9.ためになるお言葉
「うわっ、なんか出てきたぞ!」
目の前に現れた画面に思わず大きな声を上げて立ち上がってしまった。
室内の全員が訝しげな顔をしてこちらを見てくる。
多分だが今起こっている現象は異世界ではあたり前のことなのだろう。
俺は昨日転移してきたばかりだからわからないんだよ。
口元を抑えて小さく縮こまる。
「どうした? なにか問題でもあったか?」
ロジャーさんが心配して声を掛けてきた。
「い、いえ何でもないです。どうぞ続けてください」
俺は静かに腰を下ろした。
「まあいいだろう……、どうだ、画面に冒険者の文字はあるか? ギルドに登録したのだからあるはずだぞ。そしてランクがブロンズになっているはずだ。ギルドに所属したものはみなブロンズから始まるからな」
俺はロジャーさんの話を聞きながら、空中に浮かんでいるステータス画面をまじまじと見た。
半透明の画面が四十センチくらい前方に浮遊していた。
そこには俺の名前やスキルなどが書いてある。
[名前……ユウヤ・サトウ 種族……ヒューマン 職業……冒険者 ランク……ブロンズ タイプ……戦士 スキル……『万能言語』『無限収納』『真理の魔眼』『全能回復』『超熟練』 加護……『女神イシリスの加護』]
名前や種族は問題ない。
職業やランク、そしてタイプもそのとおりだろう。
しかしスキル欄に並んでいる文字を見て俺は目が点になってしまった。
謎の空間でイシリスさんにもらったスキル、『万能言語』はいいとしてもその他のスキルは見覚えがないぞ。
(『無限収納』ってなんだろう……)
『無限収納は物体を際限なく収納できるスキルです』
唐突に頭の中に声が響き渡る。
一瞬ドキリとしてしまい声が出そうになるが、口を抑えて叫ぶことを回避した。
謎の空間で光の粒を飲んだときと同じく、頭の中にイシリスさんの声が聞こえてきた。
女神様と言ったほうがいいのだろうが、親しみがあるからイシリスさんと呼ぶことにしよう。
ステータス画面を目で追っていく、『無限収納』の次に書いてある『真理の魔眼』に注視した。
『真理の魔眼は目視したあらゆる現象、事象を余すこと無く調べあげるスキルです』
(なるほどな、だんだんわかってきたぞ。この『心理の魔眼』のスキルがあるから説明が聞こえてきたんだな)
俺は勝手に解釈をして更にステータス画面を調べようとした。
しかしロジャーさんが講義の続きを始めたので、慌てて意識をロジャーさんに向ける。
「……というわけで、ステータス画面はとても大事だ。これから冒険者としてやっていくにあたり、いつもステータスを気にするように。スキルを取得すればそれだけ冒険が楽になるからな」
三人の冒険者はつまらなそうにしている。
「そんな事は知ってるぜ」って感じなのだろうか。
しかし俺は有意義な情報を教えてもらえたので、受講してよかったと心から思えた。
不真面目な三人の態度など、どこ吹く風でロジャーさんは話を進めていく。
「次にクエストについてだ。個人で活動する者やパーティーを組んで活動する者、いろいろだが報酬についてはよく考えたほうがいいぞ。高い報酬につられて難易度の高いクエストを少人数で受けると、思わぬ事故に遭遇してしまう場合がある。逆に多人数でクエストを受けたために赤字になってしまい、仲間内でトラブルになることもある。要するにバランスが肝心という事だ」
(まあそうだろうな、トラブルを避けるために当分の間は一人で活動しようかな……)
どこかのパーティーに入ってこき使われるのは嫌なので、出来れば一人でひっそりと活動したい。
「報酬についてだが、何事も経費がかかることを頭に入れておかなくてはいけないぞ。戦闘を行えば武具が壊れたりする。その修理代も頭に入れておかなくてはいけない」
具体的な説明をロジャーさんがし始めると、三人の冒険者達も真剣に聞き始めた。
「食費や宿泊代、消耗品の補充。ベテランになってくれば大体の相場がわかってくるものだ。しかし、初心者は目先の利益しか頭になく、収入があれば飲み食いに使ってしまいがちだ。最初は倹約して金を貯めることだ」
「すみません」
俺は思い切って手を上げ、ロジャーさんに質問することにした。
「ん? 何だ」
「あの、どの様なクエストを受ければいいか教えて下さい。具体的に教えてもらえると嬉しいです」
「そうだな、では例を上げて説明しようか。まず、掲示板の前に立って最初に目につくクエストといえば薬草採取だな。あれは常時依頼クエストというものだ。初心者はこのクエストをこなそうとする。これは大きな間違いだぞ」
ロジャーさんの説明に俺は驚きを隠せなかった。
異世界へ転移して最初にするクエストは、薬草採取と相場が決まっているはずだ。
少なくとも俺が読んだことがあるライトノベルにはそう書いてあった。
「薬草など単価が低いものは一日中探し回っても宿代にすらならない。だから例えばゴブリン駆除などのクエストと並行して行うものなのだ。これを知らないといきなり破産してしまうぞ」
(そうだったのか……、危なかった。受講しなかったら間違いなく薬草採取をやっていたはずだ)
「一人でこなせるクエストはありますか?」
さらに質問をする。
「そうだな……、少々きついが荷物運びや住み込みの雑用などがいいだろうな。ベテランになれば商隊の護衛などもあるのだが、初心者冒険者はまず雇ってもらえないからな」
異世界も日本とあまり変わらないな。
楽して儲けられる仕事など無いようだ。
「一概には言えないが必要経費を引いて、最低でも一日あたり銀貨一枚程度の仕事につくことを進める。あくまで目安だから各自で判断するんだ」
その後は武具の手入れ方法や必須アイテムなどの話が続いた。
さらにこの街の周辺の地形や、街の情報まで事細かに教えてくれた。
俺も三人の冒険者達も最後まで真剣に講義を聞いていた。
かなり長い講義が終わり、扉が開かれ講習会は終了した。
ロジャーさんにお礼を言って一階のエントランスに降りていく。
一緒に受講した冒険者達に声を掛けられることはなく、彼らはいつの間にかどこかへ消えてしまった。
意気投合して一緒に冒険に出るというような、虫のいい話は俺には無縁のようだ。
「さて、どんなクエストがあるのかな……」
独り言をつぶやきつつ掲示板に近づいていく。
今はお昼すぎなので閲覧している冒険者の姿はまばらだ。
先輩方の邪魔をしないように気を付けながら掲示板を見ていった。
黒板の様な長方形の板に、それほど多くない張り紙がきれいに貼り付けてあった。
異世界ギルドの掲示板は、依頼書が雑然と重ねて貼り付けてあるという印象だが、どうも違うらしい。
上の方が高ランク帯のクエストで、下の方が俺が受けられそうなクエストが貼ってある。
下の方の張り紙を順を追って見ていくことにした。
【ブロンズ帯クエスト】
[薬草採取……常時依頼クエスト 依頼主……ミュンヘル商業ギルド]
[荷物運び……倉庫整理の運搬作業の依頼 ※賃金等は要相談]
[森林警備の助手……雑用係を募集します、宿泊施設有り、賄い有り 依頼主……ファーガソン森林組合]
[ゴブリン駆除……常時依頼クエスト 依頼主……冒険者ギルド]
[下水に巣食う大鼠の駆除……ミュンヘル商業ギルド ・駆除個体数で報酬を出します]
[都市警備隊の下働き……雑用係募集、警備隊への登用有り]
ざっくりとした依頼書が統一性のない書き方で貼り付けてあった。
賃金など重要なことがほとんど書かれていない。
受付で詳しい説明を受けるタイプなのかな。
張り出してあるクエストは見事に肉体労働系のものばかりだ。
さらにブラック的な職種ばかりで、保険など一切なさそうだった。
異世界らしいと言えば聞こえがいいが、これから冒険者としてやっていかなくてはいけない俺としては、かなり不安になってしまった。
しばしどのクエストを受けるか考える。
まず薬草採取は片手間にこなそう、ロジャーさんに教えてもらった知識が早速役に立った。
荷物運びは最終手段だな。
何処にも雇ってもらえない場合は仕方がないから受けることにしよう。
異世界にせっかく来たんだから冒険者らしいことをしたいからね。
森林警備の助手なんてどうだろうか。
片手間に薬草を採取すれば案外いい儲けになるかも知れない。
ゴブリン駆除なんてクエストは怖くてできそうにない。
下手をしたら俺が逆に駆除されてしまいそうだ。
都市警備隊の下働きはこき使われそうでやりたくないな。
なかなか選ぶことが出来ず時間だけが過ぎていく。
クエストのことを聞くために、今一度受付に向かうのだった。