84.手遅れか?
盗賊が伐採所を襲う前になんとか到着しなくてはならない、ユウヤは必死に馬を走らせた。
昨日の夜中からぶっ続けで馬を走らせ、人馬ともに疲れ切っていた。
その甲斐もあってか、地平線の彼方に王都の影が薄っすらと見えてきた。
辺りには夜の帳が下り、夜空には大きな満月が顔をのぞかせている。
すでに午後七時を過ぎていて、雲ひとつない夜空には満天の星が広がっていた。
三頭だった軍馬は、今では俺が乗る一頭だけになっていて、その馬も息が上がって限界が近づいている。
必死にポーションを馬に飲ませるが、回復耐性がついてしまっていて思うような効果は期待できなかった。
俺も飲まず食わずでここまで来たので限界が近づいている。
いくら『馬操術』を手に入れても、長時間の激しい揺れの中では食べ物はもとより、飲み物さえも喉を通らなかった。
あと少しで王都到着というところで軍馬が泡を吹き、足を取られて転倒してしまった。
俺はもんどり打って地面に投げ出され、回転しながらも受け身をとった。
ぐるぐると回りながら街道を転がる。
やっとのことで回転が止まり立ち上がると、哀れな軍馬は息絶えていた。
「すまない……、お前の死は無駄にはしないぞ……」
ここまで必死になって俺を運んできてくれた軍馬に手を合わせて冥福を祈る。
このまま街道に放置するのは不憫なので、手をかざして『無限収納』へ吸い込んだ。
ここからは走って行かなくてはならない。
俺は覚悟を決めて一息大きく空気を吸い込んだ。
『超人』スキルを最大まで高める。
ミシリと音がして全身の筋力がアップしていった。
石畳の街道がめくれ上がるほどの脚力で王都へ向かってひたすら走る。
俺の走る速度は軍馬と遜色のないほどに高まっていた。
ここからはスタミナ勝負だ。
全力で駆けながら『無限収納』から水筒を出して水分補給する。
丸一日近くぶりに飲む水は、胃の中に染み渡り素早く吸収されていった。
水分を十分に補給でき、更に速度アップを試みた。
後どれくらいで伐採所に着けるのだろうか、王都に立ち寄って騎士団に助けを求めたいが、そんなことをしていたら到底間に合いそうにない。
東に向かっていた進路を南東に変更する。
街道を外れ、荒野をひたすら南の森に向かって走り進んで行くのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
進路変更をしてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
周囲には森が広がっていて足元には下草が繁茂していた。
とうとう丸一日をかけて王都の南に広がる大森林に到着したのだ。
到着したと言ってもまだ伐採所には程遠い。
森の西端にようやく到着しただけで、これから深い森の中を突き進まなければならなかった。
道なき道を東に進路を取る。
伐採所に近づいているか正確にはわからない、しかし場所を特定する手段が俺にはないので己の勘を頼るしかなかった。
ただがむしゃらに森の中を突き進んでいく、これほどに長い道のりを全力疾走した記憶は無いが、一切疲れを感じていなかった。
体中に力がみなぎり筋肉が防具を押し上げている。
森の中の悪路を平地を進むが如く楽々と進み、倒木を飛び越えて小川を跨いでいく。
樹上から襲い来るスライムを走りながら一刀のもとに切り捨てる。
森林狼は俺の鬼気迫る疾走に恐れをなして逃げ出していった。
ほんの半月前には俺を餌としてとらえ、集団で襲ってきた凶悪な肉食獣は、今では逆に狩り頃の獲物に成り下がった。
今は急いでいるので追撃することはないが、事態が収拾した暁にはキッドさんやジェシカちゃんと狩りをするのもいいな。
そのためにも絶対に盗賊共よりも速く伐採所に着かなくてはならないのだ。
俺は筋力を更に高めて伐採所へ急ぐのだった。
辺りにきな臭い匂いが漂い始めた。
時刻は午後十時を回り、砦から走り出て丸一日が経過していた。
樹木の隙間から覗く夜空が、ありえないほど赤々と染まっている。
明らかに東の方で異変が起こっているようだ。
方角から伐採所に何かあったことは明白で、あと一歩遅かったことを悟った。
しかし諦めるわけにはいかない、まだ生きている人たちがいるかも知れないのだ。
美人のエルフであるクリスティーナさん、キッドさんとジェシカちゃんのマッコーウェル親子。
磨けば光る美人冒険者のヘザーさん。
みんなの笑顔が脳裏に浮かんでくる。
なんとか無事でいてくれと願いつつ、ただひたすらに前方へ向かって走っていった。
ー・ー・ー・ー・ー
見知った林道に唐突に飛び出した。
そこは初めてゴブリンたちと戦闘をした小道だ。
ここから南下すればすぐに伐採所に到着する。
辺りには煙が充満して森林火災が広がっていた。
(遅かったのか!? いや、諦めては駄目だ! 待っていてくれみんな!)
泣きそうになりながら林道を駆け抜ける。
後少しで伐採所の看板が見えてくるところで盗賊たちが屯しているのを発見した。
盗賊たちの足元には黒焦げの死体が転がっている。
自分たちの仲間を燃やすはずがないので、必然的にその死体は伐採所の誰かだろう。
優しい笑顔のキッドさんたちの姿が目に浮かんだ。
許される行為ではない!
「貴様ら、何をしているんだ!」
長剣を抜き去って一足飛びに近づく。
問答無用で上段から剣を振り下ろして、驚き固まっている盗賊の一人を真っ二つにする。
返す刀を下段から振り上げ、もうひとりを逆袈裟斬りに切断した。
二人の盗賊はほぼ同時に血しぶきを上げて絶命する。
慌てて他の盗賊が武器をかまえるが、俺は構わず怒りに任せて体当たりをかました。
ショルダータックルが決まり、盗賊が吹き飛ぶ。
数メートル以上吹き飛んだ盗賊は、樹木の幹に体を強く打ってちぎれ飛んだ。
残る盗賊を膾切りに切り刻んで首を刎ね飛ばす。
この一連の動作に三秒もかからなかった。
辺りは血の海になり生きている盗賊はもういない。
黒焦げの死体は損傷が激しく誰なのかわからなかった。
更に火災が広がり林道も炎に包まれだした。
全身が熱風に煽られる。
下草が激しく燃え上がっている中、熱に顔を焼かれるのも忘れて伐採所に向かって突き進んでいった。
ピロリンッ!
『スキル、『熱耐性』を獲得しました』
砦でファイアーボールを受け、更にいま森林火災のど真ん中にいる俺は、とうとう『熱耐性』までをも身につけるに至った。
皮膚を焦がしていた熱が急激に感じなくなっていく、顔を炙っている熱風はそよ風のように心地よく感じた。
願ってもない耐性獲得に嬉しく感じるが、今は怒りが強くそれどころではない。
伐採所の広場に到着したが、盗賊どもが密集して居て、更に犯罪奴隷も多数立っていた。
奴隷たちの首につけてあるはずの首輪は確認できない。
そして奴隷たちの目には残忍な感情が宿っていた。
誰かが、いや、盗賊たちが犯罪奴隷たちを解放したのだろう。
確か奴隷の首輪は外すと命がないはずではなかったのか?
しかし現実に犯罪奴隷が己の意思で武器を取り伐採所を襲っているのだ。
どうやって奴らが首輪を外したのかは問題ではない、しかし奴らを排除しなければならないことだけは明確にわかった。
辺りを見渡してキッドさんたちの姿を探す。
しかし広場のどこを探しても彼らは見つからなかった。
俺が必死になってキッドさんたちを探していると、伐採所の建物から懐かしい声が聞こえてきた。
「ユウヤ! なぜお前がここに居るんだ!」
事務所の二階にある窓からキッドさんが身を乗り出して大声を上げている。
キッドさんは驚きの表情で俺を見ている。
「キッドさん、助けに来ましたよ! ジェシカちゃんたちは無事ですか!?」
俺は大声を上げてキッドさんに聞き返した。
盗賊や犯罪奴隷が一斉にこちらを振り返る。
そしてその中には盗賊たちに囲まれているダミアン・ザッパーの姿が確認できた。
ザッパーが俺をにらみながら残忍な笑みを見せた。
俺が最後に奴を見た時は、包帯をぐるぐる巻きにして瀕死状態だったのだが、今は肌艶がよく健康そのものに見える。
そして盗賊たちが持ってきたと思われる真っ黒な鎧を着込んでいて、手には巨大な戦斧を握っていた。
明らかに病み上がりの人間ではなく、奴の体力のべらぼうさに驚きを隠せなかった。
「なんとか持ちこたえているがもう駄目だ! ユウヤ逃げるんだ、こいつらはお前の手に負えるような奴らではない!」
キッドさんが声を張り上げた。
顔には絶望が張り付いていて、目の前に居るザッパーがゴールドランクの冒険者でもかなわないほどの強敵だとわかった。
ざっと見渡した限りでは魔術師はいないようだ。
そして盗賊や奴隷たちは三十人ぐらいだ。
ザッパーさえ倒すことができれば俺にもまだ勝機はありそうだ。
キッドさんからもらった長剣を握り直した俺は、ザッパーと対決する覚悟を決めるのだった。
ー備考ー
[名前……ユウヤ・サトウ 種族……ヒューマン 職業……冒険者 クラス……ブロンズ タイプ……戦士 スキル……『万能言語』『無限収納』『真理の魔眼』『全能回復』『超熟練』『予測回避』『瀕死回復』『超人』『暗視』『俊足』『隠密』『剣技』『暗殺術』『馬操術』『防御』『体捌き』『精密投擲』『突き』『連続突き』『唐竹割り』『一撃離脱』『受け流し』『激痛耐性』『グロテスク耐性』『毒耐性』『熱耐性』『麻痺無効』『勇敢』『平常心』『神の裁き』 魔法……『クリーン』 加護……『女神イシリスの加護』]
・NEWスキル……『熱耐性』
『熱耐性』…… 熱に強くなるスキル。獲得できる人間は稀である。その理由は熱にさらされて無事な人間がいないためである。ほとんどの人間がこのスキルを獲得するまでに死んでしまう。




