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148 信頼

その夜は怒りが晴れる事がなく、一睡もせずに気が付けば朝になっていた。

外では小鳥の囀りが幾つも聞こえ、登った太陽の光が障子を通り抜けて部屋を照らしてくれる。

しかし自分に向けた怒りがどうしても抑える事が出来ない。

すると朝日を受けて目を覚ましたミズメが瞼を薄く開けて体を起こした。

そして周囲を見回し俺を見つけると少し心配そうにしながら隣へとやってくる。


「おはよ。どうしたの?」

「問題ない。もう少し寝てても良いんだぞ。」


自分としては優しく言うつもりだったのに、無意識にぶっきらぼうな言い方になってしまった。

するとミズメは俺を抱きしめると耳元で優しく囁き返して来る。


「問題なくないよ。今のハルは凄く辛そう。もし何かあったなら話して欲しいな。辛い時は皆で分け合うと楽になるんだよ。」


ミズメはこう言っているけど、これまで受けた心の傷だって癒えているはずはない。

自分ではどうする事も出来なかった理不尽な痛みと悲しみに体は治っても今も心がボロボロのはずだ。

それなのに俺の自分勝手な怒りまで請け負おうと言ってくれる。

そういえばアズサも強がりでお節介なところがあった事を思い出した。

やっぱりアズサとミズメは全く違う人間だけど魂という深い部分で似ているのかもしれない。

俺はそう思うと怒りが薄れ自然と笑みが浮かぶのを感じた。


「どうしたの急に笑って?」

「いや、何でもないよ。」


そして俺は自然な動きでミズメの頬に唇で触れる。

すると彼女は「え?」と言葉を零して飛びのくと混乱気味に俺を見て来た。


「な!?は?何!?」

「よし!気分も良くなったからそろそろ動くか。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!今のは何なのよ!?」


そして歩き出した俺の背中にミズメは声を荒げ、追いかけようとして足を止めた。

まあ子供にキスされたくらいだからすぐに立ち直るだろう。

俺は気分を切り替えるために昨日も入った露店へと向かい、そこで朝風呂に入る事にした。

しかし、その時の俺は余裕が無くて気付かなかったけど、どうやら2人の女豹にミズメとのやり取りを見られていたようだ。

そのため俺が温泉に入っているとその2人が扉を開けてタオルも巻かずに突撃して来た。


「兄ちゃんおはよ~!」

「おはようございます!」


そしてアケは湯へと飛び込み、ユウは片足ずつそっと入ってくる。

しかし2人はロックオン済みのミサイルの様に俺の所まで来ると、見事な連携で両隣へと移動し腕を抱きしめた。


「捕獲完了!」

「浮気者を捕縛したのです。」

「もしかしてさっきの見てたのか?」

「最初から最後まで。」

「一部始終。」


その言葉から、さっきのミズメとのやり取りを2人に見られていた事が分かった。

色々と余裕がない精神状態だったと言っても少し迂闊だったかもしれない。

この年齢の女の子には頬へのキスでも刺激が強過ぎたみたいだ。

しかし、まさか10歳の見た目で浮気がどうのと言われるとは思わなかった。


そしてアケとユウはまるでフグの様に頬を膨らませて上目遣いに睨みつけて来る。

これはこれで可愛いのだけど、せっかくの旅行で機嫌が悪いままでは楽しめないだろう。

それにこうして自分の気持ちを表に出すようになるのは悪い事じゃない。

今まで自分を押し殺した生活を強いられてきたので2人にとっては良い傾向だと思う。


「なら、2人には親愛のキスだな。」


そして2人の頬にも軽くキスを送ると膨らんでいた頬が『プシュ~』と萎み、自分の頬に手を当てると『ニヘラ』と緩んだ笑みを浮かべた。


「にゅふふ~。」

「みゃはは~。」


何やら変な笑い方をしているけど、機嫌が直ったのは一目で分かる。

その後はしばらく風呂に浸かり、朝食を作る匂いがしてきたので湯から上がると脱衣所へと向かって行った。

そして部屋に戻るとミズメは顔を赤くしてしまい、何処かに隠れようとあたふたし始める。

それにしてもちょっと頬に口が触れただけなのにここまで動揺するとは思わなかった。


「そういえば今日は料理を作りに行かなくて良いのか?」

「き、昨日は特別よ!私だってゆっくりしたかったのにモモカさんが無理やり・・・。」

「え~ミズメもあの時ノリノリだったよ~。」

「お兄さんに美味しい魚を食べさせてあげるって腕まくりしてました~。」

「ア、アナタ達、もしかして見てたの!?」

「「そんな気がしただけ~。」」


そう言ってアケとユウは俺の背後でクスクスと笑い、手玉に取られたミズメは恥ずかしくなったのか、顔を袖で隠すとその場でしゃがみ込んでしまった。

それにしても、この年の子に良い様に扱われるとはミズメもまだまだ子供だな。


しかし昨日見た厨房の手伝いが俺の為だとは良い情報を聞かせてもらった。

やっぱり以前から感じていた様にこういうミズメの行動はちょっとだけ嬉しく感じる。

ただ、それも自覚しなければ気のせいかと思うくらいに僅かな感情の揺らめきだ。

だから今まであまり気にしていなかったんだけど、意識するようになってからは明確に感じる事が出来る様になった。


「そんな事よりもそろそろ行くぞ。」

「う~・・・。そんな事じゃないもん・・・。」

「ハイハイ。そういうのは後で聞いてやるからな。」


俺はそう言ってミズメの手を握ると軽く引いて立たせてやる。

そして、その手を離すと次にアケとユウの手を取って歩き出した。

するとミズメも朝食の誘惑と食欲をそそる匂いに負けたのか、渋々と言った感じで後ろを付いてくる。


「なんだか今朝からハルが微妙に優しい気がする。微妙に・・・。」


しかし何故か微妙微妙と念を押す様に2回も言われてしまった。

もしかしてあのまま手を握って歩きたかったのか?

でも幼い2人を差し置いてミズメを優先する訳にはいかない。


「は~、何で人間の手は2本しかないんだ。・・・そうか!もしかして腕を1本切り取って背中に埋め込んだ後に再生させれば3本に増えるんじゃあ!?」

「何を馬鹿な事を言っておるんじゃ。」


そして食事を食べる部屋の前まで来ると反対から爺さんとモモカさんがやって来た。

どうやら俺の独り言が聞かれていたみたいだ。


「いや、腕が3本あれば3人と手を握れるなと。」

「そんな事をしても関節はどうするのじゃ。自由に動かせん腕など戦いの邪魔になるだけじゃ。」

「いや、だから手を繋げれば良いだけで。」

「気持ち悪いから止めい!」


どうやら本音はそちらだったみたいだ。

それに考えてみればこの体は借り物なので俺が抜けた後で腕が3本あったら驚かせてしまうだろう。

仕方ないのでこの案は破棄するしかなさそうだ。


「そんな事よりも飯を食ったら出かけるぞ。ここに来たもう1つの目的を忘れるな。」

「そうだったな。昨日は海賊を退治してたら1日が終わったからな。今日は3人を連れて町を散策しないと来た意味がない。」

「そうじゃ、これから町を回って良い土地を探して「美味い食べ物屋を探して」。」

「「え!?」」


おかしいな。

途中まで話がかみ合っていたと思ってたんだけど、どうしてこうなってしまったんだ?


「ハルよ・・・。もしや目的を忘れておらんじゃろうな?」

「ハハハ、当然覚えているさ。旅の醍醐味は食べ歩きに在り!飯の後は町に繰り出して今でこそ食べられる食材や料理の数々を・・・。」

「馬鹿もーん!それは土地を決めてからじゃ!」


(結局はするんじゃないか。それなら子供の俺達は遊んでても良いだろ。)


「ここへは支部の移動の為に来たと言うておいたじゃろ。もっと北の海峡付近の方が便利じゃと言ったのを、お前が温泉の近くが良いと言うからここに来たんじゃろうが!」

「そう言ってるけど爺さんも賛成しただろ。ここなら四国経由で本州にも行きやすいからって。」

「ちゃんと覚えておるではないか!」

「しまった!嵌められたか!。」


まあ本気で忘れていたんだけど話してたら思い出してきた。

何でも九州南部の端っこだと今後が色々と不便なのでもっと利便性のある所へ移ろうという事になったのだ。

それに青龍メンバーのダイゴによって俺の事は中央へと伝達され、玄武以外の各支部は九州を放棄する事に決めたらしい。

きっと最弱である玄武では九州を魔物から護りきれないと思っていて、泣き付くとでも思っているのだろう。

でも残念な事に俺やアンドウさん達のおかげで既に九州の魔物の殆どが討伐済みだ。

後はアンドウさんの部下で戦闘の苦手な下忍以下の人達が監視と諜報を担当しているので組織が見張っていた時よりも魔物の被害は激減している。

後は恭順を示さない残りの2割のエリアをどうにかすればこの地は平和になる。

そうすれば安定して人々が平穏に暮らせるようになり、邪神も手が出し難くなって咎人の発生率が下がる好循環が出来上がる。


ちなみに伝達には鳩を使うらしくそれによって通信機器が発達していないこの時代でも素早く情報のやり取りが出来るそうだ。

何でもその為の鳩の飼育場は各地に存在し、ここにもあるらしい。

そしてダイゴは九州に居られなくなったのでそのまま四国へと渡ってもらった。

支部の近くまでは俺が連れて行ったので今はそこで情報と内部のスパイ活動をしてもらっている。

出来れば俺が行くまでは無理をせずに可能な範囲で情報を集めてもらいたい。

アイツにはこれからもまだまだ役に立ってもらわないといけないので死なれたらこちらも困る。


「それでは飯を食ったらさっそく出かけるぞ。」

「分かりましたよ。ミズメもあんまり食べ過ぎるなよ。外でも色々食べさせてやるからな。」

「ハル、嬉しいけど・・・私は何も返せないよ。」

「気にするな。お前が少しでも笑っててくれたらそれで良いんだからな。」

「ちょ、ちょっとどうしたのよ!もしかして熱でもあるの!?」


するとミズメは俺の前髪を上げて額と額を突き合わせてきた。

手だけでも確認は出来るのに意外と大胆だけど、もしかして本気で心配してくれてるのだろうか?

俺はそんなミズメに微笑むと数センチしか離れていない瞳を覗き込んで言葉を返した。


「形としてはお前が年上だけど実質的な保護者は俺だ。お前もこの2人みたいにもう少し我儘とか言っても良いんだぞ。」

「う~、なんだか悔しいけど・・・でも・・・。」


するとその視線が逸れると同時に表情に影が差した。

そう言えばコイツは家族や周りからも疎まれていたと話してたのでアケとユウの様に他人に甘える事に慣れていないのかもしれない。

2人の場合は俺が最初から傍に居たので今の様に短期間で甘えるようになったけど、ミズメにはそういう存在が居なかったのだろう。


「それなら俺で甘える練習をしてみろ。この2人を参考にすれば簡単だろ。」


すると2人は繋いだ手を離して俺の体へと抱き着いてくる。本当に家から出てから甘えん坊になってしまったな。


「ほらな。それと、そろそろ額を離さないか。さっきから息が掛かってるぞ。」

「へ・・・ひゃあっ!」


どうやら、ようやく自分の取っていた行動を自覚したみたいだ。

合わせていた額が急激に熱くなり、顔を真っ赤にしてから離れて行く。

それにしても最初に出会った時に比べると感情も豊かになって来たようだ。

これが再び失われない様にこれから激化する戦いの中でもしっかり守ってやらないといけない。


「アラアラ、なんだか秋なのに夏が戻って来たみたいね。」

「モ、モモカさん!」

「アナタも甘えられる相手にはもっと素直に甘えなさい。男は気になる女の子には甘えて欲しいものなのよ。」

「そ、そんな事・・言ったって・・。」


ミズメはどうしたら良いのか分からず、こちらへと視線を向けてくる。

それに対して俺は軽く頷き空いている手を困った顔のミズメに乗せて優しく撫でてやる。


「本当に良いの?私はこんなに汚れてるのに・・・。」

「でもお前の心と魂は今も綺麗だろ。だから失くしてしまった事を嘆くよりも今あるモノに自信を持って欲しい。もしこれからそれさえも穢そうとする奴が居ればその全てから護ってやるよ。」


するとミズメの目から涙が浮かび、頬を伝って床へと落ちて行く。

そして躊躇いながらもぎこちない動きで手を伸ばして来る。


「ハル・・・。」

「だから遠慮するなって言ったろ。」


俺はその手を握ってやるとそのまま引き寄せて抱きしめる。

こういう時は言葉よりも行動で示してやらないと本当の意味では理解してくれないだろう。

それでなくてもミズメは何度も裏切られて絶望を味合わされている。

どうしても他人を信じる事に臆病になってしまうのだろう。


「ハル・・・アナタを信じても良いの?」

「信じるか信じないかはお前の自由だ。でも俺は信じて欲しいと思てる。」

「うん・・・信じる!これからアナタと別れる最後の時までハルの事を信じるわ!」

「・・ああ。」


俺は一瞬だけ言葉に詰まったけどなんとか頷きを返す。

でも、この時の俺とミズメの間には大きな認識の違いが有り、それは別れと一緒に大事な出会いをもたらしてくれる事になる。

しかし今はそれを予想する事すら出来ず、目の前にある温もりを感じながら新たに生まれた目的に胸を熱くするのだった。

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