にお願いされれば即行動で袋を綺麗に開けて手渡してやる。
その間に3人で視線を交わしながら無言で語り合ってるけど、いったい何をやっているんだか?
しかし俺に向けて来る笑顔は太陽の様に眩しく、秋の風の様に清々しい。
その後も、さっきの埋め合わせもあって2人を甘やかして過ごし、伝言に走った奴が戻って来るのを待ち続けた。
そして1時間くらい時間が経過した頃になると周囲で動きが見え始める。
それにしても、てっきりさっきの奴が城から援軍を連れて来たのかと思っていたけど予想は外れたみたいだ。
スキルで確認してみるとそこには武装した荒くれ共が集合しており、この屋敷を取り囲んでいる。
それに装備からすると組織の奴等の様で先にあっちがミズメに引き寄せられここに集まって来たようだ。
しかし、この周辺を支配する武将が管理している建物に押し入ろうとするとは馬鹿な奴らだ。
でも無駄な犠牲を出すと余計に話が拗れるかもしれないのでアイツ等はこちらで対処しておく事にした。
その為、まずは屋敷に残っている兵士へと声を掛けて避難を促す事にする。
ただし今の包囲状況だと俺達以外はここから脱出することが出来ないので、なるべく安全な所へ移動してもらうのが一番だろう。
「死にたくないならお前等はちょっと地下に避難してろ。」
「し、しかしアイツ等はお前の仲間じゃないのか!?」
「あんな奴等は仲間じゃない。それどころか俺の敵だ。こっちで適当に処分しとくから早く地下に行ってろ。」
「しょ、処分・・・まあ分かった。仲間割れでもなんでも良いが余り派手に暴れてここを壊すなよ。」
そこまでは保証できないけど善処はしておこう。
そして、この建物には広い地下牢があるのでそこなら全員が入っても余裕があるので大丈夫だろう。
「ミズメはアケとユウから離れるなよ。」
「うん。」
「任せて!」
「お任せください!」
そして次に臨戦態勢へと移行を終えている熊たちへと声を掛ける。
「お前たちは自由に動け。人だからって容赦はするな。死んだらそれだけのことだ。」
「「ゴッフ!」」
人だからと言って加減すれば足元を掬われるかもしれない。
どの道ここに来るような奴らなので碌な奴じゃないだろう。
確認しても大半は魔物か魔物になりかけた人間なので上級ポーションがなければ既に手遅れだ。
「良し、掻き回して来い!」
「ゴアーーー!!」
母熊は空中を掛けて壁を飛び越えるとその先に居る敵へと襲い掛かった。
外からは複数の雄叫びと悲鳴が聞こえ、それを合図に大量の魔物が壁を飛び越えて侵入してくる。
「アケとユウも容赦しないようにな。」
「了解!」
「お任せあれ。」
2人の手からは水刃と風刃が連続で放たれ、見える刃と見えない刃に翻弄されて次々に切り裂かれて消えていく。
その中で死角から襲ってくる敵と、魔法を掻い潜って来た敵は俺の方で始末して行く。
ここに来ている数はたったの200くらいなので今の俺達なら5分も掛けずに終了させる。
特に標的となっているミズメがすぐ後ろに居るのでこちらから向かう必要も逃げられる心配もしなくて済む。
「こんなもんか。」
『楽過ぎますね。おそらくは大元が来ていないのでは。』
「ああ、鎖に繋がってる奴は居なかった。これも様子見って所か。」
『その可能性は高いですね。』
一応、糸の向かっていた先は確認してある。
ただ、その方向は常に移動しており方向も1つでは無かった。
どうやら、ここの奴らは頭が回るか邪神から指示を受けて一時撤退したようだ。
今は俺の探知圏内には居ないので、もしかすると町の外まで逃げた可能性が高い。
これから逃げた奴らがどう動くのか気になるけど、まずは避難させた兵士たちを地下から出してやらないといけない。
そして地下に降りる階段の前に来るとそこから下へと声を掛けた。
「お~い。終わったから出て来ても良いぞ~。」
「ああ、分かった!」
ちなみに相手が魔物だと理解してもらうために、ここに降りて行った数匹は見逃してある。
おそらくはそれなりに知能が残っていた連中で、ここの連中を優先して襲う様に指示を受けていたのだろう。
しかし、その魔物も待ち構えていた兵士が槍の一斉攻撃で倒しているので怪我をした人は誰も居ない。
この程度ならこの時代風のちょっとしたホラーアトラクションと言ったところだろう。
薄暗い地下で魔物が階段から降りて来て襲って来れば良い肝試しになったはずだ。
きっと俺の事を庇う気が無くても良い証言をしてくれるい違いない。
それからしばらくすると今度はこの町の兵士が屋敷を取り囲み始める。
その中から1人の凛々しいオッサンが現れ俺達に向かって声を上げた。




