第4話 -撤退戦-
皆一様に持っている武器は違えど構えた。
騎士団のように扱う武器が皆同一で戦略的に整っているのではない。
それぞれが自身の最も扱いに秀でている武器で挑むのだ。
剣、槍、銃、大剣、大斧、弓と見える限りでは多種多様なものを持っている。
俺は、刀と呼ばれるマイナーな武器を扱う。なにせ武器の神様とやらがこの世に残した12の武器らしい。
すごい代物ではないかと酒場で聞き酔った勢いで買ったのだが、その武器はそれら12の武器のうちの一番使えないものだったようで値段は張ったのだがとんでもないものを掴まされてしまった。
なぜなら魔物を斬るには刃は短い。切れ味は良く何度切っても切れ味が落ちないという素晴らしい特性もあるが魔物相手では致命傷に至るまでの力は出せない。
それにしっかりと扱うには相当な技量がいる。
そこにプラスしてとても軽く威力が出ない。
武器の神様はとんでもない鈍らを作り出したともっぱらの噂だったらしい。
だが、それは世間一般での見解だ。
大剣に炎魔法を纏わせ勢いでぶつ切りにしたり、矢を操り分散させ爆発を起こしたりなんて芸当はできない。
それは魔法が付与できる前提の話だ。
この刀は魔法を付与することができない欠点を持っている。
刀という種類の武器は今まで聞いたことも見たこともなかったが、治癒魔法がなければこれほど殺傷に優れた武器はないことだろう。
「相変わらずミハルの武器は変な武器だな」
「今更だけど本当にそんな武器で戦うのか?」
ヘルナルがこちらを目を細めながら見て言う。
「大丈夫だ」
「この武器は強い」
「そもそも俺みたいな学者を戦場に引っ張る時点でどうかしてると思わないか?」
「まあそれは気の毒だが戦闘経験は殆どないんだよな?」
「ああ」
「お国の有資格者による入隊試験で罪にも問われずにちょっといい感じの魔法を撃ったら合格という有様だ」
この入隊試験は、希望するしないは別として力がある者を選別し今回の作戦に割り当てるために行われたものだ。
それに自身のステータスのような内在的魔力と光子力というのが測定できるため、その者がどの程度の実力と力を有しているのかははっきりわかる。
よってその試験の場で適当に誤魔化せば即刻牢獄行きだ。
「実際その力がしっかり扱えるかどうかなんて未知数だというのに納得いかない!」
「それでよくこの帝国体に入隊できたのが奇跡だと思うよ・・・」
不憫な目をしながらこちらを見始めるヘルナル。
「昔からすごい魔法使えるのに戦いに出ないで毎日引きこもっているから心配だったが今ここにいる時点で心配がより膨らんだぜ・・・」
暇になったのかこちらにそんな話をしにきたところへポツンと小さな影が前に出現した。
「敵反応ありました!!!」
「ま 魔人かと思われます・・・」
アレンの声が響く。
「前衛部隊をここに集結させろ集結の電鈴を送れ!!」
ゆっくりと歩いてくる。
遠近感が平原によりつかめないが歩いてくるように見えてその一歩一歩が速いことにだれも気づけない。
そしてその魔人の姿がはっきりと見えた距離感のところで止まった。
その魔人の姿はとても異様だ。赤い髪の女性の風貌で黒いドレスのような衣装を身にまとい大きな袖口からは黒い羽・・・手だ。黒い腕が多数出ているのが見えた。
「---------」
何かを話しているようだ。だが、何を言っているのか他の言語で語られたそれは理解ができない。
そしてやがて言葉に意味が込められるようになった。
「ああ! そろそろ理解できたようだね」
「君たちの程度の低さにはやはり呆れるよ」
「喋った・・・」
「この距離でも聞こえないと思うかい?」
「そりゃ喋るに決まっている」
「下級の生き物に話せるものが我々に話せないなんてそんな馬鹿げた話があるわけないではないか」
「そう思うよね?」
魔人はとてつもない魔力を持っているのが肌で感じる。聞こえてくる声は女性の優しげな声であるが、そんなものとは裏腹に威圧と恐怖で満たされている。この場にいる誰もが唾を飲み動けないでいる。
手は震え、構えていた武器がこぼれ落ちないのを必死に堪えるので精一杯だった。
「さあ!! 君たちの文化でいうところの自己紹介だ」
「ごきげんよう 私の名前はヴィール」
「君等が魔人と呼び恐れる存在だ」
「以後お見知りおきを!!!」
「完璧な自己紹介だろう? 君たちの文化は素晴らしい!!」
「私はね・・・君たちを愛し 君たちを敬い 君たちが!!!」
「大好きな魔人だよ」
「何を言って・・・」
「だから遊んでおくれ! ヒト種に会うのは久しぶりなんだ!!」
「だからここらへんにいた知性の欠片もないくずどもを片付けたんだ!!」
「せっかくの幸せの時間! 邪魔されちゃかなわないからね・・・」
身振り手振りをまじえて演技気味に振る舞い、そして優雅に舞う腕の数々はそれぞれが殺気で満ちていた。
「だからおいで!」
「さあ!!」
静寂がその場にいる誰もを包み込む。
そしてしびれを切らしたかのようにヴィールが叫んだ。
「ああ! もう!! 来ないなら来て!」
そういったヴィールは黒い魔法陣を出現させ腕を一本だけそこに入れた。すると大気が震え風が巻き上がる。
「皆ほおけるな!! 戦闘だ!」
「来るぞおお!!!」
そんな言葉も虚しく上から巨大な黒い腕が降ってきた。まるで虫を潰すように大気を揺るがす轟音を響かせながら何かが割れる音と供に到着した部隊を一瞬にして潰した。
「おい・・・」
「今防御の魔法張ってたよな?」
「広域防御魔法を張っていたようにみえたぞ・・・」
「あれって大ドラゴンの突進にも耐えたやつだろ?」
動揺が広がる。
あんなのにどう戦って勝てばばいいのかと・・・
潰れたところは血でいっぱいになり血飛沫と肉片がここまで飛んでくる始末だ。
「こうもあっさりと・・・」
「うろたえるな! 散回してやつに攻撃を仕掛けるぞ」
「いけ!」
馬を走らせ矢や銃を打ち込み、色とりどりの魔法の乗った攻撃が放たれた。
しかし、多数の黒い魔法陣により出された数々の黒い腕によって遮られ攻撃が届かない。
そして黒い腕は馬にのる隊員達を容赦なく潰して周り成すすべなく肉塊となっていった。
「アレン!」
「はい?!」
「ここで私が出て1対1で戦いに言った場合どの程度勝算があると思うか?」
「・・・」
「敵の実力も未知数ただ言えることはこれだけ多くの上位系統の魔法を撃ち込んで無傷だったやつに対抗しうるものは現状ないです・・・」
「勝率・・・ 1%あれば高いです」
「ははは!」
「未来をも見通すと恐れ多い魔動演算予測値理論学の最高峰が言うんだ」
「確かな数字だろう」
「グレゴリー隊長!」
「今考えているだろう作戦は考え直してください!!」
中距離戦では手も足も出ないと悟ったグレゴリーは作戦を変更し叫んだ。
「俺が先陣をきる! 前衛は前へ!!」
隊長のグレゴリーが先陣をきり馬を走らせヴィールのところへと向かう。
「隊長!!」
叫んだアレスの声は虚しく響きグレゴリーの元へは届かずにかき消えた。
「ああ! 来てくれるんだね?!」
「ありがとう!! うれしいよ!!!」
ヴィールも走り出しぶつかりあう瞬間にとてつもない衝撃が生まれ隊長の乗っていた馬は吹き飛び近づけない状況となった。
繰り出される黒い腕の攻撃は手刀、殴打と至ってシンプルだがひとつひとつの攻撃を盾で受け止めるグレゴリー。
受け止めた時の衝撃波が空を伝わり風を巻き上げる。
「ぬおおお!!!」
隊長が振りかぶり右打手に持つ大剣がヴィールへと届いた時、ヴィールの黒い腕が大剣を捉えた。
押しても引いてもびくともしない大剣にあっけにとられるグレゴリー。
大剣の刃を握られたのだ。
「君!! 強いねぇ?」
ヴィールの不敵な笑みが幸せそうに溢れる。
「くそ!! っ離せ!」
そんな声が虚しく響く。
「今まで私の攻撃を受けて耐えていったヒト種はほぼいなかった」
「触れれば肉片 スキンシップで裂ける肉体」
「そんな軟な存在であるのに君は耐えている!」
「何が言いたい?」
「私は今ね!! 感動しているんだ!!!」
「どこまで耐えるかやってみよう!!」
グレゴリーの大剣を左の黒い腕で握ったまま右腕に黒い魔法陣を作り出す。
「隊長!!」
「今助けます!!!」
隊員達は、馬を走らせる。一刻も早くグレゴリーに加担するべく。
「邪魔だ!!!」
ヴィールは、残りの黒い右腕で魔法陣を作り出し馬の足元に腕を出現させ馬の脚を握りつぶして進行を阻ませる。
そしてグレゴリーへと何度も黒い拳が振り下ろされた。
最初は、耐えれていた。
だが、次第に盾を持つ腕は血塗れになり、盾はひしゃげて立っているのもやっとな状態となっていた。
「ああああああ! いいね!! まだ耐える!!」
「新記録だぁあ!!」
「っぐ・・・」
何度も黒い拳がグレゴリーを叩きつける。
そして限界が来たのかふらつき、片膝をつくのだった。
だが、終わらない。
ここからが本番だと言うような魔力がグレゴリーから溢れ出した。
ヴィールは、拳を止めて興味深そうにグレゴリー見る。
「ここ・・・ まで!! よくも・・・ やってくれたな 魔人よ・・・私達は・・・ やられるばかりではない!!」
「んん? いいね! ならば見せておくれ」
「ぬおおおおおあああああああ!!」
なんども黒い腕の殴打を食らい片膝をついていたグレゴリーが叫ぶ。
「これが私の最期の戦いになる」
「まだ犠牲は少ない!!!」
「撤退をしろ!」
「私は この戦いに全身全霊を捧げる」
アレンがそれを聞いて撤退の花火を上げた。
「みんな! 撤退だ!!」
「隊長・・・ ご無事で」
グレゴリーは立ち上がる。
強い光を内包し、身につけている鎧の隙間から心臓の鼓動のようなリズムで光が溢れる。
「隊長!!」
そして盾を捨てて掴まれた大剣に両手を添えた。
「うおおおおおおお!」
すると先程までびくともしていなかったヴィールの腕が斬れた。
黒い液体が垂れ、周りを飲み込むように広がっていく。
「ああああああああ!!」
数歩下がり自身の腕を見るヴィール。腕がないことを確かめるように触り何かを感じているようだった。
「ああぁ・・・」
立ち止まるヴィールにグレゴリーは、ここしか攻撃するチャンスはないと考え渾身の追撃をするのだった。
だが、グレゴリーの剣がヴィールの首元へと届く僅かなところで刃が止まる。
一同がまるで時が止まったかのような空間にいる両者を見守る中動いたのはヴィールだった。
「今感じてるんだ邪魔をしないでほしい」
そう言った途端にグレゴリーが吹き飛ばされていた。
目で追うことは叶わず何が起きたかもわからない。ただ言えることはヴィールの右腕が剣の形に変形していたのだ。
後に斬った衝撃波が駆け抜ける。
「グレゴリー隊長!!!」
叫び飛ばされた隊長のもとへと急ぐヘルナル。
「がはぁ・・・」
大量に血を流すグレゴリー、飛ばされた後に違和感があったのを感じた。飛ばされた血痕が二方向あるということに・・・
「隊長・・・腕が!!」
グレゴリーの左腕が無残にも切断されおびただしい血がそこから溢れ出す。
「ああ!! ごめんね」
「私は・・・我慢が出来ないんだ」
「ば・・・化け物め!!!」
「言い得て妙!」
「君等の中ではその部類に該当するだろう!!」
「だけどね」
グレゴリーの元へと歩くヴィールは派手にジェスチャーをしながら、まるで神を降臨させるかのような舞を踊るような仕草で答える。
「私らからすれば・・・ 君等も十分化け物なんだ」
風を斬る音と供に黒い羽毛が舞い散る。
四散する血飛沫は1人の命の終わりを告げた。
「がはぁ・・・」
崩れるように倒れるグレゴリー。
「隊長!!」
叫ぶヘルナル。
「ああ・・・ あああああ!!! なんて! 美しいんだ・・・」
「くっそぉおおお!!」
走り出し槍を取り魔力を込める。赤い光がヘルナルを包み込み炎となって具現化する。
「やめろヘルナル!!!」
叫んだが遅い。
渾身の一撃がヴィールを貫くため神速を作り出す。
魔法の構築のうまさはさすがと言わざる負えない。
魔力を火に変換して刃先を強力に振動させる。切れ味を極限にまで高めてなおかつその火を推進剤として後方へ流し勢いをつける。
一般的な魔導を収めた人間ではほぼ無理な芸当だろう。その上身体能力を向上させるよう力を込めている。
「次は、君が遊んでくれるんだね?」
そう言い終わったときヘルナルとヴィールはぶつかりあった。
しかし両者の攻撃は不発に終わる。
両者の間に簡易的なアイジスを出現させたのだ。
「ヘルナル!! 退くぞ!」
「だがミハル!!」
「残念だが、俺達じゃこいつには勝てない」
「だからってここでおとなしく逃げろって」
「隊長は! 撤退だと言った!!!」
「逃げるぞ・・・」
「ヴィールさんよ 暫くこの作り出した渾身の傑作にとらわれていてくれ」
名付けてアイジス・カールセレム(絶対盾の牢獄)といったところだ。
「ああ! これは一本とられましたね」
「私も確かにこれは壊せません」
そう言ってなんども簡易的に作ったアイジスへと黒い拳を作り出し叩きつける。
だが、絶対の防御を誇る魔法は、たとえ簡易的といえど相応の防御力を誇っておりヴィールの攻撃を弾く。
そして、アイジスへとその黒い手で触れてつぶやいた。
「しかし随分と精巧な魔法を編むのですね・・・」
「この魔法を私の周りに出現させたのも私が使う手段を真似てのことでしょう」
「ははははは!!! なんて・・・あなたは!! なんて面白いんだ」
「次は絶対にあなたを逃しませんよ?」
「はは・・・ こりゃ怖い魔人だ」
そう言い残しヘルナルとミハルは現場を後にした。
「ヘルナル・・・」
「急ぐぞ」
「ああ・・・」
「どうしたミハル?」
「あの魔法はえげつないくらいに魔力を使うんだ・・・」
「持ってあと数分かもしれない」
「わかった!」
「全力で後退しよう」
馬に身体能力強化の術式を付与し速度をあげ、全速力で前線要塞へと戻るのだった。