135 この地の贄
ツクヨミのくれた情報のおかげで色々な事が分かった。
まず分かったのはアズサを含めた生贄にされる人たちの事だ。
彼らは贄の一族と言われ一つの家系に一人だけ贄として選ばれる。
死ねば次の者が同じ一族から自動的に選ばれ、新たな贄として覚醒する。
俺達の時代では一つの家計しかなかったけど、それは邪神が封印されていて魔物が少なくなったからだろう。
ただ贄となるのは必ず女性だけなのでアマテラスの言っていた様に解放された家系もある。
そして、この時代と現代とでは彼女たちの扱いが大きく違う。
俺の様な専属で守る者は居らず、その変わりを俺が所属している組織が役割を担っている。
そして各支部には必ず贄の一族が1人配置され、生餌として魔物を誘き寄せる役目を押し付けられているという訳だ。
それに贄となる女性は他の者に比べると明らかに運が無い。
そのため家族から疎まれ、あらゆる集団から排斥され、行き着くのは体を売る商売となる。
そんな女性たちをターゲットに組織は網を張り、保護という名目で回収して魔物を狩るのに利用している。
ハッキリ言って反吐が出るシステムなので今すぐにでも組織そのものを壊滅させたくなる。
しかし、そうすると魔物を狩る者が居なくなってしまうのでそう言う訳にはいかない。
ちなみに大きな支部は九州、四国、北海道に各1カ所。
本州は広島と宮城に大きな支部が有り、京都に本部があるそうだ。
それ以外にも各地に小さな支部があるらしいけどこれに関しては必要なら利用しよう。
そしてこの6カ所にはそれぞれに贄となる女性が配置され囮としての役割を果たしている。
ただ実を言うと贄の一族にはもう一つ役割と言うか特性がある。
それはその者を喰らった相手を一時的に弱体化させる効果があるようだ。
しばらくすると力を取り戻し更に強力な個体となるらしいけど、それを利用して手に負えない魔物にワザと喰わせ討伐する事もある。
しかしこれは保護を名目としてしている組織の完全な裏切り行為だろう。
彼女達は助けを求めて集まっているのに魔物の餌になるとは思いもよらないはずだ。
それどころか、その真実すら聞かされていないかもしれない。
ただし邪神もバカではないので当然安全に彼女達を喰らう手段を知っている。
それはその魂を穢し尽くし悲しみと絶望に染める事だ。
そのため贄となる女性たちは徹底的に痛め付けられ凌辱され、地獄を味わってから殺される。
きっとあの時に俺がもう少し遅ければアズサもそうなっていたのだろう。
だから例え世界の為だと言われてもそんなのはクソくらえだ。
そして、この町に居るはずの贄の一族の女性が何処に居るかと言えばとても簡単な推理で見つける事が出来た。
なにせこの町を牛耳っていた組織のトップ3つが1年以上前から魔物と化していたのだから、そんな彼らが贄としてこの町に来た女性たちを無事に済ますはずはない。
そして俺は今その女性を迎えに行っている所だ。
時刻は少し遅いけど、夜の本番はこれからだ。
この町には大きな遊郭があり、そこには多くの女性たちが在籍している。
その中の何割かはゼンが周囲の村から買い付けて売った少女たちだろう。
彼女達には悪いけど今は助ける理由が無いので放置させてもらう。
どうせ今すぐ助けたとしても体を売る事しか知らない様なら再びここに逆戻ししてしまうからだ。
それにこの時代は俺が過ごしていた現代よりもずっと厳しく命も軽いので今のままの方が身を護ってもらえるだろう。
そして俺は店の前に到着すると檻の様に中を覗ける店先から店内を覗き込んだ
どの女性も白粉で顔を白く塗り、大人しく座って指名されるのを待っている。
見た感じではどの女性も美人そうなので白粉が無い方が客の目を引きそうだけど、それは時代などの理由があるんだろう。
その中でただ一人部屋の隅で膝を抱え、絶望に染まっている少女が居る。
あれで客が取れるのかと思うけど、ここに彼女を放り込んだ奴らが毎日必ず指名すれば良いだけだ。
あの様子だとかなり長い間ここで男の相手をして来たようだ。
それにアズサの守護として選ばれているからか贄として選ばれている奴が誰なのかが何となく分かる。
そして、その感覚からあの少女で間違いなく、店に入るとそこに居た受付と思われる女へと声を掛けた。
「あの女を迎えに来た。」
この場合の迎えとは身請けするという意味になる。
すなわち、こちらが指定した女を買い取りたいという意味にもなっている。
それに通常ならここに居る女性たちは店に買われている人達だ。
そのため基本的には身請けする場合は膨大な料金を店に収める必要がある。
でも彼女の場合は少し違いさっき始末した連中がここへ強制的に入れているだけだ。
だから普通なら料金がかかるはずはないのだけど、声を掛けた女はニヤリと笑うと算盤を取り出して弾き始めた。
そして手が止まると、とんでもない金額を俺に突き付ける。
「これだけ払えるんなら好きに連れて行きな。」
「・・・悪い。俺は算盤が読めないんだ。」
「やっぱりバカだったようだね。これは小判で300両だよ。それでなくても今日はいつもの奴等が来てなくて稼ぎが低いんだ。ガキの冷やかしならとっとと帰りな!」
確かに見た目は子供だけど中身は18歳なんだけど、この見た目だと仕方が無いだろう。
馬鹿な所は合ってるけど態度の悪い受付なので早くお金を払って連れ帰る事にする。
それに今は金はあるのでそれで片付くなら問題ない。
「ならこれでいいな。アイツを貰っていくぞ。」
俺は100両ずつで小判を詰めた袋を足元に落とすと少女の許へと向かって行った。
しかし何故か女は俺の前に回り込むと再びそろばんを弾き始める。
「間違えちまったよ。本当は500両だったねえ。」
そう言って再び算盤を突き付けて来ると勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
「そうか。」
俺はそれだけ言って追加で袋を2つ落とし少女の許へと歩き始める。
しかし再び女は俺の前に回り込むと今度は倍の1000両と言って来た。
俺は追加で袋を5つ落として歩き始める。
「ま、待ちな!お前そいつを連れて行ってタダで済むと思ってるのかい!?」
「お前が何を言っているのか全く分からん。」
すると女はニヤリと笑うと周囲へと首を巡らせた。
それを見て周りに居る遊女たちも肩を振るえさせながら怯える様に視線を下げる。
「この町にはねえ。アンタなんかじゃ理解できない連中が居るのさ。私はそいつらと懇意にしててねえ。ちょっとお願いすりゃあ死体の1つや2つ作るなんて簡単なんだよ!」
「それで?」
「馬鹿なガキだねえ。死にたくなかったら有り金を全部置いてとっとと消えなって言ってんだよ!」
どうやらここにも掃除が必要なゴミが居たみたいで、こちらに来てから毎日の様に掃除が大変だ。
ただ何も知らない様なので少しだけ現実を教えてやることにした。
「実はここに来る前にある屋敷の前で世話になった奴らが居るんだ。」
「それが何だって言うんだい!」
「それがきっとお前の言ってる連中だと思ってな。」
俺はそう言って女の前に回収しておいた奴らの死体を積み重ねて行く。
それを見て横の座敷に居る遊女たちは悲鳴を上げて怯えながら離れて行った。
そして目の前の女はその場で腰を抜かし一歩も動けなくなると次第に高くなる山を見上げて体を震えさせている。
しかし俺は更に死体を出し続けると、そこから出た血が流れとなってその足元へと辿り着いた。
それはまるで女を道連れにしようと亡者が手を伸ばしているようで下駄を濡らし足袋へと染み込んでいく。
すると女は後ろへと這いずり、少しでも離れようと必死で手足を動かした。
俺はそれに対して死体の山を蹴り倒し、それに巻き込んで下敷きにしてやる。
「ひぃやーーーー!こ、コイツ等は!」
「知った顔が多いだろ。どうだ、目の前に居るんだから頼んでみたらどうだ。義理堅い奴が生き返って助けてくれるかもしれないぞ。」
「だ、誰か助けておくれ!この狂った小僧から助けてくれたら幾らでも払ってやるよー!」
これは恐らく死体になった奴らにではなく、店の外を歩いているであろう誰かに助けを求めているのだろう。
しかし残念だけどここはコイツ等が常連となり、トラブルを恐れて他の客は誰も近寄らない。
なにせ因縁を付けられれば死が待っているかもしれないのだから誰だって金や女よりも自分の命を優先させる。
そして女は死体の下敷きになったまま押しつぶされ、そのまま動かなくなった。
「・・・脈なし。・・・0時10分。ご臨終です。」
俺は脈が無いのを確認してからドラマの様なセリフを口にする。
時間については適当だったけど、どうやら本当に日は跨いでいたみたいだ。
そうでなければ再びツクヨミ辺りがクレームに怒鳴り込んで来ただろう。
「ふ~何とかなったな。」
俺は掻いてもいない額の汗を拭うと死体と金を回収して少女の許へと向かった。
それにしてもコイツはこの状況にも動じていないみたいで、今も膝を抱えたまま虚ろな視線を正面に向けている。
そんな彼女の前にしゃがむと視線を合わせて声をかけた。
「迎えに来たぞ。」
「・・・今日はそういう趣向なの。私はもう騙されない。ヤリたいなら好きにして。」
すると少女は表情を一切動かさずに平坦な声で返事を返して来た。
どうやら今までにも似たような事で何度も希望と絶望を繰り返し味わったようだ。
(それにしても若いし細いな。)
あまり食べさせてもらっていないのか体の見える所だけでもかなり痩せているのが分かる。
身長も140センチくらいで、もしかすると今の俺よりも少し上くらいかもしれない。
「俺が信じられないのか?」
「ええ。以前アナタの様な子供が客として来た事もあるわ。その子はアイツ等からお金を貰って喜んで私を犯して帰って行った。それ以外にも何処かの商家の主とか言ってた男は私を高額で買い取って好きなだけ弄んだ次の日には同じ金額で笑いながら私を売り払ったの。そのおかげで私の値段は今では200両よ。そんなのアナタに払えるはずがない。」
もしかして今までの事が全く目に入っていないのか。
それともコイツの目に問題でもあるのか。
「お前、目は見えてるのか?」
すると彼女は苦しそうに笑うと瞳を閉じて首を横へ振って答えた。
「知ってる。瞬きを出来なくされてお空の太陽を見てるとね。真っ暗な夜空に変わるんだよ。それにどっち道ここから私を連れ出しても碌に歩けないわ。」
そう言って彼女は抱えていた足を少し伸ばし、着物の裾で隠していた足元を見せてくれる。
するとそこには足首の腱に深い傷があり、完全に断ち切られていた。
これだと歩くどころか立つ事も出来ないだろう。
こんな医療の発達していない時代で腐ってしまわなかったのが不思議なくらいだ。
「これは誰にやられたんだ?」
「そこの女よ。受付で会ったでしょ。」
すると少女は見えない目で最初に女が居た辺りに視線を向けた。
どうやら、あの女にはもう少し話をする必要が有るみたいだ。
「そうか。これを持って少し待ってろ。」
「これは何?」
「毒かもしれないし薬かもしれない物だ。もし聞こえる音が気になったら飲んでみると良い。」
「何を言ってるか分からないわ。あなたは誰なの?」
「お前の様な奴を護る為に選ばれた男だ。」
俺は立ち上がると息絶えて倒れている女の許へと向かう。
そして蘇生薬を取り出すとそれを女へと振り掛け生き返ったのを確認すると足で突いて無理やり目を覚まさせる。
すると女はすぐに目をあけると周囲を見回して俺の所で顔を止めると再び顔面が蒼白にさせた。
どうやら都合よく俺の事を覚えていたみたいだ。
「アイツから聞いたぞ。本当の値段は200両なんだってな!」
「ヒ、ヒィーー!許しておくれ。私はアイツ等に脅されてたんだよ!」
「それに腱を切って自由に歩けなくしたって。」
「それもアイツ等が!」
「それはどいつの事だ?コイツか?それともコイツか?」
俺は殺した奴らを順番に取り出すと女の顔に突き付けて入念に確認させていく。
そして何人目かの時に指をさして大きな声で肯定を示した。
「そ、そいつだよ!そいつに命令されたんだ!」
「そうか、なら直接聞いてみるか。」
俺はすぐに蘇生薬を取り出すと女が見ている前で男を生き返らせる。
そして頬を張って目を覚まさせると威圧を込めた視線で質問を叩きつけた。
「お前はこの女を知ってるな!」
「あ、は、あ、ああ。この店の女将だ!」
「あそこに居る女も知ってるな?」
「・・・。」
ダンマリを決め込むと言う事は彼女がどういう存在かも知っているみたいだ。
俺はナイフを取り出し素早く一閃すると漢の腱を切断した。
「ぎゃーーー!」
「答えが聞こえないぞ。」
「し、知ってる!組織が寄こした贄の女だ。ここに入れた日に逃げ出さない様にってそこの女が提案して来たから腱を切って逃げられなくしてある!」
どうやら聞こうとしていた答えも知っていたらしく、思っていたよりも素直に話してくれた。
俺は逃げられない男を床に投げ捨てると、再び女の顔に視線を向ける。
「コイツはこう言ってるがお前に反論はあるか?」
「・・・。」
「お前は俺を馬鹿だと言った割に学習しないんだな。」
一瞬で女に近寄よると死体の山から引き摺り出して床に叩きつけると容赦なく足首を踏み潰した。
「ぎゃーーー!あ、足が、どいとくれ。私の足が!」
「アイツは両足だぞ。それとももう片方もいっとくか?」
俺は笑みを浮かべて女から足を離すともう一度振り下ろす。
「やめ・・ぎゃーーー!!」
「それにお前は何か勘違いしてるだろ。俺はあの女を迎えに来たんだ。誰が買いたいなんて言った?」
「そ、それは普通、買いたいという隠語じゃあ。」
「俺みたいな馬鹿がそんな事知るか!あの瞬間からお前は判断を誤ってんだよ。」
俺はそれと同時に女の首を刎ねると後ろに居る奴をゴーグルで確認する。
どうやらこいつの魂は正常らしく生き残る機会が残されているようだ。
贄の少女を傷付けた事には思う所があるが、返答次第では考えてやらない事もない。
「お前の支部というか玄武を除く支部長は俺が全員始末した。お前も一緒に死にたいか?」
「し、死にたくねえ!何でもするから助けてくれ!」
「なら今の事の証人になれ。そうすれば命は助けてやる。」
「わ、分かった!」
これで証人も出来たので、それでも中央の奴らが納得しないで刺客を送って来るなら、その時は組織の勢力図が変わるだけだ。
簡単に言えばまともな奴だけ残して他は全部始末する。
それくらいしないと贄に選ばれた奴らが安心して暮らせないだろう。
「それとだ。」
「なんだ!何でも言ってくれ。!」
「これを飲んでおけ。その足じゃ歩けないだろ。」
俺は下級ポーションを投げ渡すとそのまま少女の許へと向かって行った。
その足元には先程渡した中級ポーションの空の瓶が転がり、その瞳は俺に向けられている。
「これ・・・毒じゃなかったの?」
「死にたい奴を無理やり生かす毒だな。死ぬまでずっと苦しまないといけない。」
「これって薬じゃなかったの?」
「薬だな。心は癒せないけど目と足くらいは治してくれる。さっそく歩いてここを出るぞ。」
少女は毒と薬、両方の意味を聞いて来たのでどちらでも間違いではない答えを伝える。
そして両手を伸ばして震える手で俺の服を掴んでくると、こちらを見上げて必死に掠れた様な声を出した。
「アナタは優しい嘘つきなのね。でも・・・立つのが怖いの、だから、その・・・手伝ってくれない。」
どうやら歩くのが久しぶりで歩ける自身が無いみたいだ。
人は他人と会話をしなければ言葉すら忘れる生き物なので、長い期間を歩かなければ歩き方も忘れてしまうのかもしれない。
俺はヤレヤレと苦笑すると少女の伸ばした手を辿り脇に手を入れてそのまま持ち上げて床に立たせた。
「立てただろ。」
「ええ。・・・立てたわね。」
しかし立てたのに何故か少し納得して無さそうな顔をしている。
もしかして高い高いをして欲しかったのだろうか?
「もう一度やり直すか?」
「良いわよもう!・・・その、またこんな事が有ったら助けてくれるの?」
「まあ、その時が来たら考えてやるよ。」
「なら・・・その時を期待してる。」
どうやら期待してると言う事は俺の事を少しは信じる気になったみたいだ。
それに、さっきまでの無表情とは違い僅かだけど笑顔を浮かべ、見た目も大人びて見える。
なんだか少女から一瞬で大人の女性へと成長したみたいだ。
「そう言えばお前の名前は何なんだ?」
「名前も知らずに迎えに来てくれたの?」
「まあ、なんとなく分かるからな。」
「もしかして運命・・・とか?」
そう言って真剣そうな顔で視線を向けて来たので俺はその額を指先で軽く弾き溜息を零した。
「そんな訳ないだろ。それより早く名前を教えろ。」
「う~・・・私は水目よ。あなたは?」
「俺はハルだ。」
「ハル・・・。」
するとポーションを飲んで回復したのかさっきの男も立ち上がり、俺の許へとやって来た。
それを見てミズメは怯えた様に俺の影に隠れると服を強く握り締める。
やっぱり心に深い傷を負っているのでしばらくは人との接触は控えめにした方が良さそうだ。
コイツもしばらくは爺さんとお婆さんに任せるしかないだろう。
「旦那、あんな貴重なモンを使ってもらってありがとうございます。俺はアンタについて行きやすぜ。」
男はそう言って屈んで両ひざに手を付くを頭を下げる。
なんだかヤクザの親分になった感じだけど俺はこう見えても真っ当に生きてきたつもりだ・・・。
「それならお前も今日から玄武の一員だな。異論はあるか?」
「ありやせん。俺は大吾って言います。これからよろしくお願いしやす。」
どうやら魂はあまり濁ってないので心を入れ変えたのだろう。
これなら後は浄化手段さえ手に入れればこの町も少しは安全になるので、震えるミズメの手を握ってやり「行こう」と声を掛けて歩き出した。




