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133 偶然と可能性

ハルヤとツクヨミが会話しているその横では、ゲンを前にしてヒルコとハナが正座で座らされ鋭い目で睨まれていた。


「どうして今の様な状況が生まれたかは分かっておるな。」

「はい、俺が勇気が出せずになかなか言い出せなかったからです。」

「そうじゃ。お前達を見合いさせ、無理やり結婚させる道もあった。じゃが婆さんがもう少し待とうと言うから待っておる間にあのゼンなる男が現れた。奴は各支部の奴らを金で雇い蛮行に及んだのじゃ。」


するとゲンの体から怒りの闘気が立ち上り、しかし一瞬で消え去る。

それに熊たちは反応し頭を上げるが闘気が消えた事で再びのんびりと過ごし始める。


「その時に魔物の犠牲となったのがあの家に居たお前の両親と婆さんの3人じゃ。儂が家を空けておったとは言え大きな失態じゃった。そのすぐ後に当時ここの支部長と協力して情報を集めた。しかし、そいつは闇討ちされてしまったため、仕方なく儂がここの支部長となったのじゃ。その後も密かに調査を続け、ようやく尻尾を掴んだ所で今日のこれじゃ。」

「ごめんなさいお爺様。私が傷なんて気にしないでヒルコと早く結婚していれば・・・。」


ハナはそう言ってしょんぼりと肩を落とすとそれを見たヒルコが慰めるようにそっと肩に手を乗せる。


「今回の事にはお前たち2人に責任があるとは言え死者は蘇らん。じゃから今は亡きこの3人の遺髪に誓って、これからはしっかりと幸せになるのだぞ。」

「「はい!」」


『ガシ!』

「凄く良い話だな。」




人がされている説教を聞くのは趣味ではないけど、何とも都合の良い話が聞こえてきたので声を掛ける事にした。

俺は爺さんの背後に移動して肩を掴むと先程話していた遺髪を確認し口元を緩める。


「なんじゃ気持ち悪い笑いを浮かべよって。それに今は良い所なのじゃから邪魔をするな。儂らはこれからこの遺髪に誓いを立てる所なのじゃ。」

「それは悪かったな。でもその前にちょ~とこっちに来て話を聞いてくれないか。」


そして俺は爺さんを立たせると2人だけで奥へと向かって行った。

しかし、てっきりヨボヨボかと思ってたけど足取りは軽く、板の上を歩いているとは思えない程にまったく足音も立てない。

どうやらさっきの闘気からも分かる様にかなりの達人なのは間違いなさそうだ。

恐らくは覚醒前のツクモ老と同じ、又はそれ以上の力を秘めているだろう。

そして、誰も居ない奥の部屋に移動するとさっそく本題へと入った。


「さっき手違いで人を殺し過ぎてしまったんだ。」

「なんじゃ、そんなに骨のある奴らが居ったのか。しかしやってしまったものは仕方なかろう。」


意外とドライ思考の爺さんのようで、なんだかツクモ老と話しているみたいだ。

俺としては有難いけど、アケとユウが変に真似をしないか心配になってくる。

まあ、それは後で考えるとして、先に本題へと入ってしまおう。


「それでさっき言われたんだけど黄泉から3人程送り返す必要があるんだよな。」

「そうか、しかし儂はまだあちらに行くほど老いておらんぞ。あの2人の事もまだ見守ってやらんとならんないからな。」

(なんだか話が噛み合ってないな。もしかして、逆の意味で受け取ってるのか。)

「いや、行けじゃなくてこっちに戻さないといけないんだ。だから程よい感じに死んでる奴を探してるんだよ。」

「お前が言っている事がどうも理解出来んが、そんな事は不可能なのは誰もが知っておる。それにそんな手段が本当にあるとしても、儂らの家族が死んでしもうたのは1年以上前じゃ。亡骸は儂が自分の手で焼いて埋葬しておるし残っておるのはあの遺髪くらいじゃぞ。」


やっぱりそう考えるのが普通だよな。

俺だって家族を奪われた夜までは同じことを常識として持っていた。

それにここまでの力を持った爺さんなら多くの命が失われる場面に何度も立ち会っているだろう。

その中には仲間、友、そして家族が確実に含まれている。

その悲しみと怒りを知っていて、完全に消化しているとは思えないけど諦めてはいるはずだ。


「それに関しては試したことが無いけど可能性だけは持っている。だから騙されたと思って一度試してみないか。ちなみに誰か3人を生き返らせないと黄泉とこの世が大変な事になるらしい。だから神の許可も得ているから生き返らせてもお咎めは無いだ。」


出来れば安く終わらせるためにも出来たての死体を使いたかったけど、それはツクヨミにダメ出しをくらったので使用できない。

仕方なく次はいつ手に入るかも分からない貴重な上級蘇生薬を使う事になってしまった。

もしここで断ってくれるなら死んだ奴を探して街を走り回らなければいけなくなる。

しかし秋とは言っても保存技術の低いこの時代では既に何らかの方法で遺体は埋葬されているだろう。

都合よく3人も遺体があるかも分からないし、この時代だと現代と違って庶民が墓を所持しては居ないはずだ。

きっと町から離れた何処かに埋めているので場所すら分からない可能性もある。

それに加えてここなら目の前に遺髪があるし、これで成功すれば激怒のツクヨミを待たさなくても済む。


「ヒステリックを起こされても面倒だからな。」

「聞こえていますよ!」

(おっと、神のクセに地獄耳だったか。これはデビル・イヤーじゃなく、ゴッド・イヤーだな。)

「確かにあの方を怒らせる訳にはいかんか。女は怒ると怖いからな。」

「何か言いましたかゲン!」

「ナンモゴザイマセン。」


この爺さんも言う事は言うんようだけど、小声で話しているのにアイツはどこまで耳が良いんだろうな。

俺でもこの距離なら聞き取る自信はないので神様スゲーとちょっとだけ思ってしまった。


「まあ、そう言う事だから物は試しだろ。」

「そうじゃな。そこまで言うなら持ってくるから少し待っとれ。」


そして状況的に浴衣の様な簡単な服が準備され、寝台の上に遺髪が置かれた。

後は蘇生が成功すれば開始と同時に服を広げて掛ければ良いだけだ。


「始めるぞ。」

「うむ。」


爺さんは最初こそ否定的だったけど、その手は強く握られており顔にも緊張が見える。

そして、まず爺さんが蘇らせるのに選んだのは義理の息子であり、ハナの父親の遺髪だ。

どういう基準で選んだのかは知らないけど現代で考えれば3人の中では一番縁が薄い相手なので自分の身内を後回しにしたとも取れる。

俺なら実験に使うなら一番の適役と判断して迷うことなく同じ選択肢を選ぶだろう。


そして蘇生薬を振り掛けると遺髪は柔らかい光を放ち形が変化し始め、次第に人を象ると手、足、胴体、頭の形が出来上がっていく。

すると輪郭には次第に細かい凹凸が生まれ、明確な人の形へと変わり始める。

そして光が消え始めてすこしすると、台の上に1人の男性が姿を現した

見た目は40代くらいの痩せ型で口元には整えられた髭を生やしている。

現代風な服を着せればダンディーなオジ様といった感じで、髪の毛なども完全に生え揃っている。


そして見た感じでは表面上での異常はなく、呼吸もしているので外見的には完全な成功と言えるだろう。

後は精神面に問題ないかを確認するだけなんだけど、なにせ1年以上も黄泉で眠っていたらしいので記憶に関しても確認しないといけない。

出来ればすぐに起こして確認したいけど自然に起きるのを待つしかない・・・。


「何をいつまで寝ておる!早く起きんか、この大馬鹿者が!」


すると爺さんは容赦なく顔に平手を喰らわせ男性を起こしに掛かる。

しかも1発ではなく往復ビンタを行い、せっかく生き返ったと言うのに顔は既に赤く腫れ始た。

もしかして本当に最初の被検体として選ばれただけなのかもしれない。


「う、う~ん。」

「どうやら永い眠りで儂の事を忘れたと見える。もう一度あの世に行って出直して来い!」


そう言って起きかけている男性に向かい容赦なく握った拳を振り下ろした。

あんな物を顔面に受ければ腫れるどころか砕けてしまうので咄嗟に腕を掴んで最後の1撃を止めさせる。


「ちょっと待て爺さん!起きかけてる!起きかけてるから殺すのは勘弁してくれ!」


俺は暴れる爺さんを後ろから手を回して更に拘束するとすぐに寝台から距離を取らせた。

そうしないと「拳がダメなら足を使えば良いじゃない」と言わんばかりに踵が振り下ろされそうだからだ。


「う、うう。顔が。ここは・・・地獄なのか?」

「何を言っておるか!地獄が望みなら今すぐに生き地獄を見せてやるぞ!」


まさか、この2人って仲が超悪いのか?

言動と行動に容赦がなさ過ぎて通り魔を抑え込んでいる気分になる。


「それよりも早く起きろ。そうしないとマジで殺されるぞ。」


爺さんを拘束しているけど、まるでウナギを掴んでいるみたいに今にも抜け出しそうだ。

力を入れ過ぎると本当に潰してしまうし本当に厄介な爺さんなのは確かだ。

そして男性はゆっくりと目を開けると周りを見回して俺達と目が合った。


「・・・お、お義父さん!き、桔梗キキョウ・キキョウは何処だ!?お義父さんに殺されそうなんだ!助けてくれ、何処に居るんだ!?」


やっぱり仲が悪かったんだけど、あちらは既に心が折られているようで半狂乱になりながら逃げ出そうとしている。

しかし奥さんに助けを求めるとは見た目はダンディーなのにこれだと情けないヒモのオッサンランクダウンだ。

これは早く奥さんを生き返らせた方が良さそうだけど遺髪は爺さんの懐にあるからそれを奪う必要がある。

・・・仕方ないのでこのオッサンには尊い犠牲になってもらうことにした。

ポーションなら大量に持ってるから1つくらいサービスしてやっても良いだろう。

俺は決断を下すと拘束を解いて猛獣を解き放つと雄叫びと悲鳴が周囲へと響き渡った


「き、君、何て事をするんだ!・・・ギャアーーー!!」

「お爺様、さっきからここで何をしているの・・・お、お父さん!」


すると騒ぎを聞いてハナが姿を現すと父親に気付き驚きの声を上げる。

その時には既に顔はボロボロで判断が困難になっているのに良く気付けたなと感心する。

もしかして、これが家族の絆と言う奴だろうか。

それともこの光景が去年の春までは日常茶飯事であの顔を見慣れているのかもしれない。

しかし、そうなると父親の顔は今はダンディーだけど殴られ過ぎて歪んでいたのではないだろうか。


「た、たしゅけて・・・ハナ~。」

「う、うん!お、お爺様。状況は分からないけど止めてあげて。」

「うむ、久しぶりだからやり過ぎてしまったか。儂も修行が足りんな。」


すると爺さんは渋々といった感じに手を離すと殴っていた男性を解放した。

しかし修行が足りないと言っているけどそれ以上強かったらその人はきっと死んでいただろう。

これはもはや初級ではなく中級ポーションを使わないといけない程に重症なのでボロボロになっている男性に近寄ると抱き起しているハナにポーションを渡す。


「これを飲ませてやれ。流石にあまりにも惨め過ぎる。」

「ありがとう。こんな高価の物を2つも使わせてごめんなさい。このお礼は必ずするから。」


既に今渡したポーションよりも遥かに貴重な蘇生薬を使ってるのだけどそれは言わない方が良さそうだ。

そうしないと爺さんと話し合って決めたシナリオが壊れてしまうし、秘密を知る人間は少ないに越した事は無い。


そして、ポーションを飲んで回復した男性は再び意識を取り戻して起き上がった。

どうやら、命までは取られていなかったみたいだけど、素早い動きでハナの後ろへと隠れてしまう。

娘を盾にして恥ずかしくないのかと思える光景に見えても、さっきの爺さんの行動を見ていると納得するしかない。


「回復してすぐで悪いけど、この人には少し話があるからハナは戻ってても良いぞ。」

「え、でも・・・。」


その視線は今にも襲い掛かりそうな鼻息の荒い爺さんに向けられている。

しかし、このままだと時間ばかりが無駄に経過してしまうのでハナと一緒にここから離れてもらう事にした。


「悪いけど自制が出来ないなら爺さんも出て行ってくれ。今は遊んでいる時間は少しも無いんだからな。ハナ、すまないけど連れ出して見張っててくれ。」

「はい・・・。」

「助かった。」


男性はホッと胸を撫で下ろすと肩の力を抜いてその場に倒れ込んだ。

肉体の怪我は治っても精神的なものまでは回復しないから仕方ない。

そして爺さんはハナに連れて行かれたのでこの場には俺と男性だけが残された。

爺さんの真意は置いておくとして、コイツには聞く事が幾つかある。

そうでないとこれから生き返らせるうえで上手く口裏を合わせられなくなってしまう。


「さて、猛獣が居なくなった所で自己紹介をしておこう。俺は魔物狩りをしているハルと言う者だ。疑問も多いだろうけど質問に答えてくれ。」

「わ、分かった。私はあの子の父でこの町で商人をしているリョウだ。それで何が聞きたいんだ?」


そして爺さんが居なくなって少しは落ち着いたのか、困惑しながらも俺の質問に答えてくれた。

どうやら死んだ日の記憶は無く、もちろん今の状況も知らない様だ。

死んだ間の記憶も無く、今は記憶にある最後の風景から急に切り替わって困惑しているという事らしい。

まあ、起き抜けにあれでは混乱しても当然だろうけど、安らかな目覚めとは掛け離れていた事は間違いない。


「聞きたい事は終わったからアンタは外で娘の所に居てくれ。細かい説明は後で纏めて伝える。」

「それは良いがキキョウは何処に居るんだ?彼女が居ないと俺は生きて行けない。」


それは爺さんに殺されるという意味でだろうか。

それとも愛する人が居ないと生きて行けないという意味か。

・・・あれを見た後だとかなり微妙なので深く聞かない方が良さそうだ。


「良いから爺さんを呼んで来てくれ。そうしないとこちらも作業が進まないんだ。」

「う、うん。分かった。」


リョウは渋々と納得すると立ち上がって爺さんを呼びに向かった。

そして今回は悲鳴が聞こえて来る事は無く爺さんはすぐに戻ってきたので、あれだけ殴れば少しは落ち着いてくれたのだろう。

きっと爺さんとしては家族を護りきれなかった事にも腹を立てていたに違いない。

そして再び爺さんに蘇生薬を渡して準備を終えると2人で同時に遺髪へと振り掛けた。

すると両方とも無事に効果が発揮され、遺髪は人へと変わり始める。

今回は既に確認を終えているので早めに服で体を覆い、素肌を晒さない様に配慮している。

そして俺の役目はここまでなので後は家族の時間として俺は部屋を出て行った。

すると彼らの家族であるハナとリョウが何かを聞きたそうな顔を向けて来る。


「もう入っても良いぞ。」


すると2人は立ち上がると泣きそうな顔で奥へと駆け出して行った。

そして少ししてリョウの悲鳴が木霊し、その後で3人の女性の声が聞こえ始める。

しかし、男の悲鳴で目を覚ますとは酷い起こされ方もあったものだ。

その後は泣く様な声や喜ぶ様な声が聞こえて来たけど、それは俺には関係のない事なのでスルーしておく。

俺は偶然近くにあった可能性を試しただけなので、これで目的も果たせたので再びツクヨミの前に腰を下ろした。

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