10 実験 ①
明日からは朝から順次投稿します。
俺は声を掛けて来た爺さんの胸にあるネームプレートに視線を落とすと、そこにはこの病院と同じ苗字と理事長と書かれていた。
名前は大澤 太郎で理事長と言えば問題ないだろう。
「それで、どういった頼みなんだ?」
「実は蘇生薬を1つ譲ってくれんか。」
「おい、アンタ状況が分かってるのか!」
理事長の提案に噛みついたのは横で聞いていたツキミヤさんだ。
多くの犠牲者がいてこれからの事を考えれば余裕も多くない。
そんな中でのこの提案は確かに自分勝手なイメージを受ける。
「理由は聞いても良いのか?」
「もちろんじゃ。実は先日、儂の一番下の孫が轢逃げに遭って命を落とした。儂はどうしても孫を助けたい!」
その目には狂気すら感じる力が宿っている。
それに彼も医者としての人生を歩んでいれば孫を救えない絶望感は俺とは違うベクトルで大きなものになっているだろう。
もしかすると魔物を倒せない事を知っていたとしても自らダンジョンに向かって行くかも知れない。
「どうじゃ。必ず礼はする・・・。」
周りにいる医師たちを見ると、この理事長がどれだけ悲しんだのかを知っているのだろう。
俺に向けて願う様な多くの視線が向けられており、そんな中で外に通じる扉が勢いよく開け放たれた。
「患者の怪我に効果が現れました。下級で治療可能なのは骨折までのようです。複雑骨折は完治まで至らず。」
「ああ、助かったよ。自分で骨は折りたくないからな。理事長、協力に感謝するよ。」
俺はそれだけ言って蘇生薬を協力費の代わりに差し出した。
「実はダンジョンに関わらない死に対する蘇生薬の効果も確認したいんだ。」
すると俺の言葉に理事長は言葉を失い代わりに目に宿っていた闇が消えていった。
そして俺の差し出した蘇生薬へと自らの手を伸ばして来る。
「お・・おう。任せておれ!丁度よい検体がここに在るからのう。」
そう言って理事長は蘇生薬を受け取ると自ら安置台を1つ引き出した。
するとそこには7歳くらいの小さな少女が寝かされており、死ぬにはまだ早すぎる年齢に見える。
それを見てツキミヤさんも口を閉ざし言葉を飲み込んだ。
「真希、戻ってきておくれ。」
そして理事長は孫娘に蘇生薬を振り掛け神へ祈る様に手を組んだ。
するとその効果が現れ、顔に赤みがさして心臓の鼓動が再開される。
「お・・おおーーー!!」
すると理事長は目から涙を流し、孫娘を自らの手で大事に抱き上げるとそのまま俺の許へと戻って来た。
「感謝するぞ。」
その目からは先程感じた絶望と悲しみは完全に消え去っているのでこれなら無謀な突撃の心配はないだろう。
「これも実験の一つですよ。」
「この捻くれ者め。」
理事長は泣きながら笑うと俺の前から去って行った。
それに俺もアナタの気持ちは理解できるので今回だけは特別サービスだ。
そして、これによって一般人にもポーションと蘇生薬の効果がある事が立証された。
しかもポーションに関しては効果範囲も知る事が出来たのは大きい。
これからの事を考えれば中級ポーションが必要になる場面も出てきそうだな。
その後、俺達は軽く挨拶を済ませて次の場所へと移動していく。
そして車に乗り込むとツキミヤさんは神妙な顔つきで俺に話しかけて来た
「数には十分な余裕があると言っても良かったのか?」
「どっちみち今後の事を考えれば何処かで確認は必要だったさ。俺の家族が事故で死ぬ可能性もあるからな。」
「お前は本当にブレないな。」
「俺が唯一心を動かせる事だからな。それに危害を加えようとする奴は人間でも黙っておかない。」
「やり過ぎるなよ。お前の力は人間から外れかけてるからな。」
「ああ、それについても実験するから手伝ってくれ。」
「分かった。その時になったら声をかけろ。」
刑事が手伝ってくれると色々な事が可能になる。
現在は俺のような人間は少ないけど、これから時間が経てばもっと増えて来る事になる。
しかし、そいつらが犯罪を犯さない保証はないので、その対処法は早い段階で確立させる必要がある。
そうしなければ俺達は人間社会から危険因子としての烙印を押されてしまうだろう。
そして、幾つもの病院を回り犠牲者を蘇生させていくと、ようやく指を失っているという遺体に出くわした。
「この方は現場に指が無く持ち去られたものと推測されます。」
確かに指には刃物で切り取られた跡があり、右手の5本が無くなっている。
俺は初めて使用する中級蘇生薬を取り出すとそれを遺体に振り掛けた。
すると体の傷が消えると同時に失われていた指が光と共に再生される。
どうやら筋肉が急速に盛り上がったりはしない様でリアルタイプの再生ではなさそうだ。
後は意識が戻った時にちゃんと動くのか、リハビリは必要ないのかの確認をしてもらえば良いだろう。
「それじゃあ、後の確認はお願いしますね。」
「任せてください。」
そして朝方になってようやく最後の場所へと到着した。
ここにはゴブリン村から回収された人たちが集められており、その中には当然クラタも含まれているはずだ。
俺が部屋に入るとそこには昔の俺なら目を覆いたくなるような遺体が並べられ、潰された暗い眼窩で天井を見詰めている。
いったいこの中で何人が正気を保っていられるのかだが、これが神の救済だというのなら一つの希望も存在する。
現在、生き返った人たちの聞き取りが行われ、死んだ理由や状況を覚えている人間は皆無だという。
そのため、その辺の記憶が消えているのかもしれないと都合の良い解釈もできる。
ただ、ここに居る攫われた女性たちに関しては何日も苦しい経験をした可能性がある。
それが何処まで消されているのかが分からない以上は楽観は出来ない。
そして、まずは警官から蘇生させ、後は死んだ日数が早い順番に生き返らせていく。
すると最後の方でようやくクラタの姿が目に入り、全員を生き返らせると彼女たちは看護師に運ばれて俺の前から消えていった。
これで今回の大きな問題はオールコンプリートとなり、このエリアからの犠牲者が消え去ったので後は政府がどんな対応をするかだろう。
「それじゃあ、そろそろ帰りたいから送ってくれ。」
「ああ。今夜は長い夜だったな。お前を送って行ったら今度は報告書を書かねえとな。」
そして家に帰るとみんなと朝食を取ってベッドに潜り込んだ。
シーツや布団が新しくなっているのでとても寝心地が良い。
ここもアケミの血で汚れてたから買い直してくれたようだが、新しい寝具はこんなに良い匂いがするものなのか。
俺は妙な疑問を感じながらも心地良い気分で眠りに落ちていった。
そして、目が覚めたのはその日の昼を過ぎた頃だ。
かなり眠たかったはずなのに6時間ほどで目が覚めてしまった。
俺は1階に降りるとそこでテレビを見ていた母さんに声を掛ける。
「おはよう。状況はどうなってるの?」
テレビではリアルタイム映像でこの町のではないダンジョンが映し出され、まるで戦争のような光景が画面を覆っている。
そこでは戦車が横に並んで砲撃を行い魔物を攻撃している所だが弾き飛ばす事は出来てもやっぱり倒す事は出来ていない。
周囲は既に更地に変わり遠くにダンジョンの入り口だけが残されているが、どうやらあの入り口も破壊が不可能の様だ。
「さっき自衛隊の戦闘機がミサイルでダンジョンを攻撃したけど無傷だったみたい。衝撃で周囲に魔物が広がって一時は凄い騒ぎになってたわ。」
「ふ~ん。やっぱり現代兵器はダメか。」
「そうみたいね。この調子だと私達に声が掛かるのも時間の問題かもしれないわ。」
どうやら俺以外にも既に救援要請についての説明がされているみたいだ。
しかし何の見返りもなく動く気は無い。
戦っている自衛隊ですら給料を貰っているのだから倒す事が出来るからと言って善意だけで戦えと言われてもハイそうですかとは納得は出来ない。
「そう言えば学校はどうなってるの?」
「さっき連絡があってこんな状態だから休校になってるわ。ただ、受験生も多いから自由登校って形みたい。」
確かに同級生の中にも犠牲者がいたし、今回は子供の居る家がターゲットになっていた。
学校側としては登校させて問題が起きるよりは自宅に居てもらった方が気分も楽なのだろう。
「父さんは?」
「こっちは通常出勤よ。大人の世界は楽じゃないの。」
父さんが務めているのは地方の小さな会社だけど、それで社会に対する責任も小さいかと言えば違う。
社会人という立場にいる以上は、同等の責任と義務が課せられる。
まあ、今の調子なら俺もその仲間入りするのは遠くなさそうだけど。
「それならアケミは登校してるの?」
「推薦で入学が決まったから模範生として頑張らないといけないらしいわよ。」
でも、それはきっとアケミの視点からだろうから学校側としては来て欲しくないと考えているかもしれない。
何故なら通学路にダンジョンが発生しているのであれがどれだけ危険な物かは誰もが知る所だろう。
あちらとしては通学中に何かがあったら学校側の対応に注目が集まるのでそれは回避したいはずだ。
そんな事を考えていると玄関の開く音が聞こえアケミの声が聞こえてきた。
「ただいま~。」
「お帰り。早かったな。」
「うん。なんだか家が大変だろうから冬休み明けまで来なくて良いって言われちゃった。」
「まあ、そんな所だろうな。」
「うん、家の事なんて人それぞれなのにね。」
どうやら体よく厄介払いされたらしく、俺達はそのまま並んでテレビの前に座るとライブ中継を見ながら情報収集と分析を始めた。
「ここのダンジョンから出てくるのはオークみたいね。」
「ゴブリンと一緒で小さいのから大きいのまで居るみたいだね。」
ゲーム好きの母さんは映し出される映像から相手をオークだと命名したようだ。
確かに豚の頭がついていてデブで短足だからそのままだけど、動きは見た目通り遅く力はありそうに見える。
「火の魔法ならローストポークに出来ないかな?」
「死んだら消えるから無理だよ。そう言えば魔法って使うの大変なのか?」
「呪文が面倒かな。決まった呪文は無いみたいだけど魔法の種類を表すワードを入れないといけないから。」
「ワードって言ったら紅蓮の炎とかみたいな感じか?」
「そうだよ。私は『紅蓮の火球よ、相手を焼き尽くせ』でファイヤーボールが出るよ。」
「昨日の石槍は?」
「あれは『数多の石槍よ、敵を貫け』で一度に沢山の槍を飛ばしたの。あ、でも昨日のレベルアップで詠唱省略を覚えたから呪文は要らないけどね。『炎』とか『石槍』で出せる様になったよ。」
きっと接近戦になった場合は魔法使いの最大の弱みだから最優先で対応したのだろう。
「それに、これが次第に詠唱代替になって最後は詠唱破棄になるの。だからがんばって鍛えて早く無詠唱でかっこよく敵を倒したいな~。」
この事からアケミも魔物を殺す事に忌避感は感じていないみたいだ。
学校に来なくても良いと言われた事も気にしてないみたいだし俺と同様に精神が変化していそうだ。
昨日の様子から父さんと母さんもおそらく一緒だろう。
それにしても呪文の代替行為を指パッチンのフィンガースナップにしたらカッコかもしれない。
いつか衝撃の○○とか二つ名が付いたりして。
そして、今度はステータスの確認へと移ったけど昨日の戦いでそれなりにレベルが上がっている。
ハルヤ
レベル7→11
力 35→43
防御 24→32
魔力 7→11
スキル
剣術 槍術 鑑定 索敵 瞬動 身体強化
称号
ゴブリンキラー
マンイーター
救命者
身体強化は昨日の戦闘中に取得したスキルだ。
これは体の機能を強化してくれるのでとても助かる。
筋肉だけでなく視覚、聴覚、嗅覚も強化してくれるのでホブとの後半戦では大活躍してくれた。
このスキルを覚えたおかげで俺でもホブの動きくらいならスローモーションの様に見える。
これが無ければ最後の所でもう少し苦戦していたかもしれない。
そして、マンイーターの称号は何時習得したのか気付かなかったけど能力はとても有用だ。
マンイーター
人型の魔物にダメージ1.5倍。
すなわちゴブリンに対してなら俺の攻撃力は2倍に上がった。
そう言えば最後の方は切り裂く時に殆ど抵抗を感じなかったように思う。
それにもし他のダンジョンから要請があってもこのスキルなら有利に戦闘が進められるだろう。
救命者
ポーション・蘇生薬のドロップ率上昇
これはもしかすると沢山の人を生き返らせたからかもしれない。
しかし今の段階でポーションと蘇生薬のドロップ率は合わせれば80パーセントくらいはある気がする。
そこから考えると、やっぱり今の状態は救済期間だと考えるべきだろう。
それが何時まで続くのかは分からないけどその間に要請がくれば救える命も多くなりそうだ。
・・・いや、考えてみれば魔物の封じ込めに失敗しているうえにミサイル攻撃や戦車砲の乱射で遺体は土に返っているかのしれない。
もしそうなら救う事はもう不可能だ。
望みがあるとすれば上級蘇生薬だけどそれに関しては詳細は一切不明。
いつ手に入るのかも分からないので変な期待はしない方が良いだろう。
そして俺は思い出したように立ち上がると玄関へと向かって行った。
そこには俺の相棒であるショートソードが置いてあり、それを手に取って刀身を確認する。
「やっぱり刃が欠けてないな。」
俺は不思議に思って居間に戻り、同じく武器で戦っていた母さんに声を掛けた。
「ねえ母さん。母さんの槍は刃毀れしてた?」
「あ、そうね。ちょっと確認してみようかしら。」
そう言って母さんも槍を持ってくるけど本当に何処で買って来たのか柄の長さが2メートルを超える立派な十文字槍だ。
骨董品屋にでも置いてあったのか、父さんの大太刀の出所も不明だし伝があるなら俺もお願いしたい。
ああ、でも刀とか高価なのかな。
それだとしばらくはこれで魔物から奪うしかないか。
そして母さんは槍の刃を確認しながら首を捻った。
「なんだか新品同様ね。初めてだから雑に扱ったんだけど。」
「やっぱり母さんもそうなんだね。俺も今回の事で武器が破損するのを覚悟してたんだけど、確認してみたらそんなに傷んでなさそうなんだよ。」
これはいったいどういう事なんだろうか。
汚れなどは魔物が死んだ時点で消える事は分かっている。
そうでなければ俺がダンジョンから出た時には返り血を浴びて真っ赤になっていただろう。
でも俺はこの剣で数えるのもバカらしい程の回数、相手の骨も斬り裂いた。
俺のような素人が扱って刃毀れが目立たないのはどう考えてもおかしいので今の俺達の状況は本当に分からないことだらけだ。




