1 プロローグ
今回もよろしくお願いします。
俺は学生であるのを良い事に今日も深夜までネット小説を読んでいた。
本を買って読むのも良いけど、高校3年生でバイトもしていない俺がそんなに多くの本を買える訳もない。
受験勉強をしろと親はうるさく言うけど元々勉強が苦手なので大学も行ければ良いかなという感じだ。
最悪、大学に行って無駄な学費を消費するよりも、卒業後はすぐに働き始めようとも考えている。
うちの家族構成は両親に妹、それと愛犬が一匹だ。
妹の明美は中学3年生で俺とは違い偏差値の高い有名高校への入学が確定している。
ここから学校が近い事もあり、春からはそこに通う事になるだろう。
俺とは違って頑張り屋な妹には順風満帆な人生を送ってもらいたい。
そして、時計の針が深夜の2時に差し掛かろうかという所で俺の視界に変化が生じた。
「あれ、ちょっと疲れてきたかな。」
俺は突然、視界がおかしくなっている事に気が付いた。
焦点が上手く合っていないのか視界がぼやけてしまい手に持つスマホの字が上手く読めない。
手でも軽く目を擦ってみるけど改善される兆しは無さそうだ。
そのため、脳裏には瞬間的に何かの病気かも知れないという不安が込み上げて来た。
「もしかして網膜剥離とか緑内障とかじゃないだろうな。」
それでなくても妹の入学金などで我が家の家計は厳しいのに治療費なんて出させる訳にもいかない。
もしこれで学費が足りなくなればアケミの人生に影を落とすことになってしまう。
その場合は俺が進学を諦めてバイトでもしながら稼いで行けば良い事だが両親を説得するのが少し大変そうだ。
しかし、そちらも大事だが状況を把握するために焦りを感じながらも目を動かし、部屋の中を見回す様に眼球を動かた。
するとぼやけた視界に変化が現れ文章が視界の下から流れ始める。
「何だこれ。もしかしておかしくなったのは目じゃなくて俺の頭か?」
急な事だけど俺は無意識に先程まで小説を読んでいたためか、それを表示されていく端から読み進めていく。
どうやら、この文字は瞬きをしても見えるようで俺は目の渇きを感じて一旦目を閉じ暗闇の中でそれを読み始めた。
『この世界は現在、異界の邪神により侵略を受けています。』
「なんだそれ。いったいどんな冗談なんだ?」
しかし、今の状態を冗談で終わらせることは出来ない。
もしかすると宇宙人の仕業かとも想像したけど、それもまた荒唐無稽な話であると気付いて更に先へと読み進める。
『戦いの末にこの世界の神である我々は邪神を封印する事に成功しました。しかし、完全な封印には至らず、邪神から漏れ出た力がダンジョンを形成し、そこから魔物が世に解き放たれています。』
「待て待て!解き放たれようと、ではなく既に現在進行形かよ!こんな深夜に起きてる奴なんてそんなには居ない。地震だって時間帯が悪ければ被害が更に広がるのにこれってかなりヤバくないか!?」
『勇気ある者よ。私達に力を貸してください。我々にはもう封印を持続させる以外の手段がありません。』
すなわち、封印だけで余裕がなくなり、他の手段が取れないと言う事か。
でも、こんなやり方だと寝ている奴は絶対に気付かない。
せめて声による呼びかけならもっと多くの人が気付いただろうに。
しかし、俺もこんな事をただ信じている訳ではない。
もしかすると疲弊した邪神が生贄を求めてダンジョンを作り、俺達を誘導しているのかもしれない。
そう考えていると最後に一つの選択肢が浮かび上がった。
『もし、力を貸してもらえるならば、あなたに力を授けましょう。大事な仲間や家族を護り救うための力を。』
そしてその下にはYes/Noという表示が現れている。
その瞬間、俺の脳裏に家族の顔が浮かび上がり、このまま放置すればもしかすると取り返しのつかない事になるかもしれないという予感が走った。
それに、もしここで騙されたとしても俺なら問題は無く、妹さえ無事ならどうとでもなる。
そして、この選択肢のどちらかを選ぶ以外に視界は取り戻せないようなので俺は頭の中でYesと念じた。
すると急に激しい頭痛が湧き起こり、関節も痛みに悲鳴を上げ筋肉は針で刺されたような鋭い痛みに晒される。
今まで味わった事の無い激しすぎる痛みを感じた俺はベットの上でそのまま意識を失った。
そして、次に目覚めたのは1時間ほど後の事だった。
視界が元に戻りベッドの横に置いてある時計からそれを知る事が出来きる。
そして痛みが消えた事に気付いてその場で飛び起きると服を捲って体を確認した。
しかし何処を見ても変化はなく、筋肉が発達したようにも見えない。
そのあまりの変化の無さに先程のはいったい何だったのだろうかと首を傾げた。
「もしかして騙されたのか?」
もしかすると生きてはいるけど寿命を持って行かれたとか、魂を吸われたとか・・・。
そんな答えの出ない疑問を感じながら俺は立ち上がりびしょ濡れの体に気が付いた。
「夢ではなかったんだろうな。」
体は大量の汗を掻いてベットまで濡れてしまっており、少し臭うのでどうやら日本地図を書いてしまったようだ。
その後、俺は着替えるために部屋を出たのだが、数歩も進まな内に足先へフサフサな感触が伝わってくる。
どうやら愛犬であるコーギーのリリーに足を引っ掻けてしまったようだ。
しかし、俺はすぐに異変に気付いた。
いつもならリリーは両親の部屋で寝ているはずで、こうして足が当たれば凄い剣幕で吠えたてて来るはずだ。
しかし、今は何の反応もなく廊下に横たわっていおり、俺は疑問に思ってそっと手を触れた。
すると、そこからは何故か冷たい感触が伝り、心配になった俺はリリーを強く揺り動かして反応を求めた。
「どうしたんだリリー!?」
しかし、掛け声に一切の反応が返って来ず、心の中では既に答えが出始めていた。
それは先程から感じる手の滑りと足に触れる感触が原因だ。
俺は持っていたスマホの光を頼りに手に感じる感触の正体を確認した。
「血か・・・。」
俺はこんな状況なのに何故か自分の中でそれを冷静に判断して言葉を零した。
しかしリリーが倒れている廊下の先に何があるのかを思い出すとすぐさま行動に移し立ち上がった。
「この先にはアケミの部屋が!」
俺は急いで足を動かすと数歩先にある部屋へと向かった。
しかし扉が勝手に開かれるとそこから人影が現れ、暗いので正確には見えないがその身長は100センチ程。
明美の身長は150センチを超えているので妹であるとは考えられない。
また、こんな深夜に幼い子供が家に侵入する事もまず無いはずだ。
しかも、その手には薄暗い中でも僅かに光を放つ存在があり、すぐに刃物を持っている事が分かった。
「剣・・・いや、ナイフか。」
刃渡りは15センチを超えているようなので、この国では完全な銃刀法違反だ。
しかも、そんな物を手にした何者かがアケミの部屋から現れた時点で既に感情は爆発寸前になっている。
それにアケミの事を心配で堪らないが他にも心配な事がある。
両親の部屋は1階にあるのだが、そちらもどうなっているのか気になって仕方がない。
そんな中で俺はナイフを突き付けられてジリジリと後退し背後の壁まで追い詰められてしまった。
「ギゲゲゲゲ」
するとナイフを持った存在は人とは思えない醜い笑い声をあげてナイフを振り回しながら距離を詰めて来る。
俺は咄嗟にスマホのモードを録画に変えると相手に突きつけ、ライトを点灯させると相手を照らし出しその存在を明らかにした。
「化け物!・・・もしかしてゴブリンか!?」
映し出された先には子供の様な体つきに緑の肌。
鋭い爪と牙を持ち、大きな目をした怪物がナイフを構え両手で顔を覆っていた。
どうやら暗い場所で急にライトの光を浴びて目がくらんでいるらしく、自分で視線を遮ってくれている。
俺はこれをチャンスと考えて距離を詰めると、その痩せた胸板へと蹴りを叩きこんだ。
それによりゴブリンは廊下の端まで吹き飛ぶと手に持つナイフを俺の足元へと落とした。
俺はそれを素早く拾うと手には濡れた感触が伝わって来る。
恐らくは既に使用済みで誰かに突き立てた物なのだろうが今は行動こそが身を助ける。
そんな客観的な思考が頭を過ると、そのまま容赦の欠片もなくゴブリンに胸にナイフを突き立てた。
「ゲアーーーア・・ア・・・。」
するとゴブリンは断末魔の叫びをあげながら俺の前から霧の様に消え去った。
そして足元に何かが落ちる二つの音が静かな廊下に響き渡るが、すぐに静寂へと包まれてしまう。
通常ここまで騒げば両親が起きて来てもおかしくないのにゴブリンの居なくなった家は再び静寂に包まれ聞こえるのは自分の息使いだけだ。
すると俺の脳内に何者かの声が響いて来たので咄嗟に耳を傾ける。
『初回撃破を確認。ボーナスとして二つのスキルが選択可能です。スキル選択はステータス画面から行う事が出来ます。』
何ともありがたい解説だけど、どうすればステータス画面を出せるのかが分からない。
そのため、まずは定番として心の中でステータスと念じてみた。
すると目の前に表示が浮かび上がり、そこには先程のメッセージのログと俺の能力が表されたプレートが現れる。
どうやら俺の持つスキル数は0でスキルを選ぶのは選択式の様だ。
どのタイミングでスキルを覚える事が出来るのかは不明だけど幾つかのスキルが選択可能になっている。
軽く見ただけでも剣術、槍術、格闘と戦闘向きな物があり、それ以外にも調合、錬金、鍛冶、などの制作系や、魔法、身体強化などもある。
当然耐性系も存在し鑑定やアイテム収納などの補助系もあるようで、ゲームや物語の中の様相そのままだ。
そして俺は先程落ちた二つの物に視線を向けると、それらを拾い上げて確認してみる。
「1つは石・・もしかして魔石か?もう一つは何かの小瓶?」
二つとも何なのかが全く分からないので今はポケットに収めると妹が居るはずの部屋へと向かった。
先程のゴブリンはここから姿を現したのだが既にここには用が無いと言う事になる。
俺は覚悟と諦めを胸に慎重に扉を開けて中に入るとその光景に絶望を噛み締めた。
そこには暗闇の中でベッドに横になっている妹の姿がある。
しかし、その胸に動きはなく、同時に柔らかい枕が受け止めるべき頭部も存在しない。
代わりにあるのは黒く染まった跡だけで部屋には血のニオイが充満していた。
「アケミ・・・。」
俺はこの瞬間に護るべき者を1人失った事を実感し胸が張り裂けそうになりながらその場に膝をついた。
そして視線を回すとすぐにアケミの頭部を発見する事が出来たがそれが救いになろうはずもない。
そこはアケミがいつも勉強をしている机の上であり、暗い眼窩で自分の体を見詰めていた。
どうやら先程のゴブリンがアケミの頭部を玩具にして遊んでいたらしく綺麗とはとても言えない状態になっている。
それでも俺はアケミの頭を優しく抱きしめると血の涙を流した目元を拭ってやり、枕に置いて体と揃えてやった。
「これで寂しくないだろ。」
見れば服などは乱れていないのでそれだけが救いに感じられる。
物語だどゴブリンと言えば女性を凌辱したりする代名詞のような奴等だけど今回現れたゴブリンは違うようだ。
そうでなければこうしてアケミの体が無事なはずはない。
兄バカな様な発言だけど妹は町内で一番の美人だと言っても良い。
頭も良いし顔も良い。
きっと、普通の高校に行けばラブレターを幾つも貰い、それが原因で虐められるかもしれないと心配になるくらいだ。
でも、妹はもう居ない。
綺麗な黒髪はボロボロに荒らされ、いつもこんな俺にも笑顔を向けてくれていた瞳は潰されてしまった。
俺は自分の胸にドス黒く重い闇が生まれるのを確かに感じ、それは脳髄を駆け上り、怒りと復讐心が思考を支配していく。
しかし、そんな中でも俺の中には確かな冷静な部分が存在し、俺の暴走を繋ぎ止めてくれている。
「まだ、確認が終わっていない・・・。」
俺は既に絶望的なのは分かっていても両親の寝室へと向かった。
暗い廊下と12月という冷たい空気が俺の心を冷やしていき、半開きの扉を開けるとそこにはアケミの部屋と同じ光景が広がっていた。
「父さん・・・母さん・・・。」
俺は二人の頭部の前に来ると涙を流して奥歯を噛み締めた。
これで俺がこの世界で最も守りたい人は全員が死んでしまったことになる。
俺は怒りに任せて天井を向くと黒い感情を吐き出す様に叫び声をあげた。
「ガアアアーーー。神が居るのなら聞いているか!俺はお前のメッセージに応えてYesを選んだ。でも俺には護るべき家族はもう居ない!俺はこれから誰を護って生きて行けば良いんだ!!」
しかし、俺の言葉に応える者は誰も居ない。
部屋は今も闇と静寂が支配し、俺の耳には激しい怒りの鼓動と脳内を流れる血流が感じられるだけだった。