83.間に合うか?
伐採所の危機にユウヤは全力で駆けつけることを決心した。
山中を直線的に本陣に向かって下っていく。
体に枝木が容赦なくぶつかってくるが、全てをなぎ倒しながら斜面を駆け下った。
『身体能力向上』を極限まで高めていく。
体中の細胞が活性化され、凄まじい力が体内を駆け巡る。
ピロリン!
『スキル、『身体能力向上』が『超人』に進化しました』
スキルが進化して走るスピードが爆発的に跳ね上がった。
急斜面も難なく走り抜け、谷を飛び越えてどんどん下っていく。
一日以上かかって登ってきた道のりを、わずか一時間ほどで本陣に到着してしまった。
「すみません! ここを開けてください!」
深夜の山中に本陣の扉を叩く音が響き渡った。
「何事だ! お前は冒険者ユウヤか!? なぜ一人でここに居るのだ!」
塀の上から衛兵が顔を出して問いただす。
物見櫓の上から他の衛兵が弓を構えて俺を狙っている。
こんな時間に一人で現れたので仕方がないが、何も矢をこちらに向けなくてもいいじゃないか……。
「騎士フィリップ様を呼んでください! 至急お伝えしたいことがあります!」
「ジル様はどこに居るのだ!? ま、まさか討ち死にしたわけではあるまいな!」
衛兵が青い顔をして聞いてくる。
「いえ、ジル様はご無事です! 盗賊団も討伐しました! それより緊急事態なので扉を開けてください、お願いします!」
一瞬扉を飛び越えて本陣内へ侵入しようと考えたが、それこそ大騒動になってしまいかねないので粘り強く交渉する。
「おお! それは本当か!? 今フィリップ様を呼んでくるから待っていろ!」
盗賊討伐の知らせに衛兵たちが色めき立った。
深夜にもかかわらず本陣は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
程なくして門が開かれ、俺は中へ通された。
中には騎士フィリップが待ち構えていてこちらの様子をうかがっている。
「フィリップ様、ジル様からの書状です!」
挨拶を飛ばして指輪と手紙を騎士フィリップに差し出した。
俺の無礼な行動に一瞬眉を歪めたフィリップだったが、手紙とともに差し出された指輪を見て顔色が変わった。
ひったくるようにして手紙を受け取ると、食い入るように読み始める。
「おお! ジル様が盗賊団を討伐したようだ」
フィリップの言葉に本陣が湧き上がる。
「ユウヤ、手紙にお前の活躍が書かれてある。よくやってくれたな、さっそく軍馬を用意するからしばし待っていてくれ」
手紙には全てが書かれていたようだ。
フィリップは俺に何一つ聞かないままに軍馬を貸し出すことを快く了承してくれた。
「おい、軍馬の一番元気なやつを三頭連れて来い! もたもたするな!」
フィリップの命令に衛兵が慌てて厩に向かって走り去った。
「それで、ジル様はいつお戻りになるのだ?」
「はい、ジル様を含め討伐隊は五名まで減りましたが、盗賊どもは全滅させたので明後日には本陣に到着すると思います」
俺は詳しく討伐隊のことを報告していった。
「そうか……、かなり苛烈な戦闘だったようだな……。何にしても討伐成功はめでたいことだ。ユウヤ大義だったな」
多くの死者を出してしまったのでフィリップも肩を落としている。
しかし最低限の盗賊団討伐を果たしたので、胸を張って王都へ戻れることも確かだった。
「ありがとうございます、俺はこのまま王都へ戻ります」
「ああ、手紙に全て書かれている、間に合うことを祈っているぞ」
フィリップは全てを把握しているようだ。
ジルが手紙をしたためてくれたことに感謝しなければならないな。
「フィリップ様! 連れてまいりました!」
大柄で立派な軍馬が、衛兵に連れられて来た。
「よし、ユウヤさっそく乗って行くのだ」
「はい!」
俺は馬に乗ろうとした。
しかしそこで気づいてしまう。
「すみません……、俺馬に乗れません!」
「……お前は馬に乗れないのにどうやって王都まで戻るつもりだったのだ……」
騎士フィリップは俺の告白に呆れた顔をしている。
「誰でもいいので俺を馬の上に乗せてください。操作は体で覚えますから!」
今から馬の乗り方を学んでいる時間はない。
しがみついてでも王都に戻らなくてはならないのだ。
「お前馬鹿なことを言うなよ……、馬に乗れない奴が無理して乗ったら落馬するぞ……」
衛兵の一人が呆れた顔をして言ってくる。
「まあ待て、ジル様からユウヤの要望は全て聞けとの命令が来ている。ユウヤよ馬に乗せればいいのだな?」
「はい! 時間がないんです、よろしくおねがいします!」
俺は深々と頭を下げた。
一刻も早くこの場を出発しなければならないのだ。
「よし、俺が乗せてやろう」
フィリップは馬の横に立った。
「失礼します!」
俺は鐙に足を乗せて馬に飛び乗った。
フィリップがお尻を押し上げてくれたので落馬せずになんとか乗ることが出来た。
馬上は思ったよりも高く、不安定で今にも落馬しそうだ。
必死になって馬にしがみついて落ちないように踏ん張る。
「馬が疲れたら乗り換えながら行くのだ。ここからは助けることが出来ない、一人でどうにかするのだぞ」
フィリップが声を掛けてくるが落馬しないようにするのが精一杯で返事など出来ない。
しばらくの間、馬の背中にしがみついてその場から動けないでいた。
馬など乗ってしまえばなんとかなると思っていたが考えが甘かった。
操ることなど一切できずに、背中から落ちないでいるだけで精一杯なのだ。
仕方がないのでフィリップや衛兵たちのアドバイスを聞きながら馬術の練習を開始する。
貴重な数十分間を消費して、なんとなくだが馬を操ることが出来てきた。
フィリップたちの教え方が良かったのか、俺に素質があるのかわからないが、とりあえずは馬を前進させることは出来るようになった。
ピロリンッ!
『スキル、『馬操術』を獲得しました』
とうとうスキル獲得の瞬間が訪れた。
『超熟練』のスキルが作用して一般の数倍、数十倍の経験をした俺は馬を乗りこなすことに成功した。
スキルを獲得した瞬間に、馬の扱いの全てが頭の中に流れ込んできた。
今の俺ならば目をつぶっても馬を操ることができそうだ。
「フィリップ様、もう大丈夫です! これから王都へ向けて出発します!」
「そうか、まだ夜中で道は暗いから気をつけろよ。無事に到着できることを祈っているぞ」
「ありがとうございました。では、失礼します!」
手綱を握りしめ、軽く合図を送ると軍馬たちは勢いよく駆け出した。
俺の見事な手綱さばきに本陣内は驚きに包まれた。
「あいつ……、馬に乗れないというのは嘘だったのか? あれほど見事な乗り手を俺は見たことがないぞ……」
フィリップは暗闇に消えてゆく馬影を呆れ顔で見送るのだった。
ー・ー・ー・ー・ー
軍馬を手足のように操り、深夜の山道をひた走る。
真っ暗なつづら折りの山道は、本来ならば馬を走らせることなど出来ない。
しかし俺の『馬操術』は不可能を可能にしていた。
俺の手綱裁きに敏感な反応をして軍馬は全力で駆ける。
俺と三頭の馬は一体になって山道を下っていった。
軍馬に疲れが見え始めた。
俺は止まること無く予備の馬に飛び乗ってそのまま走り続ける。
一秒でも早く伐採所に到着しなければキッドさんたちの身が危ないのだ。
一時間もかからずに麓まで駆け下りた俺は、街道をひた走り王都を目指すのだった。
夜明けが直ぐ側まで迫ってきている。
地平線の向こうが薄っすらと明るくなってきて、日の出が近いことを知らせてきた。
軍馬たちは全身汗だくで湯気を上げながら疾走している。
ポーションを『無限収納』から取り出し、一頭ずつ馬たちに与えていった。
もちろんその間も軍馬たちは全力で駆けているのだ。
普通の人間が出来る事ではなく、『馬操術』を手に入れた俺だからこそ出来る芸当だった。
朝日が昇り、一直線に伸びる街道が確認できた。
この道をたどれば王都に到着するはずだ。
昨日から一睡もしていないが、砦でファイアーボールを受け『瀕死回復』で全快したときに睡魔も一緒に吹き飛んでいた。
このまま行けばもしかしたら間に合うかもしれない。
不可能と思われた高速移動が実現して、盗賊たちより速く伐採所へ到着するという神業が、少しだけ現実味を帯びてくるのだった。
ー備考ー
[名前……ユウヤ・サトウ 種族……ヒューマン 職業……冒険者 クラス……ブロンズ タイプ……戦士 スキル……『万能言語』『無限収納』『真理の魔眼』『全能回復』『超熟練』『予測回避』『瀕死回復』『超人』『暗視』『俊足』『隠密』『剣技』『暗殺術』『馬操術』『防御』『体捌き』『精密投擲』『突き』『連続突き』『唐竹割り』『一撃離脱』『受け流し』『激痛耐性』『グロテスク耐性』『毒耐性』『麻痺無効』『勇敢』『平常心』『神の裁き』 魔法……『クリーン』 加護……『女神イシリスの加護』]
・NEWスキル……『超人』(『身体能力向上』が進化)、『馬操術』
『超人』…… 人間種が到達できる限界の領域。ここまで達することが出来た者は、人類の歴史上で数える程しか存在しない。
『馬操術』…… あらゆる馬を手足のように扱うことが出来るスキル。馬操術に操られた馬は、能力以上の力を発揮することが出来るようになる。




