172 2人目の贄 ③
『ゴロゴロゴロ!』
俺が海の上を歩き島に近寄ると空から威嚇する様に雷の音が聞こえてくる。
それと同時に海も次第に荒れて渦も大きさを増していくので俺を敵と認識しているようだ。
「お~い、話を聞いてくれ~。」
『ピシャー!』
すると俺の声を打ち消す様に雷が轟くと一直線に襲い掛かってきた。
しかし俺は水面の近くでゴム手袋を装着して長い金属棒を持ち、その片方は海に着けて避雷針としている。
そのおかげで雷が落ちて来てもそちらに向かうので俺には一切の影響がない。
以前にダンジョンでやった時と似ているけど、ここの奴も自然法則までは変えられないようで安心した。
そうでなければ俺は雷に打たれてどの様な結果になっていたか分からない。
まあ、良い子は絶対に真似をしてはいけない方法なのでアケとユウを連れて来なくて正解だった。
「話を聞く気になったか?」
俺は目の前にある最も大きな渦潮へと声を掛ける。
するとその中心が盛り上がり白波を立てて1匹の白い大蛇が姿を現した。
「我はこの島に祀られし神に仕える神使である!たかが人間の分際で舐めた事をしてくれたな!」
どうやらコイツは頭が沸いているようで自身の使命を完全に忘れているようだ。
しかも自分もかつては人間だっただろうに相手を見下しているのだから滑稽でしかない。
こんなのが神使だと神様も大変だと思うけど、なんで早く解雇しないのだろうか。
それにコイツと話していてもそんなに意味が無さそうなので早く話を終わらせて通してもらう事にした。
「それじゃあ率直に言って贄の女性を受け取りに来たから通してくれませんか。こう見えても忙しいんですよね。」
「おのれ男が偉そうに!貴様などを通すと思っているのか!我の誇りに掛けて男なぞ絶対に通さん!」
「お前はアホか。(馬鹿は俺の専売特許なので譲れません。)」
「何だと!」
「お前の仕事は男を通さないのではなく、贄の女を守る事だろ。迎えるべき者まで追い返してどうする。」
大蛇はムキになっているのか、顔を歪めてゴロゴロと雷を降らして来る。
その度に海を雷が走り、自分の攻撃で感電すると悲鳴を上げているので、ハッキリ言ってこれを俺にどうしろと言うんだ。
しかも自業自得なのにその目に浮かぶ怒りだけは次第に強くなっているので超面倒臭い。
「おのれ人間がーーー!我にここまでの傷を負わせるとは許さんぞーーー!」
「そろそろ観念してくれませんかね?」
「黙れー!こうなれば我自ら貴様を絞め殺してくれる。」
そう言って渦から飛び出してこちらへと向かって来ると、体を巻きつけ絞め殺そうとしてきた。
ここまでされれば流石に正当防衛でも良いだろうから反撃させてもらおうと思う。
ただ、相手は曲がりなりにも神に仕える神使なのでベテランに御伺いを立ててみる事にした。
「クオナはこれをどう思う?」
『ここまで愚かな者も珍しいですが私も良いと思いますよ。』
『証拠映像を記録完了。』
「それなら仕方ないから殺さない様にだけ気を付けて倒しておくか。」
「何を1人で喋っている!」
「ああ悪い。一応言っとくけど死なない様にな。」
俺は腕に力を入れるとゆっくりと横へと広げてスペースを確保していく。
そして空いた隙間から一気に飛び出すと頭上にあった頭を下から殴り上げ、更に前回転から踵を落とした。
ついでなので長い体の至る所の肉を素手で毟り取ってから距離を空け手に付いた血を軽く振り払う。
すると既に2撃目で意識が途切れていたのか、そのまま真っ逆さまに海へと落ちて沈んでしまった。
「あれだけ痛め付ければ少しは反省するだろ。」
すると蛇を気絶させたからか海面が次第に落ち着き、見慣れた穏やかな海へと戻って行った。
空からは雷の音が止み、白く波立っていた海面は緑色へと姿を変える。
「これで邪魔者が居なくなったな。」
『そうですね。先を急ぎましょう。』
そして島に到着すると神社には数人の巫女が生活していた。
しかし、その顔には陰りが見え、少し痩せている様に見える。
「どうしたんだお前ら?」
「も、もしかして海を越えて来られたのですか!?」
巫女たちは俺の姿を見て駆け寄って来ると目に涙を浮かべながら縋り付いてくる。
かなり切羽詰まっている様なので事情を聞いてみる事にする。
「会ってすぐなのに不躾ですが何か食べ物はお持ちですか!?もう何日も何も食べていないのです!」
「もしかして、あの白蛇が海を閉鎖したからか?」
「はい!あの方は何十日も海を誰にも渡らせなかったので、ここにあった備蓄も食べ切ってしまったのです!」
「普段は定期的に船で運んで頂いていたのですが、船頭は全員が男の方だったので・・・。」
そういえば男嫌いとか言ってたから全員を追い返すか沈めるかしてしまったのだろう。
どうやら、封鎖する基準が間違っていた様で生身の人の事を考慮して無かったみたいだ。
それにしてもアイツは本当にアホだったようで、これでは守るのではなく閉じ込めるのと変わらない。
まあ、伝説通りなら自分から言い出した結婚の約束を一方的に断って逃げるような奴なので仕方が無いだろう。
「それなら食料は後でやるから先に贄の女性の所に連れて行ってもらえるか?」
「分かりました。こちらへどうぞ。」
そして通された先では1人の少女が布団で横になり寝かされていた。
肌は病的に白く、食べていないからか顔はやつれて頬もこけている。
年齢的にはミズメと近そうだけどこちらは顔の作りがお淑やかそうに見える。
それに贄としての役目を持つ者の独特の気配を感じるのでこの子で間違いはないだろう。
「それにしてもアイツは体調が悪いのか?」
「以前から病弱な方なのですが、ここ最近は碌に食事も取っておられません。その代わり私達に食べる様にと仰って・・・。」
もしかしたら生きる事にあまり執着していないのかもしれない。
このまま生きていても魔物に狙われ続けるか病気に苦しむかだろう。
俺はその横に腰を下ろすとその頬っぺたを小突いてみる。
「ん・・ん~~?」
「起きたか。」
すると少女は薄っすらと目を開けてこちらを見詰めてきた。
しかし、元気が無いのかボーとしているだけで話しかけてくる様子はない。
「腹は空いてるか?」
『フル・・フル・・・。』
すると俺の声に首だけを横に振って答える。
どうやら既にかなり弱っているようでこのまま放置すれば命も長くはないだろう。
「ならこれを飲め。」
「・・・これ・・は?」
「元気の出る薬だ。」
『フルフル。』
すると飲みたくないようで首が横に振られたけど、もしかして元気の出る薬と言ったので危ない感じに聞こえたのだろうか。
まあ、飲めば分かるので俺はその顔を手で押さえて口に無理やり流し込む。
「ん!ん~~!!」
「ハワワ~~!強引な殿方です・・・。」
「も、もしかしてキスしてるんじゃあ!」
「いえ!あの方にはあれくらい強引な方が・・・。」
なんだか背後から覗いている巫女たちが変な話をしているけど、お腹が空いているだけだからか結構余裕そうだ。
そしてポーションを飲み込んだのを見て俺は手を離すと元の場所に腰を下ろした。
すると少女は掛かっていた布団を跳ね除けると声を荒げ掴み掛って来た。
「何を飲ませたのですか!私にはどんな薬も効果が無いのです!もう大人しく死なせてください!」
「その割には元気になってるな。」
「へ?・・・は!?こ、これはいったいどういう事ですか!?」
「それじゃあ元気になったなら行くぞ。」
「え!?ちょっと待って!私はここから出ると・・・。」
「大丈夫だから行くぞ。」
俺はそう言って少女の手を取ると立ちやすいように引き上げてやる。
そして後ろで「キャ~キャ~」言いながら見ている巫女に数日分の食材を渡すと入口へと進んで行った。
「あの!ちょっと待ってください!」
そう言って少女は繋いでいる手を振り払うと鋭くした目で睨み付けて来たので、お淑やかに見えて意外と気が強いのかもしれない。
「あ、アナタは誰ですか!?敵ですか!?味方ですか!?」
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はハルだ。日本を巡ってお前みたいな贄にされた奴から力を回収して回ってる。」
「そ、それはもしかして!」
「ああ、お前はこれから力を失い普通の生活に戻れるようになる。それにもう病弱な体じゃないのは何となくだが気付いているはずだ。だからこれからは普通に生きて好きな事が出来るぞ。」
すると少女は口元に手を持って行くと声を抑えて目から涙を溢れさせた。
きっと今迄に色々と苦労もして苦しい事や悲しい事に耐えて来たのだろう。
それらから解放される喜びは理解が出来ないけど、泣くほどに辛かったのは分かる。
俺は少女が落ち着くのを待ってからその肩に手を乗せ改めて声を掛ける。
「辛いのも後少しの辛抱だから頑張ってくれよ。」
「はい。・・・それと私は呉羽と言います。」
「クレハか。良い名前だな。今はまだ力を持っているからその間はちゃんと護ってやる。だから俺を信じて付いて来てくれ。」
「はい!何処までも付いて行きます!」
クレハは最初と違ってとても明るい笑顔を浮かべて元気な返事を返してくれる。
顔に赤みがさして来ているので体も健康になって血の巡りも良くなっているのだろう。
これなら俺が抱えて移動して行っても大丈夫そうだ。
でも天気が良いと言っても秋の風は少し冷えるだろうから、そんなに速度は出せそうにない。
そして靴を履いてクレハを抱えようと立ち上がった所で面倒な邪魔者が現れた。
「行かせん!行かせんぞ!あの方の遣いがここに来るまではな!」
そう言って海面を突き破って現れたのは声からしてさっきの白蛇だろう。
しかし、その身は先程とは違い鱗は黒く、口からは人の上半身が飛び出している。
そして黒一色に染まった瞳をこちらに向けると顔を歪めて睨みつけてきた。
「どうしたんだお前。イメチェンでもしたのか?」
「五月蠅い下等な人間め!我はあの御方からその女を誰にも渡すなと命を受けているのだ!」
「あの御方じゃ分からないな。いったい誰の事だ?聞いてやるから言ってみろ?」
「貴様ーーー!あの御方を愚弄するのか!ならば教えてやろう。あの御方の名は・・名は・・誰だ?我の主はここに祀られる御三方のはず。・・・我は何をしているのだ。うう・・・ぎゃあーーー。」
どうやら神使のクセに堕ちてしまっている様だけど完全では無いみたいだ。
記憶と意識が混乱して自分の行動が矛盾している事に気が付いている。
完全に堕ちた奴はその矛盾にすら気付けないので今ならどうにかなるかもしれない。
しかし、それに気付いた直後に奴に繋がる鎖が太さを増しているのでそれも時間の問題だろう。
そして今の段階でもコイツを切り殺すのは難しくない。
でもそれをすると奴が仕えていると言うここの神様に怒られる可能性がある。
俺もそんなには神を知っている訳じゃないけど神使をそんなに見た事が無いので少ないのかもしれない。
こんな時はいったいどうすれば良いのだろうか?
俺は神使博士でも無ければ頭が良い訳でもない。
なので未来に向かって「ド〇え〇~ん」と心の中で叫ぼうかと考えていると、別の超化学AIが答えを教えてくれた。
『正宗を使用してください。今なら使用できるはずです。』
「正宗が?」
俺は疑問を感じながらも言われた通りに正宗を取り出して鞘と柄を握り軽く引き抜いてみる。
すると以前までは抜けなかった刀身が姿を現し怪しく輝きを放っていた。
「これが正宗か。気紛れらしいけど今回はナイスタイミングだな。確かコイツは切る相手を選んでくれるんだよな。まあ、目の前の奴は死んでも構わないから試し切りには良さそうだけど。」
俺は海面で苦しみにノタ打ち回る蛇女に接近するとまずは鎖に刃を走らせる。
するとSソード同様に切断が出来て鎖は逃げる様に消えていった。
そしてまずは蛇女の尻尾の先端部分に正宗を走らせる。
ここなら切り取っても死ぬ事は無いだろうから遠慮なくザックリと刃を走らせた。
しかし、切り取ったという手応えを感じたにも関わらず尻尾は今も切り取られずに暴れ回っている。
その代わり切った所を中心にして黒い鱗が白くなり、そこからは黒い靄が立ち上った。
もしかしたら切ったのは邪神の邪気で蛇女ではなかったのかもしれない。
俺は試しも踏まえて尻尾の先から頭に向かって次々に刀身を走らせる。
すると次第に全身が白く戻り始め最後に口から出ている女の部分を切り裂いた。
しかし、そこだけは肉も切り取られ女の部分は霞となって消え、その途端に白い大蛇に戻ると海面に倒れて意識を失った。
どうやら生きている様だけどいつ起きるかまでは分からない。
俺は白蛇を放置してクレハの待つ所まで戻って行った。
「そう言えばコイツは抜いたままだといつでも使えるんじゃないか。」
しかし、そんなに甘くなかったようで地上に置いて来た鞘がこちらに飛んで来たかと思うと刀身を透過する様にして元の位置へと戻ってしまった。
そして力を込めても抜ける気配はなく、再び鞘の中に姿を隠してしまう。
どうりでツクヨミが持って来た時も鞘に入っていた訳だ。
俺は再び引き籠りと化した正宗を収納すると溜息を付きながらクレハの前に着地する。
「あ、あの?今のはもしかして・・・。」
「ああ、ここを護ってたらしい白蛇だな。神使のクセに敵になってたみたいだけど起きるとまた五月蠅そうだから早く行こう。」
「え、は、はい。でもどうやってでしょうか?船は何処にも見当たりませんが。」
まあ、船は見えないのは仕方が無いだろう。
さっきまでこの付近は波が荒れてて置いてあった船も全て沈んでいる。
だからここは俺が連れて行くしか方法はないので即座に行動に移した。
「まあ、こうやって行くしかないよな。」
「え?きゃあ~~~!」
「「「きゃあ~!」」」
俺が抱え上げて飛び上るとクレハは俺にしがみ付いて悲鳴を上げる。
そして、それを見ていた他の巫女たちはなんだか黄色っぽい?悲鳴を上げてこちらを笑いながら見送ってくれる。
アイツ等は最初こそ余裕が無さそうだったのに意外とそうでなかったのかもしれない。
ここの事は後で支部の方にも話を通しておけば救助か食料を運んでもらえるだろう。
それにしてもクレハは最初こそ悲鳴を上げていたのに今はとても楽しそうだ。
チラチラとこちらの顔を窺いながら周囲の景色を見回して笑顔を浮かべている。
今までは病気で寝ていたりして自由なんてなかったのだろうから今の僅かな時間くらいは好きにさせてやるべきだろう。
そして到着すると俺は地上に降りてさっきの老人が待っている白虎の支部へと入って行った。
「ただいま。」
「早かったのう。問題は無かったか?」
「ああ、大した問題はなかったよ。」
するとなんだか背後から冷たい視線を感じ始めたので振り向くとクレハが何かを言いたそうなジト目を向けている
だけど俺は嘘はついてはおらず、あの程度の事は良くある事で今までの事からすれば大した事でもない。
それに敵はたったの1人、又は1匹だったので対処も簡単で苦戦どころか怪我すらしていないのだからこのような報告になるのは仕方ないだろう。
「それよりも頼んだぞミズメ。」
「うん。」
ミズメは返事をして立ち上がるとクレハの前に立ち握手を求める様に手を伸ばした。
するとクレハの視線がそちらではなく何故か俺へと向けられる。
その目はせっかく普通に戻れるのに何故か今にも泣き出しそうになっている。
「あの・・・もし私が普通になると・・お別れなのでしょうか?」
「俺達は次の目的地に向かわないといけないからここでお別れだな。」
「そうですか・・・。」
クレハは途端に落ち込んでしまいその視線がミズメへと向けられる。
その目は何かを羨んでいるような嫉妬しているようなそんな目だけどミズメはそれを真直ぐに見つめ返した。
しかしミズメが耳元で何かを呟くとクレハの顔が驚愕へと変わっていく。
「アナタは頑張って幸せになってね。」
「・・・はい。」
何を言ったのかははっきりと聞こえなかったけど、クレハは素直にミズメの手を握って力の移譲を終える。
そして互いに辛そうに笑うとクレハは老人の許へと向かって行った。
きっとこの人なら彼女を任せても大丈夫だろう。
「それなら俺達はそろそろ行くよ。」
「そうか。しかし今日はもう遅い。宿に泊まって行くと良い。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
そして俺達は支部を出ると宿を探して歩き出した。
その頃支部に残ったクレハと支部長は・・・。
「あの・・・私をあの神社の巫女にしてもらえますか?」
「良いのか?あそこは貞操観念が強い所だぞ。あのミズメと言う娘に聞いたがせっかく自由になれたのだろう。」
しかしクレハは決意を固めた視線で老人を射貫いて首を縦に振った。
「構いません。彼女は私に幸せになる様に言いましたが、さっきの話を聞いてしまうと私だけが幸せになんてなれません。」
「あの子は何と?」
するとその問いにクレハは辛そうに首を横に振った。
ミズメはあの時にしばらくは誰にも言わないでと念を押したからだ。
特にハルには絶対に知られない様にと。
「ごめんなさい。今は言えないのです。」
「それなら無理には聞かん。それとお主の事は儂の方で手配をしておこう。」
「ありがとうございます。」
そして2人はハルヤ達の出て行った先を見詰め、心に影を落とすのだった。




