14 準備 ②
ダンジョンに入って最初にしたのはランニングだった。
時間を無駄にしたくないのが一番の理由だけど調査はしないといけない。
今なら魔物を完全に駆除して数時間は経過しているのでランダム発生ならそろそろ1匹くらいは居るはずだ。
そして、調査の結果は発見数が0。
そうなると可能性があるのは0時か俺にメッセージが届いた2時あたりになる。
今日は残ってそのどちらが発生タイミングか確認したい。
俺達は時間を合わせて階段の前に集合すると、そのまま3階層まで駆け抜けた。
2人とも日頃から運動しているからか1時間のランニングも軽くこなしてくれる。
どちらかと言えば俺の方が少し辛いくらいなので基礎力を鍛えておかないといけない。
その辺はステータスの数値には出ないのだけど装備できる重量から見て肉体を鍛えることは有効であることが分かっている。
そして4階層に降りるとしばらく進んだ所でホブを発見できた。
今回は後衛が居ないのでホブとの戦闘に慣れるまで3人で戦う事のしている。
力は父さんが一番なので先頭に立ってもらい、俺が剣を持つ手である左に付き、リクさんが盾のある安全な右側に付く。
そして陣形を整えるとタイミングを合わせてホブへと向かって突撃を行った。
「やーーー!」
父さんは気合の声を出してホブの気を引くと攻撃に備えて盾を構える。
そしてホブの重い一撃が放たれ、それを見事に盾で防ぎ正面から動きを止めた。
「今だ!」
「了解。」
「任せろ。」
次の瞬間には俺が剣を持つ手を斬り飛ばしリクさんは盾の隙間から横腹へと突きを放った。
これで攻撃力が低下して危険性が下がり、横腹への攻撃も内臓まで届く深い傷となっている。
「ゲゲガー!」
「これで終わりだ!」
そして盾へと負荷が無くなった父さんは刀を上段に構えると容赦なく首をを深く斬り裂いて止めを差した。
この様子なら父さんは今でも1人でも戦えそうなのでこのまま鍛えていけば安全マージンも次第に広がるだろう。
後はリクさんが1人でもホブと戦えるようになってくれれば今日のところは終了となり目的も達成したと言える。
ただ、そこまで魔物が残ってると良いのだけど、昼間にそれなりの数を倒したのでこの階層にはあまり期待が出来そうにない。。
この調子なら次の階層を目指しても良さそうだけど出来ればそれは明日以降にしたい。
今はメンバーが揃っていないし状態も万全ではないので危険を感じる。
それに5階層や10階層はきりの言い数字なので小説とかだと危険な階層なので今の段階では向かうべきじゃないだろう。
そして俺達はダンジョンを進み20匹ほどのホブを倒したので昼間と合わせれば40匹を越えている。
そしてなんとかリクさんもレベルが10へと上がったが俺もこれだけ倒すとレベルが上がっている。
ハルヤ
レベル11→13
力 43→47
防御 32→36
魔力 11→13
更に魔石での強化も行い
力 47→55
防御 36→42
ここまで強化している。
恐らく、ここまで数値が上がれば俺も盾の装備は可能になっているだろう。
でも、そろそろホブでもレベルが上がり難くなっているし魔石ポイントの上りも悪くなっている。
俺だけなら次のステップに向かうべき時なのだろうけど、今日は時間も良くなってきたので一度ダンジョンの外へと出る事にした。
「今日はそろそろ二人は帰った方が良いんじゃない?」
「そうだな。明日も早いからそろそろ帰らないと朝が堪えそうだ。」
「社会人の辛い所だな。今のところは大丈夫だがこのままだと両立は難しくなりそうだ。」
確かに今はレベルを揃えていられるが、自由に出来る時間は父さん達2人が1番少ない。
更に下へと向かう時には泊まりになる可能性も高く、そんな事が出来るのは年に数回だけだ。
メンバーの半分以上がそれだといずれは強さに差が出てしまうしダンジョンの問題にも対応しきれない。
俺達はその辺の事を悩みながら情報を共有し外へと向かって行ると父さん達が仕事に関する話を始めた。
「実は他の二つのダンジョンの状況が悪いせいでいたる所に問題が出始めているんだ。」
「そちらもですか。こちらも一部の商品で入荷が遅くなったりしていて困ってます。」
日本は一つの会社で全てを作っている所が少ないからだ。
例えば車、テレビ、エアコンだってたくさんの下請け会社が大手メーカーを支えており、一つでも止まれば製造ラインが止まってしまう。
まだ、そこまでの影響はないとしても一部の下請けには影響が出始めているのだろう。
大手も在庫が切れれば製造ラインを止めるしかなく、場所が悪ければインフラ関係も心配になってくる。
この辺は大丈夫だけどダンジョン周辺は広い範囲で交通規制もされている。
避難先がすぐに決まるわけでもなく、移り住んでもすぐに仕事を始められる訳でもない。
こっちはこんなに対応が早いのにあちらはやけに遅いので、それだけ被害が大きくなっていると言う事だろう。
そして外に出て人を見送ると俺はそこでUターンしてダンジョンへと戻って行った。
時計ではあと少しで0時になるので、まずは精神を研ぎ澄ましてダンジョン内を歩き回る。
すると時計の針が0時を差した時に変化が生まれ、突然ダンジョン内に僅かな気配を感じ取った。
それは次第に確かに感じられる物になり、方向も分かるようになってくる。
「気配はこっちか!」
スキルの示す先へと駆け出すと、その先には黒い粒子が渦を巻き魔物が生まれる瞬間だった。
見ていると粒子は次第に子供のような姿へとなり形を形成している。
そして黒かった肌は次第に緑へと変わり、最後に閉じられていた目が開かれると耳障りな産声を上げている。
「ギゲゲゲーー・・ヘブシ。」
もちろん魔物なので実体化した直後に容赦なく始末しました。
それにこれで魔物が何時ごろ、どの様にして発生するかも分かったので要請が掛かったら発生と同時に可能な限り殲滅をしてから向かえば良い。
そして新たに得た貴重な情報を持って家へと帰ると風呂に入って眠りに就いた。
そして、次の日になって美味しい~美味しい~朝食を食べていると来客がやって来た。
「いったい誰かな?」
「配達にしては早いわね。」
そして俺達は首を傾げながらドアホンを覗くとそこには背広を着た男が立っていた。
背筋を伸ばしたその姿から何処かのセールスマンの様にも見えるがこんな早朝に迷惑甚だしい。
門の所に付けてある『セールスお断り』の札が見えなかったのかと呟きつつ、仕方なく受話器を取って声を掛けた。
「すみません。ウチはセールスお断りです。」
それだけ言って受話器を置くと再びベルが鳴ったので、どうやら日本語が分からなかったようだ。
しかし今度は俺が受話器を取る前にあちらから話しかけて来た。
「私は政府の者です。少しお話を宜しいでしょうか?」
俺は仕方なく立ち上がると扉を開けるために玄関へと向かって行った。
そして、扉を開けるとそこには先程の男と、その後ろにはツキミヤさんが待機している。
どうやらここまで男を案内してきたのは彼のようで一度来た事があるので適任ではあるのだろう。
すると俺の足元へ突然リリーがやって来ると鋭い目で睨み付けて牙まで剥き始めた。
「ウ~~~。ワンワンワン!」
「うおあ。」
するとリリーは男に対して全力で吠えたて顔に皺を寄せて睨みつけた。
それを見て男は後ずさりしながら驚きと恐怖に表情を歪める。
どうやらリリーは吠えると同時に魔法も使い空気を振動させて衝撃波も放っているみたいだ。
男の着ている服がまるで扇風機の風を受けているかのようになびき、セットしていた髪が乱れてしまっている。
(犬なのに俺達の中で一番魔法を器用に使っているな~。)
しかしリリーは滅多に人に吠えないのに、ここのまでの反応はあまり良くない兆候だ。
きっと何かを嗅ぎ取ったのだろうけど相手は政府から来た人間という事で俺は仕方なく靴を履いて外に出ると後ろ手に扉を閉めた。
「お騒がせしました。」
「い、いえ。それよりも今日はお願いがあって来ました。」
要請ではなくお願いか。
いったいどんなお願いなのやら。
『ドンドンドン!』
「あ、あの。扉は大丈夫ですか?」
リリーが少し暴れているのだろうけど数値は低くてもレベルの上昇で強化はされているので人が扉を叩くくらいの音は響いている。
壊すと父さんと母さんから叱られるから手加減もしているのだろう。
「気にしないでください。それでどんなお願いですか?」
「実は回復薬と蘇生薬を売っていただきたいのです。」
そう言って男は先程と違い落ち着いた手つきでカバンからファイルを取り出した。
するとそこには今の俺でもちょっと顔を顰めたくなるような内容が書かれている。
当然ツキミヤさんもそれに気付いて用紙を覗き込むけど俺以上に表情を歪めていた。
と、言うよりも今にも掴みかかって殴りそうだ。
「お前、これを本気で言ってるのか?」
「それは我々が算出した正当な金額です。」
「その我々ってのは誰だ?」
「お答えする義務はありません。」
「まあ、検討だけするので帰ってもらって良いですよ。」
そんな中で俺は冷静な声で返事を返す。
今の時点で検討だけと言っている為、相手にはこちらに不満があるのは伝わっているだろう。
すると男は一歩前に出ると俺の肩を強く掴んだ。
「待ちなさい。あなたは今の状況が分かっているのですか?」
「なら聞くがお前こそ分かって言ってるのか?政府が個人の所有物に不当な金額を付けて購入しようとする。それがお前の言う状況と何か関係があるのか?」
俺の声は常に平坦でまるで機械の様だと自身でも思う。
それでもこの金額は納得が出来ない。
下級回復薬1本1万円
下級蘇生薬1本2万円
中級蘇生薬1本5万円
コイツは俺が何も知らないと思ってるのだろうけど骨折を病院で治療すると個人負担額だけで10万円はかかると言われている。
国が7割負担するので30万はお金が動くだろうに、それを1万円で売れという。
蘇生薬はいったい何を基準に選んだのだと言いくらいで前例が無いにしても足元を見すぎだろう。
すると男は俺を睨むように見ながら現状を話し始めた。
「現在、自衛隊の中にも犠牲者が多くいます。早く対処しなければあの一帯が壊滅します。あなたは何も感じないのですか?」
「何も感じない。それじゃあ帰ってくれ。」
俺の返事に男は呆気にとられるが、もしかして善意に訴えれば俺が首を縦に振るとでも思ったのか。
残念だけど俺にはそんな心は残っていないのでリハビリ前で残念だったな。
そして、俺が歩き出そうとすると遠くから車のエンジン音が聞こえ始めた。
この辺ではあまり聞かない空気を揺るがすような重低音は高級車か暴走族を連想させる。
そして、それは次第に大きくなり、甲高いブレーキ音をさせながら我が家の前に停止した。
すると車からは見覚えのある老人が顔を出しこちらに手を振って来る。
「おはようハルヤ君。」
「どうしたんですか理事長。こんな朝早くから?」
そこには先日の被害者蘇生の際にテストとして蘇生薬を譲った病院の理事長が居る。
彼は俺に向かって朗らかな笑みを浮かべてこちらへとやって来ると他には一瞥もせずに傍までやって来た。
「な~に、ちょっと変な噂を耳にしてな。気になって様子を見に来たんじゃよ。」
その割には時間もピンポイントなだけでなく、男の方は理事長の顔を見て表情を引き攣らせている。
しかし、これは丁度良いので俺は人生の大先輩であり、医療関係者である理事長に手に持つ用紙を差し出した。
「忌憚のない意見をお願いします。」
「うむ、見せてみなさい。」
そして、理事長は用紙を受け取ると朗らかな顔が鬼の形相へと変わる。
やっぱり誰が見てもそう思うのは当たり前のことで、その紙の裏にサラサラと何かを書き込み男に返した。
「お前は儂が誰か知っておろうな。今後はこういった話はまず儂を通せ。」
すると男は返された用紙を鞄に仕舞うと何も言わず逃げる様に駆け出していった。
それを感じ取ったのかリリーも大人しくなり辺りに静寂が戻る。
「寄って行きますか?」
「そうじゃな。ちょっと説明もしておこう。」
そして扉を開けるとそこには仰向けになったリリーが待ち構えていた。
初対面の人でも普通はこんな感じなんだけど、さっきの様な変な奴が来ると立派な番犬になるので頼もしくもある。
理事長とツキミヤさんはそんなリリーをひとしきり撫でるとホクホクした表情で部屋に入って行った。
「それでは説明しておこうかの。奴らは政府の者じゃが功を焦った一部の者が寄こした下っ端じゃ。これからの交渉は儂がするから安心してほしい。お前さん達はこれからもダンジョンの鎮静化に全力を注いでくれておれば良い。」
中々に心強いけど大丈夫だろうか?
大病院の理事長と言ってもそれはこの辺の話で都会と比較すれば大きくはない。
他の病院との付き合いもあるだろうし、その点について気になったので聞いてみた。
「その点は問題ない。既に医師会の総意で決まった事じゃ。保険点数を受けられるように政府にも根回しをしておる。ところでどれくらいの金額を想定しておる。」
「まあ、下級ポーションで5万円でしょうか。」
「うむ・・・。」
「高すぎますか?」
「いや、安すぎる気がしてな。骨折は治療に時間が掛かる。特に年齢を重ねた者はなかなか治らん。それが治るだけでも大きく、しかも骨折だけではなく他の怪我も同時に治療が行われる。病気については確認できておらんが状況によっては50万でも安かろう。」
そう言えば俺が考えていたのは単純骨折が一カ所だった状況だけだなのでそれ以外の事が完全に頭から抜け落ちていた。
やっぱりプロの視点からだと俺とは着眼点が大きく異なる。
「それでも100本納品すれば500万ですから十分です。それに蘇生薬もありますしね。」
「そうじゃな。そちらはどうするつもりなんじゃ。」
「これは下級が10万、中級が20万にしようかと思います。」
「うむ、それだと安すぎて問題が出るな。」
「なら、これに関してはこちらの希望なので値段設定は任せます。これから入手が困難になる事も考えられるので変動式でも良いかもしれません。」
金やプラチナはその時々で価値が変動する。
安定供給が出来ないのでこれも一つの手だ。
「そうじゃな。それと使用する条件等はこちらに任せてもらうが良いかの?」
「俺達に命の価値は決められないのでお任せします。」
素直に言えば今のパーティメンバー以外の生死に興味がない。
ただ、こんな俺達の為に動いてくれる人はとても貴重なので、この人が後方支援をしてくれるととても助かる。
そんな事を考えていると先程からこちらを見ていた理事長の視線が急に泳いだ。
そして目に手を当てて視界を塞ぐような動きを見せると。
「どうかしましたか?」
「いやなに、儂もそろそろ歳かの。視界がぼやけて上手く見えんのじゃ。ん?何やら幻覚が見えるのう。こりゃ医者の儂が病人として救急車に乗る時が来たかの。」
そう言って理事長は軽快に笑うけど、俺達の中に笑う者は誰も居ない。
俺は確認の為にどんな物が見えているのかを問いかけた。
「なにやら字が流れておる。上の孫が好きそうな内容じゃな。」
そう言ってそれを読み始め、俺達は静かにそれを聞き続けた。
「どうやら終わったみたいじゃな。おお、最後は選択しろと来たか。まあ、Yesで良いじゃろう。ぐおあーーー。」
何と止める暇もなく理事長はYesを選択してしまった。
即断即決も良いが少しは考えて行動してもらいたい。
(それにしても粘るな。まだ意識を保ってるよ。)
「こ、これはかなり効くのう。昔を思い出すわい。」
(いったいどんな経験をすればこの痛みと似たような事になるのか。興味があるので聞いてみたい。)
「ぐ・・ぐ・う。・・・。」
「ようやく気絶したか?」
「違うわい。痛みが引いたんじゃよ。」
なんとこの爺さんはあの激痛に耐えきってしまったらしく、それに対して周りも驚きの表情を浮かべている。
ただ、リリーだけはマイペースにその足元で腹を出して撫でられるのを待っている様だ。
コイツも大概ブレないのでこの中で一番図太いかもしれない。
「うむ、余裕が出て来たので聞いても良いかの?」
「分かりました。」
そして俺は苦笑を浮かべると新たな仲間に説明を始めた。




