16 魔物の群れ
空を飛んで現地に到着すると空から戦場が一望できるのだけど、やはりテレビで見るのと実際に見るのとでは迫力が違う。
ただしヘリのモーター音を上回る砲撃音がここまで届いているけど外的衝撃として全てカットされてしまっている。
そのためテレビの音とそれほど変わらないので視覚以外の臨場感が全くない。
そして今も魔物は諦める事なく執拗に周囲へ広がろうと動いており、それを自衛隊の大型機関銃が行く手を阻んで押し返している。
実際、俺達の報酬は1人1000万円でちゃんとリリーの分も了承されているので合わせて8000万円だ。
そして、あそこで湯水のごとく使われている弾薬がいったい何億円になるのか見当もつかない。
「やっぱり8000万円は安すぎる気がして来たな。」
しかし契約を交わした以上は仕方がない。
ポーションと蘇生薬の売り上げもあるのでしばらく資金に困る事はないだろう。
ちなみに今回のドロップ品の全ては一部を除いて国に所有権がある。
例外の一部は戦闘中に怪我をした時などは使用を許可されており、もちろん誰かが死んだ時も同様だ。
そしてヘリが着陸するとそこには別の自衛官が待機していて俺達は男女に分かれて大きなテントに案内された。
「これを着てください。」
そう言って渡されたのは自衛隊の迷彩服だ。
いたる所に防弾加工がされていて鎧の様になっている。
ここから分かる様に俺達は一般参加だけど報道される時は自衛隊員として紹介される。
そういう事で顔出しはNGなのでテレビ局は全てシャットアウトされている。
自衛隊のカメラマンが撮影し、顔が出ていない場面を繋ぎ合わせて放送に使うそうだ
だから日本のお茶の間に放送されるのは過去の映像となるのだけど、現代の技術ならそれ程の誤差は出ないだろう。
ただ、俺達の中で唯一顔出しOKな逸材がいる。
それは愛犬のリリーなので今はしっかりとブラッシングをしたり首に可愛いバンダナを巻くなどしておめかし中だ。
まさか戦車砲すら効かない魔物を犬が倒すとは誰も思わないだろう。
それにきっと何処のご家庭でも視聴率アップは間違いなしだ。
そして着替えが終わって戦場へと向かうと、そこでは今でも自衛隊による攻撃が続けられている。
しかし俺達の登場と同時に一部の攻撃が止まり、目に見えない道が形成されて魔物たちはそこを通ってこちらへと押し寄せて来た。
すると再び櫓の上から攻撃が加えられ魔物の流れが分断される。
どうやら今のように一部だけを分断して少しずつ削っていく作戦のようだ。
ただしそれでも数十匹が此方に押し寄せて来るので油断は出来ない。
そして敵は豚顔のオークで小さい個体で100センチ。
大きな個体で200センチを超えている。
手にはナイフや棍棒を持っており振り回しながら向かって来る。
この数日もの間ずっと押し返されて来た事が頭に来ているのかどの魔物も目を血走らせている。
初めて対峙する者ならこれだけで逃げ出してしまいそうだが俺達にとってそれは関係ない。
焦りも恐怖も無く、それぞれの得物を手にするといつもの様に前へと踏み出した。
「俺が先頭で突撃するから父さん達は左右をお願い。アケミたちは魔法で相手の速度を抑えてくれ。」
俺の言葉にそれぞれに行動が開始される。
父さんとリクさんは俺の斜め後方に付き、その後ろに母さんとナギさんが並んでいる。
そしてアケミとユウナはリリーに付いて後方に待機し魔法の詠唱に入った。
『『業火よ。』』
「ワン。」
「いつもながらにリリーの詠唱はすこぶる早いな。」
そして放物線を描いて火球が頭上を飛んで行くと先頭集団を巻き込んで周囲を火の海に変えた。
しかし、それで止まる魔物ではないく、炎の壁を突き破り次々に後続の魔物が姿を現し始める。
それでも先程の様な速度はなく俺達はそのタイミングで攻撃を仕掛けた。
剣を振り切りダメージを受けている数体の魔物を一撃で葬り、左右でも父さん達が魔物を倒しているのが目に入る。
そして、援護するように後ろから母さんたちが突きを放って敵の動きを牽制する。
それにここに居るのは俺達にとっては雑魚ばかりだ。
戦闘した感じだと一番大きな個体で動きはホブよりも遅くて代わりに力は強く、1撃は重いけど父さん達なら十分に耐える事が出来そうだ。
俺は速度重視で盾を持っていないので相手の懐に入りスキルと力に任せて切り捨てて行く。
たった数十匹程度なら数分で片付いてしまうのでハッキリ言って速度が遅い分ホブの方が強敵に思える。
しかしダンジョン内にはまだまだ大量の魔物が待機しているはずだ。
ここから見えるだけでも300は超えていそうなので今日中には見える分だけでも倒しておきたい。
そういえば手榴弾の効果はまだ確認が出来ていないが、投擲だから効果があるかもしれない。
貰えるなら後で試して効果の程をテストさせてもらいたい。。
そんな事を考えていると一度目の戦闘が終わったので自衛隊員たちが駆け寄って来てドロップアイテムを回収していく。
鑑定して見るとここでも回復薬と蘇生薬は無事にドロップしてようで、あれだけあれば死体の残っている犠牲者は生き返るだろう。
そして俺達も彼らと一緒に一度下がると銃声に負けない程の歓声が沸き起こった。
ここ数日を掛けても倒す事の出来ない敵に攻撃を続けた彼らもかなりの焦燥を感じていたのかもしれない。
そして自衛官の1人が俺達の前まで掛け寄って来ると確認のために声を掛けて来た。
「これからまたすぐに戦闘に入られますか?」
「今日中にあそこに居るくらいは処理したいからあと4回は連続で戦闘を行います。それが済んだらまた声を掛けてみてください。」
「分かりました。ご武運をお祈りしております。」
そう言って下がって行くと少しして再び道が開かれた。
ただ今回は敵も分かっていたのかタイミングを合わせて押し寄せてくる。
そのため押し返すのに失敗して100近くが此方に向かって来てしまった。
「少し多いな。」
出来れば50くらいが良いのだけど来たものはしょうがない。
俺は切り札を切るためにリリーに声を掛けた。
「リリー、複合魔法はいけそうか?」
「ワン。」
俺の問いかけにリリーは自信ありげに頷いてくれる。
これは今の段階では一人では出来ず、リリーに一番負担が掛かる。
でも大丈夫ならここで一つ大きな見せ場を作ろうと思う。
「アケミ、ユウナ。頼んだぞ。」
「任してお兄ちゃん。私の熱い愛を見せてあげるから。」
「わ、私も負けません!」
2人はそう言って気合を入れるとユウナの口から呪文が紡がれる。
『水よ、風に変じて渦を巻け。』
するとユウなの前に俺よりも大きな水の球が浮かび消えていった。
それを見て次にアケミが呪文を紡ぐ。
『風よ、渦を巻きて眼前の敵を飲み込め。』
すると今度は竜巻が起きてモンスター達を飲み込んでいくけど魔法自体は広範囲なので攻撃力は無いに等しい。
そして最後にリリーがそこに加わって最後の仕上げに入る。
「ワン、ワン。」
あのリリーですら二回吠えないといけないのでこの魔法の難易度が分かるだろう?
(ちょと分からないな。)
やっぱりリリーの詠唱はおかしい気がする。
しかし、結果を見れば狙い通りの現象が起きた。
『ゴオオーーー!!』
「「「ギャアアーーー!!!」」」
俺達の目の前には魔物の群れを飲み込む程の巨大な炎の竜巻が発生している。
それによって魔物たちは次々に命を奪われ、炎の中で消えていった。
これは俺も少し前に知ったのだけど、アケミたちが考え出したオリジナルの魔法だ。
そしてユウナが最初に行った事は水を消したのではなく、水素と酸素の気体に変化させて拡散しない様に前方に集めていた。
アケミはそれを更に風に乗せて移動させ魔物を包み込む様に操作していた。
そしておそらくリリーは呪文で『業火よ。渦を巻きて眼前の敵を焼き尽くせ。』みたいな呪文を言ったはずだ。
二回吠えただけなので分からないけど炎の魔法を示す業火と複合魔法に重要な部分である同じワード。
渦を巻きてという所は確かに含まれているはずだ。
複合魔法は決まりがあるらしくて現象を示すワードは変わっても良いけど動きを示すワードは合わせないといけないらしい。
何とも難しくて俺には理解が出来ないけど、だからリリーに知力で負けているのかもしれない。
そして魔物は一瞬で倒され、そこにはドロップアイテムだけが残された。
回収に行きたいけど地面はかなりの高温になっているので少し待った方が良さそうだ。
それが分かっているのかしばらく来ないはずの自衛隊員が俺の許にやって来た。
「先程はすみません。すぐに機銃を増やして対応が出来るように強化します。それとアイテムを回収するために少し時間を頂けますか?」
「構いませんよ。そちらも時間が必要でしょうし。」
「ありがとうございます。」
「そうだ。ついでに手榴弾を頂けますか?こちらが行った実験で銃はダメでも投擲ならダメージが与えられるみたいなんです。ちょっと試しても良いですか?」
「分かりました。すぐに用意させます。」
そう言って自衛隊員は下がって行ってしばらくすると地面がある程度冷えたのでアイテムの回収が始まった。
俺の所にも注文の品が届けられたので早速使わせてもらう事にした。
「一度投げてみたかったんだよね。」
「息子よ気が合うな。父さんも同じだ。」
「やっぱり男のロマンだよな。」
俺達はそれぞれの手に手榴弾を持って安全ピンを抜くと思いっきりモンスターに向かって投げつけた。
そして見事に命中すると、それと同時に爆発が周囲を巻き込んだ。
「ん~。効果があるのは1匹だけか。」
見ると命中した魔物は爆発で消えてしまっているけど他の魔物にはダメージが無さそうだ。
ただし数を投げれば簡単に減らせそうなので200個もあれば見えている魔物は全滅させられるだろう。
しかし、ここから魔物までは100メートル以上はある。
銃弾も飛び交っているので百発百中とはいかないだろう。
そして準備してもらった手榴弾50個は使い切って1クール分の予定は昇華しておいた。
少し時間が掛かったので他のメンバーには良い休憩になっただろう。
そして、その日の内に俺達は500ほどの魔物を倒して夜を迎えた。
途中でダンジョン内から魔物が追加されて数が増えてしまったが、今のところ問題は起きていない
当然、夜になっても自衛隊の戦闘は続くけど、あちらは定期的に交代している。
俺達はずっと出っぱなしなのでしばらく休憩させてもらう事になり、それで自衛隊が準備してくれたのは糧食の缶詰だった。
以外と美味しいので文句を言う人は居らず、逆に新鮮な経験なので話題性はあるだろう。
ただ解せないのはリリーのご飯だけど、何が出てくるのかと思えば霜降り肉がお皿に乗って現れた。
どうやらリリーの戦う姿に感動した隊員がお肉を手に入れて来たらしく、両面を強火で焼かれた表面からは芳醇な肉汁が溢れている。
しかし人間が缶詰で犬が霜降り肉なのでこれはこれで新鮮な経験を味合わせてもらった。
お肉も味合わせてもらいたいが、箸を向けると凄い顔で睨まれてしまった。
そして食べ終わったリリーはもちろんご満悦でお皿も隅々まで嘗め回してピカピカに磨き上げている。
そして俺は今日の戦闘でステータスが変化したかを確認してみた。
ハルヤ
レベル13→15
力 55→59
防御 42→46
魔力 13→15
スキル
剣術 槍術 鑑定 索敵 瞬動→縮地 身体強化
どうやら今日の戦闘でレベルが上がったみたいで、更に瞬動が縮地に進化している。
戦っていて速度が増したなと思ってたけどこれのおかげだったようだ。
それに今日で魔石もかなり集める事が出来ていて、これに関してはあちらでの利用方法は無いので全て貰い受う事が出来た。
ポーションと蘇生薬をあちらが総取りしているのでこれ位は貰わないと割に合わない。
そして仲良く皆で分けた結果、魔石ポイントが5も入手できたので力に全振りして59を64に上昇させておく。
しかし戦闘中に感じた通り、こちらの魔物の方が少し手強いというかタフさがある。
レベルが上がったのは2と少ないけど、その中の大半はゴブリンで言えばミドル以下だ。
ホブクラスは100も居なかったのにこの成果なら満足しても良いだろう。
そして今日はもう一つ収穫があり魔法を使うと疲れるという事が判明した。
今までは疲労が出る程まで魔法を使った事が無かったので分からなかったが、その疲労はポーションを飲むと回復させることが可能だ。
ただ、ポーションが万能なのかもしれないし精神的な疲れが肉体に影響を与えているのかもしれない。
ただポーションを飲めば再び魔法を使えるようになる事が分かったので重要度は増したと言えるだろう。
そして俺達は軽く仮眠を取って頭をリフレッシュさせるとポーションを飲んで立ち上がった。
それにしてもリクさんが言っていた通り寝起きにこれは最高だと思う。
一瞬で頭が覚醒して最高の目覚めを提供し、心身ともに安定して今までで一番清々しい気分だ。
その後、俺達は魔物を殲滅するために再び戦場へと向かって行った。




